「舞、お茶」 
「……佐祐理、祐一にお茶」 
「お前に頼んだの」 
「……佐祐理」 
「あはは〜」 
 俺はいつもの如く佐祐理さんと舞と遊びつつ昼食をとっていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風 
     〜わたしに捧げる鎮魂歌〜 

七章 - sisters invasion - 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 舞をちょっとからかってみようと、こんな事を言ってみる。 
「……舞は俺のお願いは聞いてくれないのか……」 
 悲しそうに俯き、暗い雰囲気を作り出す。 
 すると舞は表情にこそ出さないが慌てるように言い繕う。 
「……そそそんなこと……ない。わ、私は……祐一が望むなら……」 
「……舞……」 
 愛い奴じゃ。 
「はい、お茶ですよ〜」 
 
 ずいっ 
 
 俺と舞を遮る佐祐理さん。 
「……佐祐理」 
 不満を音にしたような舞の声。 
「ん〜? なんですか〜?」 
「…………」 
 無言で佐祐理さんを睨む舞。 
 それをにこにこと受け流す佐祐理さん。 
「……じゃ、ごちそうさまでした。俺は戻りますね」 
「…………」 
「…………」 
 なんか火花散ってそうだ…… 
 飛び火しないうちに退散しよう。 
 俺はさっさと教室へ戻っていった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 がら 
「今帰ったぞ、香里」 
「……今回はどういうシチュエーションよ……」 
「……定時に帰ってきた主人と、それを待つ貞淑な妻?」 
「祐一、貞淑ってなに?」 
 知っとけ、名雪よ…… 
「操がかたくて、しとやかな女性のことだ」 
「え〜、香里が〜?」 
 
 ご 
 
「だおっ」 
 ……自爆だな、名雪。 
「知らないのか? 香里のような女性を"貞淑な"と言うのだよ、名雪」 
「あ、相沢君……」 
 香里は赤らめた頬に手を当て、もじもじっとする。 
 うむ、おまえも愛い奴じゃ。 
「……相沢、貴様……美坂に色目使ってんじゃねぇ……」 
 北川が恨みがましい声で言う。 
「色目を使う? それは異な事を言う。事実だ。なぁ、香里」 
「じ、事実だなんて……」 
「それを色目使ってるって言うんだ……」 
「……ならどう言えと」 
「言うな」 
「…………ばか?」 
「だれがだっ」 
「おまえだ、きっちゃん」 
「きっちゃん言うなっ」 
「北川君、うるさい」 
「……くっ……美坂までもが相沢の毒牙に……」 
「失礼な」 
「そうよ。相沢君は毒なんて持ってないわ。……いえ、ある意味では持ってるのかしら?」 
「……そうか、ならばその毒で香里を俺の虜にしてみようか?」 
 くいっと香里の腰を引き寄せ、囁くように耳元に唇を近づける。 
「あ〜〜、ゆ〜いち〜〜」 
「美坂〜〜だまされるな〜〜」 
 外野、うるさい。 
「……その必要は、ない、かもね……」 
 香里はそう言い、俺の胸にしなだれかかってくる。 
 教室のあちこちからおおっと言う声が聞こえた。 
「そうか、ならば虜の証にその柔肌に俺の印を付けてやろう」 
「ええ……」 
 そっと、香里のなめらかな首筋へと唇を運ぶ。 
「ゆういちだめ〜〜〜」 
「いかんぞ美坂〜〜〜」 
 周りの歓声は更に大きくなってきた。 
「さぁ、いざ我が――」 
 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん 
「と、冗談はここまでにして」 
「授業の用意でもしましょうか」 
 
 がしゃ 
 
『なんじゃそりゃ〜〜』 
 
 教室中が一斉にこけ、ハモる。 
 ……器用な…… 
「……なにって……なぁ?」 
「そうね……暇つぶしかしら?」 
「……おまえら、マジでなにやってんだよ……」 
 暇つぶしだろ? 
「じゃ、じゃぁ祐一と香里は本気じゃないんだね?」 
「ふむ、それはどうだろう」 
「あら、私は結構本気よ?」 
「か、香里っ?」 
「……そうか、なら先ほどの続きを――」 
 
 がら 
 
「と言うわけにもいかなくなったな」 
 先生が来て午後の授業の始まり。 
 まぁ、冗談はここまでにしておこう。 
「……残念」 
「そうか? なら放課後にでもするか?」 
 なにをだ、なにを。 
 と、自分に突っ込んでみたり。 
「……それもいい――」 
「絶対だめだお〜〜」 
「絶対やらせんっ」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 なんなんだ、こいつら。 
「冗談に決まってるだろ……」 
 それくらい分かってくれ…… 
「……冗談、なの……?」 
「香里も、マジでそんな顔すんなっての」 
「……まぁ、冗談もこのあたりでやめておきましょう。先生も来たし」 
「コントはその辺にして席に着けよ〜」 
 先生の声とともに俺たちを囲うように出来ていた人垣も散り、授業が開始された。 
 
 ……コントか…… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、授業というのはなんでこんなにも退屈なんだろうな…… 
 教科書に書いてあることを言い、適当に黒板へ文字を羅列させる。 
 ……無意味。 
 
 ふぁ……ねむ…… 
 
 窓際の席はよく日が当たる。 
 それがぽかぽかとした春の日差しとなると、猛烈に眠気を誘う。 
 相沢祐一の対睡眠レベルは5くらい。 
 春の日差しの睡眠レベルは10くらい。 
 抗えるはずもない。 
 因みに名雪の対睡眠レベルは0。 
 というか、むしろマイナス? 
 名雪はすでに夢の中。 
 イチゴ……えへ……とか言っている。 
 ……つか、俺も、もうだめ。 
 ゆっくりと、視界が歪むように暗くなっていく…… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………」 
 なにか、聞こえる。 
「……くん」 
 ……俺か? 
「相沢君」 
「……なに……」 
 香里が俺を呼んでいたようだった。 
 ……なんかすげぇ寝た気分。 
「……放課後よ」 
「なにぃっ!?」 
 マジでか…… 
「寝過ぎよ、相沢君……」 
「起こしてくれればよかったのに」 
「なんかね、幸せそうに寝てるのを起こすのも気が引けるのよ」 
「……そういうもんか」 
「そういうものなの」 
 ……さいですか。 
「名雪は?」 
「部活があるとかで後輩に引きずられていったわ」 
「……自分で起きて行った訳じゃないんだな……」 
「"あの"名雪よ?」 
「まぁ、"あの"名雪だしな」 
 どこからか、酷いこと言ってない? と聞こえた気もするが、空耳だろう。 
「……帰るか」 
「そ。じゃ、さようなら」 
「あぁ、また明日な」 
「……明日は休みよ」 
「……え、マジで?」 
「マジで」 
「……なんで?」 
「祝日」 
「……そうか。知らなかった。明日は休みねぇ……」 
「なにか予定でもあるの?」 
「いや、休みってことも知らなかったのに予定もなにも無いだろ」 
「……それもそうね」 
「……まぁ、いいや。明日のことは明日考えよ。んじゃ」 
 香里はぱたぱたと手を振って答える。 
「んじゃ、みんなも」 
 残っているクラスメートに挨拶をして教室を出る。 
 からからと、静かな廊下に戸を閉める音が響く。 
 ……ひとがいないって…… 
 本当に随分と寝ていたようだ。 
 日も傾き始め、空が鮮やかに染まっている。 
「うむ、夕焼けがきれいじゃ」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ……帰ろ…… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 コツコツと足音を鳴らし、昇降口へと進みながら考える。 
 明日は休みらしい。 
 俺は特に用事も無し。 
 ……祐璃で遊びに行くかな…… 
 そういえば、休み中に買った服も着てないし…… 
 うむ、明日はそうしよう。 
「……過ぎた」 
 考えている内に昇降口に着いてしまっていた。 
 
 靴を履き替え、トントンとつま先で地面を蹴る。 
「さて、帰りますか」 
 こきっと首を鳴らして、歩き出す。 
 
 がつ 
 
 ごっ 
 
「……ってぇ……」 
 思いっきり躓いて昇降口のドアに頭をぶつけた。 
 じんじんと痛みが広がってくる。 
 痛いぞ。 
 かなり。 
 てか、なんで躓くんだ。 
 足下を見るとなにもない。 
「……俺はうぐぅみたいな天然どじっ娘じゃないはずだ……」 
 
 うぐぅ 
 
 
 
  
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
「気にしないことにしよう。前を向いて生きよう、俺」 
 あれと同じだと考えると際限なく沈んでいきそうだ。 
 不沈材はポジティブシンキング。 
 前向きに前向きに。 
「自己暗示完了」 
 さ、帰ろ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「到着」 
 特に何事もなく水瀬家へ帰ってこられた。 
 やっぱりうぐぅとは違うのだよ。 
 ……なんて考えてないで入るか…… 
 
 がちゃ 
 
「ただいまかえりました」 
 台所からぱたぱたと足音がし、秋子さんが現れる。 
「はい、おかえりなさい」 
 うむ、なんと言いますか、こう、新婚さん? みたいなノリです。 
「……わざわざ来なくてもいいんですが」 
「あら、なんかこういうの、新婚さんって感じしませんか?」 
 ……分かっていてやってたんですか…… 
「しますけど、色々問題ありそうな新婚さんですね……」 
「……まぁ、色々問題ありですね……」 
 法的にも、生物学的にも。 
 
 ごそごそと靴を脱ぎ、家へ上がる。 
「ゆういち〜」 
 がばっ 
「うわ、なに? あ、真琴かよ」 
「真琴かよ、じゃないわよっ」 
「な〜んだ、マコピーか……」 
「思いっきり肩落として言い直すなっ。それにマコピーでもないっ」 
「ならどう言えってんだ」 
「ふつーに言えばいいのっ」 
「真琴……今日はいつになく可愛いね……」 
「ななななななにをっ、なにを言ってるのよっ」 
 ぶわっ、と音が聞こえそうな勢いで顔を赤くする。 
 あはは、おもしれ。 
「で、何か用事があったんじゃないのか?」 
「……うん、今日は美汐の家にお泊まり……」 
 まだ顔を赤くしたままぽそぽそと喋る。 
「ほう、そうか」 
「……うん」 
「百合も程々にな」 
「……百合? なにそれ?」 
 知らないのか…… 
「……天野にでも聞け。物知りだから、大抵のことは知ってるだろ」 
 その後の責任は取れんがな。 
 実地教習です、とか言って…… 
「うん、そうする。じゃ、いってきま〜す」 
「おう、いってこい」 
「いってらっしゃい、真琴」 
 
 ばたん 
 
「……百合ですか?」 
「あのふたりは傍から見ればそう見えます」 
「祐一さんもひとのことは言えませんけどね」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうでした…… 
「やっぱり……男よりは女の子の方が……」 
 絶対いい。 
「柔らかいし、いい匂いもするし――って、はっ!?」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ……なにを口走っているんだ…… 
「あらあら、祐一さんも男の子ですねぇ」 
「……色々突っ込みたいことはありますが、それは置いといて」 
「まぁ、突っ込むだなんて」 
「秋子さんっ」 
「冗談ですよ」 
「下品です……」 
 今日の秋子さんはちょっと変だ…… 
「……名雪はまだ帰ってませんか?」 
「えぇ。部活かしら?」 
「そう言ってました。まだ終わってなかったみたいですね」 
「……でしたら、夕食はもう少し先ですね。先にお風呂でもいかがです?」 
 う〜ん、たまにはいいかも。 
「そうします。もう沸いてたりしますか?」 
「勿論です」 
 なぜ勿論なのかはさておき、用意がいいですね、秋子さん。 
「お背中お流ししましょうか?」 
「結構ですっ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 浴室の扉を開くと、湿気の多い空気が脱衣所に流れてくる。 
 ぱたんと扉を閉め、浴槽をかき回して湯加減をみる。 
 ちゃぷ 
 ……うん、丁度よし。 
「まずは体を洗いませう」 
 シャワーをさっと体にかけ、スポンジにボディーソープをこすこすと押し出す。 
 手で揉み、程良く泡がたったところで、腕から胸、首、腹、脚とぐしぐし擦っていく。 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 それにしても…… 
「胸ねぇ〜」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ……言葉にすると更にへこむ…… 
 胸とおぼしきところを撫でてみるが、う〜んなんとなくあるよね? 位しかない。 
 こう、舞とか佐祐理さんとかみたいに、とは言わないけど、もう少しくらい、ねぇ? 
 揉んでも擬音がふにふにとかむにゅ、じゃなくて、うにうにって感じ。 
「……まぁ、こればかりはどうにもなんないな……」 
 シャワーをざぁっと頭から浴びる。 
 続いてシャンプー。 
 こすこすと手にシャンプーを出して、揉んで手の平にのばす。 
 一回かるく洗い、シャワーで流してもう一度つける。 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 ぐしぐし 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ……目を瞑って頭を洗うと、後ろが気になるのはなぜだろう? 
 特ににひとりの時とかホラーとか見たとき。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐし 
 
 ざ〜〜〜〜 
 
 次っ 
 リンスをシャンプーと同じく手の平にのばし、速攻。 
 
 ぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐしぐし 
 
 ざ〜〜〜〜〜〜 
 
「終了っ」 
 念のため後ろを確認。 
「……いないよな」 
 うむ、いな―― 
「ゆういち〜?」 
 
 びっくぅっ 
 
 思いっきり叫びそうなところを無理矢理押さえる。 
 帰ってきてたのか? 
 ……心臓に悪い…… 
「……なんだ?」 
「あ、まだ入ってた? そろそろできるって、夕飯」 
「わかった」 
「…………」 
 体についた泡を念入りにシャワーで洗い流す。 
 ちらりと見ると名雪はまだ脱衣所にいるようだ。 
 シルエットが出ている。 
「…………」 
「どうしたんだ?」 
「え? あ、なんでもないよ、うん」 
「……なんか企んでるのか?」 
「そそそそそんなことないよ?」 
「…………」 
「ほんと」 
「…………」 
「ほんとだよ?」 
「……まぁいい。別に俺の下着をナニに使おうが、俺は気にしないぞ?」 
「そ、そんなんじゃないよっ」 
「ほう、じゃ、どんなんだ?」 
「……えと……いつもお世話になってるから……背中でも流してあげようかな〜……と……」 
 それは大変やばいです。 
 ですので結構です。 
「いや、必要ないぞ」 
 ざぁと湯を溢れさせ、浴槽に入る。 
 
 ふ〜〜〜〜〜 
 
 は〜〜〜〜〜 
 
「やっぱいいよな、風呂って……」 
 
 がら 
 
「って、なに入ってきてんだっ、名雪ぃっ!!」 
 ざばっ、と思いきり体を沈める。 
 あぶねっつーのっ 
 マジでっ 
「……え〜と……あ、あれ? ……もしかして、もう洗っちゃった……?」 
「洗ったよっ、だからいいってのっ」 
「……残念……」 
 そう言って俯くが、その視線は射抜かんばかりに俺の肢体に注がれている。 
 メーデー、メーデーっ 
 秋子さん、メーデーですっ 
「……見てんじゃねぇ……」 
「……じゅる」 
「涎垂らしてんじゃねぇっ!!」 
 怖っ 
 名雪さん怖っ 
「……ホントにいいから、出ていけ」 
「……は〜い」 
 
 ぱたん 
 
 扉が閉まるまで名雪はこちらを凝視していた。 
 ……名雪も少しおかしい。 
 今日はなんなんだ……疲れる…… 
 ……さっさと上がろう…… 
 脱衣所で体を拭き、適当に髪を乾かす。 
 
 台所へ行くと秋子さんが食器を並べていた。 
「祐一さん、ちょうどいま出来ましたよ」 
「あ、はい。……名雪は?」 
「『目に焼き付いている内に……』とか言って、自分の部屋に行きました」 
 ……なにをする気だ、名雪よ…… 
「冷めちゃいますから先にいただきましょうか」 
「……そうですね」 
 それから十分ほどして名雪は降りてきた。 
「……なに幸せそうな顔してんだ」 
「え、そんな顔してる?」 
 してるよ…… 
「なにか良いことでもあったの?」 
「いいこと……えへ〜〜」 
 あぁ……すっげぇ幸せそう…… 
 殴りたくなる程に。 
「いいから、食え」 
「あ、うん」 
 
 ぴんぽーん 
 
「あら、だれかしら……」 
 半端な時間に来るものだ。 
 ん、やっぱうまいね、秋子さんの料理は。 
 
 もごもご 
 
 もごもご 
 
 もごもご 
 
「あ、祐一、それとって」 
「自分で取れ」 
「とってよ〜」 
「……ほれ」 
「ありがと」 
 
 もごもご 
 
 もごもご 
 
「……秋子さんなにしてんだ?」 
「そういえば、遅いね」 
「せっかく作ったの冷めち――」 
「ゆういちさ〜ん」 
 
 がばぁっ 
 
「きゃっ」 
 思いっきり叫びそうなところを、またも無理矢理押さえ込む。 
「……きゃって、随分可愛い悲鳴だね、祐一」 
 うるさい。 
「……あぁ……祐一さん……いいにほい……」 
 にほいて……匂いって言え。 
「……栞か?」 
 両手を拘束されたまま問う。 
「お風呂上がりですか?」 
「栞だな」 
 質問に答えろっつーの。 
 あと、いい加減放せ。 
「……そうだよ、風呂上がり」 
「すごくいい匂いですぅ……」 
 栞は俺の背中に顔を埋め、くんくんと匂いをかいでいる。 
 つつつ、とそれは上がってく。 
「髪、乾いてませんよ……」 
「ほっとけ、そのうち乾く」 
 
 もごもご 
 
 もごもご 
 
「名雪、食わないなら貰うぞ」 
「あ、だめ」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
「……秋子さんはいつの間にそこへ……?」 
 気付かない内に秋子さんはいつものところで、にこにことしながら食べていた。 
「さっきですよ」 
 気付きませんて…… 
 
 さわ 
 
「うひゃっ」 
 今度は栞が首筋に顔を埋めてくんくん。 
「無視しないでください〜〜」 
 さらさらと揺れる髪が首筋をくすぐる。 
「分かったから離れろ」 
 
 もごもご 
 
 もごもご 
 
 もごぺろ 
 
「むはぁっ」 
 口に含んだまま言ったら変な声になった。 
「いきなりなにしやがる……」 
「だから無視しないでください〜〜」 
「……なにが望みだ……」 
「貴殿の命を」 
「名雪、しょうゆ取ってくれ」 
「ん……」 
「……うまいですね、これ」 
「お口に合いました?」 
「えぇ、食べたことはないですけど、いいですね」 
 
 かぷ 
 
「うひゃっ」 
「だ〜か〜ら〜、無視しないでくださいってば〜」 
「あぁ、もう。なんなんだ、栞?」 
「どうしてここにいるんだ、とか、もしかして俺に会いに来たのか、とか思わないんですか?」 
「思うか」 
「あ、栞ちゃんこんばんわ」 
「おまえ、遅ぇよ」 
「はい、こんばんわです」 
「律儀に返すなよ」 
「どうしたの? こんな時間にひとりで」 
 ……俺は無視か? 
「あ〜……、え〜とですね……」 
「『いい加減アイスは控えなさい』 
 『えぅ〜〜そんな事言うお姉ちゃん嫌いです〜』 
 『そ、そんな……』 
 『こんな家出てってやる〜〜』 
 ……てとこだろ」 
「……どうして……しかもなんで科白まで分かるんですか……」 
「え、あたってるの、栞ちゃん?」 
 ……なんと言いますか、行動原理が単純…… 
「栞ちゃん、ご飯は食べてきたの?」 
「……いえ、アイス食べようとしたら、そう言われて飛び出しちゃったんで……」 
 
 Q.ご飯は食べた? 
 
 A.アイスを食べようとしたんですが…… 
 
 アイスか…… 
 ……主食? 
「でしたら、いかがですか?」 
 秋子さんはそう言って栞の分を用意した。 
「え、いいんですかっ。いただきます〜」 
 栞は俺の背後からすっと離れ、秋子さんの隣の席に座る。 
「あ、おいし〜。ん〜〜、ここに来て正解でした〜」 
「あら、そうですか?」 
「はいっ、ホントおいしいです〜」 
「今晩はどうします? よければ泊まっていきますか?」 
「えぇっ、いいんですか? よろしくお願いします〜」 
 今晩の水瀬家の食卓は、真琴はいないが栞が加わり、いつもどおりの賑やかさだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 食事も終わり、リビングでくつろぐ俺。 
「……また食い過ぎた……」 
 ソファの上でだれ〜〜っと横になる。 
 適当にテレビのチャンネルを変えるが、面白そうな番組はなかった。 
 とりあえずつけておく。 
 キッチンから聞こえてくるかちゃかちゃと食器を洗う音と、秋子さん、名雪、そして栞の声。 
 ぼ〜〜っとしながらそれを聞く。 
 ん〜〜、平和ぁ〜〜 
「栞ちゃん、あとは私と名雪でやりますから、もういいですよ」 
「そうですか? それじゃ、お言葉に甘えて」 
「栞ちゃん、ありがとね〜」 
「いえ、ご馳走していただいたんですし、これくらいはしないと」 
 いい娘だ〜〜 
 と思っているうちに、栞がリビングへと入ってきた。 
 
 ととととと 
 
「ゆういちさ〜〜ん」 
 
 がっばぁ 
 
「うわっ」 
 またしがみついてくる。 
「ん〜〜〜、やっぱりいい匂いですぅ……」 
 そう言ってくんくんと俺の胸に顔を埋める。 
 今の俺の格好は栞に押し倒れている、といった具合。 
 こんな年下の栞に押し倒されているのは、なかなか倒錯的な図だ。 
「あ〜、なんか鬱陶しい……」 
「えぅ〜〜酷い言い種です〜」 
「あ〜ほら、泣かない泣かない」 
 
 なでなで 
 
「もう子供じゃありません〜」 
 と言いつつも嬉しそうな顔。 
 子供だ。 
「……でもいい加減どいてくれ」 
「重いって言うんですか?」 
「食ったばかりで腹が苦しい」 
「あ、そうでした」 
 すっと俺の上からソファの横に移動して、首に腕を回すように抱きついてくる。 
 そしてまたくんくんと匂いをかぎだす。 
「これならいいですよね……」 
 いいって事はないぞ、栞…… 
 ぼんやりとテレビを見ながら思う。 
「にしても……」 
 す〜〜は〜〜 
「……なんですか?」 
 す〜〜は〜〜 
「生暖かい……」 
 す〜〜は〜〜 
「私の息がですか?」 
 す〜〜〜〜〜〜〜 
「ああ」 
 は〜〜〜〜〜〜〜 
「仕方なし、です」 
 くんくんくんくん 
「……栞」 
 す〜は〜 
「なんでしょう?」 
 す〜は〜 
「おまえって、体臭フェチ?」 
「…………」 
「そうなのか」 
「……違います」 
「ならやめろ」 
「嫌です」 
 ……どこかで聞いた科白だな。 
「匂いフェチだろ?」 
「違います」 
「香里の布団とかに潜り込んで『あぁっ、おね〜ちゃ〜ん』とか言ってないか?」 
「…………言ってません」 
「今の間は?」 
「なんでもありません」 
「……そうか……ならどけ」 
「フェチです」 
「…………」 
 即物的。 
「でも『あぁっ、おね〜ちゃ〜ん』は言ってません」 
「『お姉ちゃんって……いい匂いだよね……』『そ、そうかしら?』か?」 
「……なんで分かるんですか……」 
 単純だし。 
「……もういいだろ」 
「もう少し」 
 くんくんくんくんくんくんくんくん 
「はぁ〜〜〜、堪能させていただきました……」 
 重度だな、これは…… 
 でも、面白いからよし。 
 
 栞はソファを背もたれに床に座り込む。 
 俺の脇腹あたりにちょうど栞の頭がくる位置だ。 
 さわさわと頭を撫でる。 
 
 ぱし 
 
 ……掴まれる。 
「…………」 
 その手をじぃっと観察する栞。 
 そしていろいろといじる。 
 
 なでなで 
 
 さわさわ 
 
 くりくり 
 
 ゆっくりと口を近づけ―― 
 
「食うなよ」 
「……食べません」 
 
 口を近づけ―― 
 
「食うな」 
「食べません」 
「……手フェチか?」 
「…………………違います」 
「さっきよりも長い間はなんだ?」 
「なんでもありません」 
「……そうか……ならはなせ」 
「フェチです」 
「…………」 
 さっきと同じだぞ。 
 でも、匂いフェチに手フェチ。 
 ちょっと変態入ってるな。 
「……ほかにもあるだろ」 
「もうありません」 
 ……まぁ、これ以上あったらいろんな意味で危険だしな。 
 俺は栞の頬をふにふにと掴む。 
「やめてくだはい」 
 
 ふにふに 
 
 ふにかぷ 
 
「食うな」 
「もがもがもが」 
 食べてません、と言っているらしい。 
 ちゅ、といやらしい音を立てて指が抜ける。 
 その指をティッシュで拭く栞がなぜか献身的に写ってしまう。 
「……変態さん」 
「違いますっ、ちょっと特殊な嗜好なだけですっ」 
「……まぁ、これ以上は栞が可哀想だから追求しないでおこう」 
「なんでですかっ」 
 などと栞をからかいつつ、夜は更けていく。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……名雪」 
「だお〜」 
 だお〜、じゃねぇ。 
「もう寝ろ」 
「ねてるお〜」 
 いつもの逆だろ、それは…… 
「……寝てるのに返事するんですか……?」 
「あぁ、栞は初めてか。こいつは寝ていても返事は出来るし、活動が活発にもなる」 
「……人類ですか?」 
 ひでぇ。 
「名雪、寝てるなら部屋へ行け、部屋へ」 
「わかったお〜」 
 のっそぉと立ち上がり階段へと向かっていく。 
「…………」 
 栞は不思議そうな視線で名雪を追う。 
 と、そこに寝巻に着替えた秋子さんが通った。 
「栞ちゃん、お風呂空きましたよ」 
「あ、はい。祐一さんも一緒に入りますか?」 
「俺はもう入ったからいい」 
「……一緒に入る所は否定しないんですね」 
「特に断る理由も無し」 
「……でも入っちゃったんですよね……残念」 
「あらあら」 
 なにがあらあらですか、秋子さん…… 
「それじゃ私は部屋にいますね。何かあったら呼んでください」 
「はい、おやすみなさい」 
「おやすみなさいです」 
「おやすみなさい」 
 さて…… 
「栞、とりあえず風呂入ってこい」 
「……え……」 
 とたんに栞は顔を赤らめ俯いてしまう。 
「……どうしたんだ?」 
「……そんな……いきなりですか……?」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
「アホかっ、なに勘違いしてんだ……風呂がぬるくなるから今の内に入れと言っているんだ……」 
「……な〜んだ」 
「いいから入ってこい」 
 びっと風呂場の方を指さす。 
「は〜い」 
「って着替えとかは持ってるのか?」 
「あ、玄関においたままでした」 
 用意のいいことで。 
「覗いてもいいですよ」 
「そういうときは『覗かないでくださいね』だ」 
「ぶ〜」 
「ぶ〜、じゃない」 
「上がってきたときはバスタオルだけがいいですか? それとも裸にYシャツ?」 
「普通にしろ」 
「ぶ〜」 
「ぶ〜、じゃない」 
「そういえば、わたしはどこで寝るんでしょう」 
「真琴の部屋でいいだろ」 
「ぶ〜」 
「ぶ〜、じゃない」 
「祐一さんの部屋がいい〜」 
「だめって事はないが、やっぱりだめだ」 
「なんでですか〜」 
「後が怖い」 
「……いいです、後で忍び込みますから」 
「…………」 
 こいつは…… 
「じゃ、とりあえず入ってきます〜」 
「あ〜入ってこい入ってこい」 
「なげやり〜」 
 ぶつぶつ言いながら栞は風呂場へと向かう。 
 なんなんだ。 
「はぁ、これでゆっくり出来るだろ――」 
 
 ぴんぽーん 
 
「……誰だ……」 
 夜中だぞ? 
 ……まぁ、俺しかいないし、出るか…… 
 ぽてぽてと歩きながら玄関へ行く。 
「はい、どなた様で?」 
 
 がちゃ 
 
「私よ」 
 ずん、と香里が立っている。 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 ……なんでまた。 
 って栞か。 
「どうしたんだ、こんな時間に」 
 と、知っているのに聞いてみる。 
「栞、来てない?」 
「来てるぞ」 
 怖いのでさっさと白状する。 
「……上がっていい?」 
「問題ないだろ」 
「じゃ、おじゃまします」 
 香里は靴を揃えて上がる。 
「……名雪は?」 
「こんな時間だぞ? 寝てる」 
「…………秋子さんは?」 
「部屋に行った」 
「……………………栞は?」 
「風呂」 
「ま、まさか相沢君っ」 
「おまえもっ、なに勘違いしてんだっ」 
「……そうなの?」 
「あたりまえだ」 
「……よかった」 
「さいですか……」 
 あ〜、なんか今日は俺が疲れる…… 
「それじゃ、あがったら連れて行くわね」 
「……べつに、そう急がなくてもいいだろ」 
「親が心配してるの」 
「電話かければいいのに」 
「……それもそうね。じゃ借りるわ」 
 そう言って電話をかける。 
「……あ、うん。名雪の家にいたから。え? あ、そう……う〜ん……」 
「…………」 
「わかった。じゃぁね」 
 
 かたん 
 
「で、どうだったんだ?」 
「うん……とりあえず、居るところが分かれば安心だって」 
「ふむ、ならもう少しゆっくり出来るな」 
「……それと」 
「ん? なんか問題あるのか?」 
「明日休みだし、なんだったら泊まってきてもいいって……」 
「ほう、なかなか懐の深い親御さんだな……って、もしかして俺の存在を知らないな……」 
「えぇ、名雪の家は二人暮らしだと思ってるわ……」 
「……問題ないだろ」 
「まぁ、相沢君がなにもしなければ、問題ないわね」 
「俺はしないが、栞がなにかやらかすかもしれん」 
「……しないでしょう」 
「夜這いかけるって宣言されたぞ」 
「……あのばか……」 
 ぎりぎりと拳を握る。 
 こわいって。 
「えぅっ!? お姉ちゃん!?」 
 あ、栞。 
「栞っ、あんたなに考えてんのっ」 
「えぅ〜〜〜」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「というわけで、私も泊まらせていただきたいと思います」 
「了承」 
「えぅ〜」 
 なんだかなぁ…… 
「香里ちゃんはお風呂入られました?」 
「いえ、まだですが……」 
「でしたら早めにどうぞ、着替えは名雪のがありますから」 
「はい、お世話になります」 
 そのとき栞がなにやら話しかけてくる。 
「祐一さん、チャンスですっ」 
「なにがだ」 
「なにって、お姉ちゃんがお風呂に入るんですよっ」 
「……自分の姉が風呂に入っているところを覗かせる妹があるかよ」 
「なんでですかっ、見たいでしょう? あのぽよんぽよんのお姉ちゃんの体をっ 
 わたしは見たいですっ、姉妹なのになぜこんなにも違うのか討議しつつっ」 
「……栞」 
「えぅっ」 
 聞かれていたようだな、栞…… 
 香里は栞のこめかみを拳で挟んでぐりぐりとする。 
 
 きりきりきりきり 
 
「えぅっ、えぅっ、えぅ〜〜」 
 オットセイ…… 
 
 きりきりきりきり 
 
「い、いたいですっ、ぎぶぎぶっ」 
「変なことを相沢君に吹き込まないように」 
「わ、わかりましたっ、もう言いません〜」 
 それを聞いて栞を解放する。 
 まぁ、自業自得だよな。 
「……相沢君」 
「な、なんだ?」 
「べ、別に覗いてもいいけど、責任は取って貰うわよっ」 
 顔を真っ赤にしてそう言った。 
 てか、香里も同じ事言うのか…… 
「……覗きません」 
「……そう……」 
 とぼとぼと風呂場へ向かう香里。 
「あらあら」 
 秋子さん…… 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ばふっとベッドに体を投げる。 
「ふぅ」 
 ようやく一息ついたような気がする。 
「疲れる一日だったな……」 
 しかし、栞も香里もいるとなると、明日は無理そうだな…… 
「仕方ないな、家で遊んでよう……」 
 寝巻に着替えながら明日のことを考える。 
 香里達も暇そうだし、あいつらと遊ぶかな。 
「ま、明日のことは明日、だな」 
 ぱちんと部屋の明かりを消し、布団に潜り込む。 
 う〜ん、ふかふかの布団〜 
 太陽の匂いとでも言うのだろうか。 
 干した布団はすごく暖かく、いい匂いがする。 
 栞じゃないけど、この匂いは好きだ。 
 
 くんくん 
 
 ……ん〜…… 
 そんなことをしている内に意識は微睡み、深い眠りへ誘われる。 
 
 しあわせ〜 
 
 そして停止しつつある意識の片隅でなにかを聞いたような気がした。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えぅ……寝てますね」 
「早く閉めなさい……」 
 
 
 
 
 
 ………… 
 
 
 
 
 
 聞かなかったことにしよう…… 
 
 
 
 
 
 
 

 
あとがき 
 
ヤマなし、オチなし、どうしようもなし 
ついでにシリアスも消えました 
今回は日常ノ章と銘打ってある通り、日常のほんの一コマ 
栞の本性が垣間見れますな 
……シオリスキーの方、ごめんなさい…… 
もう少しで断章入りって感じ 
プロットも作らず勢いで書くからこうなるんです 
わかってます 
でも、プロット作れば断章も生まれません 
………… 
……このまま行くしか…… 
 
しかし、終わらなかった…… 
まぁ、見るように見れば一応終わってるように見えなくもないかもしれません 
………… 
どうなんでしょう? 
批評お待ちしております
 
 

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