夕焼け |
Kanon SS 夕焼け 夏の終わりと秋の始まり。 丁度季節の変わり目のある日の事だった。 特に何もする事のない休日。 俺はリビングから外に続く窓に腰を下ろし、 優しい風に誘われるままに、穏やかな午後を微睡みの中で過ごしていた。 一体どれほどの時が流れたのだろうか。 俺はふと何かの拍子に目を覚ました。 時計に目をやると、時刻は午後四時を過ぎたところ。 俺の寝転んでいる所は日陰になっており、 相変わらず穏やかに吹き込む風が心地良い。 そして頭の下には優しい柔らかな感触。 昼寝をするのにこれ以上何を望むと言うのか。 俺はそのまま昼寝を続ける事に決め込んだ。 軽く寝返りを打つと、頭の下にある柔らかい枕に顔を埋める。 それにしてもこの枕、柔らかくて温かくて仄かに良い香りがして、 何て心地が良いのだろうか。 その感触を楽しむ様に、抱き寄せ、頬を摺り寄せてしまう。 ………柔らかくて温かくて良い香り? それではまるで枕と言うより…。 俺はゆっくりと瞼を開ける。 俺の目に映ったのは、誰かの足。 と言うか太もも。 それも女性の、しなやかでいて柔らかい、理想的な太ももだった。 俺はその人物を確認する為に、99%確信はしているのだけど、仰向けに寝返りを打つ。 その人の太ももに頭を乗せ、見上げた人物は、思ったとおり秋子さんその人だった。 俺は少し、いや、かなりもったいなく思いながらも身を起こそうと頭を上げる。 しかし秋子さんはそんな俺を押し留める様に、優しく肩に手を置くのだった。 そして、「起こしてしまいましたか?」 優しく、そう聞いてきた。 秋子さんの言葉とは別に、秋子さんの瞳が俺に語りかけてくる。 もう暫く、こうしていませんか?と。 俺はその誘いを断る事が出来るはずも無く、また秋子さんの太ももに頭を預けるのだった。 窓から吹き込む風に乗って、土と草の匂いが俺の鼻をくすぐる。 目を向けると、庭には軽く打ち水がされてあった。 多分、秋子さんが撒いたのだろう。 その秋子さんのさりげない細やかな心遣いがとても暖かかった。 庭からはどれがどれなのかも解らないほど、沢山の虫の鳴き声が聞えてくる。 もう、季節はすっかり秋になろうとしている。 俺の横には除虫線香が、勿論豚の陶器に入れられたものだ、 が、過ぎ去る夏を惜しむかの様に置かれている。 そして、膝枕をして優しく俺を見下ろす秋子さん。 手には団扇を持ち、優しく俺を扇いでいる。 何と穏やかな一時だろうか。 俺は時の過ぎるのも忘れ、秋子さんに頭を預け、 夢とも現実ともつかない感覚の中にその身を委ねるのだった。 そして、それからまた暫くして。 俺は何処からか聞えてくる烏の声に軽く意識を取り戻した。 薄く、目を開ける。 その俺の瞳に映るものは、鮮やかな茜。 空も、庭も、豚の陶器も、部屋の中も、 そして、俺と秋子さんも…。 瞳に映る全ての物が、夕日により鮮やかな茜色に染め上げられていた。 そっと見上げると、変わらず秋子さんは優しい笑顔で俺を見下ろしている。 何処か、懐かしむような瞳で。 その秋子さんの瞳に俺の胸がチクリと痛んだ。 秋子さんは、その瞳で一体何を見ているのだろうか。 高校生の俺? 幼い日々の俺? それとも、秋子さんの愛した…。 ……止めよう。 俺はその思考を振り払うように瞳を閉じる。 こんな穏やかな時間の中でそんな事を考えるなんて、 解らない誰かに嫉妬してしまうなんて、 そんな野暮なことは無いだろう。 今、この幸せを噛み締めているのは、間違いなくこの俺なのだから。 それだけで、 そう、それだけで、良いじゃないか。 それ以上、何を望むと言うのだろうか。 俺は穏やかに微笑を浮かべ瞳を閉じると、 従兄妹と幼馴染が帰ってくるその時まで、 この至福の時を満喫するのだった。 おわり |
あとがき
和…か?
和…ですよね?
防虫線香辺りが和ではないかと。