買った物を袋に詰めて外に出ると、そいつは居た。
 全身を使い古した毛布のような布で被い、顔も確認できない。
「ずっとつけてただろ、誰だよ、おまえ」
「やっと見つけた……」
 そう言ったのは意外にも女の声。
 女は纏っていた布を投げ捨てた。
「……あなただけは許さないから」
 以前は色々とやっていたから、見知った顔が出てくるかと思っていれば……
「おまえのような奴に恨まれるような覚えはないぞ」
「あるのよ、こっちには」
 それは俺の知るところではない。
 ……が、女の目は真剣。
 冗談で言っているようではなかった。
「……覚悟!」
 女が固めた拳を後ろに引き、間合いを一気に詰めた。
 
 どごっ
 
「あぅっ」
 
 カウンター一閃。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU
    〜 奥さん、外道ですよ 〜 

ツナギノジュウニ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あぅ……あれ……? え? …………あぅ」
 女には何が起こったのか理解出来ていないようだった。
 完璧な死角からの見えない拳。
 しかも顎先にクリーンヒット。
 しばらくは立てないだろ。
「じゃぁな」
 俺は片手を上げて女に背を向ける。
「あぅっ、ま、待ってっ、置いてかないで〜〜」
 天下の往来で、んなことを大声で叫ばれた日にゃ……
 「ちょっと、奥さん、あれ……」
 「まぁ、ひどい……」
 「あら、あの顔どこかで……」
 「……そう言えばこのまえ、小さい女の子を……」

 大変です。
 もう、いろんな意味で。
 ……なんつーか、俺、女運悪くないか?
 仕方なく俺は帰りかけた足を女の元へ戻す。
「あ、あぅ〜〜」
 と、女は嬉しそうに俺の足にしがみつく。
 ……それではまるで『捨てないで、お願いっ』と懇願しているようにも見える。
 とりあえず俺は女を抱き上げ、速攻で人気のない所へ逃走を図る。
 ……背中に突き刺さる通行人の視線が痛いよ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて、おまえはなんなんだ?」
「あぅ……」
 先ほどまでの気迫はどこへやら。
 甘えた猫のように足元にすり寄ってくる。
「おい」
「あぅ…………ご主人様ぁ」
 
 どっごぉっ
 
「あぅっっ」
 なんなんだ、こいつも……
「真面目に答えろ、な?」
 微笑み。
「…………あは…………あ、うん……えっと…………あぅ……」
「ん? どうしたんだ?」
「……わかんない……」
 ……わかんない?
「なにがだ?」
「あぅ…………ご主人様ぁ」
 
 どずむっ
 
「…………あう
 ぽて、と俺の胸に倒れる。
 ……とりあえず、連れて帰ろう。
 秋子さんならどうにかしてくれるだろ……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいまっ」
 俺は昏倒した女を背負ったまま家に帰り着くと、そのまま居間へと直行。
 テレビを見ていたアホがそれに気づく。
 ……帰ってきてたのか?
「大きなおでん種……」
 アホか。
 俺はそれを無視して、秋子さんに話をするため台所へと向かう。
 と、その前に……
「名雪、布団用意しといてくれ」
「もう食べちゃうの?」
 
 すっこーん
 
「だ、だおっ」
 投げたプラスティックのレンジカバーが見事にアホの額にヒットする。
「大きなおでん種、買ってきたのね……」
「……秋子さん?」
 微笑み。
「…………冗談です」
「とりあえず寝かせてあげてください。訳は後で話しますから」
「大丈夫よ」
 鼻にティッシュ詰めながら『大丈夫』と言われてもよく分かりません。
 ……二階に行くか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「名雪、どこだ?」
 そう言うと、一番手前のドアが開く。
「ここ」
 俺は中へ入り、敷いてあった布団に昏倒した女の体を横たえる。
「ふぅ、疲れたな……」
「服は脱がせなくていいの?」
「ん? 別にいいだろ。このまま寝せるわけでもないし」
 いろいろ聞きたいことがあるからな。
「え、服着たまま食べちゃうの?」
 
 ごっ
 
「だ、だおっ」
「なにを言ってるのかな?」
「べ、別にゆういちの趣味にケチつけてる訳じゃ――」
 
 ごっ
 
「だ、だおっ」
 趣味とはなんだ、趣味とは。
「……しばらく起きそうな気配はないな。詳しいことは飯でも食いながら話す。行くぞ」
「い、いたた……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――と、いうわけで、連れてきたんです」
 俺は事の顛末を(一部改竄しつつ)話した。
「そうなんだ……」
「でも、きっかけとかあるでしょう? ぶつかったとか、知らないうちに迷惑かけてたとか」
「それがまったく思い当たらないから、辟易してるんですよ」
「へきへき? あ、それ知ってる。せい――」
 
 どす
 
「…………だお」
 少し黙ってろ。
「顔に覚えは?」
「あったら、殴り返してますよ」
 というか、無くても殴るけど。
 いや、殴ったけどさ。
「女の子に手をあげない。あげるんならちゃんと同意のもと、清く正しい――」
 
 どす
 
「…………だお」
 だから黙っとけ。
「あの子なりの理由があるのよ」
「でしょうけど、勘違いですよ、絶対」
「誤解だったら、誤解を解いてあげる。そうすれば、謝ってもくれるし、解決するでしょ?」
「そうなんですけどね…」
「誤解じゃなくて、祐一のとんでもない過去が暴かれたりしてね」
 それはあるかもしれない。
「よく考えたら勘違いだった、と向こうから切り出してくるさ。そうなったら、一発お見舞いして、おしまいだ」
 勘違いじゃなくても殴るけど。
「だから殴らないのっ、殴るなら――」
 
 どす
 
「…………だお」
 いいから、黙っとけ、な?
「なんにしろ、もう遅いから、帰してやらないとな」
「そうね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「まだ寝てやがる。おい、そろそろ起きないと家に帰れないぞ」
 ぺしぺしと頬を叩く。
「あぅ、あぅ」
「うりうり」
 うにゅーと頬を引っ張っても起きる様子はない。
「ほんと、気絶してるみたいに寝てるぞ…」
 いや、気絶してるんだけど。
「……これだと、朝まで起きそうにないな……」
「困ったね……」
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
「ふんっ」
 
 どずっ
 
「…………あう
 
 ぱた
 
「……起きないな」
「永眠しちゃうよ、それ」
 うるさい。
「……仕方ない、一晩だけ泊めてやるか?」
「うん、そうだね」
 はなからそう思っていたらしい。
 迷いもなく俺の案に賛同してみせた。
「じゃ、電気消すぞ」
「…………」
 が、名雪は出ようとしない。
「どうした?」
「家族の人に連絡してあげたいから、連絡先の分かる物を持ってるか、ちょっと探してみるよ」
「そうか。んじゃ、俺も探しますか」
「うんっ。あ、それと、着替えさせてあげるから」
「……服はあるのか?」
「私の中学校の時ので合うんじゃないかな」
「そうか……じゃ、それもってこい、俺は荷物漁ってるから」
「うんっ」
 ぱたん、とドアを閉め、名雪は部屋を出ていく。
「さ……てと」
 俺はとりあえずバッグへと手を伸ばす。
「……ゴミか?」
 出てきた物は俺には殆どゴミとしか言えない物ばかりだ。
 キン消しとか、ゼンマイ時計のネジ巻きとか、ガンプラの赤いザクの頭だけとか。
「訳わかんねぇ」
「なにが?」
 服を抱えて戻ってきた名雪が不思議そうに聞いてくる。
「何でもねぇ。それより、それでいいのか?」
「うん」
「じゃ、その前に着てるものになんかないか調べるぞ」
「うんっ」
 
 ごそごそ
 
 ごそごそ
 
「…………あう
 
 ごそごそ
 
「ん〜……ないね……」
 
 ごそごそ
 
「よく探せ」
 
 ごそごそ
 
「……あ、あう………………」
 
 もぞもぞ
 
 もぞもぞ
 
「あ、この子結構胸大きい」
「……関係ねぇよ」
 
 もぞもぞ
 
あっ……あう……いいよお……」
 
 もぞもぞ
 
「……使用形跡のあるゴム」
「…………製造年月日が三年前……拾ったやつだろ」
 
 もぞもぞ
 
あっ……あっ……あう……」
 
 もぞもぞ
 
 もぞもぞ
 
「……BB弾三個」
「こっちは実弾一発」
 
 もぞもぞ
 
 もぞもぞ
 
あ、あん……あう…………」
 
 ごそごそ
 
「……インディーズのデスメタルっぽいCD」
「こっちはインディーズの裏っぽいDVD」
 
 もぞもぞ
 
 もぞもぞ
 
「……MODチップ」
「こっちは『Marines』って書かれたよくわからんチップ」
 
 もぞもぞ
 
 もぞもぞ
 
「あ、この子、生えてない」
「どれ」
 つるつるだった。
「……ちょっと濡れてる」
「ちびったのか」
「違うと思うよ……」
 ならなんだと言うんだ?
「……しかし、ろくなもん持ってないな」
 着替えさせながら探したが、身元を証明するものは何ひとつ見つからなかった。
「そうだね……」
「……もう寝よ」
「わたしも、もう眠い……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺が風呂に入って部屋に戻ると、隣の部屋からなにやらブツブツと聞こえてきた。
「だ、だお……ゆ、ゆういち……こわいお……こ、こないで……だ、だおっ!?」
 ……どうしたんだ?
 まぁ、俺には関係ないな。
 寝よ…………
 
 
 
 
 
 
 


あとがき
 
1日が48時間あればいいと思うこの頃
皆様いかがお過ごしですか?
そろそろ私は限界です
いろんな意味で

「月に〜」を書きたいけど時間がとれない……
誰か代わりに書いてくれ……

 

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