ときに世界は残酷な現実をひとに与える。
 わたしはそれにあらがう術すら持たず、ただこの世界を受け入れ
るしかなかった。たとえそれが辛苦を伴うものだとしても、わたし
にはそれを選択するしか道はない。
 いや、そもそもわたしに選択権など与えられてはいないのだ。定
められた運命というものが真実あるのだとしたら、わたしは世界を
呪うだろうか。
 それでも、この変えようもない関係を受け入れるしかない。
 後悔はしないと、はじめはそう考えていた。
 これでいいんだ、これがあたりまえなんだと、そう自分に言い聞
かせて、いつものわたしを演じた。いつかそれが真実になるだろう
と思っていたから。
 けれど、それはやはり虚勢。
 偽りの笑顔はたやすく見破られ、しかしそれでもわたしには嘘の
自分を演じ続けるしかなかった。誤魔化しきれないのは理解してい
たし、それすら長く保たないのもわかっていた。
 それでもわたしは自分に嘘をつき続ける。
 なぜかと問われれば、答えはひとつだけだ。
 この想いを知られるわけにはいかない。そしてそれを隠し通す方
法を、わたしはそれ以外に知らなかった。
 ――どうして、彼はわたしの甥なのだろう。
 現実は、残酷だ。どうしようもなく。










 目の前に餌を置かれておあずけを喰らった犬の心中はいかがなも
のだろうかと常々思う。忠誠心の強い犬ころが、主人の一声がかか
るまでじっと待っている姿は、少々哀れを誘う。
 主人のいないわたしには、犬ころの考えていることはわからない。
けれど、少しばかりその気持ちはわかるような気がする。
 ――夜も11時を回り、名雪はすでに夢の国へお出かけ。真琴も
バイトで疲れたのか、早々にふとんに潜り込んでいる。
 わたしはリビングのソファに深く身を沈め、目の前の光景に見入
っていた。
 くちびるに寄せたマグカップからゆらゆらと立ち上る湯気の向こ
う、テーブルを挟んだそこにはひとりの少年の姿がある。3人掛け
のソファにゆったりと背を預け、すうすうと静かな寝息を立ててい
る我が姉の息子、相沢祐一17歳である。
 ただ寝ているだけなら「祐一さん、こんなところで寝ていると風
邪を引きますよ」と言いつつ起こさないように紳士的(淑女的?)
にブランケットを掛け、しばらくして目を覚ました彼の「あれ、い
つの間に寝てしまったんだろう。……このブランケットを掛けてく
れたのは、秋子さんだろうか」という言葉に「あ、起きましたか、
祐一さん。……コーヒーでもいかがですか?」とさりげなくコミュ
ニケーションをとってから「疲れてるみたいですね。ぐっすりお休
みでしたよ?」と次への布石を放つ。「そうでしょうか」とつぶや
く祐一さんに「ここどうぞ」と膝枕を勧め、「たまにはお母さんら
しいことさせてください」でシメ。世のお母様方が息子に膝枕をす
るのか疑問を持たせないように話を持っていければあとは簡単だ。
眠気にぼやけたあたまの祐一さんを十分に堪能し
 ……ではなく。
 というか、なんだか祐一さんが変だ。こんな説明くさい台詞回し
はしない。祐一さんはもっと、こう……。
 ……。
 ええと……、そう、ただ寝ているだけなら、揺り起こして部屋に
向かわせるだけで済む。
 なぜわたしが寝ている祐一さんを前にのんびりとコーヒーをすす
っているかといえば。それはもう……その、なんというか、祐一さ
んの寝姿が、実にあでやかなものであったりするわけで、正直明日
の仕事に障ったとしてもこのまま徹夜して観賞し続けたいのだけれ
ど、実際問題それはひととしていかがなものだろうと思案したりし
ていて、とりあえずコーヒーを飲んで落ち着こうとしているわけだ。
 しかしまあ、こんな状態の祐一さんを目の前にして、コーヒー程
度で気が紛れるわけもない。カフェインには興奮物質が含まれてい
るわけだし、場合によっては中毒になるくらい強い依存性を持って
いるわけで。……え、逆効果?
 ……なんだろう、思考も行動も支離滅裂だ。
「ふう……」
 わかっている。いまわたしの胸の中にあるものは、実の甥に向け
るような感情ではない。……わかっていても、どうしようもない。
 いや、実のところ、どうしようもないことがわかっていても、そ
れは大したことではなかったりする。しかしまあ、世間的には排斥
されてしまうだろう、これは。
 つまり大事なのは当人の気持ち。
 もちろん当人というのはわたしのことで、それに祐一さんは含ま
ず。想うだけなら問題はないのだ。多分。
 ――そう、この祐一さんに対するいかんともしがたい感情をさと
られさえしなければ、多少のことはごまかせる。キメ台詞の「家族
じゃないですか。これくらいなんでもありませんよっ」で。
 脱衣所の鍵を閉めずに息を潜めて無人を装い祐一さんとかち合っ
てしまったふりをしたり、超ミニのスカートで棚の上のものを取る
ときに椅子を押さえてもらったり、ふたりきりの時飲み物に通販で
買ってみた媚薬を仕込んでみたり、まあ、その辺も家族だから許さ
れるちょっとした悪戯だ。
 要は、この想いを気付かれなければいいのだ。恐らく。
 ……気付かれなければ。
「ゆ……祐一さーん。お、起きてますかー」
 …………ぐっすりである。この程度のことでは起きないだろう。
 注釈を入れるまでもないだろうが、祐一さんに睡眠導入剤を混入
したソフトドリンクを差し入れた……などということはない。念の
ため。わたしが入浴して戻ってきたら、既に祐一さんはお休み中だ
ったのだ。……ほ、ホントですよ?
 前科があったとしても、今回に限っていえば、わたしは無罪。
「……起きてますか? 祐一さん、祐一さーん」
 腰を上げ、テーブル越しに祐一さんの膝を揺する。
「こ、こんなところで寝てると、風邪、引きますよ?」
 少しばかり強めに押すと、祐一さんは「ん…」とうめき、わたし
はびくりとからだをこわばらせて手を引っ込める。指先がやけどで
もしたかのように熱く、思わず声を出しそうになった。
 もそもそと祐一さんが身じろぎすると、外れかかっていたボタン
がするりと解け、鎖骨から首筋までを覆っていたパジャマが御開帳。
「…………」
 ――ごきゅり。
 静まりかえった我が家のリビングに、唾を飲み下す音が、やけに
生々しく響く。誰もいないということがわかっているにも関わらず、
あたりを落ち着き無く見渡す。
「……気付かれなければ、いいんです」
 口の中に溜まったねばつく液体をもう一度嚥下し、音を立てない
ように、そっとテーブルをまたいだ。
 ぎぎ……と木製のテーブルが軋みを上げる。
「気付かれなければ……」
 たかだか1m程度の移動に、かなりの精神力を消費する。
 祐一さんの前に立ち、これからのことを考えるだけで、あたまが
真っ白になってしまう。
「はぁ……」
 祐一さんを間に挟み、両手をソファの背もたれに置く。少し腕を
曲げるだけで、祐一さんの顔がすぐ側まで近づいてくる。湯上がり
の火照りはさめて、しかしそれでも石鹸の柔らかな香りが祐一さん
から漂う。
「すぅ……」
 ほほを寄せて息を吸うと、くらくらとするような祐一さんの体臭
が嗅覚を支配する。
 ――祐一さんの匂い。
 不快ではない。甘く、脳髄をしびれさせるように、ひどく体を疼
かせる。
「はぁ……」
 祐一さんの太ももを跨ぐようにソファに膝をつき、ゆっくりと腰
を下ろす。いわゆる座位の体……ごほん。
「あ……」
 おしりに感じた祐一さんのあたたかさに思わず声が漏れる。
「……」
 大丈夫だ。これくらいでは起きない。
 ……いや、軽くつねったとしても、祐一さんは目を覚まさないだ
ろう。それくらいに祐一さんの眠りは深い。
 つまり、である。
「こんなことをしても、まだ起きないんですよね……」
 ちろりと舌をのぞかせ、祐一さんのくちびるに這わせる。
「ん……」
 くちびるを軽く割って舌を差し込み、祐一さんをじっくりと味わ
う。……至福のひととき。
「はぁ……はぁ……」
 くちびるを合わせたまま祐一さんの右手を取り、わたしの胸に導
く。なんだかもう、かなり変態の域に達しているが、この際気にし
てはいられない。なんといっても気持ちいいのだ、これがまた。
 祐一さんの手にわたしの手を重ね、ぐにぐにと乳房を揉みしだく。
「あく……んんっ……」
 厚手のカーディガン越しに感じるもどかしい快楽。しかしそれで
もわたしを狂わせるのには十分すぎた。……これで直接触れたのな
ら、どれほどのものだろうか。
「……」
 いそいそとパジャマのボタンを外し、準備を整える。というか、
からだの準備の方は既に万全だった。
 火照った肌はうっすらと桜色に染まり、乳首はぷっくりと腫れ上
がって、これでもかというくらい自己主張をしている。
 かあっ、とほほが熱くなる。
「うう……。これじゃホントに変態さんですよね……」
 わかっちゃいるのにやめられない。
 そんなフレーズがあたまをかすめた。
 ……それはさておき、続きである。
 祐一さんの手を剥き出しの乳房に当て、うにうにと押しつける。
 てのひらから伝わる体温は熱いと言えるほどに高い。ほっそりと
した繊細な指がわたしの肌に埋まり、思う様に形を変えてゆく。
 なんというか、その、これはまた……、え、ええと、あ、んん…
…ひ、非常に、あぁ、あ、んん……!
「ああっ!」
 気持ちいい……。
 じゃ、じゃなくて大声出したら祐一さんが!
「んん! あ、あ、は!」
 だ、だから声出してる場合じゃなくて!
 とは思いつつも、その、指が止まらないといいますか、声が抑え
られないといいますか、あんっ、ああっ……、ええと、とにかく早
く……やめないと……んん、んあっ、あっ……ってだから……あっ、
だ、だめ……………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
「〜〜〜〜とあっ」
 理性を総動員して祐一さんの右手をはぎ取る。
「はぁ……はぁ……はぁぁぁぁぁぁ……」
 落ち着け。落ち着きなさい、水瀬秋子。
 ここで起こしてしまったら元も子もない。
「きょ、きょうはこの辺で勘弁してあげます」
 ものすごい勢いで後ろ髪を引かれているが、それも仕方ない。
 ちち丸出しで息を荒げて甥にまたがっている姿なんぞを見られた
日には、人生そこで終止符を打つ羽目になる。名雪はまだいいとし
て、真琴は時々夜中に起きてくるのだ。祐一さんだっていつ目を覚
ますかわからない。そろそろ潮時だろう。
「……ちょっと惜しいですけど、ね」
 少し身をかがめ、ちゅ、と軽くくちびるを合わせる。
 くちびるを。
 ……くちびる。
「…………」
 ――ごきゅり。
 いや、生唾飲み込んでる場合ではないのは重々承知している。
「あ、あと少しだけなら、大丈夫ですよね……」
 膝を立て、乳房を下から押し上げ、祐一さんの顔の前で準備万端。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 祐一さんのあごを指先で軽く押し、くちびるを開かせる。
「ゆ、祐一さん、はい、お口あけて下さい……あーん、て。あーん」
 わずかに開いたくちびるに、恐る恐ると乳首を近づける。
 しかし、ここまでしても起きないというのは、ある意味驚異的で
はないだろうか。名雪は確かにねぼすけではあるが、祐一さんはそ
れほどまでに酷くはないはずだ。
 余程疲れていたのか、それとも――あんっ。
「あ、あ、あああっ」
 それは本能なのか、それとも反射行動なのか、乳首をくわえさせ
ると、甘噛みするようにくちびるで締め付け、ちゅっと吸い付いて
くる。期待通りの行動とはいえ、あまりにも強すぎる快楽に声を抑
えることを忘れていた。というより、声を出すなという方が無理な
注文だ。
「ふく、ふっ、ふうっ、ふあっ、ああっ」
 片手で口元を押さえ、片手で乳房を押しつける。
 びりびりと胸の先から生まれてくる快感は、背中を抜けてあたま
を真っ白にさせる。ひとりでするのとは比べものにならないほどの
悦楽。下腹部にまで響く快楽の波は、わたしから思考というものを
奪っていくようだ。
「ん!? あく、あ、あ、んん! ん!」
 いまだ目を覚ます兆しのない甥の眼前で、わたしはひとり遊びに
ふける。実の甥、それも寝ているのをいいことに、こんなことをし
ている……その甘美な背徳感。
 ――たまらなく、気持ちいい。
「あ、あ、あ、うう、ううっ、も、もう……っ、ああっ」
 わずか数分の接触。それだけで軽く達してしまった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
 昂ったからだを落ち着かせるように短く息をする。芯にはまだく
すぶったようにしびれが残っているが、これ以上は本当に危険だ。
「…………ふう。なんだかもう、いろいろすっきりしましたね」
 ゆっくりと祐一さんから離れ、乱れたパジャマを整える。
 祐一さんの寝姿は、最初に見たときとさして変わったところはな
く、まさかここで艶事が行われたなどとは誰も思わないだろう。
「祐一さん、よかったですよ」
 自分の台詞に顔を赤らめながらながら、ちゅ、と今度はほほにく
ちづけ。
「さて、ちゃんと起こさないと、ホントに風邪引いてしまいます」
 祐一さんの肩に手を置いて声をかけようとしたとき、違和感に気
がついた。……なにやら、下半身を包む布に異変が起こっている。
「……ええと、お、起こす前に、もう一回お風呂に入ることにしま
しょう。汗かいちゃいましたからねっ」
 ……と言いつつ、お風呂でさらに2ラウンド。
 結局、祐一さんを起こしたのは一時間後のことだった。






 ――それから数日後の夜。
「はい、祐一さん。コーヒーです」
「あ、すいません、秋子さん。……ん、おいしいです」
「ありがとうございます」
 今度は睡眠薬入りですけどねー。




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初出:2003/10/25 灰色楽園
都々々(みやこ みと)