静かな寝息を立てている天野を起こさないよう、そっとソファに寝かせる。
 天野の寝顔は穏やかで、見ているこっちまで気持ちが安らぐ。
 ふにふにと頬をつつけば、可愛く反応する。
「こうやってみると、天野も結構可愛いんだな……」
 俺は体を伸ばし、一息ついてリビングを見渡す。
 さっきまで起きていたはずの秋子さんと香里が、寝ていた。
 ……ララバイ、効いちゃいましたか。
 あぁ、ちょっと待ってくれ。
「……ここ、俺ひとりで片づけるのか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風
     〜お誕生日は無礼講でGO〜

番外ノ八
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 各種酒瓶食器の回収ゴミの片づけ洗い物 etc etc...
 結局全て終わらせるのに2時間かかった。
 ……時刻は深夜も深夜。
「いい加減眠い……」
 しかし、最後の仕上げが残っていたりする。
 ……リビングで爆睡中の婦女子のお片づけ。
「何人運ぶんだよ……」
 俺がベッドで眠りに就いたのは、空が白みはじめた頃だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『朝〜、朝だよ〜』
 
 …………
 
『朝ご飯食べて学校行くよ〜』
「休みっしょ……」
『朝〜、朝だよ〜』
 
 ばし
 
 もぞもぞと布団の中で身じろぎ、顔を出して時計を見る。
 ……寝た気がしないのは、気のせいじゃないらしい。
「はやっ、てか、そのままセットしてたのか……」
 まだ頭がぼ〜っとしているが、このまま寝たら夕方まで起きそうになさそうだ。
「……寝足りないけど、起きよ……」
 布団を剥ぎ、ふらふらと立ち上がる。
「寝巻き脱いで〜着替えて〜、あ、昨日風呂入ってないよ〜」
 下着も昨日のままだし。
 ……シャワーだけでも浴びてこよ。
 とりあえず寝巻きのまま、替えの下着を持って1階へ降りる。
「……おはようございます、祐一さん」
「…………おはようございます」
 秋子さんが苦痛に歪んだ声で挨拶をする。
「二日酔い、ですか……?」
「……です」
 寝てていいのに。
「朝ご飯食べますか?」
「……自分でなんとかしますから、秋子さんはリビングでだれてていいですよ」
「……すいません」
 秋子さんは右手でこめかみ辺りを押さえながら、ゆっくりとした足取りでリビングへ向かう。
 こっちはこっちでまだ覚めきっていない体を風呂場へと運ぶ。
 ……眠いねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 寝ぼけた頭は信用しない方が賢明です。
 シャワーのコックをひねったら、もろ冷水直撃。
 ……一気に目が覚めました。
「でも、スッキリしたからよしとしますか……」
 バスタオルで頭をこしこしと拭きながら呟く。
 湿ったバスタオルをカゴに放り込み、風呂場をあとにする。
「あ、おはよ」
「……爽やかね、相沢君」
 香里が不景気な顔で廊下を歩いている。
「香里も二日酔いか?」
「……そうよ」
「大変だな」
「……大変よ」
「風邪ひかなかったか?」
「……風邪? ……別に、なんともないけど」
「そりゃよかった。いくら春っつっても裸で寝りゃ風邪ひくからな、気を付けろよ」
 そう言って香里の横をすり抜けて台所へ向かう。なにやら後ろがうるさかった。
 
 昨日の残り物を適当に腹に収めて朝食代わりにする。
 時計を見ればもう10時になろうという時間だ。
「……秋子さん、大丈夫ですか?」
「…………大丈夫、です」
 秋子さんはソファの背もたれにぐったりと寄り掛かっている。
 俺は台所に戻り、水を持って再びリビングへ。
「はい、秋子さん。水です」
「……ありがとうございます」
「とりあえず、まだみんな起きてないし、横になっててください」
「……はい」
 そっと秋子さんの体を倒し、ソファに寝させる。
「他のやつの様子も見てくるか」
 そう呟いて俺は2階へ上がって行く。
「え〜と、名雪の部屋は栞と天野か」
 一応軽くノックをしてドアを開ける。
 隙間から覗くと、床に敷いた布団に天野と栞が寝ているのが見える。
 名雪は言わずもがな、というやつ。
 ……しかし。
 床のふたり組はお互いを抱き合うように寝ている。
 ちょいエロい。
 栞は天野の首筋に顔を埋めるようにして抱き付いているので、残念ながら寝顔を拝むことは出来ない。
 時々くんくんと鼻をひくつかせる音と、ぺろぺろと何かを舐めるような音が聞こえる。
 その度に天野は艶っぽい声で喘いでいる。
 …………くそ、ビデオカメラがないことが悔やまれる。
 後ろ髪を引かれる思いで名雪の部屋をあとにした。
「次は真琴の部屋か……あゆと舞と佐祐理さんか」
 こちらも先程と同じようにして部屋の中を覗く。
「…………」
 
 ぱたん
 
 …………
 
 なんで、服、着てないのかな?
 俺は頭を抱えながら階段を下りていった。
 でもいいもん見してもらったな〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 12時を回った頃になってようやくみんなが起きてきた。
「おはよ」
「……ん」
「ん、じゃなくて挨拶しろよ、舞」
「……おはよ、祐一」
「おはようございます、祐一さん」
「うん、おはよう、佐祐理さん」
 と、舞が俺の方をじっと睨んでくる。
 ……昨日のこと、覚えてるよな。
「祐一」
「な、なんだ?」
 思わず身構える。
「……なんで、あそこで寝てるのか、覚えてない」
「あ、あぁ、みんな途中で寝たから、俺が運んだんだ」
 よかった……覚えてないか。
「服、着てなかった…………祐一」
「あはは〜、これはもう責任取って貰うしかないですよ〜」
「いや、ちょっと待ってくれっ、俺じゃないぞ、それはっ」
「……じゃ、誰?」
「自分で脱いだんだろ。俺が見た時はもう着てなかったぞ」
「…………ゆういち」
「あはは……祐一さんってば……」
 …………あ、墓穴。
「あ、あ、ちょ、ちょっと待て。見てない、見てないぞ?」
「……ホント?」
「あぁ……本当だ」
「なら、信じる」
 汚れのない、純真無垢な表情でそう言う。
 うぐっ……良心の呵責が……
「残念です……」
 佐祐理さんは本当に残念そうに呟く。
「そ、それよりも、他のみんなは?」
「あ、もうそろそろ来るんじゃないですか?」
 佐祐理さんの言った通り、ぞろぞろと下りてくる。
「おはようございます、祐一さん」
「おはよ、祐一っ」
「うぐ……眠いよ……」
「おはようございます、相沢さん」
「おはよ〜祐一」
 一気にリビングが騒がしくなってくる。
「あぁ、おはよ」
「お昼、食べますか?」
 台所から顔を出した秋子さんがみんなに尋ねる。
 返事は一様にイエスだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大きな窓から差し込む 春の日差し
 ぽかぽかと 柔らかな暖かさがあたりを包む
 ただそれだけで なんだか優しい気持ちになれる
 目を細めれば そこにはいつもの笑顔が溢れている
 あぁ……これも しあわせか
 ひらりと さくらの花びらがいちまい
 手を広げると音もなくそこに収まる
 そう そんな時期だったっけ
 ふと 窓の外を見れば
 うん……きれいだ
 それはまるで桃色の雪のように
 ゆらゆらと ゆらゆらと
 たゆたう心のように
 ゆらゆらと ゆらゆらと
 だれかが言う
 いいよね こういうの
 うん すごく いいよね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「というわけで、お花見行きましょう、祐一さん」
「お花見……お団子……花見酒」
 酒はやめろ。
 
 
 
 
 
 

 
あとがき
 
「お花見も無礼講でGO」へ続く
……嘘です
でも、はじめはお花見の話もあったんですけどね……
まぁ、とりあえず番外編・お誕生日は終了
番外編はそのうちまたあるかもしれません
おたのしみに(……する人もあまりいないか)

 

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