「…………」
 寝起きの微睡みに身を任せ、布団にくるまっている。
「…………」
 相も変わらず気温が低い。
 布団から出るのがイヤになる。
 しかしまぁ、出なきゃいかんのは百も承知。
 ごそごそと着替えを布団の中に引っ張り込んで暖める。
「……つべたい」
 一晩中晒された制服はすっごく冷たかった。
「……ご主人さごすっ
「なんでまたいるんだこら」
「あぅっ、あぅっ」
 ぽちは床の上で痛みにもがく。
 ご丁寧に布団まで持ち込んで敷いている。
 とりあえずそれで簀巻きにして、梱包用の紐でグルグル巻きにしておいた。
 ふがっ、ふがっ、となに言ってるかわかんねぇ。
「…………」
 ぽちがもがく姿は、ぶっとい太巻きがぐねぐね蠢いているようだ。
 ふがっ、ふがっ
 ……うずうず。
 俺の琴線も疼く。
 ふがっ、ふがっ
 ……うずうず。
 なんか、こう、抱えるのにちょうど良さそうな胴回り。
 ふがっ、ふがっ
 ……うずうず。
「…………ふんっ」
 おもむろに太巻きに腕を回し抱え上げ、そのまま背を反らして――

 どっがぁっ

「あっう〜〜〜〜っ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウロク
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 擬音を付けるなら『ぷしゅ〜』とでも出そうな勢いで太巻きはおとなしくなった。
「……じゃまだな、これ」
 窓を開け、ベランダに天日干し。
 天気もよく、空には厚い雲が垂れ込めている。
 絶好の凍死日和だ。
「せめてもの優しさだ」
 日に当たらないように隅の方に転がす。
「……さてと、下に行くか」
 着替えてから部屋を出て、アホに一発かまして階段を下りる。
 そしてふと、足を止めた。
「…………」
 玄関からただならぬ気配が漂っている。
「おはようございます、祐一さん。どうしたんですか?」
「あ、おはようございます」
 秋子さんに玄関のドアを指し示す。
「なにか感じますか?」
「……いえ、特になにも感じませんけど……?」
 ふむ、それじゃ気のせいということにしておこう。
「お、はようご、ございまふ……」
 アホがふらふらと階段を下りてくる。
「おはよう、名雪」
「うん……お母さん、なんか最近起きるたびに体が悲鳴を上げるんだけど……」
「あら……どうしたのかしらね」
 全く心配している様子も見せずに、心配そうな言葉だけを投げかける。
「名雪、んなこといいからメシ食え、メシ。せっかく早く起きたんだからな」
「うん」
 ふら〜、と食卓に移動してトースターに食パンをセットする。
「俺の分も頼む」
「うん」
 俺はそう言って洗面所へ行く。
 あったかいタオルで顔をがしがしとこすり、いろいろとスッキリとさせる。
 戻った時には食卓に、トースト、コーヒー、スクランブルエッグ、と王道的な朝食が用意されていた。
「いただきます」速攻で胃に収める。「ごちそうさま」
「わ……早いよ」
 そう言った名雪の手には、まだジャムの塗られていないトースト。
 時計をみるとまだかなり余裕がある。
 こいつひとりでもなんの問題も無さそうだ。
「名雪、先に行ってるからな」
「え……一緒に行こうよ〜」
「俺が準備している間にお前の準備も終わったらな」
「う、うんっ」
 名雪はトーストにジャムを塗りたくり、あぐあぐと口に運ぶ。
 真っ赤なジャムを口の周りに付けて貪る姿は、なんとも浅ましい。
 ろくに食ってない餓鬼みたいだ。
 それを横目に俺は部屋に戻って鞄を持ってくる。
 特に持っていく物もないので、これで俺の準備は完了。
 名雪はパジャマのままで、いまだにトーストを囓っている。
「あ、あ、あ、ゆういちぃ」
 口元をべたべたとジャムで汚したまま焦っている。
 それを無視して俺は靴を履き、ノブに手をかける。
「じゃ、秋子さん、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
 ドアを開けると、どんよりとした空模様と、どんよりとした空気が俺を迎える。
「……いい天気だ。こんな日はちょっと小走りで学校に向かいたくなる――なっ」
 と同時に駆け出す。
「え、あ、ちょ、ちょっと祐一〜〜〜っ」
 後ろから子供の声が聞こえなくもないような気がしないでもない。
  ……自分でいっててよくわからん。
 200mほど全力疾走したところで、視界になにかが映った。
「……ん? あれは……舞か」
 前方に見覚えのある後頭部が見える。
 俺の知り合いの女では、比較的まともな部類。
 少し足をゆるめて舞に追いつく。
「よ、舞」
「……ん」
 こく、と頷く。
 そして思い出してしまった。
 ばっばっ、と辺りを見回す。
「……ふぅ、いないか」
「なにが?」
 舞は不思議そうに言う。
「あ、いや……舞の友達? の、佐祐理……さん?」
 疑問系だ。
「佐祐理は、病気が……」
「そうか、病気か」
 てことは休みだな。
「風邪か? この学校の制服、防寒性皆無みたいだもんな」
 一応は舞の友人なのだから、ほんのちょっとは心配しておこう。
「ううん、違う。持病みたいなもの」
「持病? 病気っぽい感じはなかったと思うんだが」
「パラノイアっていう……」
 どばっと冷や汗が噴き出す。
「は、はは……そうか、それは大変だな」
 心の病気かよっ。
 叫びたい衝動に駆られる。
 もう……あいつには近付くまい。
「ゆ、祐一ぃ〜〜」
 てててて、と軽い足音を鳴らせてまいが走ってくる。
「はぁ、も、もうなんで急に走るの〜」
 だらだらと汗を流しながら抗議する。
「おぉ、疲れたのか? んじゃ抱っこしてやろう」
 ひょい、とまいを抱き上げる。
「わっ」
「どうだ、高い位置から舞を見下ろす風景は」
「いい眺め〜。へへ〜ん、見下してやる〜」
 まいは顎を上げ、視線は下にして舞を見る。
「…………」
 どがっ
「あいたっ」
 舞のクリティカル。
 見事な右正拳がまいの顔面にめり込む。
「……ふんっ」
 ぷい、と舞は顔を背ける。
「あ〜あ〜」
 まいは俺の腕の中でぴくぴくと痙攣している。
 やっぱり同じ人間だな。
 行動に容赦の欠片も感じない。
 ……しかしこれはどうしよう。
 学校に連れて行ってもいいものかどうか。
「……まぁいいや。このまま持っていくか」
 保健室にでも放り込んでおけばいいや。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「名雪、たまにはこっちのジャ――」
「お断りだよ!」
 
 
 
 
 


あとがき

あ〜、もうこのシーンは本編には登場しないものです
いろいろ歪んできました
祐一が辿るのはどのエンディングへの選択肢だろうか
オールエンドならぬオールバッドエンドとか

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