「あ〜、さみ」
 玄関のドアを開けながら呟く。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま、秋子さん」
「寒かったでしょう? お風呂沸いてますよ」
 それはありがたい。
 夜の街があそこまで寒いとは予想外だったし。
「それじゃ、先に入らせてもらいますね」
「わたしも一緒に入る〜」
 
 がしぃっ
 
「……なんでここにいるんだ、まい?」
「あいたたっ、いたいっ、あたま潰れるっ」
「な、ん、で、ここにいるんだ?」
「だ、だって、久しぶりに会ったんだしっ、いいでしょ〜」
 
 どげっ
 
「帰れ、ぱちもんっ」
「ぱちもんじゃない〜っ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウゴ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、あの……祐一さん?」
「なんですか、秋子さん?」
 微笑み。
「…………なんでもないですよ」
「そうですか」
 ドアの向こうからどんどんと叩く音と、『寒いって、シャレになんないって、祐一〜っ』という幻聴が。
「疲れてるんだな。風呂に入って寝よう」
 部屋に戻って着替えを取ってくると、幻聴は弱々しいささやき程度まで収まっていた。
「秋子さん、お風呂使いますね〜」
「はい、どうぞ」
 台所で家事をしている秋子さんに声をかけ、俺は風呂場へと向かう。
 脱衣所で服を脱ぎ、洗濯物はカゴに突っ込んでおく。
「さみっ」
 湯気に曇る風呂場のドアを開ける。
「……………………」
「……………………」
 
 白い肌
 小さな体
 茶色の髪の毛
 つるつる
 
「……………………」
「……………………」
 真琴は、お湯の温度を確かめるためか尻をこちらに向けたまま、固まっている。
 俺はと言えば、真琴と変わらない格好だ。
 すっぱ。
「あうっ!?」
 ぼふん、と奇妙な音を出して湯船に特攻をかける真琴。
 見事にあたまから突っ込む。
「ごごごごごご主人様ぁ」
 気が動転しているのか、湯船の中でごぼごぼごと溺れている。
 バカか。
 俺は真琴の腰に腕を回して引っこ抜く。
「世話の焼ける……」
「あ、あぅ〜」
 顔を手で覆っているが耳まで真っ赤だ。
「…………?」
 ふと、妙な感触を腕に感じた。
 見てみると、黄色のような茶色のような、ふさふさした棒が揺れている。
 ふさふさといっても、濡れているのでよく分からないが。
「…………」
 ぐい、と引っ張る。
「あぅっ」
「…………」
 
 ぎゅ〜〜〜〜
 
「あぅ〜〜〜〜」
「…………」
 しっぽか。
 よく見れば、真琴の菊座から少し上、尾てい骨のあたりから生えている。
 なるほど。
「アホかっ」
 
 ざば〜ん
 
「あぅっ」
 もがく真琴。
 そのあたまからは、しっぽと同じ色の猫耳のようなものも生えていた。
「生やしてんじゃねぇっ」
「そ、そんなこといわれてもぉ」
 なぜ生えるかはたいした問題じゃない。
 ドッペルゲンガーだっているんだから、こんなのがいてもおかしくないし。
 よく観察してみる。
 耳は広く、先が少しとがっている。
 しっぽは湯船の中でゆらゆら漂っていて気持ち悪い。
 そのどちらも、先のほうの毛が白くなっている。
 猫というより、狐だ。
 ……狐ってホントに人に化けるんだな。
 いや、それよりも。
「おまえ……ぽちか?」
「あぅ……うん、ぽち」
 たしかに昔、狐と遊んでいたことがある。
 主人には絶対服従を教え込んだこともある。
 名前はぽちと付けた覚えもある
 大人になったら恩返しに来て俺に楽させろ、と言った覚えもある。
 ……しかし、まぁ、それが現実になるとは思いもしなかった。
「…………」
 人差し指を真琴に突き出す。
「ばん」
「あぅっ」
 真琴は胸を押さえて湯船に沈んでいく。
「おぉ、ぽちだ」
 昔仕込んだ芸のひとつだったりする。
 いつまでたっても浮かんでこないぽちを引き上げ、ばしばしと叩く。
「もういいぞ、生き返ってこい」
「あぅ〜」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 風呂から上がったぽちは俺の部屋に来ておずおずと話し出す。
「まさかおまえがぽちだったとはね」
「あぅ……ご主人様、全然覚えてなかった……」
「そらそうだろ。常識で考えればおまえがぽちだと気付くはず無いしな」
「それでも……気付いて欲しかった……」
 ぽちは耳を伏せて俯く。
「ふん……まぁ、こうして会いに来てくれたのは、嬉しいけどな」
「……ホント? 迷惑じゃ……なかった?」
「あぁ」
 微笑み。
「…………あは…………あ、うん、よかった」
「それにしても……」
 俺はぽちの耳をふにふにといじる。
「あぅぅぅ〜〜〜」
「本物だな。こっちの耳はどうなってんだ?」
 髪をかき上げ、のぞき込む。
「あぅん」
「無くなってる。耳の器官ごと脳天に移動してんのか?」
 不気味だな。
「しっぽのほうは?」
 ひっくりかえし、寝巻きをずり下げる。
「あぅっ」
「おぉ、めちゃめちゃふわふわだ」
 たっぷりとあるしっぽの毛はやわらかく広がっている。
 なんかアクセサリーのしっぽをでかくしたような感じだな。
「ご、ご主人様〜」
 尻丸出しの情けない格好でぽちは嘆く。
「は、恥ずかしいよぉ」
「ほう、そうか。俺の好奇心を満たすのとおまえの羞恥心、どちらが重要なんだ?」
「…………ご主人様のほう」
「なら黙ってろ」
 しっぽのつなぎ目は、肌から徐々に毛が濃くなっているようだ。
 毛をかき分けてみると皮膚が見える。
「すげぇな」
 つなぎ目あたりをこりこり爪先で掻いてみる。
「あ、あぅ……あっ」
 尻からなめらかに生えている。
 ぎゅっと握れば太さは2cmほどだが、放せばふわりと膨れ、太いところで10cmくらいになる。
「ふ〜ん……」
 とりあえずぽちを解放する。
「あぅ〜〜〜」
 顔を真っ赤にして俺を睨むが、それ以上に鋭い俺の視線にあっさりと目を逸らした。
 根性無しが。
「真琴、それは仕舞っておけよ」
「うん……」
 下ろされたパンツとズボンを履き直し、恥ずかしそうに後ろを向く。
「そろそろ時間……」
 ぽちは言いながら俺のベッドに潜り込む。
「ご主人様、もう寝よぉ」
 
 ごがぁっ
 
「あぅっ」
「そこは俺の場所だ」
 ぽいっとぽちを放り投げ、俺はベッドに入る。
「ご主人様ぁ、昔みたいに一緒にぃ〜」
「うっさい」
「……あぅ〜〜っ」
 ぐしぐしと半べそをかきながらぽちは部屋から出ていく。
 寝る時くらいひとりで静かに寝たいんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「リアルだよ……ぱちもんじゃないよ……。あはは。寒いよ、祐一ぃ……」
 玄関先は瘴気が渦巻いていたりする。
 
 
 
 
 


あとがき

かなり久しぶりです
いや……なんか書き方忘れちゃったんですけど……
こんな感じだったっけ?
う〜ん、いまいち
 
 

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