げき いもうと
 〜うさぎがちちにこだわる理由(わけ)

 
 
 
 
 暇だー死ぬーどっか連れてけー
 遊び相手のいなくなった兎萌が、俺の背中でそんなことを延々と呟き続ける。
 名雪と真琴は例のごとく泣きが入って自室へゴー。
 なんか……いいかげん哀れになってきた。
「にいちゃーん、ひまー、すっげひまー」
 首に巻き付けた腕をぶらぶらぶらぶら。
 前に後ろにゆらゆらゆらゆら。
 この調子でかれこれ30分ほど。
 うっとうしいことこの上なし。
「あー、わかったからやめろ」
「ホントか?」
「ホントだよ。……外行くから用意してこい」
 俺がそう言うと、兎萌は返事もせずに部屋を出て行く。
「はあ……。ここに来る前はあんなじゃなかったんだけどなあ……」
 どうも帰ってきてから性格が変わっている。
 多少俺に頼ることはあっても、べたべたと甘えるようなやつではなかった。
「……考えても意味無いな。さっさと行くか」
 財布をポケットにねじ込み、俺は部屋をあとにした。





 特に兎萌からのリクエストも無かったので、商店街をふらふらとさまよう。
 なんつーか、娯楽に乏しいな、ここ。
 プールはこの前行ったけど……いや、無かったことにしよう。
 その方が精神衛生上よろしい。
「ん〜、なんかこうしてにいちゃんと歩くのも久しぶりだな〜」
「そうか?」
 俺と兎萌が離れていたのは2ヶ月とちょっと。
 短くはないが、久しぶりと言うほどでもない。
「そうだよ。……いやさ、こっちにいたときでも、こんなことしなかったから。
 むこうに行く前までは、ひとりで大丈夫、もうひとりでできる、って意地張っててさ〜」
 兎萌は俺の腕を取り、ぎゅうっと、なにかをこらえるように抱きしめる。
「あ〜、やっぱりいいよな、こういうの」
「ばか、はなせ。くっつくなって」
「いいじゃんよ〜。減るもんでなし〜」
「歩きづらいだろ、はなせっての」
 振りほどこうと腕を引くが、兎萌はそれでもがっしりとしがみついてくる。
 この様子だと、はなす気は無さそうだ。
 なにをこだわっているのか知らないが、させておくしかない。不本意だが。
「のあ゛ーーーーー」
 腕にぶら下がっている兎萌にため息をついたとき、奇妙な声が後から発せられた。
「なんですかその女は祐一さーーん!」
「……なんですかというかな」
 振り向きながら答える。
「栞、誤解を生むような発言を大声で叫ぶな」
 そこにいたのは、フラットボディに日々涙ぐましい(無駄な)努力を注いでいる美坂栞嬢である。
 ……うん、まあ、……いや、フォローの言葉もないんですが。
 ついこの間、
「なんで私の方が背が高いのにあゆさんよりちっちゃいんですか……?」
 と草をむしりながら泣いていた。ホントに泣いていた。
「え、あっ、ごめんなさい。……じゃなくてっ、誰なんですかっ、その腕を組んでる女はっ」
 全然わかってないよこの娘。
「だれって……なあ? 見てわかんない?」
 兎萌が俺の顔を見ながら言う。
「だ、な、なんですかその余裕しゃくりまくりの見下したような言い方はっ。本妻気取りですか。正妻気取りですか。正室気取りですか。あ゛ーーーー私だって腕組んでらぶらぶしたいけどお姉ちゃん怖いから出来ないのになんとか言いなさいこの女郎うわぁぁぁ〜〜〜ん!」
「うおっ、な、なんだよ。ビクるっての」
 マジ泣きですよこの娘。
 しかも両手両膝ついて思いっきり泣き崩れてますよ。 
「……どうすればいいと思う、うさ」
「いや正直逃げてぇけどさ〜」
 と、まわりをぐるりと見渡す。
「ご町内の奥様方の視線がイタいのね」
 いたたたっ。
「祐一さんの節操なしっ、すけこましっ、女たらしぃ!
 私なんかよりその女の方がいいっていうんですかぁ!
 ぅぅぅぅぅぅお姉ちゃんに言いつけてやるーーーー!」
「うおあぁ! まてまてまて! ひとりで突っ走ってんな!」
 あいたたたたっ。
 奥様方の視線がさらにちくちくっとっ。ちくちくっとぉっ。
「まず聞け! あと香里に言うの無し! アイスおごっていやるから!」
「祐一さんにとって私はアイス出せばおしり振ってへこへこ言うこと聞くような安い女なんですねうわーーーーーーーーーーーーーん!!」
 おおお状況悪化!?
「ううううぅぅぅぅぅぅ……とりあえず聞くだけは聞くのでアイス下さい」
「ステキな変わり身の早さだな」
 兎萌は新しいおもちゃを見つけた子供のような微笑みを浮かべ、くふふと笑う。
「……面倒事は起こすなよ」
「失敬な。起こすわけないさ」
「…………」
「……なに、なんか言いたそうだけど」
「なんでもない。……それじゃ百花屋にでも行くか」
 俺はぐすぐすとすすり上げる栞の背中を押して、奥様方の熱い視線を後頭部に百花屋へと向かった。





「ええっと……ごめんなさい」
 栞はスプーンをくわえたままへこっと兎萌に頭を下げる。
「別にいいんだけどさ。……でも、そんなに似てないか、オレとにいちゃん」
「ぱっと見でわかるほどは似てないだろ」
「え゛ー」
「なにが不満なんだおい。兄妹には違いないだろうが」
「いや、やっぱ似てたほうがいいだろ?」
「……それは肯定すべきなのか?」
「似てたほうがいいに決まってますっ」
 栞が息も荒く割り込んでくる。
「というか似るのがふつうなんですよ!? なのに……なのにぃ……!」
 わしゃわしゃと両手の指を動かし力説する。
「あのちちが、本来なら私にも標準装備されているはずのあのちちが、どうして……どうして……っ」
「お、落ち着け、栞。とりあえず座って、な?」
「…………はぁ…………」
 今度は力無く椅子に座り込む。
 見ていて可哀想なほど落ち込んでいる。
「ところでにいちゃん、この情緒不安定っ娘、まだ紹介してもらってない」
「ん? ああ、俺の後輩の美坂栞」
 親指で兎萌を指し、
「こっちは、さっきも言ったと思うけど、俺の妹の兎萌。
 今年からこっちの学校に通うことになるから、よろしくな」
 うちの学園は大学の付属校で、同じ敷地内に中高の校舎がある。
 兎萌は中等部へ編入することに決まったのだが、知り合いができれば少しは安心できるだろう。
「ええと、美坂栞、今度二年になります。よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしくー。そっか、栞ちゃんも二年か。オレもなんだよねー」
「そうなんですか。同じクラスになるといいですねっ」
「……いや、うさはちゅ」
「あ、祐一さんっ。アイスもう一つ頼んでいいですか?」
「いいけど」
「うう〜、ありがとうございます〜。すいません、こっちお願いしまーす」
 通りすがったウェイトレスに追加の注文をして、栞は兎萌と向き合う。
「兎萌ちゃんはいつごろこっちに来たの?」
「ついこの間。それまでは外国にいたんだけどさ、つまんなくて帰ってきた」
「外国ですか? かっこいいですー」
「いや、ほんの2ヶ月なんだけどね」
「それで、外国でなにしてたの?」
「治療かな。ん? 療養って言った方がいいか?」
「あ、奇遇ですね。私もついこの間まで死線さまよってたんですよ。あははっ」
 栞はからからと笑う。それがなんでもなかったかのように。
「……にいちゃん、これは笑っていいところなのか」
 兎萌は小声でこそこそと耳打ちする。
「笑っとけ。本人バカみたいに笑ってんだし」
「ネタだよな。それとも自虐系のボケか」
「自虐系かはしらんが、死の宣告はうけてたな。一応頭の上のカウントはゼロになったんだけど」
「……笑えねえって」
 と、俺の体が力強く引っ張られる。
「くっつかないでください」
「……」
 くっついちゃいかんのか。
「ときに、兎萌ちゃん」
「んあ?」
「ええとですね、その……初対面で失礼かもしれませんけど」
「別に、気にしなくていいよ」
「そう……ですか? えと、それじゃあ聞きますけど……仲間ですよね」
「……仲間?」
 なんじゃ、と俺に視線を向けてくる。
 話してる本人が知らないんだから、俺がわかるはずもない。
「あの、ここが」
「…………………………………………あー、はいはいはいはい、ここね。落ち込むこと考えさせんなあほう」
「えぅ〜、だって心強いじゃないですか、仲間がいると」
「そりゃそうだけどさあ。……栞ちゃんいくつ」
 さっきから二人の視線がちらちらと上がったり下がったり。
 ていうか胸か。ちちばすとか。
 黒一点の俺の肩身が狭いぞ。
「ええと……、……、です」
「オレ…………なんだけど」
「……ちょっと立ってもらえますか?」
「あい」
 ぴと、と抱き合うように向かい合う二人。実にお耽美。
「…………私の方が低いですよね。ということは……ボリューム的には私の方があると言うことに……」
「……まあ、オレらの年の平均的な数値はこんなもんでしょ。少したんないけど」
 少なからずダメージをうけたのか、暗い顔で椅子に座る兎萌。
 栞は栞で、もの凄いガッツポーズをしている。
「私たちいい友達になれそうですね、兎萌ちゃん」
「そのすっげえ打算的な笑顔がなければいい友達になれるんだろうなあこんちくしょう」
「あ、あははっ。じょ、冗談ですよ、冗談っ」
 兎萌はふて腐れてストローをくわえると、ぞぞぞーと音を鳴らしながら吸う。
「まあ、オレもあと3〜4年すれば、母さんとか秋子さんみたくなるけどな。たゆんたゆ〜んと」
「ですよね。うちのお母さんもお姉ちゃんも結構ありますから、私もそのうちたゆんたゆんです」
 ……こういうとき、男って黙ってるしかできないよな。
「ちちは遺伝よな」
「ちちは遺伝ですよ」
 悲しいお知らせだが遺伝はあんまり関係ない。とは言えないぞ、この雰囲気。
 バストサイズは女性ホルモンの分泌量に左右されるわけで、ほとんど後天的なものだ。
 このふたりは、生活環境、身体状況が健康的とはいえなかった。
 つまりそういうことも、現在ふたりが思い悩んでいることの原因になっているんだろう。
「それにしても秋子さんいいちちしてるよなー」
「あ、私もあのひとは見たことありますけど、綺麗ですよね。胸も大きいし」
「オレもいずれはあれだ」
「私だって」
 ふと、ずいぶん前に見たアルバムのことが頭をよぎる。
 そこには中学時代の母さんと秋子さんが肩を並べてほほえんでいる姿があった。
「そういや、秋子さんも母さんも、中学の頃から並以上だったな……」
「…………」
「…………」
 ……すまん。口が滑った。
 しかし不毛な会話してると思うぞ、ふたりとも。
「えーと。……にいちゃんはきょちち派だよな」
「う、うそっ。そうなんですか!?」
「つーかなんで俺にそういう話題を振る」
 しかもきょちちて。
「うそだと言ってください祐一さん!」
「ん、ああ、うそだ」
「……兎萌ちゃん、違うじゃないですか、もー」
 やれやれと肩をすくめる栞。
「いや、それは栞ちゃんが『嘘って言え』って言ったから」
「祐一さぁん!」
「あーもー、別に俺の嗜好なんてどうでもいいだろ?」
「……オレも知りたいんだけど」
 と、やけに真面目な顔で言う。
「はあ? なにマジな顔で言ってんだよ」
「にいちゃんは小さいのだめか? やっぱおっきい方が好きとか」
 言いながら胸に手を当て、寄せて上げて揉んで揉んで。
「なにしてんだアホ。やめろっての、恥ずかしい」
 ずずいと兎萌と栞が詰め寄ってくる。
 なんだかふたりとも妙な気迫に満ちているような気が。
「いやだからどっちが好き?」
「小さい方がいいですよね。ね? ね?」
「あー、いや……正直言うと大きい方が」
「なんだとこんちくしょー!!」
「なにいきなりキレてんだよ!」
「と、兎萌ちゃんっ、ここお店お店っ」
「どうせオレは慎ましやかだよ!」
「わけわかんねえよ! とりあえず落ち着けバカ!」
「うわーっ、うわーっ」










「……追い出されたぞ」
「あっはっは。……すまん」
 栞とは百花屋前で分かれ、俺と兎萌は帰宅の途中。
 始業式にまたあいましょう、と栞は兎萌へ手を振って帰っていった。
「まあ、学校に行く前に知り合い出来てよかったな」
「……うん。よかった。栞ちゃん、かわいいし」
 かわいいのがどう関係あるかはわからないが、兎萌はうれしそうに言う。
「胸とかもな」
「……そうか」
 あゆと知り合ったらまた一悶着起きそうな気がするんですけど。
「あれ、祐一君?」
「やは、かわいいお嬢ちゃんじゃね。にいちゃんの知り合いか?」
「…………」
 
 
 
 
 


あとがけ

一年か……なげえなおい。
ま、それはそれとして。
とりあえずトップの掲示板でちらっと公開したやつではなく、別に書き起こしました。
いや、栞とちち談義させたかっただけなんですが。
学校始まってこのふたりが再開すれば、栞はまた泣き崩れるんでしょうけど。

そういえば、このSSがきっかけで商業誌に書かせてもらったんですよね。
本職の絵描きさんの挿絵は感動ものでした。SS書きの本懐。
そう思うと結構感慨深いものがありますなー。

広告考察

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SS index 2003/10/27