――どうして……
 ――なぜなんだろう……
 テーブルからポタポタと床に落ちていく赤い液体。
 部屋中にはむせ返るような、きつい香り。
 そしてわたしの手には、赤く染まった布巾と――赤く濡れたナイフが一本。
 なぜ、こんな事になったんだろう……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風
     〜お誕生日は無礼講でGO〜

番外ノ一
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ・い・ざ・わ・さん♪」
 俺が床にこぼれたワインをゴシゴシと拭いていると、いきなり背中にがばっと抱きつかれた。
「……天野、少し頭冷やしてこい」
「な〜んでですか? 私はじゅ〜ぶん冷えてますよ〜」
 科白の中に『♪』とか『〜』がある時点で冷えてません、天野さん。
 俺は大きくため息を吐く。
 今、水瀬家のリビングは凄いことになっている。
 部屋中がアルコール一色。
 どこを見ても酒、酒、酒。
 果実酒からスピリタスまで『どこから手に入れたんだ?』と言うようなものがごろごろと……
「……はぁ……なんでこんな事に……」
 時間は朝に遡る――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「もうすぐ佐祐理の誕生日」
「……いや、舞、いきなりそんなこと言われてもなにが言いたいか分かんないって」
 朝、登校中に顔を合わせて一発目がそれは無いと思うぞ?
 しかも振り向き様に。せめて挨拶くらいしてくれ。
「あ、そういえばそうですね〜。舞、憶えててくれたんだ〜」
 そう言って佐祐理さんは舞に抱きつく。
「は、はちみつくまさん……佐祐理は私のと、友達だから……」
 頬を染めながら言うとなかなか趣のあるシーンだな。
 百合っぽくて。
「それはそうと、おはようございます、祐一さん」
「……おはよ、佐祐理さん、舞」
「…………」
「舞、挨拶は」
「……おっは〜」
「ぶはっ、あははははは〜」
 
 びしっ
 
「あだっ」
「……笑わない」
 いや、無表情で『おっは〜』て言われても笑うしかないぞ?
「…………」
 佐祐理さんは佐祐理さんで舞の後ろで笑いを噛み殺している。
「……佐祐理、流行ってるんじゃないの……?」
 そうか、佐祐理さんが仕込んだのか。
 ナイスっ
「……え? あ、流行ってますよ? 実際テレビとかでやってましたし〜」
 俺はテレビ以外でそれをやっている人間を見たことはないぞ。
「…………」
 舞は憮然とした表情で佐祐理さんを一瞥したあと、俺の方に向き直る。
「……おっは〜」
 今度は振り付き。
「あははははははは〜〜〜〜っ」
 
 びっしぃっ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いたたた……」
「舞、なにも佐祐理さんにまでチョップ入れることは無いと思うぞ」
「……佐祐理は嘘を言った」
「嘘ってわけでもないんだが……」
「よく考えてみると、学校でそれやってる人見たことない」
 まぁ、俺もない。
「……それはそれでいいとして、佐祐理さんの誕生日ってもうすぐなんですか」
「あ、そうなんですよ〜」
「5月5日」
 休み真っ只中ですね。
「佐祐理さんの家でパーティーとかするんですか?」
「今まではしていたんですけどね〜」
 ……あぁ、今は家を出てるんだったな。
「……よし、それじゃ、俺の家でやりましょうっ」
 俺のっていうか、秋子さんの家だけど事情を話せば大丈夫だろ。
「いいんですか?」
「えぇ、なにより、佐祐理さんの誕生日ですからね……」
「ゆ、祐一さん……」
 と、俺と佐祐理さんがふたりの世界に浸っていると頭に衝撃が走る。
「……痛いぞ、舞」
「……私の誕生日も……」
「まだまだ先だろ? なに言って――分かった、やるからその手を下ろせって」
「……そう」
 外見と違って子供だよな、舞って……
「それじゃ、電話してみますね」
 俺は鞄に手を伸ばし、中を漁る。
「あ、あったあった」
「携帯電話ですか?」
「……持ってたの?」
「まぁ、普段はまるっきり使わないけどな。あればあったで便利だし」
「佐祐理も舞とお揃いで持ってるんですよ。ね〜、舞?」
「はちみつくまさん」
「そうか? じゃ、あとで教えてもらお」
 俺はぽちぽちと操作して水瀬家へと繋げる。
『はい、水瀬です』
「あ、秋子さん? 俺です」
『了承』
「そうですか、ありがとうございます。詳しいことは帰ってから話しますね」
『え? あ、ちょ、ちょっと待って下さいっ。軽い冗談じゃないですかっ。まだ何も聞いて――』
 
 ぶち
 
「……なんだか凄く短いやりとりでしたね」
「秋子さんは俺の1を聞いて100を理解する方ですから」
「ふぇ〜〜、凄いですね〜〜」
「……多分違うと思う……」
 どういう耳をしているのか、舞には聞こえていたようだ。
「さて、それじゃ、人集めをしますか。俺は2年を、舞と佐祐理さんは3年を回ってください」
「はいっ」
「……はちみつくまさん」
「少し早いですが、パーティーは今日から始めましょう」
「明日から連休ですからね〜」
「……前祝い?」
「そんなもんかな? じゃ、解散っ」
「お〜〜」
「……お〜〜」
 
 
 
 
 
 これが地獄の始まりだった……
 
 
 
 
 
 


あとがき

「月に叢雲、花に風 番外編」 第一話でございます
内容はサブタイトルにある通り
長〜い八章を書く余裕がないので、短く区切った番外編をしばらく続けます……
いろいろ突っ込みたい所はあるでしょう
今は心の隅にしまっておいてください……

ちなみにスピリタスというのはアルコール度数96%の『最終兵器』とでも言える酒です
見つけてもストレートで飲まないように

SS index / this SS index / next 2001/12/26