がらりと保健室のドアを開ける。
「ちゃっす」
「ん? あぁ、君か。今日はどうしたんだ?」
 以前電波なやつの関係でお世話になった保険医(♀)さん。
 胸の大きく開いたスーツに、これまたビシッとした白衣を羽織っている。
 スカートから覗く太股は健全な男子生徒には目に毒って感じ。
「ちょっとね。これ預かってて」
 ぐでっと脱力したまいをソファに下ろす。
「なんだ、君の子か?」
 くわえた煙草をピコピコと動かしながら言う。
「お約束すか」
「お約束だろ、こういう時の科白は」
 ふ〜、と煙を天井に向かい吐き出す。
 据え付けられた換気扇にそれは消えていく。
「まぁそれはどうでもいい。ベッドは開いてるから好きに使え」
 綺麗な顔をして男言葉を使うこの保険医は、結構好きかもしれない。
 保健室独特の辛気くさい匂いもないし。
 ……かわりに、こう、いろんな所にグッとくる甘い匂いが漂ってはいるが。
「んじゃ、ちょっと借ります」
 保健室を区切っている仕切の向こう側に移動し、開いているベッドにまいを寝かせる。
 ベッドは病院のようにカーテンで覆えるような造りだ。
 横に目を向けると、そのカーテンがひとつ引かれている。
「朝っぱらから病人か? 保健室来るくらいなら休めよな」
 ぼそりと、寝てる奴に聞こえないくらいの音量で言う。
 教室に戻ろうとしたところに、そこからなにかが聞こえてきた。
「ふふ……死を宣告される病弱な少女、それを励ますあのひと、そして克服する病気。
 んふふ……どらまです。どらまてぃっくです。このシナリオで行きましょうっ。
 やっぱりアトランティ×××××××××××××××××××××××」
 今日も天気だ電波は良好。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜

ツナギノニジュウナナ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アンテナ3本おっ立てているやつに気付かれないように保健室を出て、教室に向かう。
 つか、マジで身の危険を感じずにはいられない。
 サービス提供エリア外の地区はないのか?
「あら、相沢君。早いのね」
「あぁ、香里か。おはようさん」
「名雪もさっき来たし……」
 後ろで女生徒が奇跡よね〜とか言っている。
 ずいぶん安っぽい奇跡だな、おい。
「……奇跡、か」
 す、と香里の表情が曇る。
「奇跡ってね、そんな簡単に起こるものじゃないのよ」
 いや、お前の妹の存在自体奇跡みたいなもんだぞ。
「お、あのストール羽織った女って」
 びくっ
「な、なにっ、どこっ」
 ばばばばばばっ、と警戒心剥き出しで辺りを見回す香里。
 なんか肉食動物に怯える草食動物みたいだ。
 初めのイメージは、すらっとしたチーターとか威厳たっぷりなメスライオンみたいだったけど。
 ここまでくると可愛いものがあるな。
「どうしたんだ、香里」
「え、ええ? あ、なんでもないわよ、うん。なんでもない」
 あはは、いい反応するな、香里は。
「ん、石橋来たぞ。教室入るか、香里」
「え、ええ……」
 まだびくびくと肩を竦めている。
 ……まぁ、何年も同じ屋根の下だろうから、こんな過剰反応なんだろうけど。
 廊下の向こうから石橋がのそのそ歩いてくる。
 そして退屈な今日が本格的に始まった。
 ……退屈、になる方が俺としては望ましい。
 何事もなく過ごせることの素晴らしさを、最近痛感したからな……
 HRも終わり、1時間目の授業が始まろうとしていた。
 平和でありますように…
 
 
 
 
 
 とりあえず俺の願いは聞き届けられた。
「ゆういち〜、お昼休みだよ〜」
 のへ〜とした声が耳に入る。
 やっぱ人類皆仲良く平和が一番。
「今日はどうするの?」
「そうだな……」
 そういえば、まいのこともあるからな。
 一応様子見に行くか。
「あたしは学食にするけど、名雪は?」
「わたしも学食」
「俺も――」
「相沢君はどうする?」
「俺――」
「あ〜、ちょと先約があるな。わり、パス」
「だから俺――」
「そうなの……名雪、それじゃふたりで行きましょうか……」
「うん」
 香里は少し残念そうに教室を出ていく。
 名雪もそのあとをへこへこと付いていった。
 それじゃ俺もパン買って保健室行くか。
 
「俺……は?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うす。また来た」
「……もう少し、目上の者を敬う気持ちとかないのか、君は」
 開口一番それですか。
「あるよ。あるけど、ね……」
「なんだ、その含みを持たせてさもなにか私に非があるような物言いは」
「べっつに〜」
「……まぁいい。ん? そのパンは昼飯か?」
 保険医が俺の右手にあるふたつの菓子パンを見て言う。
「あぁ、昼飯」
 言いながら仕切の向こうを覗き、まいだけしか寝ていないことを確認する。
「……よし。おい、まい起きろ」
「…………すか〜」
 反応無し。
 俺は枕元にあったティッシュを2枚取り、くるくると丸める。
 で、いい感じで寝ているまいの鼻に突っ込む。
 これぞ二本差し。
 ……しかしベッドの枕元にティッシュか。
 意味深だな。
「…………ふか〜」
「せんせ〜、マッ○ー貸して。極太の」
「ん〜? 別にいいけど」
 仕切の上からひょいと放られたマッ○ーを掴む。
 ぎゅぽ、と抜いてペン先を確かめる。
 極太だ。
「かっこかりかっことじ……と」
 かきかきとまいの額に文字を書く。
 額に肉はオーソドックスすぎるしな。
 ドッペルさんなら(偽)とかもいいけど。
「……よし出来た」
 両穴からティッシュを生やしたアホづらで気持ちよさそうに寝るまい。
 加えて額に(仮)。極太で。
「なにしてんだ、君は……」
 顔を覗かせた保険医がため息を吐く。
「いたいけな少女の顔に黒光りする極太のそんなモノを突きつけて」
「言い方が卑猥だぞ、せんせ」
 確かにプラスティックだから黒光りしてるし、極太だけど。
「…………ふか〜」
 そんな俺達の間でまいは幸せそうに寝息を立てている。
 きゅきゅ〜
 瞼の上に目を書く。
 基本中の基本だ。
「また君はそんな子供みたいな事を……」
 いいだろ、別に。
「はい、返す」
 ぽい、と保険医にマッ○ーを投げる。
「んじゃ飯にするか。まい、いい加減起きろよ」
 と、言ってから気付く。
「……ドッペルゲンガーって、飯食うのかな……?」
「ん? なにか言ったか?」
「いや、なんでもない」
 寝てるのを起こすのも悪いしな。
「せんせ」
「なんだ? ――っと」
 俺の放ったパンは保険医の胸に当たり、ぽとりと手に収まる。
「やる。飯まだっしょ」
 ぱちぱちと目を瞬き、照れたように頭をかく。
「……ありがとよ」
「お茶くれ、お茶。コーヒーでもいいや」
 俺はそう言ってテーブルのあるソファのほうに移動する。
「……遠慮というものを知ってるか?」
「いいだろ、別に。せんせってそんな性格だから男いないだろ?
 で、母親とか近所のおばさんに見合い話持ちかけられるタイプだな。
 俺が相手してやるから、ほれ」
 ちょいちょいと向かいのソファを指差す。
 はぁ〜、と深いため息を吐く保険医。
「まるで見ていたかのようなリアルな話だ」
「せんせのいいところ理解出来るやつなんてそういないって。俺は数少ない理解者」
「そ、そうか……」
「そうそう。俺はせんせのことかなり好きだからな。あ、コーヒーまだ?」
「ん、コーヒーは今切れてるな……紅茶しかないぞ。いいか?」
「いいよ。せんせに淹れてもらえるんなら」
「は……嬉しいこと言ってくれるな」
 常備しているポットからこぽこぽとお湯をカップに注ぐ。
「インスタント? ちゃんと葉っぱからやってほしいよな〜」
「文句言うな。自腹だぞ、これ」
「コーヒーもインスタント?」
「そうだよ」
「か〜、もう少し本物志向で行けって。うちの秋子さんすげーぞ?」
 などとくっちゃべりながら昼休みを過ごした。
 きわめて平和……平和すぎる昼休みだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それでねそれでね、舞、祐一さんてば……ああもぅっ、ゆういちさ〜んっ。ラヴっ」
「祐一……どこに行ったの……」
「舞、聞いてる?」
「き、聞いてる」
 あははははは〜、と気違いじみた長い笑い声が屋上前の踊り場から響いていた。
 
 
 
 
 


あとがき

……祐一ってこんな性格だったっけ?
いやしかし、看板に偽りありという話が増えたような
めちゃめちゃほのぼの〜じゃないですか
当初の殺伐(殺伐?)としたボコりはどこに行った
というかついにオリキャラ出ずっぱりじゃないですか
お姉さんラヴ(←関係ない
でも名前無いし

#補足
 前回「休みか」と言われていた佐祐理さんは、お休みしていたのではないです
 ちょっとお病気の発作(?)でちがうトコロにイってただけです(汗
 舞の「病気が…」で祐一は早とちりしただけということで
 途中で佐祐理さんは還って(還って?)きましたです
 このことに関するメールがわさっと来ちゃいましたので、更新後に付け足し
 
 

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