夏祭り



何時までも何時までも続くような気がしていたあの冬の日々も、
そんな俺の感慨とは関係なく、
過ぎ去ってしまえばやはり次の季節に移ろうわけで……。

あいつの望んでいた桜の季節も、蕾から花、そして新緑へとゆっくりと変化し……

気が付けば

季節は夏と呼ばれる頃になっていた。


そんなある日のこと。


kanonSS
和の心勝手に協賛SS第一弾
夏祭り


玄関から呼び鈴の音がなり、待ち人がやって来たことを俺に知らせた。
何となく今日一日中そわそわしていた自分が少し恥ずかしくもあり、
それでいて嬉しくもあったのだが、
それはご愛敬というもので、
努めて泰然とした様子で、俺は玄関に向かい、
「お邪魔します、相沢さん」
「おう。いらっしゃい、天野」
其処に立つ天野に対し、そう声をかけた。

「今日はお誘いいただき、まことにありがとうございます」
「おいおい、随分と他人行儀だなあ」
「ふふふ。親しき仲にも礼儀あり、ですよ、相沢さん」
まじめな顔をして、と本人は思っているのだろうが、
そう言って朗らかに笑う彼女の顔にはうっすらと朱がさしており、
おそらく、彼女は此処に来るまでの間、相当恥ずかしかったんだろうなとそんな道中に思いを馳せる。

「……ま、そう言うことにしておいてやろう。あがってくれ」

朝顔をあしらった柄が映える藍色の浴衣には紅色の帯。
そして肩までの髪を綺麗に結い上げた天野の姿は、
いつもの見慣れた制服姿とは違い、ほのかな色香が漂っているようで、
俺は少しぶっきらぼうにそんなことを言った。
おそらく俺は照れていたのだろう。

「はい。では、お邪魔します」
「お邪魔お邪魔と二回目だな、天野」
そう言って俺は笑うも、
「これが礼儀というものですよ」
そんな言葉を返されると、俺は何も言えなくなってしまう。
いつもなら例の台詞が出てくるところだけれど、
まずい、今日は言葉が上手くでてきてくれない。
そんな自分に対しても思わず苦笑する。


唇には紅を差し、結い上げた髪、そしてそこからのぞける真っ白なうなじ。
そんなものを見せられちゃ、男なら誰だって動揺すると思うのは俺だけだろうか?


で、どうして天野がこんな格好をしているのかというと、
今日は、この雪の街で、年に一度の花火大会が開かれる日という話だからだ。
会場の河川敷では屋台や御輿も出るというのだから、花火大会と言うよりは、夏祭りと言った方が正しいのかもしれない。


「しかし、相沢さんも随分と風流な格好をしていますね」
「そうか?秋子さんに着替えさせられたんだが。結構大変だったぞ?
 簡単簡単と秋子さんは言うんだが、かっこよく着こなすのに気を使う」
俺の格好は男性用の紺色の浴衣なんだが、まあ、確かに風流といえば風流だ。
「まぁ、普段着慣れないものですからね」
「……その割に天野はきちんと着こなしてるな。似合ってるぞ」
「……あ、そ、その、あ、ありがとうございます」
頬を染めた天野を横目に見つつ、そんな会話をしながら居間へと二人で向かった。

「あぁ、天野はそっちで座っててくれ。いま、いいものを用意してやろう」
居間に着くと天野に座るように言って、俺は台所へと足を向ける。
「なんですか?いいものって」
「いいものはいいものだよ」
そんな疑問の声をにやにや笑いながら一蹴し、お目当てのものを台所の奥から引っ張ってきた。
「じゃ〜ん」
「あ、かき氷機ですね……しかも随分と本格的な」
「……あまり驚かないんだな、天野。俺がこれを見たときは、
 『な、なんですかそれは』みたいな感じで結構驚いたんだが」
このごつい機械を目の当たりにしてもいまいち反応の鈍い天野に少しがっかりしたが、俺は冷蔵庫からかき氷用の氷を取り出して、機械の下に器を置き、と急ぎ準備を整える。
「あ、大事なことを聞き忘れてた。天野、上にかけるものは何がいい?」
一通り何でもそろっているけどな、と付け加え、天野の反応を待ってみる。
天野はしばらく考えた後、
「では、『すい』でお願いします」
ときっぱりとそう言いきった。
「おぉ、さすが天野。今時『すい』なんて知っている奴はほとんどいないぞ?」
「……そうかもしれませんね。でも、氷のおいしさを楽しむためには、これが一番ですから」
「通だな、天野」
「そう言う相沢さんも好きなのでしょう?『すい』が」
「その通りだよ、天野君」
そんな会話をして、お互いに顔を見合わせた後、俺達は明るい声で笑い合った。

「相沢さんも案外、物腰が上品なのですね」
そんな天野の言葉が少し気にはなったのだけれど。



二人分、『すい』でかき氷を作り、それを持って縁側へ。
遠くで、とは言ってもそれほど遠いわけではないだろうが、花火の上がるときの、あの独特の甲高い音の後、

ぱぁん

色とりどりの光が夜空に踊る。

二人してかき氷を食べながら、
「偶にはこういうのも風雅でいいだろ?」
そんなことを隣に座る天野に言った。
天野はかき氷を食べるとき、誰でも経験したことがあるだろうあの頭痛に苦しんでいるようだったが、
「えぇ、もっとも相沢さんに雅を解するという趣があったとは驚きですが」
「ひどいなぁ、天野」
「ふふふ。申し訳ありません。でも、おかしくって」
本当に楽しそうに笑ってくれた。


以前と比べ、天野はずいぶんと笑うようになった。
他人を拒絶していた頃の氷の針を突き刺すような雰囲気はなりをひそめ、
友人と呼べる人達もできたようだ。
そんな天野の変化を俺はとても嬉しく思う。

かき氷を食べ終わり、一人心地にぽつりと呟く。
「ま、俺だって静かな方がいい時だってあるさ……」
返答がないかと思われたそんな台詞にも、
「そうですね……。私も騒々しいよりはこうして二人でいることの方が好きです……」
きちんと天野は答えてくれて、
そんな言葉を最後に、お互いに黙って、俺達は時折夜空に踊る綺麗な華を見つめていた。

辺りに響くのは花火の音、そして頭上にある風鈴の音。
花火の音が此処では聞こえない祭りの喧噪を運び、
風鈴の音が此処でしか味わえない何かを醸し出していた。

ちりーん。

そんな雰囲気がそうさせたのだろうか?
「独り言なのですけど」
決して苦痛を与えることのない、むしろ穏やかな沈黙のなかで、
天野は突然、天野らしくない、そんな言葉を発した。
「ふむ、独り言なんだな」
「えぇ、独り言です」
お互いに目と目で笑い合い、けれど、真摯な瞳で、天野は俺を見つめ返す。
「私が変われたのは、相沢さんのおかげです。
 こんなにも優しくない世界を拒絶していた私を
 もう一度世界と付き合おうと思わせてくれたのは相沢さんなんです。
 いつも憎まれ口ばかり叩いているかもしれませんけど、本当に感謝しているんです。
 ありがとうございます、相沢さん」
独り言ですけどね、と最後に付け加え、そして真っ赤な顔をして天野は俺に向き合った。
「それなら、俺も独り言だけどな」
「独り言なんですね」
「あぁ、独り言だ」
俺も体を天野の方へと向け、その目を見つめながら言葉を、思いを紡ぐ。
「俺が変わらないで何とかかんとかやっていけてるのも、天野のおかげなんだ。
 ま、本当に変わらないでいられてるのかは分からないけどな。
 でも、俺が俺としてやっていけるのは天野の支えのおかげだ。
 いつも変なことばかりしては天野を困らせているけど、本当に感謝している。
 ありがとう、天野」
そう言った俺の顔は多分、目の前の顔に負けないくらい真っ赤になっていたことだろう。


「ぷ。うふふふふふ」
「あはははははは」
どちらからともなく笑い声が漏れ、
「柄じゃないな、俺の」
「柄じゃないですね、私の」
「天野、お前最近栞に影響されてるんじゃないのか?」
「……それについては否定できませんね」
ひとしきりそんな会話をした後、また、沈黙が帰ってくる。


風鈴の音。
花火の音。


そしてお互いの息吹。

それに後押しされたかのように、
「ねぇ、相沢さん。偶には私だってにぎやかなところに行きたいなと思うときだってありますよ。
 例えば、慣れない浴衣を着て、精一杯のおめかしをして、そして大切な人と一緒に花火大会に行く。
 そんな乙女ちっくな夢なんですけどね」
「……参った。本当に天野は栞に毒されているな」
「えぇ。私だって乙女ですから」
そう言って笑った彼女の顔は本当に愛おしいものだった……。


「そう言うものかね」
「えぇ、そう言うものです」
「そうか……。そうだな。
 やはり花火は間近で見るものだし、祭りは参加することに意義があるって言うしな」
「それでこそ相沢さんです」
「はは。それでは、お供いただけますか?お嬢様」
「……えぇ、喜んで」
「じゃ、ゆっくり行きますか。祭りが終わるまでまだ十分に時間があるし。
 ……それにふたりっきりってのも天野は好きみたいだしな」
「あ、相沢さん……」

二人、見つめ合い、どちらからともなく手をつないで……。
俺達は長い道のりを歩き始めた。







あとがき

まことに勝手ながらふらり立ち寄りふらり書き殴らせていただきました。
いまいち知識がないもので曖昧な描写も多いかと思いますが
不勉強にて、その辺はご容赦くださいませ。
それでは、和の心が広がりますことを祈って、筆を置かせていただきます。
と、こんなものでよろしいでしょうか>管理人様、皆様