桜花




「やかましい連中だな」
「全くね」

祐一は毎日顔を合わせる面子だと言うのに何故にそこまで話すことがあるのかと思ったが
まあそれもいいかもしれないと思い直した。
何せ宴だ。
年に1度のこの季節に、わずか1週間足らずで舞い散る桜の下で開く宴。
あっさり言えば花見なのだが。
いいかもしれないな、と顔を綻ばせる。
香里も口では悪態をつきつつも、この馬鹿騒ぎする連中を止める気は無かった。
見上げた顔に舞い落ちる桜の花弁。
透明の液体の注がれたグラスにそれが吸い込まれる。

「なんかアレだ、優雅だな」
「ほんとにね」
「あの連中は……そんなもん見てないんだろうけどな……」
「花より団子ってやつね」

そう言って苦笑しあう。
秋子さんの料理と振る舞われた銘酒の数々に舌鼓をうったはいいが、祐一と香里以外は
ほぼ正気を保っていない。
振る舞った張本人、水瀬家当主を除けば。
皆一様に真っ赤に顔を染めて、あはははははは〜お酒にいちごもあうよ〜やっぱり鯛焼アイスですっ牛丼ねぎだくあう〜真琴お箸の持ち方があははははははは〜
だとかなんとか思い思いに喋っている。
天野は割合正気に見えたが、木に向かって説教する姿はどう見ても立派な酔っ払い。
もはや会話はどこにも成立していない。
秋子さんはあらあらとか言いながらちびちびお酒を飲んでいるが、横に転がる一升瓶はどうみても彼女の仕業だ。

「香里も結構飲んだんじゃないか?」
「私はあの連中みたいにバカ飲みしたりしないわ」
「ま、それはそうだな」
「大体ね、お酒って嗜好品なのよ、雰囲気とか香りとか副次的な物も含めて楽しむべきじゃない?」
「実に正論だな」

香里は自分も案外酔っているかもしれないと自覚していた。
酔うと説教くさくなる癖を披露してしまって少し後悔。
(まあ……)
横に座る少年の顔を見上げる。

「いいかもね、こんな酔っ払い方も」
「そうだな、静かに酔っ払うってのもオツだな。馬鹿騒ぎも楽しいけど」

見上げた空には雲一つ無い、澄み切った空気。
祐一としても実に気持ちよかった。
二人して、示し合わせたわけでもなく、同時に杯の中身を煽る。
濃い地酒が喉を焼いていく。
程よい酩酊感に頭が蕩ける。
ふと目が合う。
どちらともなく、笑みが零れた。

「悪くないな、ホントに」
「ええ、まったく。ホントに今日は愉快だわ」
「次ぎはどの酒でいく?」
「そうね、信州の八海山……なんでこんな物まであるのかしら?」
「まあ、秋子さんのコレクションだろうな」
「行きますか」
「行くか」

ビンを開けてお互いのグラスに満たしあう。

「いや、ホントに愉快だ」
「同じようなこと何度も言い出すのは酔っ払いの証拠よ?」
「酔っ払いさ、酔っ払いは飲んで飲んで飲むんだよ」
「ま、いいか」
「さて、秋子さんにもご参加願うか?」
「そうね、秋子さん!」

それまで撃沈したあゆの頭を撫でながらちびちびやっていた秋子さんが振り向く。

「一緒に飲みましょ!」
「あらあら、いいですね。是非お供させてください」

秋子さんはにこやかな笑みを浮かべて同意する。

「それにしても秋子さん、こんな酒よく家に置いてましたね」
「ふふ、専業主婦の密かな楽しみですよ」
「なんか優雅でいいなあ」
「じゃあ秋子さん、改めて乾杯しますか」
「そうですね」

そして、その空間で何度も響いた掛け声が。
そのどれよりも小さいが、どれよりも長く留まる音で。

「「「乾杯!」」」

びいどろのグラスが、最後に透き通った音を響かせた。





あとがき

25万ヒットおめでとうございます〜
それにしてもこれ「和」かな?(汗)