「おまえの相棒は強かった。次はおまえの番」
 すらりと、太刀を抜く。
「伏鬼士の力、試させてもらうぞ」
「なにを……!」
 舞は一歩を踏み込み、一足飛びに駈けてきた。
 五間ほどの距離を一息で詰める。
 舞の太刀は左の肩越しに振りかぶられ、袈裟に振り下ろされれる。
 祐一はそれを太刀の腹で受け流す。
 ぎぃっ、と鋼の擦れる音。
 そのまま下ろした切っ先を跳ね上げ、上段から舞の脳天を狙う。
「っ!」
 避けられないとみた舞は、流された太刀を返し切り上げる。
 ぎぃんっ、と甲高い音を残し、舞の頭を狙った刃は弾かれた。
 衝撃からか、柄から左手が離れる祐一。
 そして体を捻り背を向けたかと思うと、回転しての真下からの鋭い斬撃。
「くっ」
 舞は紙一重で半身になり、それをしのいだ。
 ぱっ、と髪が一房散る。
 回転は止まらず、今度は腹を真っ二つにするかのように斬りつける。
 ぎゃぁ。ふたりの太刀が悲鳴を上げる。
「……今のも止めるか。伏鬼士」
「佐祐理を……佐祐理を返せ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼月幻想奇譚
    〜 正しい魔物の屠り方 〜

十ノ門
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ぎん。舞は太刀を力任せに弾き、体勢を崩した祐一に斬りかかる。
「鬼ぃ!!」
 ざくっ。舞の太刀は地面を深く抉っただけだった。
 祐一は円舞のように体を回して避け、そのままに腕を振るう。
 舞の太刀は地面深く食い込み、とてもではないが、それによる防御は見込めない。
 何を思ったか舞は柄から手を放し、腰を落として両腕を交差して頭上に掲げる。
 このまま断ち割る。祐一は握る手に力を込めた。
 ぎぃんっ。まるで太刀同士が斬り合ったかのような高い音。
 舞は左腕を払い、右手を地面に刺さった太刀へと伸ばす。
「おおぉぉ!!」
 ず、と引き抜き、流れるようにそれを祐一の胴に突き込む。
 それを――祐一は素手で横に払う。
 刃に当たらなければ切れることはないとは言え、そう出来ることでもない。
 祐一は太刀に手を戻し、左水平に薙ぐ。
 ひょう、と風を切り舞の首に刃が迫る。
 地を蹴り、避けると同時に距離を取った。
「なに仕込んでんだ、その腕は。こっちの手が痺れたぞ」
 舞の斬られた袖口からは、黒く鈍い色の小手が巻かれている。
「…………」
 無言。その顔には怒りが滲み出している。
 ――今はなにを聞いても答えてくれそうにないな。
 じりじりとすり足で間合いを詰める両者。
 舞の心に渦巻くものは、怒り。
 二体の鬼に守られるように横たわる親友。
 ごうごうと体を流れる血の音がうるさい。
 目の前が真っ赤に染まりそうだ。
 佐祐理、佐祐理、佐祐理。
 いま助けてあげる。待っててね。
 ばっ。草を蹴り鬼へと詰めた。
 下段に構えた太刀を左の逆袈裟に切り上げる。
 祐一は体を引いて避け、その動作に繋げるように舞の肩口を斬る。
 僅かに反応して、皮一枚だけに止めた。
 舞は怯むことなく、振り上げた太刀を右水平に振った。
 すぃ、と顔面を狙った舞の太刀は難なく避けられる。
 斬られ、崩れた体制では舞の太刀筋も鈍る。
 追い打ちを掛けるように、祐一は太刀を引き、胴に向かい突きを繰り出す。
 舞の反応が遅れる。褐衣の腹に太刀が突き刺さった。
「ぅあっ!」
 爪の先ほど脇腹の肉が斬られたか。
 あまりの鋭さに一拍送れて灼熱が駆け抜けた。
 祐一はそれで終わることはなかった。更に深く切り裂くように横に薙ぐ。
 舞は苦痛に顔を歪め、させまいと太刀を振るう。
 ぎんっ。なんとか弾くが、祐一は再び凶悪な斬撃を舞の真上に振り下ろす。
 ぎぃっ。かざした太刀が火花を散らした。
 両腕に力を込め、鍔迫り合いをしのぐ。
「ぐっ……」
 脇腹が痛む。
「まだ始まったばかりだ。さあ、本気を出せ。力を解放しろ!」
 祐一は挑発するように舞に話し掛ける。
「うるさい!!」
 ――肉体操作開始。
 ――痛覚の遮断。筋肉収縮、傷口の閉鎖、止血。
 ――増強。視覚、聴力、筋力、反応速度。
 ――解放。壱、弐、参、肆、伍。
「ぜぁっ!!」
 ごっ、と舞の振るった太刀が凄まじい衝撃を放つ。
 至近距離からそれを喰らった祐一は吹き飛んだ。
「うぉっ」
 ぱっくりと胸元が切り裂かれている。
 掠りもしないでここまでの切れ味。
 遠当てによく似ている。が、それを太刀でとは。
 並の伏鬼士ではない。
 先程までとはまるで違う舞の斬撃に感嘆を覚える祐一。
 ――これは、使える。
「そう、それでいい。それでこそやり甲斐もある」
 じわりと、胸に血が滲み出す。
 じゃっ。踏み千切られた草が真横に飛び、舞の姿がかき消える。
「はっ」
 右の空間を水平に薙ぎ払う。
 ぎぃっ。振り下ろされた舞の太刀を弾き、刃を返して左袈裟に斬り下ろす。
 とん、と軽く後ろに飛び退き、舞は反動を付けて懐に飛び込み太刀を振り斬る。
 ぎゃりっ。辛うじて間に合う。切っ先を下げた祐一の太刀に火花が散った。
 防がれたとみるや大地を蹴り急制動をかけ、振り向き様に右への逆袈裟切り。
 続けて刃を返し、真上から振り下ろす。
 ぎんっ、ぎぃっ。どちらも祐一の服にすら届かなかった。
 祐一は太刀を横にしてかざし、舞の太刀を受けている。
 ぎぎ。擦れ合う鋼が蒼い火花を散らす。
 祐一の腕には肉が盛り上がり、舞の凄まじい力に耐えている。
 その体が、ふ、と沈む。
「っ!?」
 ぎりぎりと押し切ろうとしていた舞の体は重心を崩される。
 それを感じた祐一は腕を跳ね上げた。
 さほど力が入っているようにも見えなかったが、ただそれだけで舞の体はあっけなく宙に浮く。
「っせい!」
 そして必殺の一撃。
 祐一の太刀は吸い込まれるように舞の腹部を切り裂き――
 ぎぃっ。以前にも感じた手応え。
 褐衣の脇を切り裂いただけだ。肌に一筋の傷すら負っていない。
「ぅあっ」
 渾身の力を込められた斬撃は、舞の体を軽々と吹き飛ばした。
 ざぁ。なんとか足から着地をするが、舞は衝撃で咽せる。
「……懐刀か。ふたり揃って仲の良いことだ」
 切り裂かれた脇から覗く、細かな装飾の描かれた懐刀。
 その中央には太刀を受けた跡が見られる。
「次は無い。そこに転がっている女にもそう言ったな」
 舞が鋭い眼光で祐一を睨み付ける。
「鬼ぃ……」
「そして、やはり次は無かった」
「うあああぁぁぁぁ!!」
 舞が、吼える。
 大きく踏み込み大上段からの力に任せた打ち下ろし。
 構えもあったものではないが、祐一が反応出来たのは僥倖以外のなにものでもない。
 それほどまでに速かった。
 ひときわ大きな金属音が響く。
「くっ」
 速いだけではない。重く、鋭い。
 ぴっ、と頬と手の甲の皮膚が裂けた。
 あまりの剛剣にかまいたちでも出来たのか。祐一はぞっとする。
 こんな太刀は何度も受けられるものではない。
 ぎゃぁっ、と舞は太刀を引き、火花を散らせて滑らせる。
 半身に体を引き胸元に太刀を寄せ、祐一の喉めがけ突き出す。
 肩を引いてなんとか避ける。首の皮が弾けた。
「っ!?」
 吹き抜けたはずの切っ先が目の前に現れた。
 ――莫迦な。
 反応しきれない。僅かに逸らしたが、こめかみを大きく斬りつけられた。
 ぱっ。血と髪が一房散る。
 痛みを感じる隙もなく、祐一は驚愕する。
 ――三段突きかよ。
 舞の切っ先は下がり、狙うのは心の臓。
 意識が上に集中したところに、避けにくい胴突き。
 こればかりは避けることは出来そうにない。
 仕方ない。祐一は拳を振り下ろす。
 それを舞の太刀の背に違うことなく当て、太刀筋をずらす。
 ぞぅっ。刃の半ばまで、ずっぷりと腹を貫いた。
 灼熱が駆け抜ける。
 痛いなんてもんじゃないぞ。祐一は顔をしかめる。
 気のせいかと思うが、祐一には後ろから女の悲鳴が聞こえたようにも感じた。
「……合格だ、伏鬼士」
「……なんだと」
 ぎり、と祐一は太刀を握る手に力を込める。
「護鬼!」
 叫ぶと同時に舞の腕を斬りつける。
 皮一枚だけだったが、予想しない反撃に思わず舞は手を放してしまう。
「御主人!」「マスター!」
「わめくな。護鬼、結界を解け」
 腹に太刀を突き刺したまま命令を下す。
「でもっ」
「解くんだ」
 静かに言う。
 祐一は取り乱す護鬼を感慨深げに見つめる。
 ずいぶん成長したもんだ。
「言いたいことがあるならあとで聞く。解くんだ」
 護鬼はぶんぶんとうなずき、急いで佐祐理に駆け寄り結界を解く。
「さて、伏鬼士」
 祐一は腹から生えた太刀の柄を握る。
「ぐぅっ」
 ずるっ、と太刀を抜く。
 それを地面に突き刺し、舞を見据える。
「全く驚かされる。ここまでやるとは思わなかった」
「…………」
「今回はおまえの勝ちにしておこう。景品に相棒を返してやるよ」
 つぃ、と顎で佐祐理を指す。
「持っていけ。死んじゃいないよ」
 ぴくりと、祐一の言葉に反応した。
「…………」
「それとも俺を殺してからか?」
 舞は思案する。
 ここで殺しておかないと、あとあとやっかいなことになるだろう。
 しかし太刀は敵の手の中。それでも手負いの鬼なら素手でも勝てる。
 だからといってこのまま挑んでも、あの護鬼とかいう鬼達もいる
 それに佐祐理。生きている。いまはそれだけで十分だ。
 今まで感じていたはずの怒りが、嘘のように引いていくのを舞は感じる。
「……いい。佐祐理を返してもらう」
「そうか」
 祐一は、ねっとりと赤い血にまみれた太刀を放る。
「早く行け。俺の気が変わらないうちにな」
「…………」
 祐一を一瞥し、舞は佐祐理に歩み寄る。
 息と体の傷を調べ、安心したようにため息をついた。
「……今度なにかした時は、殺す」
 佐祐理を抱きかかえ、背を向けたまま告げる。
 手を出してきたのはそっちなんだがな。祐一は疲れたように呟いた。
 舞はそれ以上なにも言わず、ものみの丘を去っていく。
「あ〜くそ、いてぇ」
 どさ、と仰向けに倒れる。
「御主人!」「マスター!」
 全鬼と護鬼が慌てて駆け寄ってきた。
 祐一は思う。今日は驚かされることばかりだ。
 ふたりのこんな姿を見るのも、初めてだろう。
「全鬼、護鬼、静かにしろよ」
 どくどくと傷口が脈打ち、その度に血が溢れ出す。
 自分の血が減っていくのを生で感じることなど、そうあることではない。
「ああ、あぁ、御主人、御主人っ」
 全鬼が傷口に手のひらを当てて止血しようとするが、効果は見られない。
「護鬼、護鬼! 早く御主人に呪を!」
「言われなくても分かっている!」
 狼狽えるふたりを尻目に祐一はゆっくりと意識を閉じる。
「止まらない、護鬼、どうすればいい、血が止まらない……」
「マスター、マスター! 目を閉じないで! マスター!」
 そして闇の中に落ちながら思う。
 もう少し本気出しておけばこんなに心配かけなかったかな、と。
 
 
 
 
 


あとがき

祐一敗れる。
「あ〜、あれだろ、舞とやっても結局勝つんでしょ」と思ってた方。
んな当たり前じゃつまんねぇっす。
でも祐一最強は変わりません。

今回ばかりは批判覚悟で祐一に敗れて頂きます。
強い主人公が当たり前のように勝つような話は普通すぎると思うので。
やっぱ祐一最強だよなと言う方、謝ります。
すいませんすいませんすいません。
ウィルスメールは勘弁(汗

次回、前半は美坂姉妹、後半は秋子さんのお話。
バトルは無し、ですが人はごろごろ死にます。

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