昼休み。
 俺は学食でパンと牛乳を買い、2年の教室まで来ていた。
「え〜と、天野と栞の教室は……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風
     〜お誕生日は無礼講でGO〜

番外ノ二
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やはり3年が2年の教室の前をうろうろしていると、嫌でも目立つ。
 だけど目立ってはいるが、だれも気にする様子はない。
「お、天野発見」
 教室で数人の友人と話しながら昼食をとっているようだ。
 俺は特に声をかけるわけでもなく、すたすたと教室へ入っていく。
「…………」
 そして無言で天野の背後に立つ。
 一緒にいた女生徒は不思議そうな顔で俺の方を見るが、気にしないことにする。
 俺はおもむろに天野の首筋に怪しげな手つきで指を這わせ、耳元に息を吹きかけるように声をかけた。
「美汐……」
「あぁん…………じゃなくて、何してるんですかっ、相沢さんっ」
「あはは、いい声してるな、天野」
「な、な、な、なにがですかっ」
「なにって……『あぁん』てところだ」
「声色を真似して言わないで下さいっ、似ていて気持ち悪いですっ」
「似てるか?」
「……不本意ですが」
 俺は呆然と天野とのやりとりを見ている女生徒の方を向く。
「……みなさんはどう思われますか?」
「うわっ、似てる〜〜」
「本人かと思いますよ、声だけだと」
「……そんな酷なことはないでしょう」
「あはははっ、似てる似てる〜」
「うんうん、面白いくらい似てる」
「……………相沢さん、いい加減に……」
「それじゃ、ちょっと目瞑ってみてくれないか? あ、その前に君たちの名前は? 俺は相沢祐一」
「わたしは瑞樹鈴です」
「私は橘涼」
「ん〜、それじゃ今回は鈴ちゃんが目瞑って」
「私は?」
「涼ちゃんは鈴ちゃんの反応を楽しんでくれ」
「りょうか〜い」
「わたしは目を瞑ってどうするんですか?」
「いや、特になにもしなくていい。適当に相槌打ってくれれば。あ、手は机の上においといて」
「は〜い」
「……相沢さん、なにをしようとしているんですか?」
「まぁ、暇潰し」
「……そうですか」
「そうなの。じゃ、はじめるぞ」
 俺は隣から椅子を拝借し、2回程咳をして喉を馴らす。
「瑞樹さん……いえ、鈴…さん」
「……鈴でいいよ」
「……鈴……実は、相談したいことが……あるんです」
「うわ、似てる。間の取り方とか」
「……そうでしょうか……」

「なに?」
「……女の人が……女の人を好きになるのは、変……でしょうか?」
「な、なにを――」
「はいはい、今から面白くなるんだから、口挟まない

「う〜ん、変って事はないけど……ちょっとおかしいかな」
「やっぱり……そうなんでしょうか……」
「……もしかして、天野さん……」
「ちがいます、それは私ではあり――」
「はいはい、わかってるから」

「……えぇ……」
「どんな子?」
「……優しくて、とても明るい……素敵な子です……見ているだけで、胸が高鳴るような……」
「真琴ですか? それは真琴のことを言っているのですか?」
「はいはい」

「……私も知ってる子?」
 俺はそっと鈴ちゃんの手に、俺の手を重ねる。
「……はい」
「あ、あれ?」
「相沢さん、その手はなんです――」
「はいはい」

「鈴……私……もうどうしていいのか、分からないんです」
「あ、え、え〜とね、天野さん?」
「……美汐……と、呼んでください……」
「う……か、かわいいかも……」
「瑞樹さんもなにを――」
「はいはい」

「……キス、しても……いいですか?」
「……………………うん、いいよ……」
「なに流されてんですかっ、瑞樹さんっ」
 ちっ
「まぁ、おふざけはここまでかな」
 俺は椅子から立ちあがる。
「はぁ……ほんとに相沢さんは……」
「でも似てるよね、かなり」
「……それは認めますが」
 天野は大きくため息を吐いた。
 そんなに呆れなくてもいいだろ。
「鈴、いつまで目瞑ってんの。もう開けなよ」
「……キスしてくれるんじゃないの?」
「鈴、あんたね……」
「瑞樹さん、本気にしてどうするんですか」
「え……美汐は冗談だったの……?」
「……さっきのは私じゃないでしょう」
「え? え?」
「……なんか本気で分かってないんじゃないか?」
「……それっぽいですね」
「はぁ……瑞樹さん、さっきまでのは相沢さん――この人が私の真似をしていただけでしょう?」
「……あ〜……そういえば」
 俺は涼ちゃんの隣に寄って、小声で囁く。
「鈴ちゃんって、天然?」
「かなり」
 ぼけぼけらしい。
「う〜、美汐の唇〜〜」
「やめてください、というか、なんで呼び方が美汐のままなんですか」
「……いや?」
「う……い、いえ、いやというわけでは……」
 押しに弱いな、天野は。
「それはそうと、うまそうなの食ってるな、天野」
 とりあえずフォローしてやるか。
「そ、そうですか?」
 目で『助かります』と言っている。
「自分で作ったのか?」
「えぇ……まぁ」
 ほぅ……なかなか器用だな。
「……もし宜しければ食べてみますか?」
「いいのか?」
「構いませんよ」
「んじゃ、はい」
 そう言って俺は口を開ける。
「……なにをしているんですか」
「あ〜ん、ってやつだね〜」
「……いいな、相沢君……」
「早く食わせてくれ」
「……いやです、はずかしい……」
 ……そうか。
「なら、今夜鈴ちゃんの家に電話しようか」
「どういう関係があるんですか、それが」
「なぁ、鈴ちゃん。電話えっちって知ってるか?」
「な、なをしようとしてるんですかっ、相沢さんっ」
「知ってます。この際本人じゃなくても構いません。声が美汐なら……」
「瑞樹さんっ、あなたもなにしようとしてるんですかっ」
「じゃ、電話番号教えて」
「はいっ」
「だめっ、だめです、だめだめですっ」
「なら、食べさせてくれ」
「…………はぁ、わかりました」
 天野はそう言って鶏の唐揚げを箸で挟み、俺の口元に持ってくる。
 その下に手を添えているのもポイント高いぞ。
「はい、あ〜んして下さい」
「あ〜ん」
 
 ぱく
 
「いいな〜いいな〜」
「…………」
「ど、どうですか、相沢さん?」
「……うまい」
「よかった……」
「ねぇ、美汐……わたしも、あ〜ん」
「ご自分のがまだあるでしょう、そちらをどうぞ」
 冷たく言い放つ。
「あ〜ん、美汐が〜美汐が〜〜」
 鈴ちゃんはぐすぐすと泣きながら床に『の』の字を書いている。
 そんな鈴ちゃんを無視して、天野は俺の方に体を向ける。
「……ところで、相沢さん」
「ん? なんだ?」
「何か用事でもあったのですか? わざわざ2年の教室にまで来て」
 …………忘れてた。
「あ、あぁ、実はあるんだ」
「……忘れてましたね」
 いや、あまりにも面白かったから。
「そんな目で見るなよ……」
「はぁ……相沢さんがそういう方だというのは知ってはいるんですけどね……」
 どういう意味でしょう、天野さん?
「……まぁ、いいや」
 俺は今朝決めたことを天野に話す。
「……そうでしたか、では、伺わせていただきます」
「そっか、じゃ、またな」
 そう言って俺は教室をあとにする。
「さて、あとは栞か」
 ……というか、時間がない。
「まぁ、帰りに寄って言うか」
 
 
 
 俺はまだ封も開けていないパンを片手に自分の教室へと戻っていった。
 
 
 
 
 


あとがき

私のSSに出てくるオリキャラは使い捨てが殆ど
今回の二人も、もう出てこないかと
あ〜、でも瑞樹鈴は結構好きかも
バカっぽいし
また出そうかな……

ちなみに読み方は
瑞樹鈴<みずき りん>
橘涼<たちばな りょう>

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