教室に戻ろうとして女の名前を聞いていないことに気が付いた。
 ……いや、気付かない自分がどうかしていると思う。
「なぁ、名前、なんて言うんだ?」
「…………」
「……おい」
「…………」
「聞こえてるだろ」
「……言っちゃ、いけないって」
「……は?」
「知らないお兄さんの言うことは、聞いちゃダメだって……」
 おまえ歳いくつだ、え?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウニ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「舞、ごめ〜ん」
 この女、どうしてくれよう、と2〜3秒思案していたところに声が割り込む。
「って、あれ?」
 女の隣まで来てようやく俺に気が付く。
 すこし驚いたような顔をしているが、こっちのほうが驚きだ。
 この無口な女に友達がいるのはあまり信じられん。
「えっと……舞のお友達ですか?」
「友達というか、愛玩動物だ」
「…………」
「ふぇ〜…………飼い主はどちらですか?」
 否定しろよ、そして信じんなよ。
「でも、最近はそういうの流行ってますしね〜」
 流行ってんの!?
「……よしよし」
「撫でんなっ」
 どっちかっつーと、俺が撫でる方だろ。
「ところで、ご飯は食べましたか?」
「ん……まぁ。あ、いや、ほとんど食ってない」
「じゃあ、一緒にご飯でも食べましょうか」
 ……初対面の男を昼食に誘うか、普通?
 いやしかし、昼飯が菓子パンひとつという、なんとも情けない状況からは抜け出せる。
 この提案は、かなりおいしい……んだが……
 ちらりと、女の方を見る。
 どこかぶっ壊れたみたいに、にこにこ笑っている。
 なにか普通ではないオーラがにじみ出ているようだ。
 あまりお近付きになりたくはない。
 しかし……しかしだ。
 おそらくこの女はお手製の弁当持参だろう。
 学校に持ってこれるほどの腕前ということは、そこそこ信じられる内容かもしれない。
 いやいやまてまて。
 ここ最近の俺の女運は最悪だ。
 名雪から始まりその母親、友達とその妹、記憶喪失の女……女難の相でも出てんのか?
 ……いや、あいつらが元々おかしいだけで、俺の女運は関係ないかもしれない。
 女運の悪さがあいつらを引き込んでいるとしたら終わりだが……
 ここは、このふたりが普通な方に賭けよう。
「うん、まぁ、いいですよ」
「ずいぶん悩みましたね〜」
「で、どこで?」
「こっちです」
 ふたりはさっさと階段を上っていった。
 このまま屋上まで行くのか、と思いかけていると、
「はい、ここです」
 屋上の手前の踊り場で止まる。
「ふ〜ん、ここか。人も来ないし、いいところですね」
 校内のことには全くもって疎い俺が、珍しげに辺りを見回してると声がかけられた。
「準備出来ましたよ、どうぞ〜」
 見ればふたりは踊り場にビニールシートを敷いて、そこに弁当を広げて座り込んでいる。
「お、すごいですね」
 俺も靴を脱ぎ、シートの上に座る。
「これは、え〜と…………そう言えば名前聞いてませんでしたね、お互い」
「あ、ごめんなさい。倉田佐祐理って言います。さゆりんって呼んでくださいね〜」
 そう言いながら可愛く微笑む。
 ……こいつは、イタい。
 もう、やだな……こんな境遇……
「……俺は、相沢祐一」
 それだけ言って、もうひとりの女の方に視線を向ける。
「…………」
「名前は?」
「……川澄舞」
「先輩だよな」
「…………」
「先輩じゃないのか?」
「……違う、先輩」
「何月何日生まれ?」
「……1月29日」
「身長は?」
「167」
「……もっとあるように見えたんだけどな。舞って呼んでいいか?」
「…………」
「『いい』か『悪い』か」
「……いい」
「わたしはさゆりんでいいですよ」
「わかった、佐祐理さん、俺も祐一でいいから」
 さゆりんは軽くへこんだ。
 これで自己紹介は終わりだな。
「じゃ、改めていただきます、佐祐理さん」
「……はい、めしあがれ」
 とりあえず肉っぽいのをつついてみる。
 
 ぱく
 
「…………うまい」
 秋子さんに迫る勢いのうまさだ。
「合格」
「何にですか?」
「俺のペットに」
 微笑み。
「…………」
「…………」
 ふたりはゴルゴンにでも睨まれたかのようにびしりと固まった。
「……どうしたんだ?」
「あ、あは、あはははははは〜〜っ」
 舞がびくりと体を震わせる。
「舞、舞、聞いた? ねぇ聞いた? 聞いたよね? やっと、やっと、やっと。
 いたよ、やっぱりいたんだよ、ほら、ほら、ほら、あのひとの言った通り。
 これで佐祐理も、佐祐理も。嬉しい。佐祐理、感動ですよ。もう、もう、もう、離れない。
 ずっと、うん、ずっとずっとずっと。あは、あはははははははは〜〜〜〜〜〜っ」
 うわ……なにこれ。
 ちょっと……予想以上にやばい人種だったかも……
「……ありがとう、祐一」
「……あ?」
「これで私も、やりたくもないS役やらずに済む……」
 舞の瞳は潤み、今にも涙が溢れそうなほどだ。
 ……S役?
 ってなに?
 と聞こうと思い、口を開こうとすると佐祐理さんの笑い声がぴたりと止んだ。
 そして何事もなかったかのようにごそごそと鞄を漁っている。
 ……なんだったんだ?
「祐一さん」
「……なんでしょう」
 ちょっと体を引き気味にして答える。
「恥ずかしいところ……見せちゃいましたね。気にしないでください、今はほとんど出ませんから」
 それじゃ時々は出るんですね。
 とは言えなかった。
 ごまかすように笑ったが、ひくひくと口元が痙攣するだけ。
 いやいやいやいや、これはちょっと。
「それで……これ、お近付きの印に。どうぞ受け取ってください」
 にっこり笑いながら、布で丁寧に包まれたものを差し出してくる。
 あまり、受け取りたくもない。
 が、これを断って後々やっかいなことになるのも困りもの……
 ……この場は受け取っておくのが賢明、かな……?
「どうぞ。あけちゃってもいいですよ」
「はぁ……」
 気のない返事が出る。
 とりあえず受け取り、中身を確認する。
「……なに、これ?」
 入っていたのは、真っ赤なチョーカーとリード、それと……
「はい、スレイブセットですっ」
 ……奇妙なデザインのボンデージスーツ。
「…………」
「どうしたんですか、祐一さん?」
 踏み込んではいけない領域に足を突っ込んでしまったようだった。
 チョーカーはよく見ればごつい首輪だし。
「あはは……いや、なんでもないぞ、うん」
 じりじりと座ったまま後退る。
 退路は……まだ無事だ。
 すぐ後ろに脱いだ靴、その一歩後ろが下へ続く階段。
「祐一さん」
「……なにか?」
「これ、佐祐理に……付けて、下さいません――」
 
 ずどむっ
 
「…………ふぅ」
 一方を昏倒させても、もう一方がその隙に何かの行動を起こされると、それで終わりだ。
 なにが言いたいかといえば……まぁ、つまり、そういうことだ。
 いかにも襲われましたといった感じで倒れているふたりを抱き合わせ、寝ているように見せる。
 半分目を開けていたり、異様なまでに脱力しているのはご愛敬。
 ……なんか、情死、という言葉が思い起こされる。
 …………いいや、これで。
 俺は一刻も早くこの魔空間から抜け出すため、早足で教室へと戻っていった。
 ……今度、御祓いでもして貰おうか……な。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……焦っていたせいか、スレイブセット(by さゆりん)を持ってきてしまっている。
「あれ、ゆういち、これなに――」
「ぬんっ」
 気合いと共に繰り出される鉄拳。
 
 
 
 
 

 
あとがき
 
苦情は受け付けません(汗
いや、自分でもなんでこうなったか分かってません
それと……最近の祐一、外道っぽくないですね
まわりの勢いに押されてます
 
この頃思うこと
……なんでこのSS、こんなタイトルなんだろう
外道とかはまだわかります
奥さんて
 
 

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