鬼月外伝〜正しい春の過ごし方 |
「まったり」 「まったり」 「…………」 ――さぁぁ…… ぬくめられた柔らかな風が、頬を撫で、さらさらと三人の髪を流す。 「まったり」 「まったり」 「…………」 ――ぽかぽか。 春の陽気なお日様が、辺り一面を、若草色に染め上げる。 「まったり」 「まったり」 「…………」 ――納得いかない。 無言の麗――全鬼は憮然とたたずむ。 このだらけ様はなんなのだ、と。 それでもこの鞍馬山一帯を統べる『鞍馬の鬼』なのか、と。 ――納得いかない。 本日四十五回目の胸の内のつぶやき。 全鬼のあるじ、相沢祐一の住む庵に三人で暮らしはじめ、はや数年。 山の中に建てられたこの庵は、たしかに暮らしやすい環境だった。 川はすぐ近くに流れ、滝もあり、魚がよく捕れる。 山菜は年中豊富で、うさぎやきつね、いのししなど野生の動物はそこらじゅうを闊歩している。 庵のあるじが食うに困ることはない。 それに、いつもいつも。 護鬼と滝壺で泳ぎ回り、護鬼と川ではしゃぎ、護鬼と山で遊び呆け、護鬼と一緒に町へと出掛け―― ――なにを。まるで護鬼に嫉妬しているかのようだ。別に、私は…… 全鬼は思考を振り払う。 「まったり」 「まったり」 「…………」 祐一は目を細め、庵の軒先に座り込み、実にのんびりとひなたぼっこしている。 その隣、護鬼。 護鬼は無表情で、まるで傀儡師のあやつる人形のようだ。 しかしそれは、全鬼から見ても美しいと思える容姿を持つ。 感情のこもらない『まったり』に気にしたふうもなく、祐一は続ける。 「まったり」 「まったり」 「…………」 これが、都をも震撼させる、『鞍馬の鬼』なのだろうか。 全鬼はなぜか自分が情けなく思えてくる。 ――たしかに御主人はお優しい。でも……だからといって…… 全鬼はいままで人間達にしてきたことを思い出す。 それは、凄惨を極めるものだ。 だがそれは報いでもある。 対して、全鬼なみに凶悪なまでの力を持つ祐一はこうしてひなたぼっこ。 全鬼はこれが『鞍馬の鬼』の正しい姿なのか、あたまを悩ませる。 「……全鬼、まったりだ、まったり」 「全鬼、まったり」 「…………」 でも、まぁ―― たまには、こんな日があっても、いいだろう。 「まったり〜」 「まったりー」 「……ま、まった……り……」 ぴぃとトンビが鳴く。 そんな、晴れたある春の一日。 |
あとがき
まったり30分SS。
「鬼月〜」の世界観だと問答無用で和風な罠。
考えるの面倒な人はこういうのでもいいんですけどね……
それはさておき、いちいちFTP使ってアップしなくていいから楽ですね、これ。