/4  せいばーのおちんちん      にほんめ 「ぎるがめっしゅのおっぱい」  衛宮邸にはふたりの居候がいる。  ちんちんの生えたセイバーと、  おっぱいの大きくなったギルガメッシュ。  ……なんでさ。  まあ、それで驚かない自分も毒されてるんだなあとか思いつつ、日々過ごしている。  あのふたりのことだから悶着のひとつやふたつあると覚悟していたが、どうも目の敵にしているのはセイバーだけで、ギルガメッシュは意外に大人の対応だった。 『ギルガメッシュ。シロウが許可したから家に上げているが、あくまで居候だ。我が物顔でうろつくことは、私が許しません。……私の部屋に一歩でも足を踏み入れれば、その命無いものと思え』  他人に知られたくないエロ空間だしな。 『ふん。居候の分はわきまえている。雑種……いや、大家と呼ばせてもらうぞ。大家、我の部屋はどこにすればいいのだ?』 『いや、大家はちょっと……』 『そうか? それならば、士郎と。この王が名を呼ぶのだ、有り難く思え』 『な、なんて高慢な! シロウを呼び捨てなどと、それで分をわきまえているつもりですか!?』 『ま、まあ落ち着けセイバー。あとの一言が余計だけど、ただ名前で呼ぶだけなんだから』 『しかし……!』 『士郎の言う通りだぞ、騎士王よ。我が直々に淹れてやろう、茶でも飲んで少しは落ち着くがいい』 『キ、サ、マ、が言うかこの金ぴかぁぁぁぁあああ!!』 『セイバーーーーーーーーー!! 落ち着け! おまえバイト始めてから言葉荒くなってないか!? ぐわ、力つええぇぇぇ……!』 『士郎。生活費はどれほど必要だ? 我はくわしいことは知らんからな、とりあえず支度金に百万ほど用意したのだが』 『多っ』 『くっ。お金を持っているからと言っていい気にならないことですね、ギルガメッシュ!』  げに恐ろしきは金の魔力。  セイバーはバイトを始めてから、自分がどれほど衛宮家の家計を圧迫していたのかを知ったらしく、お金にはちょっとうるさい。  目の前にどんと置かれた、帯付きの札束。  うっ、と眩しいものを見るように手をかざして、それまでの怒りっぷりが嘘のように静まった。……うむ。金の力は偉大だ。  それが先日のこと。  いまではお互いの距離を理解したらしく、衝突することは滅多にない。  しかし……セイバーは気付いていないのだろうか。  ……気付いてないのかなあ。最近どんどんアホの子になってるし。  オナニーのしすぎか?  見れば人を圧倒する、たわわに実った乳房。ギルガメッシュにあるはずのない、女性としての象徴。よく見れば体つきだけではない。表情も男らしさというものが抜けて柔らかくなり、髪も伸ばしっぱなし。一見すると、さっぱりとした中性的な美人だ。  背があるくせにひょろっとした印象だったギルガメッシュが、モデル顔負けのスタイル。  ……セイバーのことだから、外見で判断しているんじゃなくて、態度や雰囲気で認識してたりな。『む。その高慢不遜な振る舞い。ギルガメッシュですね』とか。 「士郎。少し出かけてくるが、なにか買ってくるものはあるか?」  考え事をしていると、くだんの青年……青年でいいのかなあ。おっぱい以外は見てないから、付いてるのか付いてないのかわからないけど。まあ、とりあえず。ギルガメッシュが、薄手のシャツに黒のジーンズという格好で居間に顔を出した。  ギルガメッシュ、おっぱい大きくなってもそれがなにか理解していない節がある。というか、気にしていないようだった。……大物だよなあ。俺がおっぱい大きくなったらああはいかない。 「んー……。いや、特に必要な物はないかな」 「そうか。では行ってくる」 「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてな」 「うむ」  ぶるん、とひとつ胸を揺らして居間を出てゆく。  ――なんてわがままなおっぱいだ。  間近で見ると日本人とは比べものにならないほどの質量感。しかしギルガメッシュの長身と相まって、醜いほど大きいというわけではない。遠目だと均整のとれたほどよいバストサイズで、異国情緒漂うその風貌は、すれ違えば誰もが振り返る。  なるほど、これが黄金律。  ……それでどうしてセイバーはそこに突っ込みを入れないのだろう。  やっぱり気付いてないからなのかなあ。気付いてないからなんだろうなあ。  言峰は気付いてたからギルガメッシュに優しくなったんだろうし。あれは親父とはまた違うタイプのフェミニスト。  セイバー……。おまえ、もう少し外に目を向けような。ちんちんばっかじゃなくて。 「む。ギルガメッシュは……」 「ああ、出かけてくるって」 「そうですか」  ギルガメッシュが家を出て少しすると、セイバーが居間に顔を出した。  セイバーの部屋着は動きやすいという理由でジャージ。といっても、上下で数万するようなやつだ。  ……でも、なんだろう。このやるせなさ。  楚々とした令嬢のようなセイバーはどこにいったんだ……。  同じ金額でも、ギルガメッシュの着ている服の方が洗練されてるんですけど。 「セイバー、今日はバイト休みか?」 「ええ。ですから今日はゆっくりしたいと思います。積んでいたビデオも消化しなければいけませんし」  セイバーの言うビデオって……エロビデオのことなんだよな。  いや、もう慣れたけどさ。昼間からオナニー三昧か、セイバー。 「……それにしても」  ずず、と俺の淹れたお茶を啜りながら、セイバーは口を開く。 「ギルガメッシュからいい匂いがするのに最近気付いたのですが、なんなのでしょうね。香水とも違うような気もしますし」 「……おしい」  多分あれはギルガメッシュの体臭なんだろうな。というかそれに気付いてるんなら、ギルガメッシュのおっぱいにも気付くと思うんですけど。 「それに、認めたくないのですが……。時々、ギルガメッシュの何気ない仕草にどきっとしてしまうことがあります。……シロウ、私はどこかおかしいのでしょうか。あんな男、全然趣味じゃないんです。触れるだけで虫酸が走りそうなのに、体が反応してしまう。なんだか凄く気持ちが悪い……」  ひでえ言われようだな、ギルガメッシュ。なんでそんなに嫌われてるんだ?  でもセイバーの言い分は俺も分かる。  最近妙に艶っぽいんだ、ギルガメッシュは。  匂い立つ年上のエロス。性少年まっさかりのセイバーにはきついだろう。  まあ、セイバーは無意識に否定しているようだけど。 「セイバー、この頃剣握ってるか?」 「へ? 剣……ですか? いえ。もう剣で生きる時代ではありませんし……」  誓いはどこにいったセイバー!? 「……精神修行が足りないじゃないか」 「そうですか……。それではしばらく稽古をすることにしましょう。道場を借りても構いませんか?」 「ああ。好きなだけ使ってくれ」 「すまないシロウ。迷惑を掛けます」  が、立ち上がる気配も見せず、セイバーはごろりと横になってテレビを眺めている。 「……セイバー。稽古するんじゃないのか」 「え? ああ、明日からです、それは。明日から。ちゃんと稽古しますから心配しないで下さい。克己たる心を身につけ、新生セイバーとしてシロウの剣となり盾となろう」  ケツ掻きながらその台詞を言うなーーーーー!!!  ……切嗣。こいつもうだめだ。  あの凛と美しかったセイバーはもう思い出の中にしかいない……。 「さて、シロウ。私は部屋に戻ります。お昼になったら呼んで下さい」 「……わかった」  開き直るしかないよなあ、もう。  セイバーが居間から出て行くのを見届け、俺も腰を上げる。 「どっか行こ……」  財布をポケットにねじ込み、気分転換にと外へ出た。 /5  ぽかぽかと陽気のいい休日……なのだが、俺は特に目的もなくふらふらと散歩中。  今日はちょっとセンチメンタル。  メモリーズがブロークンですよ。  くっ。セイバーめ。いつからあんなに堕落したんだ。……いや、オナニー覚えてからなんだけど。  俺か? 俺が悪いのか? オナニー教えた俺が悪いのか? つーか俺の年頃の男連中はほぼ覚えてるだろうから、教えた俺は悪くないと思うんだが……。  セイバーだよなあ。セイバーのオナ狂いが悪いんだよなあ。  でも今のセイバーは眩しいくらい生き生きしてるし、禁欲なんて強いたら反動が怖い。俺のバックバージンがやばいかもしれん。  性欲過多に効く食事療法とかないかな。……ないかな。 「ふう……」  商店街で買ってきたたこ焼きを頬張りつつ、公園のベンチに腰を下ろす。  砂場では小学校低学年の女の子ふたりがたわむれ、なんでか知らないけどもの凄く癒される。……汚れを知らない天使ってああいうのを言うんだろうなあ。  はいごはんですよ、と可愛い手で土の団子を差し出すポニテの少女。ショートの子は、ありがとう、と綺麗な笑顔で答える。  ……嗚呼。和む。  女の子同士ってのがちょっと引っかかるけど、そんなものは些細なことだ。会話の中に『わたしにはおっとが』『気付かれないからだいじょうぶ』『そんな、女同士でなんて』『でもほら、あなただって』とかあっても俺には聞こえない。  聞こえてない……。うん、聞こえてないってばよ。  絡み合う少女達を視界の隅に追いやり、俺はたこ焼きのパックを片手に、ベンチから腰を上げた。  ……天使ってなんだろう。  そんなことを考えながら公園を出ると、長身の女性が目の前を通り過ぎた。  最近できたブティックのロゴが入った袋を片手に、メモを見ながら辺りに視線を巡らせている。モデルかと見まごうばかりのスタイルに、さらりと流れる金の髪。少し困ったように眉根を寄せてなにかを探す仕草は、体格に似合わず愛らしい小動物を思わせた。  てゆうか、 「ん、士郎か。どうした、こんなところで」 「ギルガメッシュ……。いや、これも現実なのかと疑問を感じてたところだ」 「……? なんだ、なにか悩みでもあるのか? もしよければ相談に乗るぞ」 「そういうことじゃないから、大丈夫。ありがとう、心配してくれてるんだよな」 「ふん。士郎には世話になっているからな、暗い顔をしていれば心配になるし、なんとかしてやろうと思うのは当たり前のことだ。礼などいらん」  つんと顔を逸らすギルガメッシュ。  ……なんだろう。もしかしてギルガメッシュってもの凄くいいやつですか?  そんな優しさが酷く尊いものに思えるのは、俺の頭が疲れているからですか?  惚れそう。 「それにしても……出かけたときと格好違うから、一瞬誰かと思った」 「ああ、買ってそのまま着てきた。どうだ、似合うだろう」  言いつつ腕を組んで胸を張るものだから、元々激しく自己主張なさっていた乳房はより強調されて俺の目の前にたゆゆんと。  くっ。わがままなおっぱいめ。  惚れるぞ。 「うん、似合いすぎ」 「だろう。我も気に入っているのだ。あの店員、なかなかいい見立てをしてくれたな」  一挙手一投足に追従してたゆんたゆんと。まるでプリンのように柔らかく揺れるそれは、正直セイバーでなくともクるものがある。  性春真っ盛りのセイバー、これ見たらどんな反応をするだろう。  気付くよな、ここまで来れば。……気付くよな? 多分気付くと思うんだけど。  まあ、それはそれとして、 「似合うんだけど、もしかしてそれレディースか?」 「レディース? ……いや、店員に勧められたものを買ったからな、メーカーはわからん」  メーカーじゃねえってばよ。  ギルガメッシュ、十年前からここに住んでるんだよな。 「レディースってのは、なんだ……つまり婦人用ってことだぞ」 「婦人……用? つまりこれは、女物ということか!?」  気付いてないんですか?  そんな胸にゆとりのあるデザインなんて女物しかないよ、ギル? 「あの下郎。王を侮辱するとはなかなかいい度胸だ。……士郎、所用ができた」 「ちょ、ちょっと待て。いや、違うぞ。侮辱したわけじゃない。今のギルガメッシュを見れば、誰でも間違うことだって」 「我は王だ。女ではない。どこを見れば間違うというのだ!?」  前は男っぽかったけど今じゃどこをどう見ても女だよ。 「いや……胸がある男なんていないって」 「胸? これがどうしたというのだ? 胸があると我は我ではなくなるのか?」  掴むな! 揉むな! 襟元はだけるな! 「胸があってもギルガメッシュはギルガメッシュだけど、それだと女にしか見えないんだって。だから店員もギルガメッシュを女だと思って対応したんだろ」 「……そうなのか。ではこの、ぶらじゃあ、というのも女物か?」  手にしたメモをみながら言う。  ……それじゃ今、あの、いわゆる、のーぶら、というやつで?  そのきょちちは、ブラ無しで重力に逆らい、形を保っているのですか?  どうりでリアクションがいちいちわがまますぎるわけですね。 「女物というか、ブラジャーは女しか着けない。基本的に」 「そ、そうだったのか。我は危うく魔境に放り込まれるところだったのだな……」 「まあ、ギルガメッシュがいても不自然じゃないけど」  ぼそりと呟いた俺の声は聞こえなかったらしい。 「礼を言おう、士郎」 「別にいいって。それに、今のギルガメッシュにはレディースも似合うしさ。自分でも気に入ってるだろ?」 「あ、ああ……。今までのは胸がきつくて苦しいのだが、これは着やすくていいな。しかし……婦人服というのは、少し気になる」 「大したことじゃないって。王がそんな小さな事気にしてどうすんだ」 「む。……そうか」 「そうそう。セイバーの代わりに衛宮邸に潤いをな?」  乾ききった砂漠のような我が家に一滴の雫をっ。 「……士郎が気に入ってくれるなら、レディースというのも捨てたものではないな。そうかそうか。士郎はこういう服が好きか。……うむ。士郎、もう少し我は買い物に行ってこよう。少し遅くなるが、気にせず我の帰りを待っていろ」 「え? あ、ああ。わかった」 「では、またな」  と、ギルガメッシュは来た道を戻っていった。  なんか元気いいな。  おっぱいも。 「しかし、馴染んでるよなあ……」  ギルガメッシュもだけど、俺も馴染みすぎ。  もっと違和感持とうよ。……無理っぽいけどさ。 「そろそろ戻ろ。ギルガメッシュは買い物で疲れて帰ってくるだろうし」  甘いものでも用意して待ってるか。  ――と、いわけで、帰宅。  セイバーはいるはずだが、家の中は随分と静かだった。 「ただいまー」  …………無反応。 「セイバーも出かけたのか?」  でもゆっくりするって言ってたし、寝てるだけだろうな。  居間には湯飲みがふたつ、飲みかけのまま置いてある。それを流しに置いて、一旦部屋に戻る――途中、セイバーの部屋から音が聞こえた。 「なんだ。やっぱりいるんだな」  予想するに、ヘッドホンでもしてビデオ鑑賞中。八割当たりだろう。  邪魔するのも悪い、足音を殺して静かに用を済ませる。 「さて、ギルガメッシュのおやつでも用意するか」  台所に入り、冷蔵庫の中から生ドラをふたつ取り出す。お昼も近いから、俺ひとつにギルひとつ。セイバーはオナ中(多分)のためおやつナシ。 「茶葉は……まだあるな。うん、これで準備完了、と」  それから三十分ほどすると、玄関の戸の開く音がした。どたどたと足を鳴らし、居間に顔を見せるなり、 「帰ったぞ、士郎っ。おい、どうだこれは。いいと思わないか? それにこれも凝った細工がしてあって、なかなかの出来だ。こっちは露出が多くて我としてはどうかと思うが。ああ、これもいいだろう? 落ち着いた色はあまり好みではなかったが、考えを改めねばならんな。おお、これも――」  と、まくし立てる。  すげえ嬉しそう。こんなギルガメッシュ、初めて見た。 「まあ、お茶飲みながら話そう」 「うむ。ああ、士郎。買い物というのはこんなにも楽しいものだったのだな。この十年、それを知らなかったとは損もいいところだ」  ギルガメッシュの愉しげな声は、昼食の時間になるまで途切れることなく続いた。  俺としては身振り手振りの度に揺れるおっぱいが気になって仕方なかったが。 /6  男女がひとつ屋根の下に暮らすということは、多少のアクシデント(と書いてイベントと読む)があって当たり前。  いやまあ、男女といっても我が家の住人で性別がはっきりしてるのは俺だけなんだけど。  言い直してみると、「男」と「女+ちんこ」と「男+ちち」がひとつ屋根の下で。  ……うん。それがおかしいとわかる俺は、まだ大丈夫。  それはさておいて。  セイバーは相変わらず(ジャージ着てても)めら可愛いし、ギルガメッシュは買い物を覚えてえらく綺麗になった。見た目は美女美少女なわけで、俺としては戸惑いも大きい。特にギルガメッシュはビビるくらいの美人さんですから。  セイバーはちんちんが生えてから恥じらいを見せなくなり、今では風呂上がりにパンツ一枚でうろつく有様。ギルガメッシュはギルガメッシュで、自分は男だという認識しかない。つまり、どちらも俺に対して同性のような接し方をしてくるわけだ。  あのセイバーが。  あのおっぱいが。じゃなくてギルガメッシュが。  戸惑うなと言う方が無理だ。  超が付くくらいの美少女がおちんちんとか精液とかオナニーとか数限りない隠語を口走ったり、超が付くくらいの美女がのーぶらで家の中歩き回ったりするのだが、正直どうしていいものか。  俺だけ意識するのもアホらしいけど、意識せずにはいられないこのコンビネーションブロウ。一発でもOKものなのに、それがダブルなわけですよ。  正常な成年男子ならケモノになってもおかしくはないが、そこはそれ、鍛錬の賜物というやつで。  と、まあ。  いろいろ思うところはあったりするけど、それでも衛宮のお家はわりと平和です。 「士郎、すまんがマッサージを頼む。どうも最近肩が凝っていかん」 「ああ、いいよ。……ここか?」 「あっ。んん……。ああ、そこだ……。やはり、士郎の指は……気持ち、いいな。んっ」  ……こんな感じに平和です。  つーかエロい声を出すな。 「う、く……。ん、あっ。し、士郎、そこはもう少し優しく頼む……、ああ、うん、それでいいぞ……。んん、んっ」 「くっ」  脳髄直撃のあえぎ声。童貞君にはきついです。  伸び気味の金髪を高めに縛り、襟元の広いサマーセーターを着ているおかげで、うなじから背中、肩、鎖骨から胸元の谷間というアヴァロンが見事なまでに形成されている。  聴覚からのエロスだけではなく、視覚、嗅覚、さらに手からの触覚をも刺激してくるこのギルガメッシュ。あなどれん。  しかし、なんというか。座っているギルガメッシュの肩を揉むという構図は、なかなかいい眺めだ。  くっと力を入れるたびにゆさゆさと揺れるふたつの肉球。  ねこ好きならずともふにふにしたいところ。  やったらぶっ飛ばされるだろうけど。  しかし……でかいなあ。  ギルガメッシュの性格を現すかのような、わがまますぎるおっぱい。他を(というかセイバーを)圧倒する質量、形状、柔軟性。  ……セイバー、頑張れ。  うん。いろいろ頑張れ。 「士郎、もういいぞ。……ん、随分楽になった。礼を言おう」 「これくらいお安いご用。いつでも言ってくれていいぞ。ギルガメッシュにはいろいろ世話になってるしな」 「世話になっているのは我のほうだろう。掃除に洗濯に炊事、なにからなにまで世話になりっぱなしだ」 「そうか? 最近はギルガメッシュも料理とか手伝ってくれてるし、結構世話になってると思うんだけどさ」 「あ、う、うむ。王であるとはいえ、今は居候の身。それくらい手伝わなければ我の気がおさまらん」  照れたように頬を染め、そっぽを向く。 「まあ、なんにしても、食い扶持が二人増えたしな。助かるよ。ギルガメッシュは覚えもいいし、俺なんかはあっという間に追い越すくらいの腕になるぞ」 「そ、そんなことはない。それでは困る――い、いや違う。我はまだまだだ。悔しいが、士郎には遠く及びもしない」  悔しいが、という割りにはなんだか嬉しそうなギルガメッシュ。  実際、ギルガメッシュの腕前は結構なものになっている。家庭料理を作る分には十分というくらいだが、それではまだ満足できないらしい。  まあ、セイバーの舌が基準では、厳しい点数しか出てこないだろう。 『ふむ。やはり士郎の作る料理はおいしい。味付けがいつもと違うのがまた……』 『セイバー、今日のそれ、ギルガメッシュが作ったんだけど』 『…………』 『騎士王、つけようとした箸を無言で戻すというのはどういう了見だ?』 『……おえ』 『もどすなバカ! なんつー失礼な。セイバー、うまいって言って食べてただろうが』 『そ、それとこれとは別ですっ。なにが楽しくてこの男の作った料理を口にしなければいけないのですか!?』 『セイバー!』 『ふん。士郎、言わせておけ。……我も貴様のために作ったのではないからな。食いたくないと言うのならそれでいい。さ、士郎。食事を続けよう』 『な――!』 『どうしたセイバー。箸が止まっていては腹ぺこキャラの名が泣こう。そちらが食わないのなら、士郎の料理は我が頂くが』 『……は、わざわざ死にに来るか。これはシロウが、シロウが、シ、ロ、ウ、が、私のために作ってくれた食事。箸の一本でもつけてみろ、肉の一片も残さず消し飛ばしてくれる』 『なんだろう、この既視感。……胸の古傷が痛むんですけど』 『ふん。貴様のためではない。我のためだ』 『な――に?』 『料理をするための手本として、士郎が、我に、我のために、我だけのために作ったのだ。セイバー、おまえはおまけみたいなもの――ああ、最近の食玩のような扱いではないぞ。屋台のオヤジの『今日はも店じまいだ、売れ残りだけどこれおまけにつけとくよ』というような、本当に“おまけ”としてしか価値が無くなったもののほうだ』 『ギルガメッシュ、貴様……!』 『セイバー、風王結界を解くな! ギルガメッシュも後ろの空間歪ませてなにするつもりだ!? ちょっとふたりとも落ち着け!』 『しかしシロウ!』 『ふん。士郎の言うとおりだな、騎士王。我が直々に淹れてやろう、茶でも飲んで少しは落ち着くがいい』 『キ、サ、マ、が言うかこの金ぴかぁぁぁぁあああ!!』 『だから落ち着け! ギルガメッシュも煽るな! てゆうかこの光景前にも見たぞ!』 『離してくださいシロウ! いままで我慢してきましたが、それももう限界です! 殺す! 絶対殺す! ぶっ殺したらぁぁぁあああ!!』 『セイバーーーーーーーーー!!』  ――厳しい点とか以前の問題のような気もするけど。  ギルガメッシュは、普段のセイバーの言い掛かりにはのれんに腕押しなのだが、料理のこととなるとムキになって言い返す。少なからず境界線を引いて軋轢を避けていたふたりだが、ここにきてそれも破綻しかけていた。 「もう少し仲良くできないもんか……」 「ん。なにか言ったか、士郎?」 「ああ、いや。セイバーのことなんだけどさ」 「セイバーがどうした?」  ……あれ? いつの間にか俺、ギルガメッシュに耳かきしてますよ?  長躯の美女が膝枕で寝そべる姿は、なんとも。 「なんで仲悪いんだろうと思ってさ」 「そんなものこちらが聞きたいくらいだ。なぜあそこまで目の敵にするのか、我にはまるでわからん。まったく、セイバーには手を焼く。……んっ」 「あっ、動くな動くな。危ないって」 「い、いやしかしだな」 「いいからじっとしてろ」 「う、うむ」  それでもぴくぴくと体を震わせ、そのたびにぎゅうっとギルガメッシュの頭を押さえつける。くすぐったいのはわかるが、やりにくいったらありゃしない。  しかしギル、耳まで綺麗なのな。 「はい、右終わり」  俺がそう言うと、ギルガメッシュはごろんと体を返す。 「……我は」 「んー?」  くりくりと耳の中をほじっていると、ギルガメッシュはか細い声で話し始めた。 「我は、そろそろここを出て行こうと思う」 「……そうか」  はっきり嫌いだと公言している相手が同じ家にいれば、確かにそれも仕方のないことかもしれない。  セイバーめ。こんないいやつを嫌うなんて、ちょっとおかしいぞ。……いや、別におかしいのはそこだけじゃないんだけど。 「以前、士郎に言ったな。我の専属にならんかと」 「ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ」  ぽんぽんとギルガメッシュの肩を叩き、耳かきが終わったことを知らせる。しかし起きあがる様子は見せず、かりかりとズボンの縫い目を爪先でなぞる。  なんだか肉体的にも精神的にもくすぐったい。 「考え直す気は、ないか?」 「と言われてもな……」  本気……なんだろうか。  いつもの冗談ということならいいが、ギルガメッシュの様子は神妙そのもの。 「――いや、いい。戯れ言だ。今のは忘れろ」  ギルガメッシュは勢いよく体を起こし、うん、とひとつ伸びをして体をほぐす。 「さて、思い立ったが吉日。セイバーに小言を言われる前に行くとするか」 「いま出て行くってのか? ちょっと性急すぎるぞ。もう少し……」 「いや、この家は居心地がいいからな。明日明日と言っているうちに、ずるずるといつまでも居座ることになりそうだ。……我の部屋の荷物は、処分してかまわん」 「……そっか。残念だけど、ギルガメッシュが自分で決めたことだし、引き留めるわけにもいかないよな」 「ああ。元々少しの間部屋を借りるだけだったのだが、随分と長く世話になってしまった。礼を言おう、士郎。こんなに楽しい日常を過ごしたのは久しぶりのことだ。……ではな」 「ん。またそのうち、ギルガメッシュ。あっ、それとさ」 「……なんだ?」 「うん。部屋だけど、掃除しとくよ」 「ああ。手を煩わせてすまんな。売るなり捨てるなり自由にしてくれ」 「……掃除して、いつ戻ってきてもいいようにしとく。百万のうちのいくら分も住んでないし」  俺のその言葉に、ギルガメッシュはぴくりと肩を振るわせた。 「士郎……」 「だからさ、ギルガメッシュ。たまには遊びに来いよな」 「――ふん。そうだな、士郎がそこまで言うのなら、考えないでもない」  腕を組んで胸を反らすギルガメッシュ。どこか湿っぽかった空気はいつも通り。  嗚呼、このおっぱいとも今日でお別れ。短い付き合いだったなあ。  これからはまたセイバーとふたり、猥談に花を咲かせる日々。……寂しくなんかないぞ。 「では、またな。近いうちに顔を出すが、そのときは茶菓子でも用意しておくがいい」 「わかった。高いやつ買っておくよ」 「うむ。いい心がけだ」  ギルガメッシュはひとつ頷き、ひらひらと手を振って居間をあとにする。  玄関の戸を引く音がして、そしてこの家には静寂。 「……ようやく出て行きましたか」 「セイバー? そんなとこでなにしてんだ」  後ろの襖、その隙間からセイバーはすすすと出てきた。  今まで覗いてたらしい。 「まったく厚かましい金ぴかです。士郎の優しさにつけ込んでいつまでも居座ろうとするなど言語道断。ふふ、これでまた士郎とふたりだけの生活に戻ることができましたね」  く、とセイバーは悪役系の笑みを浮かべる。  本気で嫌われてるな、ギル。 「シロウもシロウです。なぜあんな男の言うことを大人しく聞いているのですか? 私には理解できません」  俺にはセイバーが理解できませんよ? 「いや……ギルガメッシュってそんなに悪いやつじゃないぞ」 「そ、そんなことはわかっています。良い悪いで言えば良い方に分類されるでしょうが、私はあの男を視界の隅にも収めたくない。存在そのものが気に食わないのですっ。高慢な態度! ひとを見下したような目つき! どれをとっても私の神経を逆撫でしてくれやがります、あの金ぴかは」 「生理的嫌悪ってやつか」 「そうです。ああ、思い出しただけでも胸がどきどき……じゃなくてむかむかしてきます」  ……本能ではギルガメッシュを女だと判断しているらしい。 「それで……あの、シロウ?」 「ん?」  セイバーの不快感も露わだった表情は一瞬で消え、代わりに頬を薄く染めて俯く。 「ええとですね。その、私も、ですね」  もじもじと指先をからめる。  恥じらうセイバーって久しぶりのような気が。 「……なんだよ。言いたいことあればはっきり言えって」 「あ、はい。……その、私も、ギルガメッシュにしていたように……」 「耳かきか?」  こく、とセイバーは頷く。 「お願い……します」  上目遣いにうるうると。  くっ。ちんちん生えてるくせに、やるなセイバー。  ジャージってのはマイナスだけど。 「それじゃこっち」  言いつつぽんぽんと自分の膝を叩く。 「……は、はい」  深々と頭を下げ、つつと静かににじり寄るセイバー。  なぜだろう。なぜかなあ。  あってしかるべき恥じらいを見せるセイバーが、なぜか尊いものに感じる。  ……新鮮っていうか、懐かしいっていうか、多分間違ってるのはセイバー。多分ってか絶対なんだろうけど。  左手でセイバーの耳を軽く押さえる。 「あっ」 「……動くなって。それと変な声出すな」 「す、すいません、シロウ。くすぐったかったもので……」  耳を触るたびにセイバーはびくびくと体を震わせ、危なっかしくて集中できない。  かっしりと頭を押さえつけ、かりかりと耳の中をほじっていると、いつの間にかセイバーの耳は真っ赤になっていた。  ……つーか恥ずかしいのか。 「はい、左終わり」  ごろんとセイバーは体を返す。 「…………」 「……? ど、どうかしましたか、シロウ?」 「ああ、いや……うん」  耳が性感帯ってことがよくわかっただけッス。 「歯切れが悪いですね、シロウ。……はやく続きをお願いします」 「うむう……まあいいや」  実害は無いんだし。 「……なにか気になることで、も……あ、り……――!?」  がばっ、とセイバーは跳ね起き、俺に背を向けて停止した。  気付いたらしい。ていうか気付くよな、そりゃ。自分のことなんだし。  着ているものが柔らかい素材だから目立つこと目立つこと。男なら誰しも経験はあるだろう。  たとえば春。ぽかぽかと暖かな日差しの中、なぜかご立腹の愚息。授業終了間近、焦る自分、より御緊張なさられる御子息。 「あ……! あの、これは……その、な、なんでもないんですっ。ジャ、ジャージのシワがそう見えるだけでっ、……決して、ですね? その、えと……」 「……なんかあったのか、セイバー?」  あえて見て見ぬふり。そのほうが精神衛生上好ましいですから。 「いい、いえ、なんでもありません。ええ、なにもありません」 「それじゃ続けるから、頭こっち」  ちょいちょいと手招き。セイバーは股間を目立たせないように腰を引いて横になり、居心地悪そうに身じろぎをする。 「ふっ。うん……」  耳を押さえると、甘ったるい声が漏れてくる。 「んんっ。シ、シロウ、申し訳ありません、あの、やはりもういいです」 「……まだ終わってないけど、いいのか?」 「え、ええ」 「ならいいけどさ」  まあ、あんな状態だと落ち着いて耳かきもできないだろう。 「な、なんか眠くなってきましたね、シロウ」  唐突にセイバーは告げる。 「そうか?」  まだずいぶんと日は高い。でもってセイバーの目はギンギンに冴えているように見えた。  もじもじと居心地が悪そうに身じろぎするセイバーを視界から外し、テレビのリモコンをいじる。 「私は眠いんです、シロウ。……というわけで、ちょっとお昼寝を……」 「俺に言わなくてもいいって。眠いんなら寝たほうがいいぞ。毎日バイトで疲れてるだろうし、いくらサーヴァントだっていっても、セイバーも女の子……? ……? ……女の子なんだからな」 「シ、シロウっ。私はもう女の子という年でも……」  実年齢は言わぬが華。 「と、とにかく、小一時間ほど仮眠をとりますので、その間は私の部屋には近づかないようにしてください」 「……なんでさ。寝てるんだから、別に……」 「きき、き、気になるんですっ。よく眠れないじゃないですかっ」  ぐわー、と顔を真っ赤にしてセイバーは吼える。  ああもう。もう少しポーカーフェイスを学んでくれ。頼むから。  セイバーの慌てっぷりは、知りたくもないことを無理矢理に理解させてくれる。 「まあ……そうだな。セイバーくらいだと、気配とか足音とかでも目が覚めるもんな」 「へ? 気配……足音?」  ――――セイバー?  君、本気で一般人に成り下がろうとしてますか? 「あ……ああ! そ、そうでした。ええ、そうなんです。私ほどの鍛錬を積めば、寝ていても敏感に気配を察することが出来るんですっ」  んではあぢゅー、と、セイバーはぴっと片手を上げ、そそくさと自室に引っ込んでいった。腰を引いて前屈みのまま去るセイバーの後ろ姿を見ていると、なにかとても大事なものが失われたような気になってくる。  ってゆうか実際の所、割といろんなものが失われてます。  しかし、失うものがあれば、得るものもある。  具体的に言うと、自分がグルメ気取りの穀潰しであったことを理解したこととか、労働の喜びとか、ちんちんとか。 「……失われたものは、大きい……な」  大きいなあ……。 「ん」  不意に感じる、いわゆるひとつの生理現象。  なんだか力の抜けたからだをよいしょと起こし、トイレットへ向かう。  が、見れば中の照明が点いていた。  この家にいるのは、今現在俺とセイバーのみ。 「なんだ、寝るとかいって便所か」  しかし出てくるのを待って鉢合わせるのも気まずいことこの上なし。そのあと部屋で自家発電に切り替わることがわかってるから尚更に。  ……あ、『失われたもの』と『出て行ったギルガメッシュ』を掛けているわけではないのであしからず。あれは確かにでかかったけど。 「ふ……。未練なんて、きっと――」  ――シ、ロウ……っ。んっ。んん……っは、あっ…… 「ないよね?」  たぶん。  ……そんな感じで、  おおむね、我が家は平和です。