げき いもうと


 
 
 
 
「あ゛? なんだこら、やんのか?」
「そ〜ゆ〜言葉遣いはやめろ」
「うっさい。食わないんならよこせって」
 そう言って俺の皿から食いかけのハンパーグをかっさらってゆく。
 まぁ、今日はもう食べる気がしないからいいけど。
「うまいか?」
「うまい」
 がつがつとごはんをかきこむ。
 その豪快な食いっぷりは、見ているこっちまで腹が膨れそうだ。
 ずず〜、と味噌汁を飲み干し、箸を揃えて置いて手を合わせる。
「ごちそうさん」
「おそまつさまです」
 秋子さんが微笑みながら言う。
「いや、ホントにうまいな、にぃちゃんの料理は」
「っても、俺はハンバーグ作るの手伝っただけなんだがね……」
 ほとんどは秋子さん作だ。
「だからだよ」
 にやりと微笑む。
「……そういうもんか?」
「そういうもん」
 腕を組んでうんうんと頷く。
「さて、腹も膨れたし、少し休むかな」
 椅子を引いて立ち上がり、リビングへと移動していった。
 ばふ、とソファに体を投げる音と、テレビの音が聞こえてくる。
「……元気な子ですね」
「元気すぎるのが玉に瑕というやつですよ」
 俺は味噌汁に口を付け、箸を置く。
「ごちそうさまです、秋子さん」
「はい、おそまつさまです」
 さて、俺もあいつの所に行くか。
「……ね、ねぇ、お母さん、あの子……だれ?」
 今まで硬直していた名雪がようやく口を開いた。
「あら、言わなかったかしら?」
「……聞いてないよ?」
 リビングからぎゃははと下品な笑い声が響いてくる。
「ともちゃんよ。兎に萌って書いて、兎萌」
「うん……」
「祐一さんのよっつ下の、妹」
「え゛」
 
 
 
 
 
「うさ、なんでいきなり来たんだ?」
「うさゆ〜な」
 『うさ』こと相沢兎萌。
 うさぎもえ、ではない。
 とも、だ。
 背は俺より頭半分ほど小さい。
 あごのラインで揃えた真っ黒な髪。
 気の強そうな濃い眉に、少しつり気味の目元。
 くちびるは常になにかを企んでいそうな感じに微笑んでいることが多い。
 口癖は語尾に「さ〜」とか、漢弁。
 身内の俺が言うのもなんだが、そこそこ可愛いのではないかと。
 可愛いよりは凛々しいか?
 女からもよく迫られているようだ。
 兎萌はテレビにも飽きたのか、携帯型のゲーム機をぴこぴこと操作している。
「あ、あ、このっ」
 体ごと揺らして熱中している。
 俺は兎萌の隣に座り、その携帯ゲームの画面をのぞき込む。
「がはは、ざまぁ」
 画面ではボスらしき大物が爆散していた。
 オーソドックスな横スクロールシューティングというやつだ。
「ん? にぃちゃんもやるか?」
 俺は手を振って断る。
「で、さっきの質問」
「なんだっけ?」
 とぼける兎萌。
「なんで急に来たんだ? お前、あっちに永住する〜、とか言ってなかったか?」
「ん〜、あ〜、それはだね〜、なんだ、あれですな、あれ」
「どれだよ」
「……いや、ね。なんか……さ」
 兎萌の顔に影が差す。
「レイプでもされたか?」
 ばごっ
「ぶっ飛ばすぞ!」
「ぶっ飛んでるよ!」
「そうか? ならいいや」
 全然よくはないが、暗い、萎びた兎萌を見るくらいなら、殴られていた方がいい。
 決して、殴られるのがイイというわけではない。
「しかし相変わらずいい右してるな。アゴがくがくだぞ」
「あ、いや……すまん。別に、殴りたくて殴ったわけじゃないからな。にぃちゃんが悪いんだからな」
 つんと顔を背ける。
「で、ホントにどうしたんだ?」
「うん、なんだ……あははははっ、まぁ、気にすんな」
 それよりも、と兎萌は俺の方ににじり寄ってくる。
「にぃちゃん、これできたか、これ」
 親指をがっつりと立てる兎萌。
「できるか!」
「できろよ!」
「逆ギレかよ!」
「んだこら、しばらく見ないうちに生意気になったのぉ、あん?」
 俺は肩を竦めて、やってらんね〜、というジェスチャーをする。
「あ、なんだその態度。やんのか? お? やんのかこら。こっち向けや」
 俺の肩を掴み、ソファに押し倒しながらおもくそ叩き付ける。
 肘掛けに後頭部を強打。
「痛ぇよ!」
「しゃ〜」
 などと言いながら大きく口を開く。
 尖った犬歯が、なぜか嫌な予感をかき立てる。
「がぶ」
「ぎゃ〜〜〜」
 兎萌は俺の首元に顔を埋め、噛み付いてきた。
 しかもなに気に本気っぽい。
「いででででっ、うさっ、噛むな噛むなっ、ぅいだだだっ」
「がみがみ」
 ぶつ
「ぎゃ〜〜〜〜、穴開いた穴開いた!」
「あぐあぐ」
 引き剥がせば首の肉ごと持っていかれそうな気がする。
 なすがままに任せ、兎萌がやめてくれるのを待つしかない。
 ……のだが。
「がじがじ」
「ぎゃ〜〜〜〜」
 ――結局、5分ほど囓られっぱなしだった。
 
 
 
 
 
「……あの、にぃちゃん」
 俺の腹に馬乗りのまま、兎萌は口を開く。
 しかしまだ首元から離れない。
 いつ噛まれるのかとびくびくだ。
「なに」
「その……ごめん、お、怒ってる? あの、なんだ、ひさしぶりだったから……その……」
 兎萌の顔は俺の視認範囲外にあるため確認できない。
「……その……う、嬉しくてさ。ちょ、ちょっとはしゃぎすぎたかも」
 噛まれてた首筋に、柔らかく湿った物が這う。
「……ごめん。にぃちゃん」
 兎萌とは、それこそ生まれたときから一緒だ。
 常に俺の後ろの同じ道を歩いてきた。
 何ヶ月も離ればなれなど、想像したことも無かっただろう。
 いつも、オレはもうにぃちゃんがいなくてもだいじょぶさんさ〜、と言っていた。
 だから俺は、ここに来たんだ。
 ……しかし、この兎萌の様子を見る限り、そうでもなかったようだ。
「……やっぱり、だめだな。にぃちゃんとさ、一緒じゃないと」
 ぺろぺろと噛み付いた所を舐めている。
「うさ……」
「うさ……ゆ〜な」
 ぎゅっと、俺の体にしがみつく。

 がたん
 
 なにかを落としたような音に目を向けると、そこには名雪がいた。
「ふ、ふけつだよっ」
 にやりと、禍々しい笑みを浮かべる兎萌。
「なゆきちゃ〜ん? なにが不潔なの〜? ただのスキンシップさ〜」
 ぐいぐいと俺の体に押し付ける。
 なにがとは言わない。
 いろんなものだ。
「あ、あ、あ〜〜〜〜!」
 名雪は指を突き出して叫ぶ。
「にぃちゃん、口開きぃ」
「んが」
 開けた瞬間、アゴをがっちり固定された。
 兎萌はくちゅくちゅと口を鳴らし、薄く開ける。
「ん〜〜〜〜」
「んがぁ!」
 ヨダレがっ、ヨダレがぁぁぁ!
「あ゛〜〜〜、ゆういちぃぃぃ!」
 口に入る一瞬前、名雪のナイスセーブ。
「あ、くそ、なにしやがる」
「それはこっちの科白だよ!」
 手のひらにたっぷりと溜まった粘液をティッシュでごしごしとこすりながら、名雪は怒鳴る。
「別にぃ〜。いいじゃん。兄妹なんだし」
「よくない、全然よくないよ!」
「なんで? なにがよくないの?」
「そっ、それはっ……とにかく祐一はダメなの!」
 兎萌はおもちゃを見つけた子供のような微笑みを作る。
「はっはぁ……なるほどねぇ」
「な、なに、なに?」
 名雪もなにか感じたのか、後退りする。
「なんでもない。あ、そうだ、にぃちゃん。こっちで彼女できたか?」
「ん? なんだいきなり」
「いいからさ〜」
 ぐりぐりと体を押し付ける。
 名雪は無言でそれを引き剥がす。
「……できたよ」
「そ「なにそれ! 聞いてないよ祐一!」
 兎萌の言葉が名雪に遮られた。
「冗談だよ、冗談! そんな顔すんなよ!」
 殺されるかと思った。
「……なんだ、まだいないのか」
「いるかよ。大体、あんま知り合いもいないし」
「なんだかなぁ。見る目無いな、こっちの女共は。こんないい男なのに」
 兎萌は俺のシャツの下に手を伸ばし、もぞもぞと動かす。
 名雪の眉が鬼みたいにつり上がる。
「妹に言われてもなぁ」
「んにゃ、ひとりの女としての意見」
 さわさわと俺の胸を撫でる。
「とりあえずありがとうと言っておこう」
「マジだからな」
 俺のシャツをめくりあげ、兎萌はその中に頭を突っ込む。
「なっ、兎萌ちゃん!?」
「だはははははっ。やめ、やめろっ、うわ、乳首舐めんなっ、うははははっ、やめろっつのっ」
「ちゅ〜」
「うはははははっ」
 
 
 
 
 
「ってことで、しばらくお世話になりたいんだけど、だめ?」
「了承」
「ちょ、お母さん!? そんなことしたら祐一の操の危機だよ!?」
「……オレってそんなに危ないやつに見えるか?」
「ん〜、俺から見れば別に」
「わたしからみれば危ない人間!」
「うさちゃん、ちょ〜しょっく。にぃちゃん、慰めて」
「よしよし」
 ぽんぽんと兎萌の頭を撫でる。
「ほらほら、名雪もわがまま言わないの」
「う゛〜〜〜〜」
 なにを警戒しているのか、名雪は猫のように唸る。
「それじゃあ、いろいろしないといけませんね。転校の手続きもありますし」
「ま、準備もあるだろうから、それまではゆっくりしておけ」
「おう、もちろんさ〜」
 ぐで〜、とテーブルの上に伸びる。
 
 
 
 
 
 そんなこんなで、相沢兎萌は水瀬家居候三号となるのだった。
 
 
 
 
 
「んじゃ、一段落したところで風呂でも入ってきます」
「…………にやり」
「兎萌ちゃん!? 今の微笑みは邪悪な気配がしたよ!」
「ちっ」
「舌打ち!? やっぱりなんかやろうとしてたね!!」
 ……大丈夫なのだろうか。
 
 
 
 
 


あとがけ

萌え?
なにそれ、食べれる?

世の中妹だらけということで
いや、現実世界の話しではなく
とりあえず私も妹SS書こうということでね
んで、出来上がったのが、これ
ここまで世間様と逆走する妹もなかなか見ないのではないかと
名前が兎萌なのは、なんとなく
とりにゃんとこのとかぶり気味
とりにゃんて誰やねん

SS index 2002/07/12