午後の授業もつつがなく終了し、今は掃除の時間だ。
 俺の担当は教室前の廊下。
 モップ片手に下校していく生徒を眺める。
「……めんどくさい」
 俺の手が動く気配はない。
 やる気ないっす。
「名雪、ちょっと来い」
 部活にでも行こうとしていたのか、教室を出てきたアホを呼び止める。
「あ、なに、ゆういち?」
 相変わらず抜けた笑顔で答えるアホ。
「お前もちゃんと掃除しろ。俺のモップ貸してやるから」
 そう言ってモップを押しつける。
「え? あ、ゆういちも掃除はちゃんとやらないとダメだよ〜」
 そのまま帰ろうとした俺の手が掴まれる。
 アホのくせによく見ている……
「交代だ、交代」
「なにと交代なの?」
 アホのくせに気が回るな……
「あ〜、いいから掃除しとけ。あとでご褒美やるから」
「やっぱり掃除はいいよね〜。あ、ここも汚れてる〜」
 扱いが楽でいいやね、アホは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウハチ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ん? あれは……」
 ふと廊下の窓から校門を見下ろすと、見覚えのある服装の女がちょろちょろ動き回っていた。
「真琴……なにやってんだ?」
 って、まぁ、おそらく俺を探してるんだろうけど。
 外は風が強いらしく、砂塵が舞っている。
 ひときわ強く風が吹き、ぽちのスカートが思いっきりめくれ上がった。
 近くにいた男共はその光景を目に焼き付けんばかりに凝視している。
 ……なんかむかつく。
 と思っていたら、それを見ていた女生徒が男共を蹴散らしはじめた。
 いや、ホントに文字通り『蹴散らして』いる。
 ざまぁ。
「…………」
 ふと気配を感じて横を向くと、俺と同じようにぽちを凝視している女がいた。
 俺の視線に気付いたのだろう、女が振り向いて言った。
「あなたの……お知り合い……でしょうか」
 知らない顔だ。
 ケープのリボンを見ると、どうやら下級生のようだ。
「誰がだ?」
 念のため聞いてみる。
 これでそうだと答えて、
『あそこにいる、ストールを羽織った顔色のすごい人がですよ?』
 なんて言われたら目も当てられないからな。
「あの……校門で待ってる子です」
「ああ、そうだよ。知り合いだ」
「……あれは、あなたを待ってるのでしょうか」
「だろうな。他にこの学校に知り合いはいないはずだし」
 なにしに来たんだ、そういえば。
 来いと言った覚えはないし……
 秋子さんのお使いが妥当なところだとは思うが。
「そう……」
 呟いて、どこかズレたいい笑顔を俺に向ける。
「あの子もあなたに萌え萌えなんですね」
 
 …………
 
 ……萌え萌え?
「あ、いけない。夏コミの参加申込書通販しないと……」
 そう言って廊下の奥へと消えてゆく。
「…………なに?」
 そこはかとなくヲタのかほりが漂っているのは気のせいであることを切実に望む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とりあえず帰るついでにぽちも拾っていこうかと思い、校門に向かう。
「おい、真琴っ」
「あぅ〜、ごしゅあっ
 右ストレートがぽちの顎先に綺麗に吸い込まれていった。
 こんなところで『ご主人様〜』などと言われでもしたら、俺の人生終わっちまうぞ。
 いい加減、きっちり仕込まないとだめだな……
 いわば躾か。
 ……躾ってある意味調教なんだよな。
「真琴、なにしてんだ?」
「あぅ〜〜」
 かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたっ
 膝がすごい勢いで震えている。
 わはは、笑える。
「た、立てない〜」
 ぼて、と地面にへたり込む。
「真琴、ちゃんと立て、な?」
「……あぅ」
 かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたっ
「うはははっ」
「あぅ〜〜っ」
 爆笑している俺に非難の目を向けるぽち。
「……萌へ」

 …………

 ……なにやら後ろから不穏な気配が漂ってくる。
「……真琴、帰るぞ」
「あぅ?」
 野生の勘でなにか感じたのか、俺の後ろを覗こうと体を傾ける。
「こんにちは、真琴ちゃん」
「……あぅ」
 すかさず話し掛けるヲタ女。
「……なんで真琴の名前知ってんだ?」
 俺は仕方なく振り向いて言う。
 今のところ何の害も無いこの女を無視するのも気が引けてしまう。
 ちょっとヲタな可愛い女の子って感じだし。
「いえ、先程からその名前が何度も聞こえてきましたので……」
 なるほどね。
「あの……失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか。私は天野美汐と言います」
 ほう、今時の高校生のわりになかなか礼儀正しい女だ。
「相沢祐一だ。好きに呼んでくれ。こっちは沢渡真琴」
「あぅ……」
 俺の後ろに回って制服の端を握り、上目遣いに女を見る。
「……萌えますね」
 天野とやらは実に爽やかな笑顔でのたまった。
「ほら、こっちにおいで……」
 声を抑え、やさしくぽちに話し掛ける。
 ……まぁ、ちょっとヲタくさいけど、いいやつそうだしな。
 ぽちにも友達は必要だろう。
「真琴」
 手を後ろに回し、ぽちの背中を押してやる。
「あぅ……」
 おずおずと前へ出て、天野に近づく。
 ぽちはどうも人見知りが激しいようだ。
 恥ずかしそうに頬を染め、俯いてちらちらと天野を見る。
「ぁぁぁぁ……」
 天野は感極まってか、喉から細い声を出している。
 抱き締めるように差し出した手は、気色悪いほどわきわきしてるし。
「うぁ……」
 ぽちが小さな声を上げて、頭だけをこちらに向ける。
 目は口ほどにものを言うらしいが、まさにその通りだと思う。
 直訳すると、
『なにこれ、きしょっ。ご主人様ぁ〜、たすけて〜』
 ってとこだろう。
 俺は無言。
「……あぅ〜」
 ぽちは眉を寄せて天野に向かい、口元をひくつかせて話し掛ける。
「美汐……?」
「……萌へ」
 いい笑顔で呟く。
 内容さえ無視すれば、ただ普通に微笑んでるようにしか見えないんだが。
 天野はぽんぽんとぽちの頭を撫でて、満足したように顔を上げる。
「……いい子ですね」
「あぁ、いい子っちゃいい子だな」
 がしがしとぽちの頭を撫でる。
 でも、もう少しまともな常識を身に付けては欲しい。
「……それじゃ、存分に萌えさせて頂いたことですし、私はこれで失礼します」
「あぁ……」
 ぺこりと頭を下げ、天野は商店街の方向へ歩いていく。
「……帰るか、真琴」
「うん……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そういえば真琴はなにしに来たんだ?」
「あ、買い物頼まれてたんだ……ここに書かれてるの」
「見せてみろ」
 ネギ、にんにく、アスパラ、山芋、ウナギ、貝類の乾物、スッポン etc etc...
「見覚えのあるラインナップだな、おい」
「あぅ……?」
 
 
 
 
 


あとがき

なんと言いますか……
……いえ、なにも言わないでおきます(汗
どないせっちゅの
でも真琴と美汐って同じ身長なんですよね……
 
 

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