/7  せいばーのおちんちん      さんぼんめ 「らいだーのせいてきしこう」  人間は良くも悪くも“慣れる”生き物である、と聞いた。  ある状態が持続した環境に身を置くと、いつしかそれを当たり前のものだと感じる。それこそ、良くも、悪くも。――悲しいかな、人間は幸福にすら慣れてしまうらしい。  元々人間は、異常なほどに“環境へ適応する能力”が高い。だからこそ、地球上でこれほど繁栄しているわけで。  セイバーに例えてみよう。  ……ん。例えるまでもないという声も聞こえてきそうだけど、続けます。  ちんちんが生えたセイバーは、もともと男であったという前歴があることも手伝い、比較的早期に適応することが出来た。これは潜在的に変化に対する適正があったとも言える。  女とちんこ。まるで相容れないそれを(エロい意味で考えるなよっ)、水と油を混ぜ合わせる石けん水のごとく見事なまでに精神的にも肉体的にも適応させたのは、真に動物の本能といえる性欲であり、ぶっちゃけオナニー。  覚え立ての中高生のようにコきまくる裏で、金策にも取り組みはじめる。つまりそれも現在のオナニーに“慣れて”しまい、より性欲を増すオカズをあさるために働きはじめたわけだ。  まさに、生きる糧。人生の楽しみ。  しかしそれではあまりにもアレだろうと危惧した割と近所の正義の味方と親しまれる俺こと衛宮士郎は、セイバーに提案したわけだ。『ちょっと生活が乱れまくってるような気がしないでもないし、一週間オナ禁な』、と。  殺されるかと思った。  カムバック在りし日のセイバー。  そしてさようなら、このままでもいいかと何度も思った自分。  つまるところ、長い間続いた生活に慣れてしまい、現在の状態が普通あるいは最低限のラインであると認識しているセイバーは、それを否定されるような同居人の発言に怒り心頭、てめえなにぬかしてやがりますかぶち込むぞ、となったわけです。  わたくしめも椿の花がぽとりなどという古典的な表現をされたくありませんでしたので、素直に『ご存分に』と申し上げてその日は枕を涙で濡らしました。  ……発言権って、なに?  まあそれはそれとして。  極論であり偏向した見方かも知れないが、“慣れ”とは異常の正常認識化とでも言えばいいのだろう。  現に、俺自身もそうだ。  ちんちんの生えた女性と一つ屋根の下、という異常に、慣れてしまっている。  ――ここで魔術やら聖杯戦争やらを例えに持ち出さないあたり、その特異性を理解して欲しいものである。いや、実際ほんと、大変でした。  自慰を覚え、暇さえあれば自家発電。近いうちに腎虚でイっちゃうんじゃないかと心配になるほど、セイバーの性欲は異常だった。性欲、というよりも、快楽を生み出す器官にどっぷりとはまってしまい、抜け出せなくなってしまった、と言った方がいいだろうか。  ちんちんの皮がすり切れて痛いんです、と涙目で訴えるセイバーに、俺はどう対処していいものやら。まあ、とりあえずしばらくちんこに触んな、と言っておいたけど。  話は少し変わるが、セイバーのイチモツ、どうやら自慢できるサイズらしい。  先日のこと。外出中にお小水を排出するために公衆便所に立ち寄った際、隣の便器で用を足していたのが、まあ、セイバーだったわけで。てゆーかセイバーなに男子便所で放尿してますか、などと疑問に思うことは多々あるが、既に俺もその時点で慣れ始めていた。  小柄ではあるが、明らかに胸の(僅かながらにも)膨らんでいる少女が、男子便所で立ちション。いいのかセイバー。いいんだろうな、セイバーは。気にするだけ損ですか。 『おや、奇遇ですね、シロウ。こんなところで』 『こんなところでってのはまさにその通りだよこのやろう。……まあ、セイバーがいいんならいいけどさ』  隣にいるのがセイバーだと気づいたときには、既にちょろっと出したあと。我慢していたために止まらない止まらない。隣からもしゃーっと割と大きな音がして、ふんふふーんと鼻歌まで聞こえてくる。  てめえどこまで墜ちれば気が済む。 『ってセイバー、何のぞき込んでるんだ。そしてなんだその勝ち誇った笑みは』 『ふふ。いえ、なんでもありません、シロウ。……? ――っ』  勝者の笑みから、転じて絶望の表情へ。まるで畏れすら含んだそれに、俺はむしろ自分のちんこがなにかやばいことになってるんじゃないかと心配になった。 『シロウは……大人ですね……』 『は……? あ、ああ、そういうことか。セイバー、包け』 『ほほほほ包茎ちゃうわ!』  どこの人間だ。 『ふ、ふん。いい気にならないことですね、シロウ。男の価値はおちんちんの大きさなのですよ。す、少しくらい大人だからといって、調子に乗らないことです』 『いや別に包茎なんて』 『包茎ってゆーな!』  泣いていた。あの激動の聖杯戦争を駆け抜けた騎士王が、泣いていた。男子便所で。  ――ちんちんの話しはそれくらいにしておこう。セイバーの名誉のためにも。  しかし、まあ。  いくら慣れる生き物であろうとも、それはある程度の時間を前提としたものであるし、加えて言うのなら、慣れてしまった状態では、突発的なアクシデントにはどうやっても対処することが出来ない。  で、許容量を超える状態に、短時間――それこそ、一瞬で切り替わってしまったら、どうなるか。たぶん、二通りの反応があると思う。  止まるか、動くか。  今回のセイバーの例でいえば、前者。  物体固有の時間を変化させる魔術すら遠く及ばない、魔法じみた『静止した世界』。  え? なにがあったのかって?  ははっ。まあ、止まってるのはセイバーだけじゃないんだけどさ。  そりゃ、同居人が脱衣所で俺の洗濯物に顔埋めていて、ついでに俺のパンツでちんこしごいてる現場に出くわしたら、時間も止まりますよ。見た方も、見られた方も。 「シ」  叩き付けるようにドアを閉め、俺は泣きダッシュで家を出た。 「言峰ー! 俺の記憶を消してくれー!」  逃げ出した先は教会だった。 「――ふむ。転がり込んで来るなり、記憶を消せ、か。何があったのかはわからんが、もう少し落ち着いてはどうだ、衛宮士郎」 「落ち着けるか! っていうかもうわけわかんねえ!」  なんで俺をオカズにブッこいてますか。  あれがまだちんちん生える前だったら! 生える前だったら! 「確かに記憶の処理は魔術師の仕事。しかし、自身にそれすらできないとは、半人前と呼ぶことすらおこがましいな」 「いいよもう半人前以下で! 魔術師じゃないの! 正義の味方なの!」  そもそもなんでセイバーに男根が! 男根が!  今更そんなこと思ったってどうしようもないけどさ! 「おい、うるさいぞ、言峰。静かにさせんか」  ――その声に、混乱していた俺の思考回路が、一気に静まっていった。  言峰綺礼の背後に、たるそうな表情で髪をかき上げる女性がひとり。流れる頭髪は黄金よりなお美しく、陽光の柔らかさを散らしたように艶やかで。大きく胸のあけたシャツに、ぴったりと下半身を覆うパンツ。彼女を形作るシルエットは、この上なく素晴らしい。眠たげにぱちぱちと瞬きをする双眸は、しかしなにより鋭く俺の心を鷲掴みにしてくれた。  その女性は、俺を視界に収めるなり、ぱあ、と表情を輝かせた。 「士郎か! いや、どうしたのだ、こんな場末の寂れた教会などに」 「は、あ、いや。その……?」  正直こんな美人が知り合いなら記憶の隅にでも残っていそうなものだが、あいにくと初対面の筈だ。  純粋な、混じりけのない喜びを含んだ、無垢な笑顔。なぜだろう、黒々とした心が洗われていくよう。 「……? 士郎、なにか用があってここに来たのだろう? さ、用件はなんだ?」 「や、その」  誰ですか、などと、うれしそうに微笑むこの女性に言えるはずもない。  えと……でも、どこかで見た顔のような。 「どうした、士郎。そ、それとも、なんだ、あれか。お、我に会いに来たのか?」  ――恥ずかしげに揺れる、おっぱい。  圧倒的質量を誇るそれは、まさ漢の夢と理想をそのまま現実に映しあげたかのよう。  覚えがある。記憶にある。確かに会っていた。  ああ、それは―― 「ギルガメッシュ、衛宮士郎は私に用事があるらしい」 「……ふん、貴様になど聞いてはおらん。おい、士郎。我の部屋に行くぞ」  逃げた。  また逃げた。 「あ、おい、士郎? どこへ行くのだ? ――士郎っ」  切嗣。なんか変だよ、この世界。  変っていうか狂ってる。  ははは。……マジ泣きたい。 /8 「……俺と慎二は親友だよな?」 「な、なんだよ衛宮。気持ち悪い」  間桐邸慎二私室にて、俺はようやくと安息の地を見つけた。アーサー王が死後辿り着いたとされる妖精郷にも似た、全ての干渉を受け付けない、個人の個人による個人のための個室。まさに"全て遠き理想郷"。なんかずいぶん近くにあるような気もするが、理想は所詮理想で、現実はそんなものだ。  ……ふふ。現実ってなんだろうな。ものすごい勢いで否定したい気分。 「ま、まあ? 衛宮がそう言うんなら、し、親友ってやつになるんじゃないの?」 「なにどもってんだよ。頬まで染めて。きしょいぞ」  慎二の目元がひくと引きつるのを見て、どうも俺はよけいなことを言ったんだなと気づいた。 「い、言うね、衛宮。最近ちょっとすれてきたんじゃない? 前はもっと言葉には気を遣う方だったと思うんだけどさ」  ――自覚は、ある。  あるというか、原因もわかっている。  楽しいはずのセイバーとの同居性活もとい生活。それは彼女におペニスが生えても変わりはないはずだった。……いや、実際楽しかった。  遠慮のないエロトーク。半端なエロティシズムの深夜番組の鑑賞会。新たな属性への目覚め。増える備蓄。最近のAV事情等々……。  ああ、そう言えばセイバー、わざわざ女の人がレジにいるときにドぎついAV借りるのが最近楽しくて仕方ないらしい。 『恥ずかしげに頬を染めて視線をそらす仕草がたまらないんですよね。「ご、ご一泊ですか?」「ふふ。そうですね、二泊ほど」というやり取りも、考えようによってはアレですし。まあ、いっそ穢らわしいものを見るような侮蔑を込めた視線で見下されるのも、それはそれでいいんですが』  そんな感じに。  ……その話を聞いて、セイバーの嗜好がよくわからなくなった。  オナ狂いなのは気持ちいいからだろうし、それを追求するのも、より快楽を増すためだろう。結局行き着くところはいわゆるひとつの生本番であることは言わずもがな。だというのに、セイバーは。 『女性が性的対象に? じょ、冗談はよしこさん。なにが悲しくて同性に手を出さなくてはいけないんですか』  理性はあるらしい。オナ狂いなのに。とは言うものの、それ以上深くは聞けなかった。余計なことを聞いて藪蛇になっても困る。非常に困る。  そもそも俺に遠慮がないのは、セイバーが『自分は男である』という意識が前提にあってのことだと思っていた。  が、”相手が女性=同性=セイバーは女性”ということになる。無意識のうちに否定していたのか、考えないようにしていたのか、それは俺自身もわからない。  セイバーの性的対象とは、つまるところ男性と女性どちらなのか、ということを。そして自身が男性として性的対象といかんことをいたすのか、女性としていかんことをいたされるのか、ということを。  日々増してゆくセイバーの性欲。  日々摩耗していく俺の精神。  しましまあ、ぶっちゃけて申し上げれば、セイバーのことは大好きです。聖杯戦争中に何度抱かれてもいいと思ったことか。あれは正に漢。小さい背中がやたら大きく見えたものです。  が、それはそれ、これはこれ。  今現在のセイバーと他人様に言えないような関係になってしまったらと考えると、冷や汗しか出てこない。  あの性欲。あの飽くなき欲望。あのデカ魔羅っ。デカ魔羅っ。  ……後半はどうでもいいが、とにかくセイバーの性欲は背筋が寒くなるものがある。初回にして一時間ノンインターバルで一人遊びが出来るほどだ。さすがサーヴァント。そんなことで関心されるのも他のサーヴァントには不本意だろうが、とにかくセイバーの底無しの性欲は空恐ろしい。セイバーにちんちん生えていようが、元のおにゃのこの体でいようが、それに付き合わされる相方はたまったものではない。抑圧された青春時代及び青年期中年期を過ごしてなおその肉体は幼さを残すニンフェズム全開の○学生バディ。そんな人間に性の快楽を与えればどうなるか。  もちろん、ああ≪セイバーみたいに≫なる。  ――そして、恐れていた惨劇が、ついに起こってしまったわけだ。  セイバーは手軽なオナペットとして、あろうことか同居人である衛宮士郎を選んでしまった。しかしそれはある意味で安心も出来る事実。つまりセイバーの性的対象は男性であり、彼女自身は精神的に女性であるということだ。そのことは、セイバーが女としての性を受け入れ、性交渉においては“受け”を担当するということでもある。  いきなり突っ込まれるようなことはないだろう、と、まあ、俺の心配はそこにあったということなんだけど。……いきなりもなにも、突っ込まれるのは勘弁願いたい。  処女を捨てる気は無いし、加えて言えば童貞だって捨てる気はない。 「……衛宮、童貞なの?」 「童貞だよ。……声出してたか、俺」 「ああ、なんかいきなりぶつぶつ言い出すから、ちょっと怖かったぞ」  うん。精神が不安定でさ、なんか自分がよくわからないしな。 「そうか、衛宮って童貞か……」 「童貞のどこが悪い」  汚れのない純潔であるぞ。誇らしいことであるぞ。 「いや、衛宮ってけっこうモテるみたいだいだしね。とっくに経験してると思ってた」 「……モテてるということはないと思うが、たとえそうだとしても、そんな簡単にするものなのか? そういうのって、もう少し慎重になると思うんだけど」  慎二は呆れたように肩をすくめてため息をつく。 「わかってないねえ、衛宮。難しく考えるなよ。ヤりたからヤる。それでいいじゃん」 「よくねえよばか」  それだったら俺は今頃処女散らされてるっつの。  あの性欲の権化(は言い過ぎかもしれないから塊くらいに訂正しておこうかと思ったけどそんなに言い過ぎってほどでもないからいいや)のセイバーですら、我慢してオナニーで済ませていたのだ。……済ませていてくれてよかった、ほんと。もし慎二みたいな性格だったら、まじやばいですよ。 「あ、そ。ま、衛宮が、ど、童貞かどうかなんて、僕には関係ないんだけどね」  ……なに、その思わせぶりなどもりかた。 「童貞は素晴らしいことだ」 「はいはい」  むかつくなあこんちくしょう。  まあ、なんと言われようと、魔法が使えるようになるまで童貞を捨てる気はない。具体的には、あと十三年ほど清い体を死守。  ――僕は魔法使いなのだ。  そう語った切嗣は、しかし魔法使いではありえなかった。  なにせ女にだらしがない。それではなれるものにもなれないさっ。  現存する五つの魔法の所有者たちは、絶対童貞と処女だ。 「そういえば、桜は?」  俺が慎二の妹の名前を口にした瞬間、目に見えてうろたえだした。  その様子は怯える小動物が如き。 「さ、さあ? 部屋にでもいるんじゃない?」 「そうか。最近会わないから挨拶くらいしてくるか」 「――あ、ああ」  それじゃ、と俺は腰を上げる。  しかしまあ、女性の部屋にひとりで訪ねるのもアレだろうし、というか俺、桜の部屋がどこにあるのかも知らない。 「……なあ、慎二。桜こっちに」 「無理!」  俺が言い終わる前に慎二は悲痛な叫びをあげる。 「い、いや、いくら妹って言ってもさ、ほら、結局は女性の部屋なわけじゃん? ぼ、僕も男だしさ、そういうには抵抗が」  しどろもどろと慎二は語る。 「……それじゃ部屋まで案内してくれるだけでい」 「無理だってば!」 「いいから黙って案内しろ」 「――ぇぅ」  このバカ、まさか妹を避けているんじゃなかろうな? だとしたら義兄貴分として黙っているわけにはいくめえ。ひん曲がった根性ぶっ叩いてまっすぐにしてやりますよ。  慎二の手を掴んで部屋から出ると、マジ嫌ですと言わんばかりに必死に抵抗する。  毎日鍛えまくっているこの豪腕が、いつにも増して貧弱な慎二の力に負けるはずはない。抵抗むなしくずるずると引きずられていく慎二の瞳は、売られてゆく仔牛より哀れさを誘う。というかむしろ保護欲すらそそる弱々しさを持っていた。俺には効かないけど。 「い、いやだ。あそこだけには近づきたくない」 「ごちゃごちゃ言うな。いいから来い」 「い、いやなものはいやなんだっ。えみや、ごしょうだから、たのむ、ひとりで」 「ダマレ」  桜の部屋は案外簡単にわかった。  どういう理由から桜を避けて(というかここまでくると流石に避けているのではなく恐れているのだろうかと気づきつつもそんなこと知ったこっちゃない)いるのかはわからないが、慎二が逃げようとしている逆の方向が桜の部屋につながる廊下なわけだ。 「さく――」  ドアをノックしようとした俺の耳に、刹那飛び込んでくる会話。 「――っあ、桜、そろそろ、出ます……っ」 「ちょ、ライダー、だめだってば、顔には掛けないでって言ってるのに」  ごごす。と、手を引き戻すことすらできず、勢い余ってドアに頭突きまでかます。 「――ら?」  瞬間、部屋の中から物音一つしなくなる。  いまだ逃げようと俺の手を引く慎二は、しかしだいぶ弱々しくなっていた。見れば、もう泣きそうなほど瞳を潤ませて、口元をへの字にゆがませている。  きさまそれでも雄か。ちんこついてんのか。もっとぴしっとせい。  ああ、いや、どうも頭が混乱しているようだ。  ――俺の耳は何を聞いた? てゆうか、いや、その。……えっと、ライダーに、なにかを出すような……声を押し殺して、我慢するように、加えて顔に出されて困るようなものを放出する器官が、あっただろうか。だろうかっていうか、そりゃありますよね。  そうかそうですかおしっこですね?  飲尿かっ。このやろう顔面放尿かっ。  そんなときに来てしまった俺の気まずさをどうしてくれる慎二。 「ち、ちがっ、なんでぼくがっ」  ぎろりと睨み付けた俺の視線に感じるものがあったのか、慎二は慌てて言い訳に走る。 「――シンジ?」 「ひっ」  聞こえてきたのはライダーの声。とたんシンジは俺の手をぎゅうと力強く握る。  ……避けているのは、ライダーか? 「ふふ。どうしたのですか、わざわざこんなところまで来て」  ドア越しのライダーの声は、いやにエロい。 「き、来てない……っ」 「それとも、うずいて仕方ないのですか? それなら、ドアを開けてお入りなさい、シンジ。また慰めてあげますよ」 「な、そんなことっ。ち、ちがう、そうじゃないんだ、えみ――」 「まあ、いやだと言っても無駄ですけどね。入ってきなさい、シンジ。また私のおちんちんでおしりの中をかき回してあげますから」  ――――――――。  ――――――――――――――――、  あ、 「ちがう……、嘘なんだ、え、衛宮、僕はいやだって、痛いって、気持ち悪いって、ギルガメッシュの宝具を無理矢理飲まされて、それなのに、ライダーも桜も――」  ……そうか。生えたのはうちのセイバーだけじゃなかったのか。  そして、有り余る性欲のはけ口にされた“異性”が……。 「――あ、ああ……っ、見るな、そんな目で僕を見るなっ。見ないで、お願いだから、えみやぁ……っ」  一歩間違えば、慎二に降りかかった悪夢は、俺すらも襲っていた。あのセイバーの手によって。シャレにならん。 「……し、ろう? 衛宮士郎? そこにいるのですか?」 「ええっと、おりますです」  逆らうべきではない、と。逃げるべきではない、と。そう本能が告げている。  アレはセイバーとはチガウ。ヤるときは問答無用でヤるタイプだ。  慎二がされたみたいになっ。 「そうですか。少し時間をください。服を着ますので。いろいろと話したいこともありますし、お茶でも飲んでゆっくりしていってください。……おや、桜。どうしたのです、気絶などして」  困る。とても困る。何が困るって、大変なことになっているだろうと予想される桜の部屋に招待されることが、なによりも困る。非常にメェィニアァックなプレイ後の部屋に通される身にもなれってんだこんちくしょう。  ……あ、今気づいたけど放尿じゃなくて顔射かっ。ライダー生えてるんだよな。  どっちにろちょっと特殊であることには変わりはなさそうだ。 「シンジ、お茶を」 「――い、今持ってくる」 「逃げれば……わかっていますね?」  慎二は真っ青になってぶんぶんと頭を縦に振る。見えないだろうに。 「結構。さ、早く用意してください」  見えてるらしい。まあ普段から顔面覆ってたライダーのことだから俺にはわからない不思議パゥワァでも持っているんだろう。  慎二は捨てられた子犬よりも情けない顔で俺を一瞥し、とぼとぼとどこかへ向かう。  ああ、これで魔境にひとり。 「士郎、入ってきても構いません。どうぞ」 「……おう」  俺の勇気を讃えてくれ、空の上の切嗣。中で何が行われていたのかを知っているというこの状況で部屋に踏み込む、この勇気を讃えてくれ。ようやく性知識を身につけはじめた頃、用事があって切嗣の部屋を訪ねて女性と裸で絡まり合っていた我が養父の姿を見たときの気まずさを超える。  ノブをひねり、ドアを引き、一歩踏み込む。  ――――あ、  普通だ。すげえ普通だ。 「……? どうしたのです?」 「あ、いや。桜の部屋、なんからしいな、と」  ドア越しに感じた様子に爛れきった性生活を想像したが、それは完璧に裏切られた。むしろ裏切られてほっとしている。  ライダーはジーンズにシャツといつものラフな格好だし、部屋に性臭が籠もっているわけでもない。ベッドにぐんにゃりと横になる桜の顔にも精液が飛び散っているということもなく、いたって安らかな寝顔だ。  セイバーを基準に考えていた自分を恥じる。  そりゃそうだ。アレが異常なのであって、それがライダーにまで当てはまるわけがない。  テーブルを挟んでライダーと向き合うように座る。一応背中側に出口を確保。 「桜、寝てるのか?」 「ええ。昨晩からだいぶ無理をさせてしまいましたから、疲れが出たのでしょう」  昨晩から今までずっと桜にナニしてやがったコノヤロウ。 「士郎、話したいことがあると言いましたよね」 「あ、ああ」 「恐らくわかっているとは思いますが、現在、私には男性器が存在します」  うん。これでもかってくらい怒張したちんこが、生地の丈夫なジーンズを押し上げているのは、座る前に理解できました。 「まあ、先ほどの手荒いノックに出すもの出せなかったおかげで居心地の悪い状態ではありますが、これはあとでどうにでもなりますから」  あとでどうるつもりだ。俺のケツは貸さんぞ。 「さて、話というのは他でもありません。その男性器のことなのです。これはこれでいいものですけど、やはり私は女性でありたいのです。しかし桜と慎二に調べてもらいましたが、原因も解決法もわかりません。……男性というのは不便なものですね。精液を定期的に排出しないと、寝ている間に射精してしまうのですから」  調べてもらったのか。『どうぞ、存分にお調べを』とでも。 「私達だけでは限界があると知りました。そこで、ですが」  おおう。嫌な予感。 「士郎、あなたにも調査をお願いしたいのです」  調査ときたか。『さあ、これが調査対象です』とか言われた俺は逃げる。本能など知ったこっちゃない。  と、俺が貞操に危機感を抱いているとき、こんこんと控えめにノックの音がする。 「お、お茶……持ってきたよ」 「入りなさい、シンジ」  わあ。ライダーの態度すごいおっきー。  慎二は目を伏せておずおずと部屋の中に入り、テーブルにトレイを置く。やたら丁寧な手つきで紅茶を淹れると、自然な動作で席を外そうとするが、それをライダーが見逃すはずはない。 「シンジ」 「――っ」  ライダーの声に、慎二は硬直する。 「あなたも話したいことがあるのでは?」 「な、ない。なにも、ない」 「そうですか? まあ、それはさておいて、慎二も一緒にお茶にしましょう」  カップは三組。桜の分も用意してきたのだろうが、生憎と妹さんはダウン中。 「……わかった」  逃げられないことを悟ったのか、慎二は諦めたように俺の右手側に座った。  本当に、なにがあったのか。  何って言うかナニがあったんだろうけど、それにしてもこの様子は。 「…………」  うつむき、時々ちらりとこちらに視線を向ける慎二。  凄まじく、違和感がある。  高慢傲慢、己が唯一にして無二であると信じて疑わない、よくわからない自信にあふれていた、我が友であるところの間桐慎二。1○才非童貞。  加えるなら、最近バックバージン散らしたようだ。  ……散らしたというか、散らされたというか。ご愁傷様である。  それが、こうだ。  よほど衝撃的な体験だったらしい。  まあ、ライダーの魔手が俺に及ばないのであれば、口を出す必要はないだろう。  ライダーの提案した身体異常の調査については、俺にはある意味で渡りに船であったのかもしれない。こちら側の事情は話していないが、セイバーと、そしてギルガメッシュ。それにライダーのことを会わせて考えると、サーヴァントだけに共通する異常だということは一目瞭然。  具体的にどうしろ、とライダーは言わない。とにかく原因だけでも突き止めてほしい、ということだった。解析は衛宮士郎の十八番、なればこその依頼でもある。  俺の精神衛生のためにも、確かに有用なことだ。  ……が、正直なところ、俺の手には余る事件ではなかろうかと愚考する次第。  サーヴァントだけに起こった異常。つまりはそっち関係ということなのだ。魔術に関しては素人同然のこの衛宮士郎、荷が勝ちすぎているような気も。 「士郎の言葉を鵜呑みにすることはできません。あなたの腕と目は確かなものです。未熟などとは間違っても言えない」 「あ、うん。ありがとう」  そう面と向かって言われると、背中がむずがゆくなる。 「しかし、そうですね。なんの手がかりもなく調べるというのも……」 「ああ、桜と慎二が調べて、それでもわからなかったんだろう」  ちなみにその桜と慎二。桜はいまだぐーすか睡眠中だし、慎二は『僕はここにいません』とばかりに気配を消しにかかっている。 「……そう、ですね。参考になるかわかりませんが」 「ん。なにかあるのか」 「いえ。それとはまるでプロセスが異なるので、参考にもならないかもしれませんが、一応。――シンジ?」 「……ん?」  突然名前を呼ばれ、慎二は無防備にも、顔を上げて応えてしまった。  ぐわばあ、と。慎二の上着がすっぽり引き抜かれる。 「えひぃっ」  妙な声を上げた慎二に、ライダーは無慈悲な追撃を繰り出す。  いくら室内が暖まっているとはいえ上着を剥いでしまえば肌寒いだろうに、ライダーはお構いなしに、シャツへと手を掛けて。 「ライ、やめ――」  再び、ぐわばあ、と。  めくりあげられたそこには、小振りで、慎ましやかながらも、しかし確かに、  ――ちぶさが、己の存在を主張していた。 /9  ――恐らくそれは、己の業が返ってきただけなのだろう。  間桐慎二はその日、いつものように帰宅して、いつものように性処理を頼もうと、ライダーを捜していた。  いままで散々妹である桜を慰み者にしてきたが、慎二のストライクゾーンは割と高め。好みとしては、同年代より、いわゆるおねいさまが大好きな間桐慎二、桜とライダーを並べてさあどっちと言われれば、もちろんミステリアス系長身コンプレックスお姉ちゃんことライダー・M・メドューサを嬉々として選ぶ。  性的暴行(と言うほどのものでもないが)の被害者であった桜は、兄の性癖がある意味で健全であったことにほっとした。  つまり『男とは年上に弱い』、と。妹ハァハァではなかった、と。  日本人男性の大多数が潜在的幼女趣味であるという。  古くは源氏物語に記されるように、文学、娯楽として。  あるいは時をさらにさかのぼり、邪馬台国の壱与。卑弥呼はとうに盛りを過ぎた熟女であったが、それでも国は安定していた。しかし卑弥呼が死に、男が王として立ったが民は従わず、戦を起こし、結局王位は女子へと移される。次代女王の壱与は、齢わずか十三。しかしそれにより国は再び平穏を得たわけである。少女によって治められた民の遺伝子は脈々と受け継がれているのだ。ロリコンは病気ではありません。遺伝障害です。  間桐慎二はライダーに夢中、となれば必然と桜は兄の相手から外されることになる。ライダーに悪いと思いつつも、桜はその豊かな胸を撫で下ろした。  ちなみに桜の想い人であるところの衛宮士郎はと言えば、どうにも過去なにかしらの経験があるのか、年上の女性についてはトラウマじみたものを抱えているらしい。かといって幼女に走るわけでもなく、いたって普通に同年代の少女に憧れをいだいている。が、その淡い憧れも、某赤い人にクレーもかくやというほど見事にぶち抜かれ、粉々に。  さて、間桐邸をうろうろと歩き回る慎二は、三十分ほどしてライダーの捜索を諦めた。これだけ探していないということは、今は留守にしているのだろう。おおかた桜と買い物か、と慎二は舌打ちをして自室へと足を向ける。  部屋のドアを開けた瞬間、どずん、と腹部を撃ち抜かれたような衝撃。 「――ッ」  慎二はあまりの激痛に声を上げることすらできず、前のめり倒れようとしたところを、むんずと襟首を引っ掴まれて立たされる。顎を持ち上げられ、そして慎二の視界に入ってきた顔は、ずいぶんと見覚えのあるものだった。 「ライ、ダー……」  横隔膜が痙攣を起こし、まともに息ができない。  ライダーは一言もしゃべらず、淡々と作業をこなすように、手にした指先大のガラス玉を慎二の口の中に押し込む。口と鼻をふさぎ、上を向かせ、飲み下したのを確認すると、よいせと慎二を肩に担いで部屋の中に入っていった。  ベッドの上に寝かせ、ライダーは慎二の状態を確かめる。手首をとり、目にペンライトを当て、口を開けて中をのぞく。  ちかちかと弾けるような視界に、慎二は喘いだ。  世界が遠ざかってゆくような、狭まっていくような、ひどく現実離れした感覚。腹部に受けた衝撃からではない。停止しそうな思考の中で、慎二はライダーに飲まされたガラス玉が原因だろうとあたりを付けていた。というかそれでなければあとはライダーの魔眼くらいしか原因が思い当たらないのだ。  吐き出そうにも、意識してできることではない。 「なに……飲ませた……?」 「知らなくともいいことです。じき分かりますから、知ったところで意味はない」  ライダーは冷たく突き放す。  その間も慎二の変異は続く。  自己というものが根こそぎ吹き飛ばされ、あるいは奥底に叩き込まれ、ナニカが自我を浸食してゆく。受け入れがたいそれは、しかし容赦なく慎二を蝕む。  なにより恐ろしいのは、その事が不快ではないということだ。  己の内界が変貌してゆく様を見せつけられ、肉体はどろどろに溶けそうに熱く、だというのにそれを当たり前のように受け止めている。 「あ、ああ――」  わずか十分ほどの時が、一時間にも感じられる。  徐々に収まる変異に、慎二はようやく終わったかと安堵した。そして次に、自分にこんな仕打ちをくれたサーヴァントへの怒りがわき出してくる。 「おいそこのでかいのっ。おまえよくもごめんなさい」  怒りなど、死の恐怖の前では塵芥にも等しい。 「――ふむ。口汚さといい、容姿といい、あまり変わっていませんね。あのギルガメッシュが、何の問題もなくこの町で十年を過ごせたと聞いたから譲り受けたものの……、全くの無駄でしたか。安い買い物ではなかったのですが」 「な、なに飲ませたんだよ!? っく、力が……」  ベッドの上で必死に体を起こそうとする慎二の姿に、ライダーは奇妙な感情を覚えた。  慎二に飲ませたのは、ギルガメッシュの所持していた宝具。ギルガメッシュ自身、自分の性格が現代社会に適応しないことを理解していたのか、その宝具を飲み込んで容姿と性格を変えて生活をしていた。ライダーは、マスターの愚兄をその宝具でなんとか真人間にできないものかと考え、おっぱいの大きくなったギルガメッシュから譲ってもらったのだ。なぜにおっぱいが、とライダーは疑問を感じたものの、自分に起きていることと同じ現象であると知らされた。  そうして手に入れた宝具を慎二に飲ませたが、これといって変化らしい変化は見られない。それともこれから徐々に変化してゆくのかと、ライダーは慎二を眺めて……。 「――っ」  ……どうしたわけか、愚息がご起立なさっていた。 「これは……」  ライダーは男性器が生えてきても、それを重大なこととは受け止めていなかった。意識が変わるわけでもなく、単純に肉体だけの変貌。ならばいずれどうにかなるだろうと高をくくっていたのだ。  ライダーはこれまで男性的な性欲を感じたことはない。朝の生理現象はどうしたものかと思っていたが、性的欲求を覚えたことはなかった。  それがどうだ。  もうこれ以上はないという程に強ばり、いまにも弾けんばかりに脈動している。  細腕を支えに喘ぐ慎二。正直なところ、ライダーは慎二に魅力を感じることはなかった。時折呼び出しては紅葉合わせやら尺八やらを強要するくせに、本番行為にまで及ばないのだから、そういった性癖もライダーは気にくわない。 「…………」  ライダーは短く息をつく少年を見おろした。  額にはりついた癖のある髪の毛をかき上げ、起きることを諦めたのか、慎二は倒れ込んで枕に顔を埋める。しみついたに匂いを確認するように鼻を鳴らしぐりぐりと頬をこすりつける様は、年頃のオトコノコとしてはいかがなものだろうか。  慎二はライダーの下腹部の異変に気が付かない。否、ライダーは女性であると初めから疑いもしないのだから、気付きようもないだろう。  己の男性器が少年を求めているというのなら、それに乗るのも一興、と、うつぶせになる慎二に覆い被さり、その首筋に顔を埋める。 「――っ、な、なにしてるんだよ、ライダーっ。ど、どいてよっ」 「シンジ……」  その囁き声に、ぞくりと背中に奔るものがある。初めて聞くものだったが、それにどういった感情が込められているのか、シンジには推測するまでもなく理解できた。 「ライダー、おまっ」  布を引き裂く音が部屋に響いた。容赦の一切も無く、ライダーは慎二の上着を背中から裂き、その肌を露わにする。 「っ、ライダー、なにやって……ッ」  それ以上は言葉にならなかった。後頭部を掴まれ、慎二は枕に押し込められる。飲み込んだ宝具の影響だろう、慎二は抵抗らしい抵抗もできず、ライダーの為すがまま蹂躙されてゆく。  ズボンまではぎ取ると、わずかにライダーの表情が驚きに変わった。 「……なるほど、肉体的な変異は、既に完了していたということですか」 「な、なにがだよっ。く、くそ、放せよっ」  単純な腕力をとっても、慎二にはライダーを押し返すほどのものはない。ライダーが本気で力を込めれば、いま掴んでいる慎二の頭など軽く握りつぶせる。その事実に、慎二の背中が冷える。  これまでしてきたことを思えば自分に良い感情を持つはずがないと理解しているのだが、しかし年上大好き人間の間桐慎二、露出も大概なエロファッションに身を包んだ、しかも自分の言うことをなんでも聞くお姉様がいるとなれば、考えるより先におフェラの一発を頼んだとて仕方のないことだろう。 「まだ気付かないのですか。案外鈍いのですね、シンジは」  そう言い、慎二の胸に手を伸ばす。手のひらで覆えるほどのかすかなふくらみだが、その柔らかさは女性と大差のない代物だった。  完全な女性体。以前から女々しい体つきだとライダーは思っていたが、ここまで女性然としていれば文句の付けようもない。  なめらかな肌。慎ましやかなちぶさに、その先に結ぶ桜色の乳首。脇から腰、小振りな臀部へと緩やかに描く曲線は、すでに男性とはかけ離れた体格だ。年の頃を考えればやや発育不良気味ではあるものの、おおよそはライダーの予想通りに変化は起こっていた。  当初の目的。それは宝具を使い慎二を女性にし、数日を過ごさせて『女性の大変さがわかりましたか』と、ライダーはそれだけのつもりだった。  だったのだが――。  ライダーの口元が愉悦にゆがむ。 「ひ、あ!? ラ、ライ――」 「下はどうなっているんでしょうね、シンジ?」  引き裂いた上着で手首を拘束する。  これからされることに不安と恐怖を覚えたのか、慎二の表情に怯えがうかぶ。 「シンジ……」  ぞくぞくと、奇妙な感覚がライダーの全身に奔る。  不思議な感覚だった。肉体的快楽と区別の付けようがないそれは、一切の接触も無しにわき起こる。怯え、不安、恐れ、その負の表情が己に向けられているというだけで、気分が高揚してくるのだ。  よく見れば、とライダーは必死に拘束から逃れようとする慎二を眺めた。 「……かわいい顔をしていますね」  それは錯覚にも似たものだろうが、慎二の顔にうかぶ感情は、ライダーにとってこの上なく愛らしく映る。  不安に彩られた表情が、怯えを多分に含んだ声が、恐怖に固くなった体が、  ――快楽に染まる様は、どれほどのものだろう。 「…………ふ」  ただ夢想しただけで、ライダーはこれまで感じたことのない昂ぶりを覚えた。 「ふふ……」  ああ、そうか、と。ライダーはふと思い至った。彼が妹をなぶるのは、自分へ劣情を向けるのは、つまりはこういう事なのだろうか、と。それならば仕方のないことだろう。この感情に逆らうことなどできはしない。  つうと慎二の腹に指を滑らせ、へその周辺をくるくると迷う。慎二はこそばゆさに少しばかり警戒を緩めた。 「っは、あ」  まるで少女のようなあえぎに、慎二は頬を赤らめる。その声が自分から発せられたことが信じられないとばかりに目を丸くして、覗き込むようにしていたライダーと目が合うと慌てて顔をそらす。  視線が外された瞬間、ライダーは慎二の下腹部に手を潜り込ませた。 「あっ、あ!?」  乾いた秘裂に沿って指を当て、くにくにと柔らかさを確かめるように揉みしだく。本来あるべき男性器は影すら見あたらない。 「ライダー、な、それ、なんで、ぼくの――ッ」  ようやくと慎二は己の変貌とライダーの異常に気が付く。  そしてそれを理解した瞬間、わずかにあった期待は霧散した。  怒り猛った、天を衝く肉塊。その意味が分からないほど無知ではない。慎二が過去数年毎日と言っていいほどそういった目的に使用している器官だ。それを持つ者に拘束され、そして慎二自身にはその肉茎を受け入れるための女性器が備わっている。なにをされるかなど、問答すら愚かしい。 「ひ――、あ、あっ、やめっ、桜、桜あっ、助け、う、ううっ、くそ、放せ、放せよライダーっ、なに、なにするつもりだよっ」  ライダーは応えない。  べろりと慎二のちぶさに舌を這わせる。舌先で乳首を転がし、口づけをするように触れ、空いた左手で形が変わるくらいに力強くちぶさをこね回す。  慎二にはおぞましさと痛みと、これから起こるであろう陵辱の恐怖しかない。手足は満足に動かすこともできず、動かせたとしても、純粋な力の前には屈するほか無いのだ。  慎二の懇願は続くが、それはライダーの嗜虐心をそそるだけで、蹂躙は止まる気配を見せない。むしろより熱が入ったように、ライダーの指が、舌が、慎二の肉体を這い回る。  初めから抵抗など無駄なことでしかなかった。妹の助けも期待できない。慎二はその事実を悟ると、まぶたを閉じた。外界の情報は、涙に濡れた瞳ではまともに映りはしないのだから、用を為すことはない。 「ああ、シンジ。そんなに悲しそうな顔をしないでください。女性のからだも悪くはないと感じるようになりますから……」  慎二の口腔に深く舌を差し込み、絡ませ、唾液を流し込む。ライダーは慎二が飲み下すのを確かめ、くちびるから頬、頬からから耳元へと舌を移す。 「シンジ……、気分はどうですか? これから犯されようとしている気分は」  閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちると、ライダーはそれを舐めとり、はあと熱い息をつく。ライダーの覚える昂ぶりは、既に理性すら駆逐しそうな勢いだった。今すぐにでも怒張を慎二のナカに突き入れたいという欲求に支配されそうになる。  しかし、ライダーは、それだけで終わりたくはないのだ。できるだけ長く、長く、この快楽に身を任せていたい。そのためには、本能のままに慎二を犯すわけにはいかない。一度や二度の射精で果てることは無いだろうが、確実に快楽を楽しむ時間は減ってゆく。だからこそ、ゆっくり、時間を掛けて、慎二の肌を、くちびるを、ちぶさを、首筋を、指先を、腹部を、ふとももを、おしりを、性器を、愛撫する。 「ふふ……」  ――――場面は変わる。  枕元の時計は、慎二が宝具を飲まされてから三時間が経過したことを知らせていた。  ライダーに組み敷かれた慎二は、ときおりひくひくとからだをふるわせ、短く息をついて喘いでいる。肌は紅潮し、薄く開かれたまぶたからのぞかせる瞳には、既に怯えも不安も無く、ただ快楽に潤んでいた。  三時間延々と愛撫を受け、もうライダーに触れられていない場所は膣内だけかというほどだ。いかなおぼことて、幾度となく絶頂を覚えるだろう。  慎二は、変わったのが性別だけではないと、薄々気が付いていた。でなければ、男であるはずの自分が、男性としてのライダーを欲するはずがない。――端的に言うのならば、慎二は、ライダーに犯されたいと願うようになったのだ。  愛撫では物足りない。性器をこするだけの快楽では、胸の奥の焦燥感を満たすことができない。 「ひ、あっ、ら、らいだぁ……」 「どうしたのです、シンジ。ずいぶん甘い声を出すようになりましたね」 「い、いい、もう、いい……っ」  下腹部に伸ばされるライダーの手を遮り、胸に掻きいだく。 「なにがいいんですか?」 「あ、うあ……、あ……」  躊躇は数瞬だった。 「い、入れて……」 「ふふ。声が小さくて聞こえません。もう少し大きな声でお願いします」  かあっと顔を赤くし、慎二は、絞り出すように懇願する。 「い、入れていいから、もう、ライダーの……ちんちん、入れていいからっ」  今にも泣き出しそうな慎二に、ライダーは口元に笑みを貼り付ける。 「……まあ、いいでしょう。そろそろ私も……限界、ですしね」  慎二を仰向けにして股の間に割り込む。ライダーの男性器は三時間もの間バキバキに硬直し続け、今なおその硬度を保っている。  綻び濡れる秘裂に亀頭を擦りつけると、ぬちゃぬちゃといやらしく愛液がまとわりつく。 「ひ、ひっ、はあっ、ああっ」  陰茎に滴るほどの愛液を塗りつけ、ライダーは慎二の腰の下に枕を置く。 「力を抜いてください。抵抗すると――ひどいですよ」 「あ、え……? ――あっ、ライダー、ち、ちが……、そっちじゃ――ッ」  力を込め、ライダーは腰を押し進めた。  みり、と。慎二の小さなおしりに、ライダーの凶悪な一物が突き立った。 「あ――」 『――あ、ああッ、い、痛い、いたい、ライダーっ、う、ううっ』  とまあ、とりあえず官能小説じみた脳内劇場はこの辺で終了させておこう。  テレビから垂れ流される無修正エロビデオを止めようとリモコンを探すが、それはライダーがしっかりと確保していた。  ちなみに撮影者by桜である。  帰宅直後からこっそりと撮影、最後のハメ撮りまでしっかりと。終始画面外ではぁはぁ言っていたのも、恐らく桜なのだろう。本人はいまだに寝っぱなしではあるが。 「ライダー、もういい」 「おや、お気に召しませんでしたか」 「……友達のこんな姿見て、どうしろってんだ」  不覚にもちょっと立っちゃったじゃないかこのやろう。慎二のくせに。 「ふふ。シンジ、士郎はそう言ってますが」  ちなみにビデオの詳細な描写は、途中途中にライダーと慎二により解説付きで上映。 『怖かったですか?』 『怖かったけど、……少し、期待してた』 『このときはどんな感じでしたか?』 『息苦しくて……目の前が真っ白になりそうで』  とか、そんな感じで。  ふたりで雰囲気出してるものだから、こちらとしてはすぐにでも出て行きたかったがそうもいかない。なぜって、いつの間にか魔術的な鍵がドアに掛けられていましたから。 「……なんでこんなことしたんだ」 「鑑賞中に言ったとは思いますが……、そうですね。最初は本当になにかするつもりはなかったんですよ。女性がどれだけ大変な思いをしているか考えてもらいたかったんです。……まあ、少々やりすぎたことは否めません。だが私は謝らない」 「謝れっ。慎二に謝れっ」  ライダーの鬼畜野郎。アヌスマニアって呼んでやる。 「マニア結構。おしりのよさを理解できない人間は、性生活の五割は損をしています」  そんなにかよ。 「私は自慰ももっぱらおしりでしたから」 「そんなぶっちゃけられても」  大画面TVからは『け、けつまんこ気持ちいいです……っ』という慎二の羞恥いっぱいの喘ぎが聞こえてくる。  ああくそ。セイバーのことでへこんでたというのに。 「……続き、見ます?」 「ら、ライダーっ」  それまで黙っていた慎二が大声を出す。  なにかやばいものが映っているのだろうか。というか、これだけでもう充分すぎるくらいアレですけどね。 「見ない」 「あと四巻ほどあるんですが」  ……ああ、うん。  もうどうコメントしていいのやら。 「シンジの成長記録といいますか、性長記録といいますか。徐々におしりで気持ちよくなっていく課程が見れます。今では立派に絶頂まで達することが」 「うああ、うああっ、ああああああーー、衛宮、聞くなっ」 「最近ではちゃんとおねだりだってできるようになったんです」 「ラ、ライダーっ。言うな、言うなあああーっ」 「処女のくせにおしりにちんちん突っ込まれてあんあん言ってるんですから、相当な好き者ですね、シンジは」 「い、言うなっ、ああああ言うなばかあああああーっ」  泣き崩れる慎二。ビデオの中でとはいえ、あれだけの痴態をさらしたのだから、それくらいどうというほどのものでもないとは思うのだが、当の本人にも譲れないところはあるのだろう。 「第三巻では衝撃の告白。だめ、前だけはえみ」 「ライダーあああ――――――!」  なにか致命的な発言をしようとしていたのか、慎二はライダーに飛びかかる。が、軽々とあしらわれ、慎二は転がった先でめそめそと。弱いな、慎二。 「と、ですね。ギルガメッシュの宝具は、まず体内に取り込まなければならないので、結果が似ているようですが、私に起こった異変とはまるで別物なのです」  あ、そういえばそう言う話の流れだったか。 「……わかった。俺もできるだけのことはしてみるけど、あまり期待はしないでくれ」  それじゃ、と俺はこの魔次元から脱出すべく腰を上げる。 「それと、桜と慎二の調べていた資料を渡しておきます」 「ああ」  ずしりと手応えのある紙袋を受け取り、部屋を出る。もちろんライダーを正面に捕らえたまま。 「シンジ」 「なっ、……な、なに?」 「見送って差し上げなさい」  あれ。なんだかライダーのほうが偉そうです。 「……はい」  そして逆らいません。……不憫な。  門まで慎二と連れだって歩く。慎二は無言。それもそうだ。あんなものを見られて、それで普通にしろというほうが無茶だろう。 「……衛宮」 「ん」  慎二はぼそりと呟いた 「軽蔑……するか」 「する」  えぐ、と慎二の顔がゆがむ。 「嘘。しない」 「え、衛宮ぁ……」  はっはっは。ちょっとライダーの気持ちが理解できてしまってへこみ。 「うん……そう言うだろうなってのはわかってたけど、ありがとう、衛宮。最初から最後まで、衛宮のぼくを見る目、変わってなかった。それ、ちょっとうれしい」 「……おう」  ――――妙な、雰囲気。 「衛宮。ぼく、ここにいると、おかしくなりそうなんだ。……よければ、だけど……」 「…………おう」 「よければだけど……、しばらく、衛宮の、家に……」  平穏はどこだ。平和はどこだ。  明日が見えない。  ……助けて切嗣っ。