「とりあえず学園の方に行くか」 学園はギルドの北側に位置する区画にあるが、建物はひと続きの大きな館だ。ギルドの運営機関、管轄業務など、ほぼ全てのものがこの建物に収まっている。学園も然り。 祐一は古めかしい廊下を、靴を鳴らしながら歩く。 「あ、せ、先生!?」 「ん?」 前から歩いてきた少女が祐一を見て声を上げる。後ろにいるふたりの少女も同様に驚き、目を丸くしている。学園の制服を着た少女たちに、祐一は見覚えがあった。何度か学園からの依頼を受けたとき、担当した講義にこの少女たちがいたはずだ。 学園は技師育成機関であり、その性質上、入学資格は特に無いといっていい。高い技術を持つ技師は多ければ多いほど歓迎されるものであるし、それに年齢性別その他資格は問われない。従って学園に在籍する生徒は、言葉をしゃべれるようになったお子様から、講師である祐一の何倍も生きているご老体まで、実に幅広い年齢層を受け入れている。 祐一に声を掛けた少女たちも、まだ十にもならないような年頃だろう。 「おお、おまえらか。どうした」 「い、いや、先生こそ!」 「そうですよ、最近来なかったから」 「も、もしかしてまた学園に教えに来てくれるんですか?」 まくしたてる少女たちの勢いに少々引きながら、祐一はそうだよと答える。 「ほんとですか!?」 「やった!」 「それじゃみんなに教えてこないと! 先生、またー!」 少女たちは来た道を走って戻る。 「ろーかは走るなよー」 聞こえはしないだろうが、一応立場上言うだけは言う祐一。 「……さて、学長のとこに行くか」 やや呆れ顔で呟き、再び足を進めた。 「げえ……初日からきついことやらせてくれるよ、あの学長。女王様タイプだな……」 祐一はギルドからの帰り道、そんなことを呟く。 魔術の実技講師というのは、文字通り、命を掛けてやるような仕事だ。 技師には様々な職種がある。それが建築であったり、細工であったり、農であったり、食であったり、薬であったり、魔術だ。とくに魔術技師の重要度は、ほかのなによりも高い。 生命の半分以上が魔術により支えられている天蓋都市では、魔術技師なしに命を繋ぐことはできない。もちろん他の技師もそうではあるが、それは灯火の存在を前提としてのことだ。灯火の維持、鉱石の精製精錬他、その技師育成のために、国家は大金をつぎ込んでいる。 魔術は誰にでも使えるものであり、しかし使えないものでもある。正確に言うのならば、体内の魔術回路を再構築しなければ使おうにも使えない、というところだろう。魔術回路は誰しもが備えているものであり、それを自分で再構築・最適化し、ようやくと魔術の行使が可能になるのだ。この再構築は命の危険が伴うもので、魔力の暴走により周りを巻き込んでの自爆なども起こる可能性がある。そこで講師たちが自身の魔術回路を生徒のそれに繋いで再構築の補助を行うのだが、生徒側の回路制御に失敗すれば魔力の逆流によりえらいことになってしまうため、その賃金と待遇は破格のものとなっている。 祐一の受けた依頼内容は、その補助役と講義、及び実技監督、総合的な技術指導。それが講師の仕事ではあるが、通常は複数の講師により余裕をとって行うものなのだ。素晴らしくハードな内容となっている。どうも本格的な講師の人材不足により、緊急の依頼をギルドに出したらしい。 「あー、なんで講師を受けたはずの俺が、中庭に空いた穴埋めなんてしないと駄目なんだ? つーか誰だよ、炸裂系の魔術暴発させたアホは」 どこかで聞いたような話しだが、結局祐一が今日こなした仕事は、講師とは全く関係のないことだった。 「肉体的に超疲労……異形に襲われて、なんでそのあとこんなことやらないといかんのだ」 本来は手続きの関係で依頼書を持ち込んだその日に講師として働かせるということは無い。無いのだが、どういうわけかやらされている祐一。特別手当に迷いを見せたところが敗因であろうか。 「うぐ……腕が痛い……腰も痛い……」 へこへこと腰を曲げて帰宅の途につく。 祐一は誓う。肉体労働は今後受けないようにしよう、と。 痛む体を引きずってしばらく、『白い兎亭』が見えてくる。少しばかり奥まったところに位置するこの路地は、いつも人通りは少ない。祐一は店舗裏の勝手口から家の中に入り、誰もいない居間に向かって挨拶を投げる。 「ただいま、我が家」 「お帰りなさい、祐一さん」 「…………」 「…………」 「…………」 「……あの、反応してくれないとこっちが恥ずかしいんですけど」 「はあ、それじゃとりあえず。お久しぶりです、秋子さん」 「…………いえ、なんでここにいるのか、とか」 困り顔の女性、名前は水瀬秋子という。姓から推察できるが、名雪の身内である。 「ええと……どうしたんですか? 店の方は閉めちゃってるんですけど、飲みたいんでしたら出しますよ」 「…………あの、祐一さん、わざとですか?」 「はい?」 「……なんでもありません」 「はあ……」 祐一は要領を得ない秋子の問いに生返事。 秋子としては「鍵もないのにどうやって!?」と驚いて欲しかったのだが、祐一はそんな彼女のおちゃめ行為をすかしまくる。 「で、用件ですが、一緒にお食事でもと誘いに来たんですけど……お疲れのようなのでまた今度にしておきますね」 「あ、はい、すいません。今日はちょっといろいろありすぎたんで……また誘って下さい」 秋子は祐一の言葉に「それじゃ近いうちにでも」と返事をし、ぺこりと頭を下げて帰ってゆく。 「うむ……相変わらず謎なひとだ」 祐一は呟き、寝室へと足を向ける。 「今日は一日ご苦労様です、自分。……ご苦労様というか苦労そのものだし。あーもう、寝る。寝よう。寝て忘れよう、俺。明日からは店も休み、とりあえず寝溜めしとくか……」 ばふんとベッドにダイブする祐一。あ゛ー、とひとつ唸ると、よほど疲れていたのかそのまま眠りへと落ちてゆく。 相沢祐一。若いながらになかなか気苦労の多い人生を歩んでいるようであった。 |