「前から気になってたんだけど、相沢くん、時々この店長く空けるわよね。なにしてるわけ?」
「なにって……外に鉱石集めに行ってるんだよ」
「鉱石集めぇ? なんでまた……」
「いや、結構金になるし。それに材料としても使えるからさ」
「材料って……なんの材料?」
「魔導機。いま作ってもらってるのは超低空浮遊型高速艇」
「魔導機はわかるけど……その、超低空なんたらってなに?」
「んー……簡単に言うと、これくらいの大きさで」
 と言いつつ両手を広げる祐一。
「それに鞍を置いて跨って乗るんだ。で、それが地面すれすれを移動するわけ」
「はあ、それはまた便利なモノねぇ……。でも便利は便利だけど、そんな乗り物なにに使うの? ここじゃ使い道なさそうなんだけど」
 天蓋都市は巨大な建築物ではあるが、土地の規模としてはさほど大きくもない。移動にはひとの足さえあれば事足りてしまう。目抜き通りの端から端までは走れば1時間というところだ。加えて人口も少なくはない。常に人通りのある道には向かない乗り物だろう。
 だから香里には祐一のしていることが不思議だった。
「いや、使い道はいろいろあるぞ。鉱石集めるのも楽になるし。……まぁ、やりたいことがあるから、そのために使う、かな?」
「なによ、それ。わけわかんないわね……。ま、別に相沢くんがなにしようが、あたしには関係ないけどー」
 くっとグラスを傾け、一口含む。
 いま香里の飲んでいる酒は軽くはない種類に入るものだ。まるで清水のように澄んだ酒で、舌先にぴりぴりとくる辛さと独特の芳香がある。香里曰く、『これくらいじゃないと飲んでる気しないのよね』とのこと。
 子供も酒を飲むとは言っても、年齢により度数の制限はある。香里の年頃では、酒ともいえないような弱いものしか飲めないのだが、彼女も祐一もそんなことは気にも留めていない。
「あ〜……きもち〜……」
 あたまがふわふわと揺れるような気持ちよさに、香里はくすりと笑う。
「やっぱり飲むならここじゃないとダメねぇ……。他じゃ出してくれないもの、こんな強いお酒」
「そりゃまぁ、一応規則ってもんがあるわけだし」
「一応、ね。この店じゃ守ってないみたいだけど?」
「いいんだよ、バレなきゃ」
「……相沢君、あれね、『規則は破るためにあるんだ!』とか言うタイプよね」
 黙秘。
「ま、そのおかげであたしはこうしてお酒飲めるんだからいいんだけどねー」
 香里はこんこんとカウンターテーブルを叩き、酒のつまみを催促する。まだ飲む気のようだ。
「それにしてもよく飲むよな、香里って。見てるだけでこっちが酔いそうなくらい」
 祐一は小鉢の揚げ芋に塩をふりながら言う。
 香里にしてみればほろ酔いを少し超えたあたりだが、その量は祐一にとって致死量ともいえる程だった。
「いいでしょ。……好きなんだから」
 もごもごと口ごもる香里。
「そりゃ、俺も好きだけどさ」
 しかし好きだからといってそれほどまでに飲めるだろうか、と考える祐一。
「……え?」
「ん? あ、つまみか。ほれ」
 なにを勘違いしたか、香里は火照りとは違う頬の赤みを隠すように祐一から顔をそらす。
「あ、ありがと」
 香里はぎこちなく答え、二股の串で芋をつつく。違うとはわかっているが、祐一の言葉は一部分だけ都合よく切り取られて香里の脳内に保存され、エンドレスでリフレイン。
「それで最後にしとけよ? さすがに飲みすぎだろ」
「うるさいわね……。まぁだ大丈夫よ」
「そんなこと言って、前も潰れてうちに泊まってっただろ」
「あら、それならなおのこと安心じゃない。飲み過ぎても介抱してくれるあてがあるわけだしー」
 呆れたようにため息を吐く祐一。
 美坂香里という少女、時折前後不覚に陥るほどべろんべろんになるまで飲むときがある。そのままなし崩し的に店舗兼自宅の地下寝室に転がり込むのだが、翌日、香里の妹である栞に射殺されんばかりの凄まじい眼差しに祐一は冷や汗を垂らしている。香里もそれをわかっていて泊まっていくのだから根性が悪い。
「はぁ……。なんで自分の家があるのに泊まっていくかね、香里は……」
「別に、いいでしょ。迷惑かけてないんだから…………と思う」
「そりゃ大したことしてないけどさ、寝てるだけだし」
「寝てるだけよ……寝るために来てるようなもんなの」
 はあ、と香里は深いため息を吐く。
「うちの両親、まだまだ若いのよね」
「ああ、若いな、あのふたりは」
「若いのよ」
「……で?」
「……若いわけよ」
「…………」
「…………まぁ、そういうわけで」
「……とりあえず、なにがそういうわけなのかは、突っ込まないでおく」
「……ありがと、相沢君」





進まない。進まないっていうか短いから進めようがない。