札が二枚、火花を散らせて弧を描きながら祐一に向かって飛翔する。
 さぅ、と抜き放ちざまに一枚を切り落とす。
 勢いを殺さず体を捻り、もう一枚も二つに分ける。
 符というのは、札自身も呪を封じ込めるのに必要な構成物ため、破れば効果は失われる。
「緑の風、吹きて貫け。天槍」
 吹き下ろす一陣の風。
 ざざざざっ。いくつもの見えない槍が祐一の周囲に降り注ぐ。
 それらを太刀で弾き飛ばす。
 だん、と力強く踏み込み、太刀を片手上段に構えた。
「斬!」
 気合いと共に振り下ろす。
 切っ先から生まれた風は複雑に渦を巻き、佐祐理に襲いかかる。
「白盾っ」
 言葉に反応した符が散り、盾を作り出して風を受け止める。
 ふぁ、とそよ風を残し、どちらも霧散した。
「ひとりで挑んでくるだけはあるね」
 意外な強さに、思わず祐一の頬が緩む。
「そうやって笑っていられるのも今の内ですよ」
 ぞろりと、符を広げる。
「闇へと還りなさいっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鬼月幻想奇譚
    〜 正しい魔物の屠り方 〜

九ノ門
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 たった一言でその効果が現れる符というものは、使う者にとってはこの上なく有用だ。
 逆に攻撃符の対象者は全くもってありがたくない。
「散雷っ」
 符が散り、蒼い火花が佐祐理の体から発せられる。
 それは地面に幾筋もの軌跡を残して消えた。
「不発か? それじゃこっちから行くぞ」
 祐一は佐祐理に走り寄り、切っ先を地面すれすれから肩越しに振り上げ、真上から振り落とす。
「集雷っ」
 言葉と共に、地面に消えた蒼い雷が姿を現す。
 地面を抉るような雷撃が祐一を包み込み、振り下ろしたはずの太刀が佐祐理に反発するように弾かれた。
「あぁ……くそっ」
 ずしん、と地面を揺らし、雷の檻が祐一を中心に収束する。
「ぐぁっ」
 痺れるような衝撃を感じ、祐一は後ろに吹き飛ばされた。
 その隙に佐祐理は呪を唱える。
「気高き朱、全てを呑み込む。壊炎」
 同時に符を数枚取り出す。
 一抱えもある火炎球が佐祐理の頭上に生まれ、次の瞬間、地面で喘ぐ祐一に向かい飛翔する。
 鞍馬の鬼は為す術もなく呑み込まれるだけ。
 終わった。佐祐理はそう思った。
 あまりにもあっけない。
 ――だから。
 その炎が跡形もなく霧散した時は驚きを隠せなかった。
「そんな……」
 散り散りになった炎の向こうからは、片膝をたてて人差し指と中指を突き出した祐一が姿を見せる。
「……符を使えるのは、なにもあんただけじゃないしな」
 符の使用痕である札の塵が、祐一の周りに漂っていた。
 あれだけ強力な呪を、簡易法の呪である符で破るにはかなりの力が必要だ。
「今度はこっちの番だ。いくぞ」
 先程の雷撃を受けていないかのような素早い動き。
 佐祐理は不意を突かれ、符をかざす間もなかった。
「はっ!」
 祐一の太刀は横凪に右の脇腹を狙う。
 ぎぃっ、と予想していなかった手応え。
 なんだと思う隙もなく、立ち直った佐祐理の符が額をぴたりと狙う。
「紅崩っ」
 頭を僅かに逸らしたが、凄まじい熱量の光線が祐一の首筋を焦がす。
 直撃を受けた後ろの地面はぽっかりと親指ほどの穴が空いている。
 祐一は拳を握りしめ、隙だらけの腹に打ち込ちこみ、間合いを取った。
「ごほっ、痛い……」
 祐一の背中に冷たい汗が伝う。
 本当なら先の一撃で佐祐理が戦闘不能なまでの傷を負うはずだった。
 奇妙な手応えに戸惑い反撃されたが、あの符の威力。
 紙一重だったが、余波で首を持って行かれるところだった。
 気を付けた方がいいな。祐一は考える。
 しかし、攻撃の間合いが致命的に広い。
 祐一は精々が腕と太刀を合わせた分。佐祐理は視認出来る範囲の全て。
 ――これは……少しやばいかもな。
 呪は遠ければその効果は薄れていくが、場所が場所。
 どんなに離れても、佐祐理の呪は問題なくその効果の全てを祐一に叩き込める広さだ。
 場所が悪いとは言わない。
 呪士と向かい合って戦うというのはそういうことなのだ。
「いたた……危ないところでした」
 佐祐理は切り裂かれた直衣の脇から懐刀を取り出した。
 さっきの手応えはあれだったか。祐一は理解した。
 しかし、祐一の一撃に耐えるということはかなりの名工の手による物だろう。
「これ、舞からの贈り物です。命拾いしましたよ」
 なるほどと思う。
 あの舞という女ならそこまでの物を持っていても不思議ではない。
「……次は、無い」
 佐祐理は腰に懐刀を差し、再び符を構える。
「分かってます」
 祐一が太刀を突き出す。
「では、参る」
 そう呟いた瞬間、体を縮めて飛び込む。
「針蛍っ、万雷っ」
 一枚の符から幾筋もの輝く光。
 祐一はそれを体を捻って回避する。
 再び佐祐理に向けば、無数の蒼白く発光する光球が漂っていた。
「またかっ」
 がががががっ
 符を取り出す隙もあればこそ。
 祐一は全ての光球を太刀一本で叩き落とすはめになった。
 そして佐祐理はその間に呪を唱える。
「燦々来々、輝きて消えろ。降禍」
 符と呪の併用は高等呪士にとっては当たり前だ。
 符で隙を作り、その間に強力な呪を唱える。
「くそっ」
 祐一は舌打ちをし、体を低くして横に飛ぶ。
 ぐぁうん、と心臓によくない音を立てて先程まで祐一の居た地面が深く抉られる。
 そのまま地を這うように佐祐理に走り寄り、逆袈裟に斬りつける。
「せい!」
「十盾っ」
 ぎゃりっ、と太刀が火花を散らせる。
 たかが符の一枚に、祐一の斬撃は止められた。
 裂くように太刀を引き、佐祐理の喉を突く。
 ぎちぃ
 指先に張り付いた符は消えることなく、太刀の進入を阻み火花を散らせている。
「なんだそりゃっ」
 左の脇腹を狙いうが、差し出された符が邪魔をする。
 ぎん、ぎぎぃ、がっ、ぎしっ。
 繰り出す太刀は全て符に止められた。
 祐一は佐祐理が呪の得意な女だけだという認識だった。
 接近戦に持ち込めば軽く勝てる。そう思っていた。
 しかし、これを見ればそうも言えない。
 必殺の一太刀はことごとく防がれている。
 見た目の穏やかさとは、天と地の差だ。
 まさかここまで自分の動きについてこれるとは。
 祐一は焦る。このままでは本当にやばい。
 ぎぃんっ
 十度目の斬撃で符が散った。
「紅崩っ」
 阻む物がなくなり、ようやくか、と攻撃しようとしたところに、符の一撃。
 祐一は大きく後ろに飛び、それを避ける。
「…………はぁ」
「なんですか、こんなときにため息なんて」
「いや……あんた、強いな」
「…………」
「相手が強いと、手加減てのは難しいんだ」
「だからなんですか」
「つまりは、まぁ――」
 き、と鍔鳴りを残し、太刀を鞘に収める。
「死んでも恨むなよ、ということ」
 太刀を収めてなにを言うのか。佐祐理は戸惑う。
 今までは手加減されていた?
 そんなはずはない。そんなことは考えたくもない。
 それを振り切るように、祐一を睨み付ける。
「次で終わりです。鞍馬の鬼――」
 佐祐理は九枚の符をかざす。
「降し伏す!」
 ばっ、と符を頭上高くに放つ。
「青龍、白虎、朱雀、玄武」
 揺らめいていた符の四枚が佐祐理の呪に反応し、上下左右、正方形を作るようにぴたりと止まる。
「空陳、南斗、北斗、三台、玉女」
 すぅ、と残りの五枚が正方形の中心に五芒星を描くように止まる。
「開きて誘え。分かちて囲え。来たりて刻め。還りて別れ。閉じてまた無へと帰す」
 呪の一句を唱えるたび、ばちばちと符が火花を散らす。
 佐祐理の纏う呪の力が辺りの空間すら歪める。
 ぱきん、ぱきん。どこからか樹の弾ける音も聞こえてきた。
 大気が悲鳴を上げる。
 そして佐祐理は最後の句を告げる。
「其が身は万聖。九神」
 一切の音が消滅した。
 耳鳴りすらうるさいほどの静寂。
 揺れる木々の音も、葉の擦れあう音の一つもない。
 祐一は身構えた。
 ――来る!
 そう感じた瞬間。
 全てが極彩色の光の奔流に呑み込まれた。
 
 
 
 札の舞い散る中、佐祐理は倒れそうなほどの脱力感を感じていた。
 力の使いすぎによる疲労。指の一本を動かすのも億劫だ。
 極彩色の光は渦を巻き天に向かって伸びている。
「これで……終わりです」
 見上げながら呟く。
 これで舞を悩ませる種は取り除いた。
 ぉぉぉぉぉぉぉぉ………
 風の鳴く音が聞こえる。
 さぁ、と極彩色の光が散っていく。
「……ふぅっ」
 力が抜け、佐祐理は膝を落とした。
 ものみの丘は何事も無かったかのように、静けさを取り戻していた。
 残っているのは、鞍馬の鬼の呼び出したふたりの鬼だけ。
「……報奨金、がっぽり」
 佐祐理の腹の中は微妙に灰色だった。
 そしてなぜか、耳元で擦れる音を聞いたような気がする。
 ふわ、と髪の毛が一本、そよ風に舞い上がった。
 首筋に当たる、冷たい、鋼の感触。
「どうして……」
「詰み。と、全鬼だったら言うんだろうな」
 佐祐理の背後で、九神を受ける前そのままの祐一が太刀を構えていた。
「確かに……確かに捉えたはずです」
「俺はひとより足が速いんだ」
 それだけで片付けられてはたまったものではない。
「ま、本当のところは、おまえの失敗なんだけどな」
「失敗……? 佐祐理は全てを完璧にこなしました。なに一つ失敗はありません」
「九神というのがいけないな。あの呪は鬼の間じゃ禁呪として伝わっている」
「……それはそうでしょう。あれは鬼の存在を抹消するために作り出した呪ですから」
「存在の否定」
「……そうです」
「随分と素直だな」
「佐祐理の……負けですから」
 そうか、と祐一は呟き、全鬼と護鬼を呼ぶ。
「あなたは……何者なんですか」
 佐祐理は心の底から問いかけた。
「さて、それはあんたの方がよく分かるだろう?」
 にやりと唇を歪めるが、佐祐理に見えることはない。
「……鬼」
「そう、鬼だ」
 ざぅ、と、太刀を首元に振り下ろす。
 佐祐理は意識を闇に沈め、音もなく草の上に転がった。
「……マスター、首」
 駆け寄ってきた護鬼が、祐一の首の傷を見ながら平坦な口調で話し掛ける。
「ん? あぁ……護鬼、頼む」
 しかし護鬼は動かない。じぃ、と祐一を見つめている。
「どうしたんだ」
 何かをねだるように、護鬼は両腕を上げる。
「届かない」
「……そうだったな。すまん」
 護鬼の前に祐一は跪き、首元を晒す。
 はじめの紅崩により受けた傷だ。
 護鬼はそこに口元を持っていく。
 薄紅色の口を開き、ちらりと舌を覗かせて傷口を丁寧に舐める。
 小さな体の護鬼が一生懸命に舐めている姿はひどく倒錯的だが、それ以上に可笑しさが先行する。
 以前、祐一が護鬼に『なぜ舐めるんだ』と聞いたところ、『早く治るから』と答えが返ってきた。
 民間療法もいいところだ。祐一は苦笑した。
 にじんだ血が無くなり、裂けた首の肉が露わになる。
 舌を離し、そっと口づけるように呪を唱えた。
「……あとは布でも巻いておけば五日くらいで直る」
「そうか、ありがとよ、護鬼」
 ぽんぽんと頭を撫でるが、護鬼の表情に変化はない。
 祐一は常々撫で甲斐がないと感じる。
「御主人、誰か来る」
 全鬼が告げる。
「誰か……って、誰」
「おそらく、伏鬼士」
 はぁ、と祐一はため息をつく。
「……護鬼、この女に結界を」
「理解した」
 護鬼が腕を軽く振り、呪を唱えた。
 ぴぃ、と高い音が鳴り、蒼白く透明な板が棺を形取る。
 それと同時に舞がものみの丘に姿を現す。
「佐祐理……佐祐理!!」
 驚愕と、恐怖。
「鬼……佐祐理に何をした!!」
「殺した……と言えばどうなるかな?」
「うそ……嘘、嘘……」
「信じないのはおまえの勝手だ。生きているか死んでいるか。答えは一つだけ」
「佐祐理ぃ!!」
「声は届かない。何故かと言えば――」
「鬼……殺す、殺してやる!!」
 怒声と共に抜き放たれる太刀。
「もう聞こえていないから」
「うああぁぁぁぁああ!!」
 
 
 
 
 


後書き

怒れる舞、吼える。
展開が香里と同じとか言うな。

雷<いかずち>
 単発の時だけでふ
極彩色<ごくさいしき>
 ド派手な色

はい、なんて〜か、まぁ、その、ねぇ?
この辺が私の限界です。
これ以上の期待はしないで下しぃ(泣
やりたいことと出来ることの隔たり。
いや〜、難しいね〜
私のSSの戦闘シーンに期待を持たないように。
肩すかし喰らいます。

今回、陰陽道関係のネタがちらっと入ってますね。
五芒星・セーマンと九字・ドーマン。
セーマンは木火土金水の陰陽五行の相生と相剋を表した図形。
ドーマンは横5本、縦4本の線で描かれる。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」のほうが有名ですか。
と言っても用語だけ借りてるようなもんです。
中身は全然違うものなので信じないように。
セーマンは安倍晴明、ドーマンは芦屋道満からきてます。
どっちもすごい陰陽師。
知ってる人は知ってる。知らない人はとことん知らない。
関係ないけど、アベノセイメイって書くとペルソナ〜って言いたくなる。
関係ないけど、道満晴明って漫画家もいる。
関係ないけど、「ねだる」は「強請る」と変換される。
関係ないけど、「ゆする」も「強請る」と変換される。
日本語ってすごい。
 
さ〜て、次回の鬼月は〜
舞、佐祐理の仇を討つ。
×××××××××!?
え、あ、結局どうなるわけ?
の三本でお送りしま〜す。
んがくっく。

SS index / this SS index / next 2002/05/21