雪見酒  前編



 白銀に染まった世界を眺めながら、手にした杯を傾ける。人肌程の熱さに温められた酒が喉を滑り落ち、冷えた体を腹の底から暖めてくれる。
 隣で同じように酒杯を干しているのは、親友であり悪友でもある北川潤。
 俺たちは何も言わずに、酒を呑んでいた。
 眼前に広がる、一面の銀世界を肴にして。


 雪見酒  前編


 事の発端は、北川からの電話だった。
「相沢、雪見酒と洒落込まないか?」
 寒いのが苦手な俺にしてみれば、何を馬鹿なことをと一蹴しても不思議ではなかったのだが、何となくその言葉に惹かれるものを感じた。俺がどう答えようかと考えていると、北川が更に話を進める。
「ものみの丘にかまくらでも作って、その中で雪景色を肴に一杯やるってのも、なかなか風情があっていいと思うぜ」
 それを聞いて、俺は思わず苦笑してしまった。まさか北川の口から『風情』などという言葉が出るとは思ってもみなかったのだ。俺のその反応に北川は苦笑混じりの声を返す。
「まぁ、オレも自分でも似合わないとは思うけどな。で、どうするよ?」
「いつだ?」
 北川の問いには答えずに、逆に問い返す。言外に賛成しているようなものだと言ってから気付き、俺はまたもや苦笑する。
「今度の土曜あたりでどうだ? 一応、夕方あたりから呑もうかと思うんだが」
「そうだな……たまにはいいか」
「そうか。なら、昼飯を食ったらものみの丘に来てくれ。色々と準備もしないといけないからな」
「分かった。で、俺は何を持っていけばいい?」
 先程の北川の言葉を思い出し、俺はそう尋ねる。
 北川は『かまくらでも作って』と言っていた。本当にかまくらを作るのであれば、シャベル等の道具は必須だろう。
 俺のその問いに対し、北川が口にしたのはシャベルと薬缶(やかん)。どうやら本気でかまくらを作るつもりらしい。俺は少々呆れたが、たまにはいいかと思って承諾する。薬缶の方は酒を燗するのに使うのだろう。確かにこの季節に野外で酒を呑むのなら、冷酒よりも燗した酒の方がいいに決まっている。
 他の物は北川が用意すると言うので、一応の再確認をして電話を終えた。

 約束の土曜日。
 部活が休みだから一緒に帰ろうと誘う名雪に、北川と先約があると告げ、一人で水瀬家に戻る。名雪と一緒に帰った場合、ほぼ間違いなく百花屋でイチゴサンデーをおごることになると踏んだのである。同様の理由で栞の誘いも断り、秋子さんに出かける旨を伝えると、俺は水瀬家を後にする。
 スポーツバッグに薬缶を入れ、シャベルを手にして。

 俺が着いた時には、既に北川は作業に取り掛かっていた。二人が入れる程度のものとは言え、二人だけでそれを作るのはかなりの重労働になることが分かっているからだろう。俺は荷物を置くと、北川と共に作業に入る。冬の日没は早いのだ。無駄に出来る時間はない。
 結局、かまくらが完成したのは、夕暮れ時も半ばという頃だった。
 かまくら付近の雪は景観の関係上残しておきたいという北川は、雪を運搬するためのソリまで持ってきていた。今回の目的が『雪見酒』である以上、俺も特に反対する理由はなく、雪を運搬するという作業だけで結構な時間がかかったのだ。
 また、作業行程を省くことも出来なかった。中途半端な作業では、呑んでいる最中にかまくらが崩壊する危険性もない訳ではないからだ。
 完成した時にはすっかり汗にまみれていたが、何となく充実感を覚え、気分は悪くなかった。

「北川……お前、そんなものまで持ってきてたのか」
 俺は北川が荷物の中から取り出した物を見て、呆気に取られた。
 北川の荷物の中から姿を現したのは、火鉢と炭。俺はてっきりカセットコンロあたりで燗をするのだろうと思っていただけに、余計に呆れた。
「この前物置を覗いてみたら、火鉢を見つけてな。それで今回の件を思い付いたんだ」
 呆れる俺に、北川はそう言って笑う。
「それに、折角の雪見酒だ。より風情が感じられる方がいいだろ?」
「それはそうだが……」
 俺がそれ以上何も言えずにいると、北川は不意に表情を改め、こう言った。
「お前とこうやって呑むなんて滅多にないんだし、こういうのもいいと思ってな」
 表情も声音も真剣そのもので、北川が本心からそう言っていることが分かった。
 だから。
「そうだな……たまにはこういうのもいいな」
 俺はそう答えて笑った。


To Be Continued





あとがき

 初めまして。御山悠樹(みやまゆうき)と申します。
 9・Bさんのサイトでこの企画を知りまして、参加してみたいと思い、突発的に書かせて戴きました。
 今回は『前編』ですので、総括的な後書きは後編の方で書くことに致します。
 拙い文章ですが、目を通して戴ければ幸いです。
 それでは、後編の方も宜しくお願い致します。それほど間を空けずにに執筆にかかりますので。

 ……『和の心』に合致しているかどうかだけが心配ですね。この作品。