秋子さんの受けた衝撃は、その表情から見て取れる。 
 相沢祐一だと信じていた人間が全くの別人――いや、全く、とはいわないまでも、違う人間だったということ。 
 しかも性別まで違うときた。 
 
 というか、これでショックを受けない方がおかしいか…… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風 
     〜わたしに捧げる鎮魂歌〜 

三章 - I bury me - 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「俺は何度もあの人達に言いました。わたしは祐一じゃない、祐璃だと。 
 でも信じてくれない、と言うより、理解できていませんでした。 
 その度、おまえ以外に祐一が居るはず無いだろう、そう言われました!」 
 いつの間にかおもいきり拳を握りしめていた。 
 知らず、声を荒げてしまう。 
「違う! わたしは祐一じゃない! 祐璃だ! 祐一は死んじゃった……死んだんだ! 
 もう……もうどこにも居ない! どうして? どうして死んだの……わたしは…… 
 わたしはこれから誰を見て生きればいいの……? 祐一……祐一ぃ……わたし……」 
 ぼろぼろと涙が溢れてくる。止めようとしても、後から後から流れ続けてくる。 
 
 優しかった祐一。 
 少し意地悪だった祐一。 
 あの日のことを、楽しかったときのことを、幸せだった日々を思い出す。 
 ただそれだけで、こんなにも悲しく、虚しい。 
 
 柔らかな温もりを感じて顔を上げると、秋子さんが肩を抱いていた。 
「今度は私の番ですね…… 
 ひとはいつか死ぬ、そう私は言いましたね? 
 祐一さんはそれが他の人より早かっただけ。ただ、ちょっと早すぎました…… 
 死者を想い悲しむのも生者の特権ですが、そればかりではなにもなりません。 
 生者には死者の代わりに前へ進む義務があるんです。そこで足を止めていてはいけないんです。 
 祐璃さんはちゃんと進みました。それこそ死んでしまった祐一さんの代わりに。 
 だから、あなたはたまには休んでも良いんです。いくらでも泣いていいんです。 
 それを咎めるようなひとは居ません……私だって、そうでしたから」 
 
 
 泣いた。 
 わたしは祐一になってから、初めて、泣いた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さっきとは逆になってしまいましたね……」 
「そうですね。ひとには泣きたくなることもあるでしょうから」 
 秋子さんはわたしが言ったことをそのまま返した。 
「あはは……そうですよね、ありますよね」 
 いくらか気持ちが楽になった。 いままで心を覆っていたもやもやが薄くなった感じ。 
 話を続ける。 
「結局、分かってもらえません。そしてわたしは祐一として生きることを決意しました。 
 わたしが祐一になって初めてしたことは……」 
 秋子さんをちらりと窺うと、大丈夫です続けてください、と言った。 
「……祐一の埋葬でした。自分の埋葬というのもおかしな話しですけどね」 
 少し戯けて言ってみたが、秋子さんは笑ってはくれなかった。 
「それで、どうしたんですか……」 
「子供に出来ることなんてたかが知れています。俺はあの産婆さんの力を借りることにしました。 
 どこに埋葬しようか迷いましたが……結局、祐一の思い出の中にあるこの街にしました」 
 秋子さんはこの言葉に少し驚いたようだ。どこですか、と表情で聞いてくる。 
「ものみの丘ですよ。その奥、誰も来ないような静かなところです。 
 あそこなら祐一も安心して眠りに就くことが出来るでしょうから。 
 目立たないですが、墓標も置きました」 
「そうですか……近い内にでも行っても……」 
「えぇ、祐一も喜ぶでしょう。行ってあげてください。このことを知るのはわたしと産婆さんだけです。 
 お墓参りなんてするひとは居ませんでしたからね……」 
「そうですか……。でも、男の人として生活するのは……大変でしたでしょう?」 
「えぇ、大変と言えば大変でしたけどね。髪さえ切って肌の色を気にしなければ…… 
 はっきり言って見分けなんてつかなかったので。相沢祐一は男、という先入観もありますし。 
 ここまで大きくなっても秋子さんは気が付かなかったでしょう? あとの問題は記憶だけでしたね」 
「たしかに、常々女顔だとは思ってましたが……本当に女の子とは思いませんでしたね」 
「あはは……でも、祐一はわたしのことを抜きにしても女顔でしたよ」 
「そういえば……七年前も女の子みたいに可愛らしい男の子でしたね……」 
「ほんとうに。弟と言うより妹です――って、話が逸れましたね。えっと、そう、記憶でしたね。 
 これはあの夜祐一から聞いたことと、今まで聞いたことの分しかありません。 
 ですから一部は記憶喪失で思い出せない、と言うことにしました」 
「あぁ、だから――」 
「そうです。この街のことで思い出せないことがある、と言う部分がそれです」 
「そうだったんですか。それでも誤魔化せないことは出てくるんじゃないですか? 体の問題とか」 
「まぁ……胸は……もともと余りありませんし、サポーターすれば全く目立ちません……」 
 秋子さんは思いきりばつの悪そうな顔をする。 
「……まぁ、これは丁度良かったと思うべきなんでしょうね」 
「そ、そうですね……」 
「水泳だとか、服を脱いだりするのは、あれです。当主権限というやつで」 
「当主? 義兄さんのですか?」 
「あ、いえ、違いますよ」 
「……どういうことなんです?」 
 少し言いづらいけど……まぁ、なるようになるか。 
「あの二人には隠居してもらいましたよ。もう普通に生活できる精神状態じゃないので。 
 今頃はあの座敷牢で余生を楽しんでいることでしょう。産婆さんのおかげで快適ですからね、あそこは」 
 真実はわたしがあの二人の数々の悪行を告発したのだけれど。 
「そんな……それじゃ、海外へ出張というのは……?」 
「カモフラージュですかね……といってもちゃんと出国したことになってますが」 
「じゃあ……今の当主は……」 
「相沢祐一です」 
 
 
 
「…………」 
 
 
 
「…………」 
 
 
 
「ほんとですか?」 
「ほんとです」 
 
 
 
「…………」 
 
 
 
「…………」 
 
 
 
「またまた……私を担ごうとしてるんですか?」 
「あはは〜」 
 誰かさんみたいに笑ってみる。 
「で、本当は誰なんですか?」 
「相沢祐一です」 
 
 
「…………」 
 
 
「…………」 
 
 
「…………」 
 
 
「…………」 
 
 
「本気と書――」 
「本気と書いてマジです」 
 
 
「…………」 
 
 
「…………」 
 拗ねている。 
「まぁ、そんなことはもうどうでもいいんですよ」 
「……いいんですか……」 
「いいんです」 
 きっぱりと言う。 
「それよりも、これからのことです」 
「そうですね……」 
 まだ拗ねている秋子さんを無視して続ける。 
「このことは……暫くみんなには黙っていてもらえませんか」 
「そうですね……」 
「あきこさん」 
「はい」 
「黙っていて……もらえますか? 秋子さんだからこのことを話したんです」 
「……わかりました。仕方ないですね。こんなこと、言えるわけありませんしね……」 
「ばれたときは、わたしが全て話します。とは言っても、このままずっと隠し通す予定ですが」 
「ゆうい――祐璃さんは、それで良いんですか?」 
「祐一で良いですよ。実際その名前で呼ばれたのは数週間ですから。祐一のほうがしっくりきます」 
「それじゃぁ、祐一さん……本当にそれで良いんですか……?」 
「いいんです。こんな形になってしまいましたが、祐一の幸せがわたしの願いだったんです。 
 それに、わたしと祐一は双子です。わたしが男の格好をしていれば、それは祐一の姿なんです。 
 鏡を見て悦に浸るような性格はしていませんが……それでも、そこに祐一がいるような気にさせてくれます。 
 祐一を感じられるんです。だから……」 
 わたしは祐一でいたい。 
「そうですか。でもたまには祐璃に戻ってみてはどうですか? 服は無いでしょうから、私のを貸しますし」 
 秋子さんがそんなことを言う。気晴らしくらいにはなるだろうか。 
「まぁ、たまには良いかも知れませんね。もうずっと祐一ですし。祐璃に戻ってみるのも新鮮かも」 
「じゃぁ、明日はどうです? 丁度日曜で私も仕事はありませんから」 
「……急ですね」 
「善は急げと言いますし」 
 確かに言いますけど…… 
「わかりました。それじゃ、明日ですね」 
「真琴も名雪もお昼まで寝てるでしょうから……いつもの時間に起きてくださいね?」 
「はい、わかりました」 
 すでに時間は深夜の三時を回っている。 
「おやすみなさい、祐璃さん」 
 
 わたしの、本当の名前―― 
 
「ええ、おやすみなさい。秋子さん」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、そうそう」 
「どうしたんですか?」 
「祐一さん」 
「……なにか……?」 
 なにか言い残したことでもあるのだろうか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「男の格好で”わたし”はちょっと気持ち悪かったですよ?」 
 う…… 
 
 
 
 
 

 
あとがき 
 
さらに短くなってしまった…… 
今回は会話メイン 
一章、二章よりは読みやすい……と思います 
次はお墓参りでしょうか? 
……う〜ん、どうしよう…… 
 

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