華音捕り物帳 巻の弐



「へい彼女! そこの茶屋で俺と幕府の管理体制について熱く語り合ってみない!?」
「…なにやってんだお前。」
「ハッ、親分!? …はっはっはっ、勿論聞き込みですよ聞き込み。」
 何やら不穏分子的な単語を文句に、年頃の娘を口説くのを聞き込みと言うらしい。…少なくともこの男の中では。

「で、そっちは何か解ったか?」
 とりあえず拳骨を一発脳天に叩き込み、肝心の聞き込みの成果を訪ねる。
「痛てて…それがですね、どうも妙なんですよ。」
「妙? 誰もお前の軟派に引っ掛からない事がか?」
「いやそうじゃなく…目撃情報なんですがね、ないんですよ。綺麗さっぱり。」
潤が誰も引っ掛けられなかった事実はどうでもいいとして、集めた情報によれば事件当時、うぐぅ娘が逃げた方に居を構えていた人々は口を揃えて「そんな娘は見ていない。」と言うのだ。うぐぅ娘の目立つ特徴として『羽飾りのついた巾着袋を背負っている』というのがある。昼前の時間帯、誰一人としてそんな目立つ袋を背負う子供を見ていないのというのは、明らかにおかしな話だった。
「こっち界隈には全部当たってみたのか?」
「ええ…美坂屋以外は。」
美坂屋は呉服問屋としては大きい部類に入る。華音町でも有数の商店である。
「何でまだ行ってな…あ、そうか。」
ちなみに潤は美坂屋の長女で名雪の親友でもある香里に惚れており、以前は何かと理由を付けて美坂屋に(文字通り)お邪魔していたのだが、香里には快く想われず、ついには潤は美坂屋を出入り禁止にされてしまった。とりあえず浮○雲を気取って仕事を放ったらかし、昼間から軟派に勤しんでたりしてたら駄目だろ、とは祐一の談である。
「ま、俺が一緒なら大丈夫だろ。行くぞ。」

 真っ昼間の美坂屋に悲鳴が轟く。
「いやあぁぁ! 何でそいつも居るのよ!」
「いや、一応俺の手先(助手)だし。」
「何で俺、こんなに嫌われてるんだろ、う…ッ!」
案の定、潤を連れて美坂屋にやってきたら香里に嫌がられた。本人は祐一親分が来たと聞き、慌ててめかし込んで出てきたら一番見たくない顔があったのだからたまらない。
「まぁ、空気みたいなもんだと思えば。」
「そんな空気を吸うぐらいなら窒息して死ぬわよ!」
酷い言われようだった。ちなみにその対象の潤は、二人が会話(?)している間に黒頭巾を被ったやたら屈強な使用人二名に当て身を入れられて気絶し、外に放り出されていた。呉服問屋に何故にそんな使用人がいたのかは謎である。
「落ち着いたか?」
「…ええ、御免なさい。取り乱したりして。」
 漸く落ち着きを取り戻した香里の頬がまだ赤いのは、自分の失態を一番見られたくない人間に見られた羞恥故だろうか。
「それで今日は何の御用?」
「うむ、香里を嫁に貰いに。」
「へえ…えええぇッ!? そ、そんな!? まだ心の準備とか出来てないし、父の許しも貰わないといけないし、結納は物見神社かしら!?」
「ちょ、ちょっと待て。冗だ「二人だけの新居を建てて、やっぱり子供は3人ぐらいかしら!? あっ、でもその前に初夜が……はぅ。」
暴走したと思ったら何を妄想したのか、香里は突然顔面を真っ赤に染めて黙り込んだ。
「だーかーらー、冗だn「えう〜! 何を考えてるんですかお姉ちゃん!」
黙り込んだのをこれ幸いに、先の発言を取り消そうとしたがまたしても阻まれた。割って入ってきたのは香里の妹、栞である。
「し、栞!?」
「妄想の中でとは言え、私の祐一さんにそんな事をするお姉ちゃんなんて嫌いです〜!」
「な…何よそんな事って! 私がどんな事を考えてるって言うのよ!? 第一『私の祐一さん』ってのは何なのよ!?」
「お姉ちゃんには関係ありません! 昼間から不埒な事を考えるお姉ちゃんなんか打ち首獄門です〜!」
ぎゃあぎゃあと喚き立てる二人の様は子供の喧嘩のそれに近かった、とは美坂屋某使用人の談である。
「第一、祐一が私を嫁に貰うって言ってくれたんだからね!」
「そ、そんな…!? 嘘! 嘘ですよね!? 祐一さん!」
「事実よ。祐一、この無様な負け犬に現実という物を教えてお遣りなさい。」
勝ち誇った表情の香里と対象的に、栞は既に涙を流しつつ祐一に詰め寄る。むしろ祐一、既に亭主の扱い。
「あ〜いやその、何だ……冗談だったんだけど。」
「ほら、冗だ……………………………………なんですってぇぇッ!」
「げぶッはぁッ!?」
思わず激高した香里の鉄拳が綺麗に祐一の顎を打ち抜く。その衝撃で店の外までブッ飛んだ祐一は、放り出されていた潤の上に仲良く重なるのだった。

 祐一が目を覚ましたのは、それから半刻ほど経ってからの事だった。
「良い拳打だった…思わず涙橋を逆に渡りそうになるぐらいに。」
「目覚めて開口一番にどういう意味よ、それ?」
「気にするな、俺もよく解らん。」
恐らく殆どの人が解らないであろうボケはともかく、祐一が寝かされていた客間は微妙に荒れていた。どうやら祐一を介抱する権利を巡り、再び姉妹間で抗争が起こったと見て間違いはなさそうである。しかし、今客間にいるのは香里のみ。
「あれ? 栞はどうした?」
「栞? 誰それ?」
「誰それって…お前の妹だろ?」
「ああ、いたわね。そんなのが。」
普段ならば「…私に妹なんかいないわ。」と流すはずだが、既に過去系になっている辺り栞がどのような状態にあるかは、客間のそこかしこに見られる血飛沫などから推して知るしかない。主に絶望的な方向でだが。流石に最近になって難病が完治した実の妹にとどめまでは刺すまいと思い、ここで漸く祐一は、美坂屋にやってきた当初の目的を思い出した。
「そういやな、今ちょいと子供を探してんだ。」
「祐一親分さんが出張るんじゃ、迷子とかじゃなさそうね。」
「流石に切れるな。女にしとくにゃ勿体ない。で、だ。その子供ってのがこいつだ。」
誉められてちょっと誇らしげな香里に、懐に入れておいた手配書を渡す。
「うぐぅ娘…被害にあったのは源太さん?」
「察しがいいな。しかも今朝の出来事だそうだ。こっち界隈に逃げてきたはずなんだが、見てないか?」
「私は見てないけど、もしかしたら店の者が見てるかも知れないわね。少し当たってくるわ。」
「いや、だったら俺が…」
引き留めようとして伸ばした手が香里の手を包む。
「あ…。」
「一応俺の仕事だから、な。」
「そ…そうね。それじゃ一緒に行きましょ。」
「? あ、ああ。」
妙に上機嫌になり手を握り返してきた香里に疑問を覚えつつも、繋がれた手で引っ張られるように客間を後にする祐一だった。
 ちなみに美坂屋の中から三人もの男女が飛び出し、内二人はそのまま野晒しにされたという出来事は、華音町のちょっとした話題になり、二日ばかり美坂屋の客足が遠のいたのは、余談と言えば余談である。

「ああ〜! お姉ちゃん! 何で祐一さんと手を繋いでるんですか!」
「あら、これは別に祐一親分が聞き込みをしたいって言うから、迷わないように手を繋いでるだけだけど?」
「俺は子供かよ。」
「えぅ〜、白々しいです〜!」
あれから美坂屋で聞き込みを続けている間中、香里は祐一の手を握ったままだった。祐一も別に気にしなかったので、と言うか香里が手を離さないのは「親切に手を引いてくれてるんだろう」程度の事しか思い浮かばなかったので、そのままにしていたのだ。鈍さ、ここに極まれり。
「もう! さっさと離れてください!」
野晒しから復活した栞が繋がれた手を強引に解く。少し前まで不治の病(と言われていた病気)に犯されていたとは思えない健常振りだった。
 何を隠そう元来、栞の生命力は極めて強い。不治の病を克服できた一因に、彼女の生命力の強さがある事は疑うべくもない。…反動で弾け過ぎているというのが、御町内の評価ではあったが。
「と…そういや香里、他に話を聞いてない奴は?」
「話を聞いてないのは…あとは小間使いの花梨ぐらいね。」
香里の声は心持ち沈んでいたが、祐一はやはり気付かない。
「そういえば祐一さん、なんで家に…? もしかして私の心だけでなく身体まで盗みに…いや〜ん、恥ずかしいです〜。」
「こっちよ。」
奇妙に身体をよじりながら自分に都合の良い妄想に耽る栞を無視し、香里が祐一を手招きする。そして無視と言えば潤は野晒しのまま、聞き込みが終わるまで完全に放置されたままだったという。

(続)





あとがき

ちなみにこのお話、推理物ではありません。
(天声:何を解り切った事を。)