業魔王と名乗る異形は白雪を散らしながら祐一に向かって跳ぶ。闇よりもなお濃い暗黒の翼を広げ、煌々と瞬く深紅の瞳で祐一を睨み、強靱な凶爪を突き出す。
 祐一は逆手に持ったディフェンサーを横凪に払う。その背に刻まれた幾つもの刃受けで異形の爪をからめ、へし折る。
 ディフェンサーは守るための武器だ。刃は厚く、肘から手首ほどの長さを持ち、背にはぎざぎざとした刃受けを持っている。その効力を十分に発揮し、祐一は相手の武器のひとつである爪を奪うことができた。そして爪を失った腕へとディフェンサーを振り下ろす。
 ――ぎぃん!
 祐一の斬撃は異形の纏う装甲を割り、骨にまで達する深い傷を与えた。分厚い刃は多少のことではびくともしない。十分な力を乗せれば、鉄すらも紙くずのように切り裂く。
 どぶ、と紅い血が溢れ出す。
『――見事なものよ。手負いとはいえ、魔王の名を預かるこの身を、こうも易々と……』
「げえ……魔王かよ。万全だったらぜってー俺死んでるぞ」
『ふ……闇の恵みに感謝するがいい』
「……ああ」
 異形は祐一の返事を聞いて仰向けに倒れる。純白の雪は鮮血に染まり、禍々しく闇に映える。
『にんげんよ……礼を言う。つわものとの戦いの中でたましいを還すことができる……』
「おまえが襲ってきただけだ、ばかもの」
『それでもだ。守護聖霊などに敗れたとあっては、輪廻へ還る事もできぬからな……』
 ――守護聖霊?
 祐一は聞き慣れない言葉に疑問を覚える。
『では……我が死を以て、継承の儀、了とす』
「継承? なんだそれ」
『魔王を討ち滅ぼし者、魔王の名を継ぐ。それが我らのさだめだ……』
「あ゛? 俺は魔族じゃねえぞ! っておい!」
『にんげんに我が名を預けるのもまた一興……。これからは業魔王を名乗るがいい、我らの一族も場合によっては手を貸してくれるやもしれん』
「んなもんいらねー!!」
『生きていれば、またどこかで逢う事もあるだろう。そのときは、にんげんとして、再会してみたいものだ。――叶わぬねがいだろうが、な』
「いやおまえ死ぬし。もう会うこともねえよ。叶わねえよ」
『業魔王の名と我がたましいに、闇の加護を――』
 その言葉を最期に、異形はまぶたを閉じる。
 同時に祐一は胸に違和感を覚えた。
「……なんだ?」
 ばしゅうん!!
「熱ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 まるで焼きごてでも押されたかのような灼熱感。
 祐一は上着を全てはぎ取り、寒さも無視して雪の上に転がった。
「あちい! あっちい!! 死ぬ!! 死ねる!!」
 全身雪まみれ。それでも熱は引かず、いまだ燻り続けている。祐一は、あんちくしょうなんちゅう置き土産を、と心の内でぼやく。
 どれほどの時間雪に胸を押し当てていたか、酒と戦闘の興奮による火照りも冷め、胸の痛みもなんとか収まってきたようだ。からだを起こして自分の胸を見てみると、そこには異形の翼をかたどった闇色の痣が浮き上がっていた。
 『継承の儀』などという得体の知れないものを受けたのだ、どこか異常はないか自己診断するが、特に変わりは見られない。もしや呪いかと祐一は思ったが、それらしいものもない。唯一変わったのは胸の痣だけだ。
「まさか……ほんとに魔名の継承だけか……」
 魔名とは魔族の持つその個体の別称のようなものだ。つまり祐一はひとでありながら魔名を持つ変わり種となったわけだが、その存在はあくまでひとだ。
「せっかくなんだから魔力を受け継ぐとか魔王的なパワーを身につけるとか自分でも気付かなかった潜在能力に覚醒しろって話だよ……」
 簡単な話、名前を貰っただけだった。
 それだけのために悶え転がったのだから、どこにもぶつけようのない怒りがふつふつと沸いてくる。ふふ、と昏い微笑みを浮かべ、祐一は脱ぎ散らかした服を再び身に付ける。それは雪に晒されてとてもとても大変なことになっていたのだが、当の本人は全く気にしていない。
 祐一はスキットルの中身を一気にあおり、やけくそ気味にその場をあとにした。紅く染め上げられた雪のしとねに横たわる、かつては魔王だったものに目もくれず。
 それよりなにより、ここから帰ることができるのか、そのことの方が祐一にとっては問題である。いやな火花を散らせてたたずむ飛龍を見ながら、少しくらい酒残しといたほうがよかったかも、などと考えていた。





前話の「ヤー」は長さの単位ということで。
1ヤーは1メートル。地球の大きさは測れないのでメートル法は使えぬ。
メートル法使えないのになんで1ヤーが1メートルと同じなのかとか突っ込まないように。

あー、さてさて。ここでちと問題が。
魔王さまよりお名前継承致したわけですが、それによって祐一を女性化するかしないか迷ってます。
いやどっちにしろ話しの流れに影響はないんですけど。からだがちと変わるだけですし。
もしよければご意見お聞かせくださいませ。
性転換はアリなのか? ナシなのか?
男の方が萌えるのか、女の方が萌えるのか、ふた○りの方が萌えるのか(!)、ふたばくんチェンジの方が萌えるのか(!?)

現在もアンケート収集中。最新話のフォームよりどうぞです。