華火



 どぉぉぉ……ん……

 大きな音に耳を引かれ、振り向いて西の空を見上げる。
 けれど、そこには星空が広がるばかりで、特に変わったものも見られなかった。
「あ……そっか、今日、お祭りだ」
 隣に並んで歩いていた名雪が、思い出したように呟く。
「お祭り?」
「うん、秋祭り。ごこくほうじょうをいわってしんこくをかみさまにささげるおまつり」
 その知識がまるきりの受け売りだというのは、その棒読みな科白からうかがえる。
 五穀豊穣を祝い、新穀を神様に捧げるお祭り。
 今年は豊作でした、と神様に感謝する祭りのことだ。
 日本は基本的に仏教が多いが、その大抵は農家、つまり日々の糧を自分たちで作り出していた。
 そんな農民達に必要なのはありがたい教えなどではなく、太陽と、雨だ。
 古くからの太陽神、アマテラスを崇めるのは、農家にとってはある意味当たり前だろう。
 仏教が日本に浸透したのは、それよりも遙かにあとだ。
 仏壇がある割に神棚がある家は、大抵はそんな理由からだったりする。
「ふうん。そんなイベントあったの忘れてたわけか」
「あはは……うん、部活でちょっと忙しかったから……」
「さては名雪、友達いないな。誘われなかったのか?」
「うっ」
 名雪は胸を押さえて立ち止まる。
 みきちゃんってばひどいよね、と独り言を呟く。
 そのみきちゃんが誰かは知らないが、どうやら本当に誘われなかったらしい。
「人望無いのか?」
「うっ」
 胸を押さえて蹲る。
 くーってばひどいよひどい、と独り言。
 そのくーが誰かは知らないが、少し名雪が可哀想になってきた。
「……行くか、祭り。まだ間に合うだろ?」
「行く」
 きらきらと瞳を輝かせつつ、すっくと立ち上がる。
「真琴とあゆも連れてさ。っと、秋子さんもだな」
「行かない」
「おい」
 どっちやねん。
 心の中で突っ込んでおく。
「このまま行っちゃお。おみやげぶら下げれば真琴もあゆちゃんもおとなしくなるよ」
「たしかにそれはそうだと一応は同意しておくが、それとこれとは別だろ」
 それに、と付け加えて、両手に持った買い物袋を示す。
「この荷物もって祭りは楽しめないだろ」
「あ、うん……そうだね。嫌々だけど、いったん帰ろっか」
 そういうことは口に出さずに心に留めておくもんだ。
「それじゃ、帰るか、みんな待ってるしな」
 商店街の明かりに照らされた夜の空に、ひとつ。
 大きな大きな、華が、咲いた。
 それは一瞬で散る、儚い華。
 体に響くその音も、夜空をまばゆく彩るその光も。
 それはただ、ひとの記憶に残るだけの華。
 いろとりどりの光を散らせ、やがて何事もなかったかのように、消えゆく華。
 しかし、だからこそだろうか。

 ――それは、ひどく、美しい。
 
 
 
 
 
「花火綺麗だね、っていう科白のあとに、君の方が綺麗だよ、はどうだろう、祐一?」
「なにを意図しての質問なのかよくわからんが、とりあえずそれはあり得ない」





あとがき

こういうのもあり。
ちなみにアマテラスは天照大神(あまてらすおおみかみ)と書く。