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「――はぁ、はぁ、はぁ。……はあ」
 最後に大きく息をついて足を止めた。
 風の吹く丘、高い空を仰ぎ、草の絨毯に大の字になって瞳を閉じる。
 未だ忙しなく脈打つ心臓を抑え付けて呼吸を数える。
 ひとつ、ふたつ、みっつ――
「運動不足ですね」
 ようやく落ち着いてきたところを見計らって、いや実際に待っていてくれたのだろう、聞きなれた声が鼓膜を優しく震わせた。
「ああ、まったくだ」
 ゆっくりと瞳を開く。
「なんであんなに元気なんだか」
「ふふっ」
 微笑んで、美汐はスカートの裾を気にしながら隣に寄り添うように腰を下ろした。
「残念」
 呟く、
「何がですか?」
「……もう少し早く目を開けば良かった」
 数秒ほど意味を理解できなかったらしい。
 しかし、それはやっぱり数秒で、美汐は気付くと冷たい視線だけ向けて無言で祐一の頬をつねった。
「いでででで! 見てない、見てないって!」
「……まったく」
「うぅ、いいじゃないか。ちょっとぐらい」
 つねられた頬を擦りながら身を起こす。
「何か言いましたか?」
 ぎろり、正しくそんな擬音が聞こえてきそうな視線。
「なんでもないです」
 そんな祐一に美汐は嘆息してから口を開いた。
「あの子はどうしました?」
「そこらにいるだろ。そう遠くには行くなって言ってある」
「……あの子が素直にあなたの言うことを聞くとも思えませんが」
 呆れたような台詞、だがそこに心配しているような様子はない。
 なぜなら、
「いつものことだ」
「そうですね」




 しばらく心地よい静寂を堪能していると、美汐が唐突に立ち上がった。
「ん? どうした?」
 美汐は無言ですぐ傍の森のあたりまで行くと引き返してまた元の位置に座った。
 その手には何かを持っているようだ。
「――どうぞ」
 そのまま手を突き出してくるので、祐一は少し戸惑いつつも手を差し出す。
「これは」
 渡されたもの、それは蝉の死骸だった。
「蝉、か。そう云えば、何時の間にかこいつらの鳴き声も聞かなくなったな。最近」
「ええ、そうですね」
 虫の死骸、それを見つけ拾ってきた美汐に驚いたものの、なぜかそれは飼い猫が主人に獲物を見せにくるそれに思えて微笑ましかった。
 そんなことを考えていると、
「似ていませんか?」
「え?」
 瞬時には理解できなかった。しかし、それも束の間。
「――ああ。確かにあいつらに似ているかもな」
 あたたかいような、少し肌寒いような、夏の終わりの風が丘全体を撫でていった。
「長い間、ただじっと地上に出ることを夢見て」
「でも、夢見た地上に生きて居られるのはほんの僅かな時間だけ」
 本当に、よく似ている。
「似ていますね」
「ああ、特に――やかましいところなんかそっくりだ」
「…………」
 美汐の眉間に皺が寄る、そして口を開く、その前に、
「そのくせ、いなくなると寂しいあたりもな」
「――そうですね」




 よっ、と掛け声をつけて立ち上がる。
 そろそろ陽は傾きつつあった。
「帰るか」
「はい」
 少し息を吸い、
「おーーい!」
 祐一は呼んだ。
「帰るぞ! まこと!」
 遠くから、それでも思ったよりも近くから返事が聞こえた。
 そしてすぐにその姿が見える。
 元気一杯、といった様子でひたすらまっすぐこちら目指して走ってくる。
「おかーさーん!」
 まことが美汐の胸に飛び込んだ。
「さ、帰りましょう。まこと」
「うん!」
 祐一はその様子に微笑んで、
 一度だけ振り返り、
「またな。――――真琴」
 囁いた。



“ちり……ん”



 鈴の音が、夏の終わりを告げた気がした。














あとがき

えーっと、“和”?(汗
うむむ、思い付きで書いてから後悔。
改めて見てもありそうなネタだなぁ、と我ながら。

本当は後援サイトとしてこっそり応援するだけのつもりだったんですけど。
とりあえず、つづりさんはじめまして(今更かよ)。勝手に応援していまーす。