「相沢君、飲んでる?」
 飲んでない。
「あ、もう無いわ……ほら、注ぎなさいよ」
 ぐっとグラスを突き出してくる。
「はいはい」
 香里が先程飲んでいたのと同じ銘柄のワインをグラスに注ぐ。
「……違うわ」
「…………なにが?」
「こう、もっと……色っぽくやりなさいよっ!」
「なんでだよ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風
     〜お誕生日は無礼講でGO〜

番外ノ六
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「相沢さん……」
 天野が背中で甘えたような声を出す。
「なんだ?」
 俺は床を拭きつつ答える。
「なんで、私だけ、いつまでも、名字で、呼ぶんですか?」
 既に言葉も危うい。
「……そのほうが天野っぽいからかな」
「わけわかりません」
 俺はお前がわからない。
「いい加減どいてくれ」
「いやです〜」
 首に回した腕に力が入る。
 ……苦しい。
「なぁ、苦しいんだが」
「それが愛の重さです」
「天野の体重分しかないのか。随分軽い愛だな」
「…………」
 ショックを受けているらしい。
 首を絞めていた腕が緩む。
 天野の抱擁から逃れ、酒臭くなった布巾を流し台に放り込んでおく。
「まぁ、大っぴらに酒が飲めるのは悪くないかな」
 俺は台所の棚から以前飲んでいたウィスキーを取り出す。
「んふふ……今日はじっくり味わおう」
 知らず頬が緩んでくる。
 氷とグラスを用意し、リビングのソファに深々と座る。
「あぅ……なにそれ?」
 真琴がとことこと近付いてきた。
「ウィスキー」
 俺の隣にちょこんと腰を下ろす。
「おいしいの?」
「それはひとそれぞれだが……真琴は何か飲んだか?」
「うん、ちょっとだけ。それ少しちょうだい」
 ……なんか勿体ない気もするが。
「ちょっと待ってな」
 グラスに氷とウィスキーを入れ、ミネラルウォーターで薄める。
 からからと軽くかき混ぜ、真琴に渡す。
「飲んでみ」
「うん」
 真琴は恐る恐る口を近づけ、舐めるようにちらりと飲む。
「…………?」
 それでは分からなかったようで、今度はぐいっと一気にいった。
「あ」
 思わず声が出る。
 ……かなりきついと思うんだが、大丈夫か?
「…………くふっ」
 咽せたように息を吐き、空になったグラスをテーブルにドンと置く。
「……喉が熱いよ、これ」
「それだけか?」
「お腹も熱い」
「うまいか?」
「おいし〜」
 グラスをつつつと俺の方に滑らせる。
「もすこし、ちょうだい」
「だめ」
「え〜〜〜」
「これは、俺が自分のために買ったやつなの」
「……けち」
「高いんだよ」
「いいでしょ、祐一〜」
 俺の腕を取り、がくがくと揺さぶる。
「ん〜〜、そうだな……」
「いいの?」
「条件がある。一枚脱ぐたびに一杯やろう」
 口の端をニヤリと歪める。
 こう言えば欲しいとは言わないだろ。
「それだけ?」
 真琴はそう言うと、トレーナーに手をかける。
「うわ、ばかっ、ホントに脱ぐやつがあるかっ」
「え〜〜、脱げば飲ませてくれるんでしょ〜?」
「……お前、これの飲む前にかなり飲んだな」
「飲んでないよ〜」
「なぜそんなにハイなんだ?」
「ハイ? なんちゃって〜」
 真琴は笑いながら俺の背中をばしばし叩く。
 ……かなり飲んでたな。
 と、急に真琴が静かになった。
「……寝たのか?」
 隣を見てみると、真琴が寝息を立てて俺の肩に寄りかかっている。
「…………おいこら」
 
 べし
 
「あぅ?」
「寝んなよ」
「寝てない」
 ぶんぶんと頭を振る真琴。
「あぅ〜〜?」
 そのまま目を回してソファにドサリと倒れ込む。
 …………バカだな。
 頭をぽんぽんと叩き、向かいのソファに移動させる。
 真琴は酒に弱すぎるな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「祐一」
 ちびちびとウィスキーをやっていると、顔を赤くした舞が話し掛けてきた。
「顔赤いぞ。どのくらい飲んだんだ?」
「あまり飲んでない。それよりも」
 そう言って舞は右の方を指さす。
 その先にあったのは――
「……佐祐理さん?」
「佐祐理が……」
 舞は俯いて、言葉を濁す。
 何事かと、よく佐祐理さんを見てみる。
 ……俺のプレゼントした指輪を左手の薬指にはめ、なにやらぶつぶつと言いながら悦に浸ってる。
「あはは……もう、祐一さんったら……でも、佐祐理も我慢出来ません……」
 ぼて、と床に倒れる佐祐理さん。
「…………なにしてんだ?」
「祐一」
 ぐい、と腕を引かれる。
「なんだ?」
「私は指輪いらない」
「……まぁ、他のがいいならそっちにするけど」
「ほんと?」
「あぁ、いらない物贈られても困るだけだしな。どうせなら喜んでもらえる物のほうがいいだろ」
「うれしい……それじゃ、今ちょうだい」
「……今? 舞の誕生日は9ヶ月も先の筈だが」
「その頃には……ちょっと早いけど、生まれると思うから。それが誕生日プレゼントでいい」
「…………生まれる?」
「ここは……みんながいるから。あ、でも祐一がそっちの方がいいって言うんなら……」
「生まれるってなんだ?」
「祐一は見られると燃えるほう?」
「酔ってるな」
「酔ってない酔ってない」
 けらけら笑いながら否定する。
 ……なんか、いつもと違うな?
「……じゃ、はじめよう?」
 舞は俺の両腕を取り、思いきりソファに押し倒す。
「おい、なにしやがる」
「なにって……」
 頬を染め呟く。
「……祐一はそういうこと言わせたりするのが好きなの?」
「違うわっ」
 跳ね退けようと力を入れ――ようとしたが全く力が入らない。
 見事なまでに押さえ込まれている。
 …………もしかして。
 ぴんち?
「……祐一」
 ぞくりとする程に艶めかしい声。
「しよ?」
 
 
 
 
 
 人生始まって最初の貞操の危機って感じ。
 
 
 
 
 
 
 

 
あとがき
 
酒を飲んだ舞、えらいことに
なんか変な方向に進んでしまった……
どうも私は舞(と佐祐理さん)を贔屓にする傾向があるような?
もう、出ずっぱり

番外編が終わったら次のメインは……誰だろ?
 
 

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