微妙な空気の流れる中、香里は塩の効いた揚げ芋を肴に、ちびちびと舐めるように酒を飲む。自分で言っておいて恥ずかしかったのか、それからは口数も少なく、やけに大人しくグラスを口に付けていた。普段の香里であれば、酒が進むほどに饒舌になり、恥ずかしげもなく祐一にまとわりついてはくだを巻き、それから徐々に静かになって爆睡、という展開だ。
 ちらちらと横目で祐一を眺めては頬を染め、ひとりで悦に浸る。いつもは閉店時間を過ぎても客がいるため、こうして祐一とふたりきりという状況にありつけることはほとんどない。
「あ〜、なんかすごい幸せかもしれない、あたし……」
 祐一に聞こえない声で小さく呟やき、カウンターにくてっとしなだれる。
「……寝るならベッドに運んでやるぞ」
 香里は少し考えた後、
「……ん」
 突っ伏したままこくりと頷く。
 たまには浅い酔いのまま過ごすのもいいかもしれない、と香里は回転の鈍いあたまで考え、にへらと下心にまみれた微笑みを浮かべる。……実際は既に酔いは深く、脳をやられているかもしれないが。
 祐一は布巾で濡れた手をぬぐい、カウンターテーブルをぐるりとまわって香里の隣に座る。
「大丈夫か?」
「……ん」
 頷き、両腕の中に顔を埋める。
「だっことおんぶ、どっちがいい?」
 祐一の言葉を理解した瞬間、元々赤かった頬がさらに赤みを増す。
「そっ! そんな、の……言えるわけないでしょ……」
 尻すぼみに小さくなっていく香里の声に、くすくすと祐一は声を漏らす。香里は、運ぶといっても肩を貸すくらいだろうと思っていたため、不意打ち過ぎるその提案に、自分でもいやになるほど赤くなってくるのを自覚していた。
「ほれ、おぶってやるからさっさとしろ」
「わ、わかってるわよ……」
 香里の座っている椅子の側で片膝をつき、両手をちょいちょいと動かす。のろのろとした動作で椅子から離れ、香里は友人の背中に視線を注ぐ。
 いつもは頼りなくへらへらしている少年。けれど側にいるとこころを落ち着かせてくれるような、どこかひとを安心させてくれる雰囲気を持っている。香里は、祐一と顔を合わせるたび、少しずつ惹かれていく自分に気付いていた。
 香里は遠慮がちに祐一の背に乗り、腕を首に絡める。
「しっかりつかまってろよ」
「え、ええ……」
 意外に広く、あたたかい背中に、香里は鼓動が早まるのを感じる。緊張をさとられないよう自然に腕に力を込めてしがみつく。祐一の首もとに顔を埋める形になり、男性にしては薄い体臭に、香里はあたまに痺れるような心地よさを覚えた。
 酔いとは別の陶酔感にくらくらとしながら、香里は深く息を吸う。妹のように、ひとの体臭にフェティシズムを感じるような嗜好は持っていなかったが、これならば浸ってしまうのもわかるような気がした。
「相沢くん……」
「ん?」
「もしかして、いつもこうして、運んでくれてたの……?」
 だとしたら勿体ないことをしたものだ、と香里は自分の酒癖に少しばかり後悔する。
「大体はな」
「……そう。ありがと……」
 これからは酒の量を抑えようと誓う香里。
 カウンター脇にあるドアをくぐると、そこは広めの居間となっている。すぐ側の下り階段をゆっくりとした足取りで降りて、寝室へと向かう。
「よ、と……」
 ベッドに香里を降ろして息を吐く。
「あいざわくん……」
「ん……」
「一緒に、寝ない……?」
「残念ながら、明日の仕込みがるんでな。嬉しいお誘いだが遠慮しとくよ」
 酔っぱらいの戯れ言は流すに限る、と祐一は香里の上着を脱がせながら答えた。薄布に包まれた肢体になんの感銘を受けるわけでもなく、淡々と作業をこなすように服を脱がせてゆく祐一。シャツの上三つのボタンをぷちぷちと外すと、豊かな双丘の谷間が現れる。標準以上のそれは、白く繊細な陶磁器のように美しく、祐一が手を動かすたびにふるふると柔らかく揺れる。
「下はどうする?」
 ここに至って香里はようやくいまの状況を把握した。憎からず想っている男性に、為すがままに服を脱がされている。羞恥に肌を薄く染めるが、しかしそれに嫌悪感を覚えているわけではなかった。
「……おねがい」
 まぁこれもついでだ、と香里は紅く火照る頬を両手で挟みながら答える。
「はいはい」
 ごついベルトを抜き取り、上着と一緒にベッド横のテーブルに置く。祐一の手が下半身を包む布に触れるたび、下腹部が熱を持ったように疼いて仕方がなかった。ズボンのボタンが全て外され、さあいよいよかと期待に胸をふくらませていると、ふわりと全身が柔らかな布に覆われた。
「朝飯は作るから、ちゃんと起きてこいよ」
「…………あ、うん」
「じゃ、お休み、香里」
「…………おやすみ」
 えー、そんなー。香里はこころの中でがっくりと膝をつく。わかってはいたが、やはり期待していなかったかとなれば嘘になる。
 自分にはそれほどの魅力がないのだろうかと思い悩む。同じ年頃の少女たちに比べて、十分に発育していると香里自身思っている。それともまさか、このからだに興味の沸かない、特殊なご趣味でもお持ちなのだろうか。
 いやな想像にうんうんと唸る香里。
「それにしても……」
 はあ、と深くため息を吐く。
「こんなになったら、寝れないじゃない……どうしてくれるのよ……」
 香里になにが起きているのか謎ではあるが、薄いブランケットのなかでもぞもぞと落ち着きなく動く彼女が眠りに就いたのは、それから1時間後のことであった。





謎なのです。謎なのですよ?