「あー、死ぬかと思ったー……」 店舗兼自宅である『白い兎亭』のドアを開けながら祐一はひとり呟く。幸い飛龍の被害は外装とコードの断線だけという軽微なものであった。 応急処置でコードをつなぎ合わせ、騙し騙し運転しながらなんとか天蓋都市まで辿り着き、飛龍はそのまま工房へとんぼ返り。実に短い付き合いだった。次に出会うときは強化外殻装で覆われた飛龍改だろう。それとも飛龍弐式だろうか。 「修理費はたいして掛からないのはありがたいが、しばらく乗れないのは痛いなぁ……」 祐一は寒波の穏やかなここ数日の間に飛龍を使って荒稼ぎを目論んでいたのだ。結局妙な異形の出現で計画の破棄を余儀なくされたが、そこは新生相沢祐一、魔王のごとく真面目に働くことを決心した。 「さあてと、しばらく店閉めるし、準備でもしますかな」 早速ブッチ。 「実入りのいい仕事……はやっぱりギルド関係だよなぁ……」 さらさらと白紙に文字を書きながら祐一は考える。 この『白い兎亭』の収入というのは、さして多くない。しかし普通に生活していく分には十分事足りる利益は上げているし、経営者である祐一自身も、それに不満は全く感じていない。ただ、予定外の出費などによる赤字分を埋めるために、時々ギルドへと足を伸ばすわけだ。 「……直接行ってから探すか」 紙を片手に外へ向かい、ドアにぺたりと貼り付けた。 「準備完了。……さ、仕事探してこよ」 祐一はがしがしとあたまを掻きながら、ギルドへ向かい足を進める。 裏路地のような細い道を少し歩くと目抜き通りへと出る。ギルドは都市中央に位置する巨大な建物、そこで多種多様な業務を行っている。国民の生活はギルドで成り立っていると言ってもいいだろう。 目抜き通りは様々な商店・露店が立ち並び、常に活気に満ちている。祐一はそのどれにも立ち寄らず、さっさとギルドへと向かっていった。 大仰な門をくぐり、迷うことなく業務委託部門へと進む。 「よっ」 「あ、祐一〜」 受付にいたのは水瀬名雪。祐一の友人のひとりだ。半分眠りながら業務をこなす彼女はちょっとした名物でもある。 幸い現在は覚醒中だ。 「最近来ないから心配してたよ」 「そうか。それはすまん」 「まあ、いいよ。それで、今日はどうしたの? あっ、で、でーとしてくれる気になったの?」 「あほ。私用でここに来るか」 「……残念」 がっくりとうなだれる名雪嬢。 「えーと……それじゃどのようなご用件で?」 どんよりと曇った表情のまま営業スマイルを浮かべておざなりな対応の名雪。とりあえずそれは無視しつつ祐一は用件を告げる。 「手っ取り早く大金の手に入る依頼」 「わ、だめなひとの見本みたいな物言い。俗にまみれてるね、祐一っ」 ずばごっ 「いだっ。……う〜、ひどいよ、ゆういちぃ」 「どっちが。いやそうじゃなくさっさと依頼書よこせ」 「う〜……」 名雪は唸りつつもてきぱきと書類を分ける。 「とりあえず上から三つは、新薬の被験者かっこ事前に誓約書にこれは自己責任による投薬であ」 「ちょっとまて」 「え? まだひとつ目だよ?」 「……条件の再指定をする。どんなにきつくてもいいから短期間でうはうはな依頼」 「いまどきうはうはっていう表現はちょっとアレだと思うよ」 ずばごっ 「〜〜〜〜っ!」 「いいからさっさとしなさい」 「わ、わかったよ……」 ぶちぶちと文句を言いながらも、名雪は手際よく条件に合う依頼書をより分ける。いつものんびりとしている彼女ではあるが、やはりというべきか、それで当たり前と思うべきか、手付きと判断はなかなかにいい。 「え……と、とりあえず短期の依頼で高報酬のはこれくらいかな……」 そう言ってずらりと依頼書を祐一の前に並べる。 「ずいぶんとあるんだな」 「うん、それはまあ、結構あるよ。受けられるひとが限られてるものから、超重労働とか。あとは急ぎの依頼なんかは報酬良かったりするよ。って、祐一、何回もここに来てるんだからそれくらいは知ってるでしょ」 「いや……知らん。俺は本職が自営業だし、仲介でもそれほど特殊なもの捌いてないし」 ぺらぺらと依頼書の束をめくりながら答える祐一。 「そうだっけ」 「そうだよ。っと、これでいいかな」 「あ、学園の講師? そういえば祐一、時々教えてたよね」 「まあ時々。資格もあることだし、なんだか緊急募集とか書いてあるからなぁ。期間も1週間ちょっとだから丁度いい」 「ふうん……、んと、内容は魔術科実技講師、これ受ける?」 「承諾」 「了承、と。気を付けてね、実技講師って結構あぶないから」 「だから高報酬なんだろ。わかってる」 「はい、依頼書。このあとすぐ学園の方に向かってね」 名雪はどでかい判子を押した依頼書を渡す。朱色のインクで丸に了承。……なかなか洒落の効いている判子である。作成者は言わずもがなであろうか。 祐一は依頼書をひらひらと振りながら名雪のいる受付をあとにする。 「が〜んば〜ってね〜」 マイナス方向に頑張れるような名雪の声に、祐一は深く深ーくため息を吐く。 |