とりあえず舞をアノ手コノ手でだまくらかして、学校をあとにした。  ――まいは結局、学校に寝泊まりしていたようだ。  宿直室や保健室に潜り込んだり、体育館倉庫のマットで先程のように爆睡しているらしい。  なんともわびしい生活だ。  ……まぁ、人外に普通を求める方が間違ってるか。  そのまいは目を覚ましたあと、というか気絶から覚めたあと、 「目ぇ冴えちゃってるよ……とりあえずピアノでも弾いて気分落ち着かせてくる」  などと言いながら夜の校舎へ消えていった。  多分、この学校にある怪談話の三つか四つはまいの仕業。 「……しかし」  寒いぞ。  俺は急ぎ足で家路へと急ぐ。  歩いて20分の道のりを15分に縮め、帰宅の挨拶もそこそこに靴を脱ぐ。  兎にも角にもまずは風呂だ。  やっぱり寒い日は熱い風呂、これでしょう。  リビングでふにゃふにゃになっているアホを横目に見つつ、階段を上る。  そして部屋のドアを開けると、  ――そこには黄金色に波打つ麦畑が広がっていた。 「おかえり、祐一っ」  ばごぉっ 「なにしてんだこら」 「……ッ!? ッ!!」  まいは床に転がって痛みにもがいている。 「……ん? 元に戻ったな?」  既に麦畑は消え、いつもの部屋になっていた。  俺は真ん中が見事なまでにへこんだ鞄をベッドに放り、替えの下着をあさる。 「つか、まい。お前いつの間に帰ってきたんだ?」 「ゆ、祐一の来るちょっと前……」  床に転がりながら答える。 「ふ〜ん」  適当な下着を掴み、よしと呟いて部屋を出る。  まいも俺のあとについてくるが、とりあえずこいつは秋子さんに任せよう。 「そういや、あんなこと出来るんだな、まい」 「ぅぅ……さっきの麦畑?」  まいは頭を押さえながら、へこへこと階段を下りる。 「わたしはもともと、舞の力そのものだもん……イメージの投影くらいなら簡単だよ……」  ふらふらと足元がおぼつかない。  そんなに思いっきり叩いていないはずだぞ。  ……多分。  いきなりだったから加減のし忘れはあるかもしれんが。 「てことは自分の好きなものを造り出せるってことか」 「うん、まぁね……にせものけど、臨場感たっぷり」  さっきの麦畑も、まるでそこにあるかのような風景だった。  たしかに、現実感のあるまぼろしだ。 「……人も可か?」 「人も可。やったことないけど……この目で見た人ならほとんど同じにできると思うよ……」 「ほう……それは面白い」  俺としてはただ笑っただけだが、なぜかまいが引きつった笑顔を浮かべる。 「あはは……でもまだ一回も試したことないからできな――」 「だれでも、最初にやるときはやったことがないんだぞ、まい?」 「はぅっ。……いやまぁ、わたしに被害が及ばないんなら問題ないんだけどね」  ひとのことを災害みたいに。 「で、なにやってみようか」 「あ〜、その前に風呂入ってくる」 「あ、わた――」  目を細める。 「――しはリビングで待ってようかな、うん。待ってる」  冷や汗を浮かべているまいをしり目に、俺は冷えた体を温めるために風呂へと向かった。           「なるほど」  ひとしきり頷いて、俺はソファに沈み込む。 「まいがふたりだ」  俺の目の前にはまいと、まいが作り出したもうひとりのまいが並んで立っている。 『すごい? すごい?』  ユニゾンで喋るまい。  ステレオだ。  もうひとりいればサラウンドだな。 「ああ、すごいから戻せ。うるさい」  俺がそう言うと、ひとりがすぅと消えてゆく。 「うるさいってひどいー。祐一が出せって言ったのにー」  無視。 「んじゃ次は……そうだな、俺だ」 「祐一を? そりゃ簡単よぉ。ばっちし目に焼き付けてるし」 「ただまぁ、それだけじゃつまらん。いまより少し前の俺ってできるか?」 「少し前? う〜ん、そのころの祐一を見たことないから、完璧にはできないかな……」 「とりあえずやってみろ。へんなとこあったら指導するから」 「うん、まぁそれならいいけど」  まいが腕をふぃと振る。  すると、目の前にじわりと人の形が浮き出してくる。 「……ほう。よく出来てる。ほとんど同じだ」  だいたい12、3歳だろう。  まいの作り出した俺は、記憶にある俺自身の姿と一致する。 「へっへ〜ん。伊達に祐一歴は長くないよ。  昔と今のイメージから、その間の成長を予想すればこんなもんさっ」  まいにしてはよく考えている。 「どうかな、俺」 「うわ、喋りやがった。きもちわり」 「そりゃ喋るよ〜」  ひどく傷ついた顔をする俺。 「まい、こいつ俺の思った通りに行動出来るか?」 「うん。わたしの力を送るのに、祐一の意識を間にはさめばいいだけだから」 「どうやって?」 「抱っこして」 「……抱っこか。まぁいい」  まいを抱え、ソファに座り直す。 「これでいいのか?」 「うん。……いいよ、切り替えた」  ためしに歩かせてみると、たしかに俺の思った通りに動く。  おもしれぇ。 「あつはなついねぇ」 「それを言うなら夏は暑いやろが」  びしっ。  これぞひとりボケツッコミ。 「……くっだらねぇ……」  自分でやってて身も凍る思いだ。 「これ、実用性皆無だな」 「う〜ん、そうかな……」 「目の前にあっても触れないし、内容がまいのイメージじゃ限界があるし」 「なんだとーー! わたしの妄想力はすごいぞーー!!」  すごいのかよ。 「んじゃためしに祐一を脱がせよう」 「やめんか」  するすると着ているものを脱いでいく俺。    ばごっ   「あいだっ」 「やめろと言ったろうが」  と、さっきのまいの心の叫びに気付いたのか、秋子さんがやってきた。  とっさに隠れる俺とまい。 「あの、祐一さん、いまの声はどうしたんですか?」  が、隠れたのは俺とまいだけで、まいの作った俺はまだそのままだった。  ……かなり不自然すぎる。 「あ、なんでもないですよ。ちょっとテレビのボリューム大きくしすぎたみたいです」  とりあえず喋らせておく。  まだ俺の自由に動くようだ。 「そうですか。…………? 祐一、さん……?」 「はい?」 「あの、心なしか……小さくなってません?」 「小さく?」  まぁ、これで気付かなかったらすごいな。 「え……と。もっと背が高かったような……?」  言いながら近づいてくる秋子さん。  あのころの俺の身長は150にも満たない。  いまの俺が177で、秋子さんが165程度だから、目線がまるきり違う。 「……あれ? 祐一さん……ですか?」 「はい、そうですよ。当たり前じゃないですか、秋子さん」  とりあえずごまかしで可愛らしさ全開の微笑み。  ……自分で可愛らしいとか言ってて虚しさ全開。 「……………………」 「秋子さん?」 「…………はっ!? あ、あ、なんですか?」 「鼻血出てますよ」 「え? あ、そ、そうですね、出てます。ご、ごめんなさいね祐一さん」  ふきふきつめつめの秋子さん。 「ところで、お風呂入りました?」 「あ、まだですけど。いま入ろうと思ってたんです」 「それじゃ、一緒に入りませんか?」 「……………………」 「鼻血」  ふきふきつめつめ。 「……もう一回、お願いします」 「一緒にお風呂らない? ぼく、秋子お姉ちゃんとお風呂はいりたいな〜」  ……俺はそんなことやってないぞ……?  つか、まいか!? 「もえもえ〜」 「まい! なにしてやがる! あれじゃ俺のこの家での立場がやばいぞ!」  静かに、静か〜に怒鳴る。  以前同じようなことを言ってた気もするが、あくまでそんな気がするだけだ。  っておいおいおいおい!  秋子さんなに乗り気なんだよ!  よーし、お姉ちゃんが祐くんの背中流して上げるー、とか言ってるし!  しかもそれ聞いて俺喜んでるし! 「悪夢だ……」  そして、悪夢の原因は、俺の膝の上に乗っている、このバカ。 「…………ふぬ」 「もえもぐぇ」  かえるをひっつぶしたような声を出して、まいはぐでりと俺にもたれかかる。  とりあえず意識を絶てばアレも消えるはず……というか消えろ。 「……ゆ、祐一さん?」  突然消えた俺に戸惑う秋子さん。  よし、消えたな。 「あれ、秋子さん、どうしたんですか?」  いま丁度通りかかったという顔で秋子さんに声をかける。  隠れていたところが秋子さんの死角で助かった…… 「え、え? え? あ、ゆ、祐一さん?」