「祐一さーん。朝ですよー」
 日曜日の朝。昨日までしつこく降っていた雨はすっかりと上がり、
しみ一つない蒼空が広がっていた。空気も気持ちいいほどに澄んで
いて、深呼吸をすれば微かに雨上がりの香りも鼻腔をかすめる。
 こんな天気の日はふとんを干すのにちょうどいいということで、
わたしはこうして朝早くから祐一さんの部屋にお邪魔しているとい
うわけだ。
「雨上がってますよ。気持ちいいですから、外に出ましょう」
 そう言ってぽんぽんとふとんの上から祐一さんを叩く。けれど反
応はなし。わたしは窓のほうへ足を向け、カーテンを思い切り開く。
 薄暗い室内に、刺すような明るさの朝日が飛び込んでくる。家の
中の明るさに慣れた瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「ほら、いい天気です」
 と言ってみるも祐一さんが起きる気配はない。ふとんを首まで引
き寄せ、わずかに左側を向いて気持ちよさそうに寝息を立てている。
 あどけない寝顔に、わたしの胸が高鳴る。
 男の子の割には長めのまつげに細いおとがい、全体的に中性的な
雰囲気のある甥の姿に、年甲斐もなく頬を赤らめてしまう。考えよ
うによっては、わたしはいま年頃の男性の部屋に入り込んでいると
いうことにもなる。立場を利用して出入りも自由だ。
 そう思えばこの続柄も捨てたものではない。
 真実を告白すれば、気のない振りをしてお風呂に入っている祐一
さんに声をかけたことも一度や二度では済まない。祐一さんにして
も大して気にした風もなく会話をするあたり、母親の妹、あるいは
家族に見られたからといって、別段恥ずかしいものでもないのだろ
うか。わたしとしては慌てる祐一さんを見たかったのだけれど、こ
れはこれでじっくりと見られるので結果的にはよかったのかもしれ
ない。
 そういえば以前、いつものようにお風呂に入っている祐一さんを
の覗こうと戸を開けた時、タイミングが悪かったのか良かったのか、
浴槽からからだをあげた祐一さんのを見てしまった。祐一さんは全
身くまなく見られているのに気にもせず、そのままお湯から出てか
らだを洗い始め、わたしは逆に動揺を顔に出さないようにするのに
一苦労だった。
 そのときのことを思い出すと、少しばかり鼓動が早まる。
「……ゆ、ゆういち、さん」
 などと、起こす気の全く感じられない声で祐一さんを呼んで、さ
らに鼓動を早める。
 ふっ、と祐一さんが息を漏らした。
 そのくちびるに視線が吸い寄せられる。リップクリームを塗って
いるわけでもないのに、濡れたようにしっとりとして、妙にわたし
の琴線に触れる。
「…………」
 ごくりとつばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
 いけない、ということは言われるまでもなく理解している。だか
らといってこの思いが、この感情が抑えられるわけもない。
 なにより、全てに対して無防備な状態の祐一さんが目の前にいる
のだ。まさにまな板の上の鯉。名雪と血が繋がっているということ
も伊達ではなく、祐一さんの眠りは深い。……わたしも以前はよく
寝ていたから、それはたしかだろう。
 引き寄せられるように、わたしのからだがベッドに近づく。とく
どくと心臓が早鐘を打ち鳴らし、体温を徐々に上げてゆく。いまわ
たしの顔を鏡に映せば、茹で上がったように真っ赤になっているこ
とだろう。
 自分のしていることは倫理にも道徳にも反している。そんなこと
は十二分に承知している。しかし、目の前にこうして餌をぶら下げ
られれば、魚ならずとも喰らい付きたくなるのが人情というものだ
ろう。
 祐一さんに覆い被さるようにベッドに手を置く。ぎしり、と生々
しい音が部屋に響き、わたしの思考を加速させる。
 いいのだろうか?
 こんなことをして、赦されるのだろうか?
 後悔しない?
 祐一さんに知られたら、軽蔑されるだろうか?
 ああ、おいしそうなくちびるが。
 ……――了承。
「ゆういち……さん……」
 まぶたを閉じ、そのぞくぞくとした背徳感に肩を震わせる。これ
は……少しばかり癖になりそうな心地よさだ。
「あきこさぁーん、どこぉー」
「わはぁっ!」
 ドアの向こうから聞こえた真琴の声に思わず飛び上がる。
「ごはんー。お腹空いたー」
「い、いま用意するからっ」
 うわずる声で真琴を台所に向かわせ、滝のように流れる汗を拭う。
なんていいタイミングで現れるのだろうか。野生の勘とでもいおう
か、真琴はやけに”間”をとるのがうまい。それも無意識にだから
始末におえない。
「ふぅ……」
 まだ一日は始まったばかりだというのに、精神的にかなり疲労し
ている。とりあえず祐一さんの寝顔をじっと見詰め、疲労回復。
「……さて、真琴のご飯も用意しないといけませんね。祐一さんも、
あまり遅くまで寝ないで下さいよ?」
 ちょんと祐一さんの頬をつつき、わたしは後ろ髪を引かれる思い
でベッドから離れる。
 
 ――うんっ
 今日も一日、がんばろう。


 
 
 
 

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初出:2003/02/12 灰色楽園
都々々(みやこ みと)