す、と軽い音を残し、太刀は抜かれた。
 それは月明かりに照らされ、禍々しく映る。
「邪魔はしてくれるなよ……」
 ひゅ、と真一文字に太刀を振るう。
「全鬼、護鬼。頼むぞ」
 祐一はふたりの女へ目配せをする。
「承知」「理解した」
 その答えを確かめるように祐一は頷く。
「では」「参る」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼月幻想奇譚
    〜 正しい魔物の屠り方 〜

五ノ門
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 二人が飛び出すと同時に、祐一も栞の寝所に向かい、走る。
「させるか!!」
 香里の放った呪が足元を抉る。
「邪魔するなと、何度も言ったはずだけどな。妹がどうなってもいいのか?」
「うるさいうるさい!!」
 強大な力が香里の周囲から滲み出してくる。
「集いて消えろ! 戒重!!」
 がんがんと木の板を殴るような音が周りからして、同時に地面が丸く抉られた。
 祐一は規則性が皆無の戒重を難なく避け、香里の目の前にまで来る。
 太刀を逆手に持ち替え、柄頭を鳩尾に突き出す。
「しっ!」
 香里は柄を左手で流し、右肘を顔面目掛けて放つ。
 沈み込むようにしてそれを避け、鞘を薙ぐ。
 びきぃ。右の拳が振り下ろされて弾かれた。
 攻めであるはずの祐一の手が痺れる。
 いくら鞘での攻撃とはいえ、一撃で行動不能にさせるだけの力を込めたはずだった。
 それを拳のひとつで防ぐとは。祐一は目を細める。
 左右の攻撃を避けられ、正面が開いてしまった。香里の膝が祐一の顎先を捉えた。
 じゃっ。衝撃が叩き込まれる寸前、頭を振って逃れる。
 頬と耳が削り取られるような勢いだ。摩擦で肌が赤くなる。
「弾けて燃えろ! 紅爆!!」
 はっと頭をあげると、手のひらが祐一の視界を覆い尽くしていた。
「死ねぇ!」
 爆音。
 祐一は驚異的な反射神経で体を回し、それをかわした。
 しかし衝撃波が鼓膜を揺らす。初動が遅れた。
「纏いて刻め! 双刃!!」
 呪を唱えた香里の両手に水のような液体が生まれ、ずっ、と鋭く伸びた。
 手の甲に二つの刃を携えた香里は、息の吐く間もないほどの攻撃する。
 斬り、突き、裂き、投げ、撃ち、あらゆる技を繰り出した。
 祐一もこれには苦戦を強いられた。思ってもみないほどに香里は強かった。
「鬼……栞を、栞を!!」
 切れた女はまさしく鬼。
 祐一は遠巻きに香里を見たことはあるが、ここまで変わってしまうものかと考える。
 それほどに大事な妹なのだ。栞というのは。
 そして、その栞の命は――
 ぎぃっ。
「――御主人。ここは私に」
 あと一寸で首が飛びそうなところを、全鬼が太刀の鞘で受け止める。
「助かる」
「これも務めです」
 祐一は全鬼と体を入れ替え、寝所へと急ぐ。
「貴様、待て! どけぇっ、鬼ぃ!!」
「月並ですが、ここを通りたければ私を倒して下さい」
 鞘に刃の食い込んだまま太刀を抜き放ち、首筋を斬りつける。
 香里は体を反らしてそれを避ける。
「あなたは御主人の命を脅かしました」
 引きつけた太刀をのどに突きつけ、かわされると同時に横に薙ぐ。
 金属を打ち砕く甲高い音が響いた。
 香里は辛うじて残った手の甲の双刃で全鬼の太刀を受けている。
「その代償は高くつきます。恐怖に打ち震えて下さい」
「なめないでよ……あたしは、美坂なのよ」
 再び呪を唱え、刃を再生する。
「跪いて命乞いをしろ!」
 怒声とともに凶悪なまでに鋭い斬撃を全鬼の胸に叩き込む。
 全鬼は柄頭でそれを打ち落とす。兜金が派手な音を立てた。
 弾かれた右手を引き、左の刃を頭めがけて振り落とす。
 全鬼は柄を振り上げ、切っ先を下に流す。
 香里の双刃は太刀の上を滑り、軽くいなされてしまう。
 崩れかけた体勢を無理矢理捻り、そのままの勢いで回転するように腕を振るう。
 ぎぎっ、と太刀が火花を散らせて香里の二連撃は防がれた。
 全ての動きが次の動作に繋がるなめらかな体捌き。
 御主人が苦戦を強いられるわけだ。全鬼は考える。
「散りて分かれろ! 針鈴!!」
 双刃から針のような細かい刃が、りん、という鈴の音と共に噴き出す。
「消える。散」
 その短い呪のひとつで針鈴は砕かれた。
 全鬼が袈裟に香里を斬る。じ、と服を切り裂き、胸が露わになった。
 下ろされた切っ先を薙ぎ、足を狙う。
 香里ははだけた胸を気にする素振りも見せず、双刃を地面に突き刺すようにしてそれを防ぐ。
「はっ!」
 無防備になった全鬼の頭上に、もう一方の双刃を振り下ろす。
 とった。香里は確信した。
 しかし。
 ぎゅ、と奇妙な音がして、全鬼の姿がかき消えた。
 空を切った双刃がその下の地面を大きく抉る。
「なっ!?」
「詰み。人にしてはいい動きをします」
 香里の背後から首筋に刃を当て、全鬼は感情の乏しい声で言う。
「十と九つ。頑張った方です。褒めてあげましょう」
「…………」
 両手の呪を解き、香里はうなだれる。
 悔しさからか、悲しみからか、涙が頬を伝う。
「殺せ」
 地面にぽつぽつと涙の跡が広がる。
「栞も、もう……あたしはなんのために……」
 き、と静かな音を立て、全鬼は刃を収める。
 表情には変化の欠片も見られない。
「そうですね……殺すのはもう少ししてからでいいでしょう。死にたくないと言われても殺して差し上げます」
「なにを……」
「……あちらの方も終わったようですね」
 つい、と全鬼は二人と戦っていた護鬼の方を見る。
「あはは〜……舞? 死んじゃった?」
「は……ちみつくまさん……死んじゃった……」
「あ、あはは〜……舞、舞、舞。流石にそれは非道いよ。ほら、立ち上がって盾にっ」
「……さ、佐祐理の方が非道い……」
 護鬼が印を組み腕を振るうたび、面白いように舞と佐祐理はころころ転がる。
「あなた達……何者なのよ……」
 憎しみを込め、香里は全鬼に吐き捨てるように言う。
「鬼です」
 答えは簡潔極まりないものだった。
 
 祐一は崩れ落ちた壁を突っ切り、栞の寝所へ飛び込む。
「くそっ、邪魔だ」
 崩れた壁を蹴り飛ばしながら栞の元へ急ぐ。
「生きてるか? 死んでるか? どっちもか?」
 栞の傍らに座り、胸に手を当てて調べる。
「…………なんとか大丈夫か」
 叫んだ時のどを切ったのだろう、口元に血が付いていた。
 指で拭い、それをなめる。
 胸に置いた手に力を送り、祐一は開いた門を閉じる。
 閉じるだけなら、さして大きな力を使わずに済む。
 これが呪の行使中であればそうも行かなかっただろう。
 呪というのは、使うのにも色々と制約がある。
 開門、取込、行使、返還、閉門の五つの行程を経て完成される。
 開門により異界と繋げ、取込により異界の空気をこちら側に引き込む。
 行使はいくつかの作業に分かれる。
 異界の空気には呪の行使に必要な要素だけではなく、人体に致命的な毒素も含まれる。
 それを取り除き、純粋な呪の要素だけを取り出し、そして行使する。
 返還はその毒素を異界送り返す行程だ。そして閉門。
 異界の空気はこちら側と交わることはないため、開いておいても問題はない。
 門を開いておけないのは、引き込まれるからだ。
 異界には精気を引き込む性質がある。取り込んだ呪の要素の代償のようなものだ。
 長く開けば、引き込まれる精気の量も増える。
 そしてそれは行使者に求めるものではない。
 そのため返還と閉門は先に行われることが多い。
 行使を行わなくても要素そのものは維持出来るからだ。
 高位の呪は必要な要素の量も桁外れなため、門を開いて取り出し続ける必要がある。
 最後に行使者はその要素を言霊を媒体にし、自分の力を呪に変換する。
 これが呪の概要だ。
「……よし。後は」
 ごそごそと懐を探り、符を取り出す。
「これか……癒し札、ぺたり、と」
 栞の胸には傷らしい傷は無い。蒼光は寄生鬼だけを捕らえる呪だからだ。
 寄生鬼を殺すために使った蒼光は、体力を著しく消耗する。
 癒し札は人の回復力を向上させ、治癒を早める効果がある。
「はぁ……これでいい」
 ぺり、と札を剥がす。力を送り終えれば用無しだ。
 祐一はくしゃりと札を握りつぶし、立ち上がる。
「まったく。余計な邪魔が入って焦ったな……」
 大きなため息をひとつ吐き、邪魔した顔ぶれを思い出す。
 美坂香里、美坂家の今代の当主。
 川澄舞、伏鬼士の一族。
「あとはひとりは……えっと……誰だ?」
 倉田佐祐理、報われない薄幸の少女。
 
 
 御簾を引き上げ、祐一が外へと姿を現す。
 その表情は、疲れたように眉間に皺が寄っている。
「終わりだ、全鬼。護鬼、遊んでないで帰るぞっ」
「承知」
 遠くから、理解した、と護鬼が答え、小さな体を揺らして懸命に走ってくる。
 護鬼の後ろには舞と佐祐理が折り重なるように倒れていた。
「……あなたは……尽きる命を刈り取りに来るという、死鬼の一族なの……?」
 香里は顔を伏せ、涙を流しながら問う。
「栞は……どうやっても助けることは出来なかったの……?」
「人の生は限られている。いずれ尽きる命でも刈ることは出来ないだろう」
 祐一は答える。
「死鬼の一族は、最期を看取り、魂を極楽浄土へ届ける水先案内人と言われている」
「それじゃ……栞もそこへ……」
 肩をすくめ、泣き続ける香里に言う。
「俺はそこがどこにあるかなんて知らないけどな」
「マスター?」
 護鬼が流暢な西方の言語で祐一に話し掛ける。
「あぁ、帰るぞ」
「待ってよ、あたしを殺すんでしょ……? 早くしてよ……」
「…………全鬼、おまえなにか言ったのか」
 無表情のまま全鬼は答える。
「もう少ししたら殺して差し上げます、と」
「……まぁ、その場で殺さなかっただけ成長したか」
「ありがとうございます」
 礼を言われることか、と祐一は思うが声には出さない。
「殺すなよ、全鬼。人の寿命は高々五十年だ。今死ぬ必要もない」
「どうして……どうして……?」
 さめざめと涙を流す香里に背を向け、祐一達は闇にとけ込むように立ち去る。
 あとには崩れた壁と、荒れ果てた庭と、香里の見知らぬ二人の女性だけが残っていた。
 
 
 
 
 


あとがけ

次のバトルは五話ほど先です(汗
一通りの登場人物出さないといかんのです。
それにしても戦闘シーンに緊迫感が無いというか、うまく書けませんな……
参考になりそうな小説ってないですかねぇ?

柄頭<つかがしら>
鳩尾<みぞおち>
兜金<かぶとがね>
 柄頭を覆う金具
死鬼<しき>

そろそろここに書くネタも無くなってきました……
う〜ん、それじゃ全鬼と護鬼の話にしましょうか。
モデルは前鬼と後鬼というのはすぐ気付きますね。
役小角(えんのおづぬ)の使役した鬼神。
鬼じゃなくて山人だったとも言われますけど。
調べて分かったんですが、前鬼・後鬼は『鞍馬天狗』としても伝わっています。
あはは……祐一の呼び方、鞍馬の鬼天狗にしようとしてました……
微妙な一致。ネタがありきたりとか言うな。
役小角は634年に誕生、701年に没したと言われます。
このSSの300年前あたり。
ちなみに前鬼と後鬼は夫婦。メガテンやった人は分かるかな?
結構使えるネタが昔話とか伝承とかに多いです。
1000年以前に起こった出来事とか、面白いものも多い。
これ見てる物書きの方。和風ファンタジー書きましょう。

それにしても読みにくいな、私の文章……
あ、今ちょっと落ち込んだ。
……もちっと勉強するかな、小説の書き方。
いいサイト知ってる方メールぷりーず。
でも一番の原因はボキャブラリーが貧弱なことだと思うんだけど。
表現力の弱さも。あうあう。
いや〜、考えたことを文章にするって難しいね〜
 

SS index / this SS index / next 2002/05/17