「……まあ、そんなことはどうでもいいか。とりあえずシャワー浴びて汗流そ」
 言いながら祐一は浴室に入り、いくらもしないうちに出てくる。不快感さえ無くなればそれで十分だと考えているため、祐一は入浴にさして時間をかけない。一通りからだを流すだけだ。まあ、赤錆だらけの水を浴びて「なじゃこりゃぁ」とわざわざ野太い声を出してふざけていた分だけ、少々長風呂であったとは言えるだろうか。
 水を弾くようなつるんつるんの肌をバスタオルで拭き、ぺたぺたと素足で寝室まで歩く。クラタは灯火の恩恵が十分に行き渡っているため、多少の薄着でも寒いとは感じない。祐一はいつものごてごて重装ではなく、薄手のパンツにタンクトップという軽装だ。
「あー、そういえば武器の点検もしておいた方がいいか。ここに来るまでだいぶ酷使したからなぁ……」
 そう呟いて、ベッド横の棚に置いてあるベルトに手を伸ばす。十字に交差した二本の短剣と、遊底を合わせて対称になっている二丁の銃、それがベルトに固定されたホルスターに収まっている。
 祐一はいつも短剣と銃のふたつの武器を使っている。短剣はディフェンサーという防御に長けたもので、分厚い刃と背にある刃受けが特徴だ。銃は自動空薬莢排出機構を備えた工房の特注品。異形に対抗するために大口径となっており、その威力からこの銃は『カノン』と呼ばれ、対異形警備隊の準装備品に指定されている。
 対異形用の装備品には大剣や槍もあるが、祐一は短剣と銃のふたつを愛用していた。祐一の持論は『異形に剣じゃ自殺行為だぜ』である。大剣を振り回して異形と戦うようなランク持ちは、それこそ伝説や伝承の中の英雄ほどの力がある者だけだろう。広い場所では魔術や銃が有効であるし、狭い場所では剣を振り回すことはできない。それでもまだまだ剣こそ至上の武器と崇める偏屈も多い。
 剣の届く間合いは、異形にとっては必殺の距離でもあるのだ。その必殺の一撃を防ぐのがディフェンサーであり、近づかせずに狙い撃つのがカノン、それが祐一の戦闘様式だった。魔術もあまり得意ではなく、純戦闘力の高いとはいえない祐一が、出国許可証であるランクの甲種第4類を取得できたのは、そのスタイルがあったおかげだ。
「……すこし刃こぼれしてるな。弾も少なくなってるし、工房に頼んどこ。……あ、そういえばクラタの工房の場所知らんぞ? ……いや、それは聞けば分かるか」
 ぶつぶつと独り言を言いながら点検をする祐一。そのきれいなくちびるが少しばかり微笑みの形を作っていて、やや気味が悪い。
「ま、しばらく使う用事もないし、時間見つけて頼みに行けばいいや。とりあえず借りてきた本読まないとな……」
 祐一は点検を終えた短剣と銃をホルスターに戻して壁に掛けると、テーブルに積んである本から一冊取り出し、ベッドに寝ころびながら広げた。
 その本は神々が栄えていたころを描いた神話だ。神々の戦から千数百年もの時が過ぎている現在と、そこに書かれている内容は、まるでかけ離れた世界が広がっている。
 片や闇に支配された冷厳な世界。片や光と闇の入り交じった壮麗な世界。
 遙か昔は美しかったであろうこの世界は、神の戦のとばっちりで光が失われた。そしてかつては光があったことすら人々は忘れてしまっている。闇に閉ざされた世界が当たり前だと思い、文句のひとつも言わず、天蓋都市の中で一生を終えるのだ。
 この世界に住む人々は、いまの世の中に不満を感じていない。当たり前の世界で、普通に人生を送る。ただそれだけだ。どんな世界でもそれは変わらない。
 祐一もこの世界に不満があるというわけではない。いままで不自由なく人並みの幸せを感じて暮らしていたし、これからもそうだろう想像していた。しかし、両親の遺した手記を見つけたことで、いままで目的もなくだらだらと好き勝手にやってきた人生に、多少の方向性を見つけることができた。だからこそ、こうして生まれ育った国を離れ、祐一は旅へ出たのだ。
「そう簡単に見つかるとは思ってないけど、そもそも資料として残ってるか疑問だよな……いやまあ、手がかりほぼゼロなんだし、やらないよりはマシだろうけど」
 ぱらぱらとページを読み進めながら呟く。
「……あっちのみんな、今頃なにしてるかね……。挨拶しないで出てきたから、文句言われそうだな。特に香里と名雪……あと秋子さん、は、無言のプレッシャーが怖い。……とりあえず、いまは考えないようにしよう」
 ごろんと仰向けになり、読んでいた本を戻して次に取りかかる。
「えーと、タイトルは『神々の大戦に於ける失われたものと得られた技術』、ね……」
 祐一はぱらりと本をめくる。
「あー……『お願いします先生』彼女は懇願する。『もう我慢できないんです……お願いです、先生、もう、私は…』ぎゅっと小さな手を握りしめ、耐えられないほどの苦しさに顔をゆがめる。『しかし……』『だめなんです、もう、ひとりでどんなにしても、だめなんです! 先生じゃないと!』『――わたしは教師で、君は生徒だ。そんなこと、できませんよ』『耐えられないんです……前は先生のことを考えるだけで幸せだったけど、でも、それじゃもう耐えられないんです! 少しだけでもいいんです。一度だけで、それだけでいいんです!』そう言ったきり彼女は押し黙り、俯いて肩を震わせる。『……わかりました。一度、だけですよ?』『せ、先生……』歓喜に咽ぶ女生徒の頬を、先生と呼ばれた女は優しく撫でさする…………ってなんだこりゃ……」
 内容がとてもとても一般受けしそうにもないものにすり替わっていた。カバーをめくってみると、そこに書かれていたタイトルは『放課後の彼女と彼女の先生』。
「………なんでやねん」
 とりあえず突っ込む祐一。誰かの悪戯だろうが、なぜよりにもよって成人指定を受けそうな書籍にすげ替えるのだろう、と思いながら祐一はため息を吐く。
「やる気削がれた……気分転換に行くか。ついでに工房にも寄って……。……?」
 下半身に違和感を感じて、もぞもぞとベッドの上で動く祐一。なにやら”据わり”が悪い。
「……小便」
 小用のために微妙な感じを受けているようではあるが、祐一は据わりの悪さが気になって仕方がなかった。特殊な分野に特化した文章を読んで、御子息がすくすくと育ちつつあるのも原因のひとつであろうか。
 どうにも、あるべきところにあるものが少し足りないような、そんな気分だった。
 ばたん、と便所のドアが閉まり、数秒。
「ぬおあーーーーーーー!? 玉があぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!?」
 裏返った祐一の声が、『赤猪亭』に響き渡った。





たまたまなのです。折衷案なのです。玉がどうしたのかと無粋なことは聞かないようにっ。

性転換はナシ派。性転換はアリ派。軍配はアリ派に上がりました。ぱちぱちぱち。
ですがナシ派も結構いたので(内容的にはヤるためにが大半でした)こんな感じになりましたよ?

とりあえず「カノン」はベタ過ぎますか。なんなら「森の人」でも可。
オートマチックは森の人の方ですしね。



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