/10  せいばーのおちんちん      よんほんめ 「おうのきかん あるいはせいばーふたたび」  間桐慎二が我が家に入り浸るようになってしばらく経つ。  入り浸る、と言うよりは居候みたいなものだろう。あの日――見られたら自殺もんベストに燦然と輝くビデオ鑑賞会が開かれてから、着の身着のままで俺の家に転がり込んできた。手荷物の一つすら持たずに、慎二は逃げるようにして間桐の家を出たのだ。  ――それは一週間前、間桐邸にさかのぼる。  慎二が我が家に、と。その場合危惧することがいくつかあった。  まずは、言うまでもないだろうが、セイバーのこと。俺もあのあと家を飛び出したきりで、セイバーとは顔を合わせづらい。本来なら家族会議でつるし上げを食らいそうな所行を働いたセイバー・E・アルトリア、しかしそれだけを責めるというのも酷というもの。ピンクでいっぱいな中高生のエロ心理を理解してやらなければならないだろう。つい汚れ物に手を出してしまったのも、仕方ないと言えば仕方ない。……これを機に女性に戻る努力をしてくれれば言うことはないのだが、セイバーの息子への執着を見るに、その可能性は薄いのではないかと。  ともあれ、セイバーが開き直ったら、俺もただでは済みそうにないのだ。家に戻るというのなら、覚悟だけは決めていかなければならない。 『慎二。俺の家に来ると言うことは、ある意味で最悪の選択になるかもしれない』 『ぼ、ぼくが衛宮の家に行くのが迷惑っていうのなら、はっきりそう言えよっ』 『そうじゃなくてだな、まあ……最悪純潔を捨てることになるかもな』 『あ、……え?』 『だから、このままケツ掘られるのがいいか、俺の家に来て処女散らされるのがいいか、という問題に直面するわけだ』 『え……、え、ええ? あ、そ、それって……?』  顔を真っ赤にしてうつむく慎二は見物だった。 『俺もできるだけのことはしてみるけどさ。……どうする?』  いかな日常に適応してしまったセイバーとて、その力は俺を軽く凌駕する。そんな状況にならなければいいのだが……。案ずるより云々、あれやこれやと心配しているよりも、実際に行動した方がいい。  慎二はしばらく悩んでから、こくりと小さく頷いた。 『その……、えみ、衛宮……、うん、よ、よろしく』 『……そうか。来るのか』  なんとしても、男としての最後の尊厳だけは、守ってやらねば――。  慎二は終始背中を気にして家路についたが、その夜はひどいものだった。幸いにしてセイバーは留守だったが、そのことに関してあとにしよう。  家に着いてからはおとなしかった慎二は、時間が経つにつれ徐々に挙動不審になり、以前の面影すら感じられないほどに怯え、物音ひとつに異常に反応する。 『絶対追ってくるんだ。逃げられない、逃がしてくれるはずがないんだ……、どうしよう、衛宮、ぼく、ぼく……っ。もういやなのに、ライダーはっ、あ、ああっ、衛宮、お願いだからぼくをたすけてよ……っ』  目汁鼻汁たらして懇願されれば、地方ローカル正義の味方、手を差しのばさないわけには参りません。早速電話で間桐邸へコンタクト。 『慎二、しばらく家に泊まりたいんだと』『姉さんもとい兄さんがですか? ライダー、どうしようか』『う、裏切ったな! ぼくの気持ちをうらぎったんだっ。家に電話してぼくを連れ戻させるつもりなんだろう!? 信じてたのに、信じてたのに……!』『替わりました。士郎、そこにシンジがいるそうですが』『ああ。別にいいよな』『構いません。助手がいればなにかと使えるでしょう』『痛いのはいや痛いのはいや痛いのは――』『ところで着替えとかは』『士郎の服で適当にお願いします。長くなりそうでしたら後日こちらで用意しますので』『了解』『ああそれと。シンジのことですが』『ん』  電話が終わってからは、パニックになった慎二をなだめるのに苦労した。  気持ちは分からないでもない。突然女性に変化して、適応する間もなく犯され、その後も毎日のように調教じみた責めを受けていたのだ。かろうじて処女ではあるものの、刻み込まれた恐怖心はそう簡単に消えることはないだろう。  地域密着派正義の味方としてそれだけで済ますのかという声も聞こえてきそうだが、まあ、起こってしまったものは変えようもないし、過去を悔やんでもそれでどうにかなるわけでも無し。慎二には蛇にでも噛まれたと思っていただこう。今後はネコ科の肉食動物にばくりといかれないよう気をつけると言うことで。  慎二はひとしきりわめいだ後、電池が切れたように眠りについた。よほど疲れていたのか、それとも間桐の家ではまともに眠ることさえできなかったのか、揺り動かしても起きる気配すら見せず、仕方なしに俺の部屋に運んで寝かせた。俺の寝床はとりあえず過去セイバーが使っていた(つまり位置的にはセイバー、空き部屋、俺、慎二、という感じ)ところに移し、万が一に備える。こう、セイバーを疑うようで気分は悪いが、ライダーを見ているとどうにも。慎二は言うに及ばず、我が菊の紋所も危険が危ぶまれて危ないのです。  そうして、日付が変わろうという時間、セイバーは帰ってきた。  纏う空気はよどみきっていて、ほつれた髪もそのままに。全身から退廃的で後ろ向きな雰囲気をまき散らし、のそりと居間へと顔を出す。かろうじてジャージは洗濯したてのものを着ていったらしく、それだけが割としゃんとしていた。いや、ジャージという時点でどうかとも感じないわけでもないが、そんな違和感とうに彼方へと置き去りにされている。素晴らしきかな人間の神秘。  怯えるように落ち着かないセイバーを座らせ、テーブルを挟んで向かい合う。どうやら自棄になって襲いかかってくるということはなさそうで安心。  さて、そういうわけで緊急家族会議である。 『判決を申し渡す』『べ、弁解くらいっ』『必要あんのかこんちくしょう!』  簡単にまとめるとそんな感じ。  セイバーが外に出ていたのは、エログッズの処分のためらしい。河原で焚書はいかんぞ。 『あのあと……シロウが家を出た後、私は自分がどれだけ莫迦なことをしていたのかを思い知られさました。一時の快楽のために、私は……。どのような謝罪も空々しいものにしか聞こえませんが、それでも、言わせてください』 『…………』 『申し訳、ありません。畜生外道にも劣る下衆な行い、どれだけ言葉を並べても、シロウにとっては許せるものではないでしょう。ですが、私は、シロウに嫌われたくはない……。剣であることを忘れ、性の快楽に溺れて、今更何をと思われるのは構いません。私は、シロウ、貴方のために、もう一度剣をとる。信用してくれとは言いません。許してくださいとも、言いません。……ただ、少しだけ、時間を下さい』 『……わかった』  じっと俺の目を見据えるセイバーの瞳は、確かに澄んでいた。決意を固め、それを行う者の瞳だ。それがこういう状況でというのに不満はあるが、まあ、セイバーが更正してくれるのなら文句は言うまい。 『つきましては、ですね。こういう標語を掲げてみようかと無い頭をひねって考えたのですが、いかがなものでしょう』  わはぁい。嫌な予感。  どこに持っていたのか、セイバーは丸めた紙をするするとのばし、どうだと言わんばかりに誇らしげだ。 『オナ禁週間、です』  実に達筆なオナ禁です。半紙に筆で、こう、オナ禁! と。 『月間じゃないのか』 『はは。なにを莫迦なことを。シロウも冗談がうまいですね』 『てゆうか、もうここにはいることができません、とかそういう流れでは……』 『こ、ここから出て行けと言うのですか? 身寄りのない私に出て行けと!? 泣きますよ!?』 『泣くなよっ』 『……わかりました。シロウが言うのなら、出て行くこともやぶさかではありません。だた、その……せめて蔵を……、いえ、庭の隅っこと段ボールを少々――』  たのむからやめてくれ。 『いや、出て行かなくていいよ。これからも、いつもどおりで。今日何があったのかは忘れる。忘れさせてもらう。それで、なんの問題もない』  たぶん。うん、恐らく。もしかすると。……かもしれない。 『……感謝、します』  涙目で礼を言うセイバーに、ちょっと胸きゅん。久しく忘れていた感情だ……。 『それじゃ、寝る前にちょっと手合わせしてみるか』 『へ?』 『どれだけ腕がなまってるのか確かめようか、セイバー。もしかしたら俺でも一本はとれるかもしれないしな』  挑発のつもりで言ったのだが、セイバーは急によそよそしく辺りを見回す。 『あ、あの、それは今でなければだめなのですか?』 『いや、駄目って……。なにかあるのか』 『なに、というか、その、ええと』 『……セイバー?』 『――う』 『言いづらいことなら、別に……』 『いえ、まあ……、なんというかですね……その……、下品なんですが……、勃起、……しちゃいましてね……。立つに立てないというか、勃つるに立てないというか……』  剣を握るまでもなく己の武装は臨戦態勢と言うことですね流石セイバー剣の騎士。 『シ、シロウがいけないのです! どうしてそんなにいい匂いなんですか!? そりゃ勃起のひとつもするってもんでしょう!?』 『ははは』  ふざけんなこのやろう。  さて、そんなことがあって一週間。  後ろの心配も適度にしつつ。どうにもセイバーと慎二は折り合いが悪いらしい。派手な喧嘩というわけでもなく、水面下でばちばち火花が散っていそうな冷戦。どちらかというと、慎二が挑発してセイバーが乗せられ、セイバーの売り言葉に慎二の買い言葉、と。  男のくせに軟弱な、とはセイバーの言。  女のくせに野蛮な、とは間桐慎二の言。  どっちがどっちと申しますか、男と女って難しいですね。  おおむね慎二はいつも通りで、端的に言うのなら自己中だった。や、それでこその間桐慎二なのだが、ライダーから聞いた宝具の効果を疑わざるを得ない。  なんでもあれは、容姿性別を変えるだけではなく、性格までも変貌させるらしいのだ。つまり慎二の場合、女性となっているのなら、その内面も完璧に女性のそれと同じものになるらしく、仕草、口調、嗜好、他すべてにおいて効果が現れる。……と、言っていた。  が、実際はそれほど変わってはいない。容姿も『ん?』と感じる程度で、性格に至ってはいつも通りの慎二なのだ。まあ、学校があるからそう変わっても困る。唯一目に見えて変わるのは、家にいるときの髪型くらいのものだ。ちょろポニにしたり、耳の後ろで低めに縛ったり。ちなみに今日は前者。 「衛宮、ちょっと手伝ってよ」 「なにをだ?」  夕食の準備もあとは主菜をこしらえるだけというとき、慎二が台所に顔を見せた。  胸元を大胆に抉った薄手のシャツにホットパンツという格好は、少々薄着のような気がしないでもない。まあ、先ほどから部屋の方でがさごそと何かしているらしく、そのために薄着なのだろう。 「おととい頼んでた荷物がきたんだけどさ、重いんだよね」 「ああ、わかった。部屋まで運べばいいのか?」 「頼むよ。こんなんなってから、どうも力がなくなって。見ろよこの腕。これじゃあ弓も引けないよ」  そう言って自分の二の腕をぷにぷにと。 「ふうん」  思わず手を伸ばして掴む。うにゃ、と二の腕がひしゃげた。 「ひ、あ、ってこの阿呆放せ! ――ぅ。衛宮、おまえ馬鹿力なんだから加減しろよ! くそ、跡付いちゃうじゃんか……」 「……すまん」  予想以上に筋肉がなかった。 「あー、痛い痛い。これは新都で最近できたケーキ屋さん並みの痛さだなあ」 「む。あそこか」 「……なに、知ってるの?」 「昨日セイバーと行ってきたからな。結構うまかった」  ひき、と慎二の表情が強ばる。 「そ、そう? ……ならいいや。ケーキってあんまり好きじゃないし」  話は終わり、と慎二は玄関にある段ボールを指さす。  男の俺にとってはそれほど重いというわけでもないが、これは慎二だとつらいだろう。 「ああ、あっち。ベッドの脇に置いて。あとは僕がやるからさ」  慎二の部屋に踏み込んだとたん、俺は異界を垣間見た。  なんだ。なんだこの、少女然とした異空間は。  慎二の部屋はかつて某赤い人が使っていた洋室。飾るものも少なく、素っ気のない内装だったが、わずか一週間でこうも変わるものなのか。というか慎二、本気で嗜好が変わっていらっしゃるようで……。ライダーの言葉も嘘というわけではないらしい。  それに、この甘ったるい匂い。……この部屋を片づけていたときと似た匂いだ。 「なにぼおっと突っ立ってるわけ? 入ってきなよ」  まあ、いい。さっさと済ませて夕食の続きにとりかかろう。セイバーも腹を空かせて帰ってくるだろうし。 /11  ライダーに頼まれた例の件が、全くもって進まない。  そろそろ二週間近く経とうというのに、原因らしい原因が見つからないのだ。  サーヴァントに肉体的変化を強制的に行うなど、偶然や自然のたぐいではあり得ない。イリなんとかの願いがなにか関係しているのかとも思い、森の中の城に訪ねたりもしたが、収穫といえばお付きのメイドのおっぱいがちょっとわがまますぎたことくらいだろう。それとイリなんとかに関しては、あれで俺よりも年上らしい。メイドが言うには、先天的な病気で、成長が著しく遅れているとかなんとか。あのおっぱいを毎日どんな想いで眺めているかと考えるだけで、ほろりと涙が止まりません。  それならばいっそ聖杯にでも頼めば良かったものを、と思ったが、メイドが首を静かに振って応えた。イリヤ、あほだから。  涙が止まりませんっ。  まあ、それで大きな原因となりそうなものは無くなった。仕方なしに、今度はセイバー自身を解析しようと協力を持ちかけたのだが、正直なところ気が進まない。  なにしろ解析対象物が、あれなのだ。あれなのですよ。  英霊と呼ばれ、座から降りてきた英雄。そのようなものを解析するなど無茶もいいところ……と、以前の俺なら思っただろうが、セイバーならなんか問題なく解析できそう。でも見る物がモノだけに……。  しかしNOとは言えない正義の味方、ライダーのお願いを放棄できるわけがない。  セイバーに声を掛けてみたものの、さてどうしようかと。恐らく今は俺の部屋で待っているはずなのだ。  ……慎二も呼んだ方がいいだろうか。曲がりなりにも魔術をかじっているのだから、なにかの足しにはなるだろうし、慎二自身もライダーから言われ助手として俺のところに住み込んでいるのだ。うむ。そうしよう。決してセイバーと二人きりに危機感を覚えているわけではない。  そういうわけで、今や異界と化した客間を訪ねる。 「おい、慎二。ちょっといいか」 「な、あ、待て衛宮、入ってくるなよ!? あ、くそ、じゃまだこの……っ」  部屋の中でなにをしているのか、どたばたと暴れ回るような音が続く。 「勝手に入るわけないだろうが……」 「う、うるさいな。とにかくちょっとそこで待っててよ」 「わかった」  五分ほどでドアは開き、慎二が顔を出してくる。動き回ったためだろう、頬は紅潮し、舞い上がったほこりにでもやられたのか、瞳はわずかに潤んでいた。だらしなくのびた部屋着の襟元から覗かせる細い首筋、鎖骨、そして薄く青みがかった肩ひも……。 「……なに色気付いてんだ、慎二」 「は、はあ? なに言ってるのさ」 「ブラするほど胸ないじゃ――」 「うるっ、うるさいよ衛宮!? ぼ、ぼくだって付けたくないよ! 痛いんだから仕方ないだろ!」  ……痛いって。 「なにが」 「なにがって……、そ、その……」  ブラ付けてないと痛い?  となれば原因は、わずかばかり膨らんだ胸に原因があるのだろう。 「慎二」 「な、なんだよ」 「病院に行こう」 「はあ!?」 「保険証がないから高く付くが、仕方ない。それでも慎二に何かあるよりはマシだ」 「ちょ、ちょっと衛宮、違うって。だからこれは……」 「痛いんだろ? だったら病院に行ってだな、」 「――だからっ」  慎二は俺が掴んでいた腕をふりほどき、叫ぶ。 「乳首がシャツとこすれて痛んだよっ」 「それじゃセイバー、そこに横になってくれ」 「は、はい」  慎二は俺の後ろで顔を真っ赤にしてうつむいているが、まあ、その原因はもう忘れた。 「――はじめるぞ」 「お願いします」  同調――、同調、か……。いやだなあ……。  む。いかん。それどころではない。 「同調、開始」  とたん、俺の視界は色彩を失う。  そこに広がるのは、情報の渦だ。  いつもならそれをフィルタにかけて、余計なものを削ぎ落として見るのだが……。 「セイバーてめえなに勃起させてんだこんちくしょう」 「ば、そん、し、仕方がないでしょう! 士郎がわたしのおちんちんに熱い視線を向けているのが悪いんです!」 「ぎんぎんにおっ立てたチンコ解析する身にもなりやがれ!」 「(ぽっ)」 「なに頬染めてんだ!?」 「そんな、とても私の口からは」  あああああああもういやだ―――――! 「くそ、いいよ。気にしない」  再び解析。  ああ、このときほど自分の解析能力の高さを恨んだことはない。どきゅんどきゅんと絶えることなく脈動し血液を送り続ける血管。充血しはちきれんばかりの海綿体っ。先走るカウパー氏! やってられるか! 「シ、シロウ? どうしたのですか?」  畳を殴りつけた俺を心配するように、セイバーは体を起こす。 「……すまん。ちょっと興奮した」 「え、そんな、謝る必要は……」 「性的に興奮している訳じゃないぞ。言っておくが」 「あ、……そうなんですか」  なに落ち込んでますかセイバー? 「まあ……とりあえず、いろいろとわかったけどさ」  セイバーのおちんちんは結局セイバーのおちんちんだということだ。魔術的に接合されていたりするわけではなく、男性同様肉体から直接生えているのだ。忌々しいことに。  ついでに言えば、どうもセイバー、子供が産めるらしい。精巣が見あたらなかったから単体生殖は無理だろうが、というか精液はどこで精製しているのだろう……。 「原因もですか?」 「それは全く。生まれながらその体だったというほうが納得できる」  前途多難だ。 「そうですか……。ところで、どうして慎二が同席しているのですか?」 「え? いや、別に。特に理由は」  助手だし。 「ほう。……慎二、聞いてのとおり、あなたがここにいる理由は無いそうですよ。さ、用事もないのでしたら、早々に退室願います」  背後でぴくりと反応する気配。  ああもう、どうしてこうセイバーは誰彼と突っ掛かってゆくのだろうか。 「セイバーに用事はないけどね、ぼくは衛宮に呼ばれてここにいるんだ」 「そのシロウが貴方は必要ないと言ってるのですが?」 「い、言ってないだろう、一言もっ」 「言っているも同然です」 「くっ、だから、衛宮はこの部屋におまえとふたりだけになりたくないって言ってるんだよ、それは。察しの悪いやつだな」  お、あ、なんて直球な。 「……そんなはずはありません。私はシロウの剣、どうして二人きりであることを恐れるのですか。慎二、虚言もいい加減にしないと、いくら温厚な私でもぶちぎれますよ」  セイバーの言うぶちぎれた結果を想像したのか、慎二は顔を真っ青にして体を震わせる。いやまあ、そそり立つ怒張と共にそんな台詞を吐かれたら、まず心配するのは貞操だろう。 「ふ、ふん。働きに行ってご飯食べて、風呂入って寝て、それで終わりじゃないか。どこが『士郎の剣』だよ。せっかくある道場使ってるの、衛宮とぼくだけだよ?」 「わ、私の剣はシロウに捧げると誓いました。それは何より最上のもの、なにものにも代え難い、神聖な誓いですっ。それを侮辱するというのですか!」 「はっ。私の剣は士郎に捧げますぅ? どこにその剣があるわけ? あ、そうか、そこのご立派な剣ってこと? ああいやらしい。結局衛宮の体目当てなわけだ」 「ふ、ふざけ、こ、これは……っ。シ、シロウっ、この口の減らないバカをどうにかしてくださいっ」  そう言うセイバーももてあます性欲をどうにかしてください。 「衛宮、大体のことはわかったんでしょ。それじゃちょっとぼくに付き合ってくれない? 買い物行きたいんだけどさ、荷物持ちがいないんだよね」 「ん、ああ、それは別にいいけど」 「シロウ!? だ、騙されてはいけませんっ。そこの男、いやさ女は魔性、おしりで感じるド変態です! むしろ痴女! そのような魔女と一緒に外出だなどと、到底同意できるものではありません!」 「セセセイバーおまえなに言ってんだ!? そ、そっ、そんなでたらめどこからっ」 「え、シロウの持ってきたおみやげの中に、一本のビデオが」 「えみやぁああー!?」  ――あ、もしかしてライダーの寄越した資料の中に? 「すまん、慎二。気付かなかった」 「気付かないで済むかばかぁ! セイバー、何巻だ、何巻を見たんだ!?」  慎二、必死である。  まあ、あのビデオが他人の手に渡ったなどと知ってしまったら、冷静ではいられないだろう。マジ貞操に関わる。 「た、確か二巻と……」  その慎二の様子に圧されたのか、セイバーもたじたじと応えた。 「――――、そうか、二巻か」  よかった、と慎二はつぶやく。 「今日は……もういいや、衛宮。なんか疲れたから。また今度お願い」 「おう」  凄まじく疲労の色が濃い表情のまま、慎二は俺の部屋を後にする。  残されたのは――俺とセイバーのみ。 「ちょっと慎二の様子見てくる」  に、逃げてるわけじゃないよ? 「シロウ」 「ん?」  廊下に出ようとしてたところに、セイバーの声。 「シロウは……慎二を選ぶのですね」 「……は?」 「やはり、女性体である慎二を選ぶのでしょう、シロウは? 醜い男性器を生やした私などより、よどほ美しい慎二を。……私は、くやしい。でも、シロウの選択に異議などはない。私はシロウの剣、なにがあっても、あなたのそばに……」  な、なんかおかしな雰囲気になってきてます。  セイバーはぎゅうっとジャージを握りしめ、目元に涙をためて俺を見上げる。 「…………」 「シロウ……」  ああもう、仕方ない。 「セイバー」 「は、はい」 「慎二は友達だ」 「……はい」 「セイバーは、家族」 「…………」 「それじゃだめか」 「――いいえ。いまは、それで充分です」  ぐいと目元をぬぐい、セイバーは応える。 「では、『友達の』慎二のところへ行ってやってください。先ほどは言い過ぎました」 「お、おう。……行ってくる」  ああ、その前に。 「セイバー」 「はい」 「ビデオ、没収」 「……はい」