「おかえりなさい、真琴。ちゃんと買ってこれた?」
「う、うん……あ、ちがう、え〜と」
「どうしたの? あら、頼んだのと違う……もの、が……」
 秋子さんが俺の影に気付く。
「…………」
 笑顔のまま固まる秋子さん。
「あ、き、こ、さん?」
「は、はい!?」
「真琴のやつ、メモ落としたみたいで。俺が適当に選んできましたから」
「え、あ、はい……え?」
「不満、ありますか?」
 微笑み。
「…………全っ然、ありません」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウキュウ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時刻は8時を少し過ぎた頃。
 俺はリビングのソファで、無意味な映像を垂れ流しているテレビを見ながらだれていた。
 台所からはかちゃかちゃと食器を洗う音が聞こえてくる。
 俺の右隣にはぽち、左はアホがなぜか座っている。
 こういう状態を『両手に花』と言うんだろうが、花は花でもぼけの花とかそんな感じ。
 いや、ぼけの花自体は全然おかしくはない。名前がソレなだけだし。
「……しかし」
 なにか忘れているような気がしてならない。
 思い出しても大して得になりそうにも無いことだけど、こう、気になって仕方がない。
 例えるなら、弁当を開けたら見事に半分圧縮されてたときの心境?
 食うのにはなにも問題ないけどちょっとイヤ、みたいな。
 でも、忘れてるもの……?
 忘れるようなもの持っていってないと思うし……
 約束だって、してないと思う。
 まぁ、名雪のはあとでやるからいいとして。
 ……とりあえず最初から思い出していくか。
 え〜と、まず朝から。
 玄関から出てまいを振り切って。
「あ」
 いきなりだった。
「まいか……忘れてたな」
 保健室に放り込んで、昼に様子見に行ったきりあとはすっかり記憶の彼方だ。
 しかし、う〜ん……
「……仕方ない。行くか」
 毎夜学校で舞とじゃれてたんだからいいようなもんだけど、もうその必要もないからな……
 舞だって来てないだろう。
 ……まだ寝てたりしたらどうしようか。
 放置してあとで報復されるのも煩わしいしな。
「まぁ、あっち行ってから考えるか……」
 俺はソファから腰を上げる。
「ごしゅっ……。祐一、どこに……行くの?」
 『ご主人様』と言おうとしたぽちを視線だけで訂正させる。
 先程、よ〜〜〜〜く言い聞かせておいたから、少しは直ってはいるようだ。
 それでもまだ抵抗はあるのか、恥ずかしそうに俺の名前を呼ぶ。
「ちょっとな。学校に忘れ物した」
 俺はそう言ってリビングを出て、玄関にかけておいたコートを羽織る。
 ぱたぱたとスリッパを鳴らして、ぽちが玄関まで来た。
「連れて行かないぞ」
「うん……わかってる。いってらっしゃい」
「ああ」
「早く……帰ってきてね……」
「すぐ済む用事だ。真琴が寝る前に帰ってこれる」
「うん……」
 玄関を出て、白い息を吐き出す。
「……やっぱやめようか」
 寒い。
 しかし、まぁ、忘れ物取りに行くとか言いながら5秒で帰るのも癪。
 寒さに身を縮めながら、学校への道を歩いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とりあえず夜の学校というのは、どこもかしこも無意味に不気味に映るわけで。
 だからなんだというわけでもないが、なんとなくだ。
「……月明かりだけが光源というのも、薄ら寒いな」
 そんなことを感じながら保健室を目指す。
 
 ……はずだった。
「いや、今更何を言っても言い訳にしか聞こえないな……」
 月の魔力とか、暗い廊下とか、普段見慣れない夜の学校だからとか。
 有り体に言えば迷ったわけだが、いくらなんでも迷い過ぎかと。
「適当に歩いてればいつかは着く……よな」
 そんなこんなで、何度目か数えるのも面倒なくらい角を曲がったとき、ふと違和感を感じた。
 月の光に包まれて佇むその影――
「舞、か?」
「……ん」
 こく、と頷く。
「なんでいるんだ、お前。もうここに来る意味もないだろう?」
 す、と俺から視線を外し、窓の外に浮かぶ月を見上げる。
 ぽっかりと、そこだけ丸く切り抜いたように、夜の闇の中に月は輝いていた。
「惰性で」
「惰性か」
 実になんともな言葉だ。
「ま、そんなことはどうでもいいし。保健室どこにあるかわかるか?」
「……わかる」
「お、そうか。案内してくれ」
「ん……」
 舞はくるりと踵を返し、廊下を向こうに歩いていく。
「こっち……角曲がった、そぐそこ」
 舞の言ったとおり、すぐそこだった。
「ありがとさん」
 ドアを開けようと手をかけると、わずかに開いているのに気付いた。
 鍵は掛けられていないらしい。
 不用心だな。
 まぁ、あの保険医のことだし。
 音を立てないようにそっと開ける。
「…………」
 俺が中に入ると、舞もあとについて入ってくる。
 舞は顔を出して廊下の様子を見てからドアを閉め、内鍵も下ろす。
 仕切の向こうに移動してベッドを見てみると、案の定というか、ひとつだけカーテンが引かれていた。
 耳を澄ませば、すーすーという寝息も微かだけれど聞こえてくる。
 ……あの保険医、仕事してんのか?
 今度指導だな。
 ……そういえばまいって、いつもどこで寝起きしてんだ。
 この学校に居座ってるってんなら、わざわざ来る必要すらなかったかも。
「……祐一」
「ん、なんだ?」
 舞が俺のコートの袖をくいくいと引っ張る。
 顔は伏せ、その表情は見えない。
「……夜の学校」
「夜の学校だな」
「……夜の保健室」
「夜の保健室だな」
「鍵……掛けたから、誰も来ない……」
「……来ないな」
「ちょうどよさげなベッド」
「……ベッド」
「ふたりきりの……密室」
「…………」
「間違いがあっても、それは不可抗力ということで」
 
 ばしっ
 
「……いたい」
「な〜にが不可抗力だ。俺はそういうことには厳しいから安心しろ」
「……そうじゃなく」
「そんなことより、まいはどうする?」
「そんなこと……」
 なにやら舞はへこんだ。
「……とりあえず起こすか」
 カーテンを開け、まいの姿を確認する。
「……なんでここに?」
 舞がベッドをのぞき込んで言う。
 てか気付いてなかったのか?
 ……まいは幸せそうな顔でよだれを垂らしながら寝ていた。
 毛布を首元まで引き上げて丸まり、すっぽりと収まっている。 
 額とまぶたの落書きは、きれいさっぱり落ちている。
 保険医が消したのか?
「すか〜〜〜〜〜」
 
ばごぉっ
 
「あいだぁっ」
 なんかむかついた。
「え、え? あれ、あれ? ……あ、祐一」
「おう、祐一だ」
「……暗っ。外暗っ」
 まいが外を見ながらわめく。
「夜だからな。そりゃ暗い」
「え? え? え? ……なんでわたしここにいるの? ていうか記憶がないよ?」
 見事に混乱している。
 わたわたと辺りを見回し、頭の上に?を浮かばせている。
「……まぁいいか」
 いいのか。
 とりあえず今の状況を把握できたらしく、少しは落ち着いた。
「で、祐一はもしかしてわたしのこと心配して来てくれてたりする?」
「……一応はな。ここに連れてきたの、俺だし」
 まいはベッドの上に座り込んだまま、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「祐一……」
 何を考えているのか、ぐっと体を縮め、跳ねるように俺に向かってまいが飛んできた。
「すっきゃで〜〜」
 
 がごぉっ
 
「げふっ」
 びた〜ん、とまいは床に叩き付けられる。
 ……俺ではない。
 舞が、飛んできたまいの背中に、凶悪な打撃を加えたわけで。
 さすがの俺も今のはちょっとどうかな〜と思うわけで。
 ホントに容赦ないな。
 舞は振り落とした組んだ手を解き、俺の方に向かって言う。
「私は……魔物を討つ者だから」
 ようやくやり遂げたような、そんな爽やかな物言いだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「邪魔者は、デリートしたから」
「なにの邪魔なんだ」
「過ちは……何度犯しても許されるから」
「どういう種の過ちだ」
「今日は大丈夫な日」
「なにが大丈夫なんだ」
「思う存分ぶちまけていい」
「なにをぶちまけるんだ」
 とりあえず理不尽なこの世界に向かって不平不満をぶちまけたい。
 
 
 
 
 


あとがき

舞が……舞がぁ……
どうも最近、思考回路がピンク色の液体にひたりっぱなしです……
しかし、このSSも実に一ヶ月と十日ぶりのお目見え
書き方また忘れました

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