菊の節句



「で、何なのよ。急に人を呼びつけて。名雪と秋子さんが居ないのに勝手に人を読んで大 丈夫なの?」
「まぁまぁ、折角二人っきりなんだ。仲良くやろうじゃないか。それに、その事について は秋子さんからは 了承を得ているから大丈夫だ。」
そう、今日は香里を家に呼びつけたのだ。香里には突然で悪いとは思ったんだが、折角水瀬親子が旅行に出かけたんだ。俺だって、たまには香里と二人っきりで過ごしたい。
「香里は嫌か? 俺と二人っきりで一夜を過ごすのが。」
「そんなわけ無いでしょ? ただ少し心配になっただけよ。でも、秋子さんの了承がある んなら 喜んでお邪魔しようじゃないの。」
「そうか、良かった。」
「ところで、その右手に持っているお酒は一体何をするための物なのかしら?」
「知れたことを、おいしく飲むに決まっているじゃないか。」
「あのねぇ、一応私達は高校生なのよ?」
「気にするな。折角のめでたい日だ。こういう日は風流を楽しむのが日本人の勤めだぞ。」
渋る香里を説得して、祐一が一升瓶をあける。すると、部屋中になんとも言えない甘い香りが漂い始めた。どうやら、なかなか良い酒らしい。
「今日って、なにか特別なことでもあったかしら?」
「9月9日。菊の節句だよ。」
菊の節句。遠い昔に中国から伝わってきた五節句のうちの一つだ。旧暦の9月9日は、今で言うと10月の後半になるのだが、祐一にとってそんな事は関係なかった。ようは、祝うという気持ちさえあれば良いのである。

「へぇ、知らなかったわ。」
「ま、当然だろうな。ほれ、飲めよ。菊酒って言ってな。ホントは菊を入れなきゃ駄目な んだけど、この時期じゃ菊なんて無いしな。悪いけどただの酒で我慢してくれ。」
そういって酒を並々とお猪口に注ぐ。結局、香里と飲む口実が欲しかっただけなのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
「はぁ、結局こうなるのね。ま、いいわ。いただきます。」
「結構いい酒なんだぜ? 楽しんで飲んでくれよ。」
「はいはい。」
こうして、二人だけの宴が始まった。菊の無い菊の節句。桜の無い花見みたいね。でも、こう言うのもたまには良いかもしれない。香里は、だんだんと酔っていく中で、そんなことを考えていた。



「あら、もう空っぽ。」
「よし、じゃあ本日のメインイベントに行くか。ジャジャーン!」
何処に入っていたのか、祐一がズボンのポケットから小さな袋を取り出す。
「何、それ?」
「菊のハーブバスの元だ。菊湯と言ってな、これを風呂に入れて菊の香りを楽しむのだ。 肌にも良いし、一石二鳥だな。これも菊の節句の祝い方の一つだぞ? さぁ香里、一緒 に風呂に入って菊の香りを楽しもうぜ!」
祐一が、両手をワキワキしながら香里に近づく。彼の顔には、とても危ない微笑が浮かべられていた。
「な、何言ってるのよ! そんな事恥ずかしくてできるわけ無いでしょう!?」
「ふ、そう言うだろうと思ってな。今日の酒は結構強かっただろう? あ、それ。」
ヒョイ、と香里を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょっと、何するのよ!」
「決まっている。このまま風呂に直行だ!」
軽々と香里を抱き上げたまま風呂場へと歩き始める。香里も精一杯抵抗を試みるが、酒を飲みすぎたらしく体に力が入らない。どうやら祐一は、これを狙って香里に酒を飲ませたらしい。なんとも、用意周到である。

「は、謀ったわね…!」
「ふ、これも俺とお前の愛のため。さぁ、二人で洗いっこしような!」
「も、もう。そんなにやりたいんならやらせてあげるわよ。」
「香里は、嫌なのか?」
「い、嫌じゃないわよ。別に…」
口で非難しつつも香里の表情が少し嬉しそうに見えるのは、恐らく見間違えでは無いだろう。何だかんだ言って、香里もこういうのは嫌いではないらしい。その後、聞くだけで悶え苦しんでしまいそうなやりとりをしながら二人は、風呂場へと消えていった。


「たまにはこういう事があっても、良いだろ?」
「ま、そうね。私も楽しむとしますか。」




その夜、主のいない水瀬家からは菊の香りが漂い続けたと言う。












あとがき

25万ヒットおめでとうございます。ところでこの企画って、こんなんでよろしいんでしょうかね?