「……そういや、ここどこだよ……」
「うぐぅ……」
 今日一日で何回迷うんだ?
「………………見渡す限り、白と闇の世界」
「うぐぅ……暗いの怖い……」
 視界の隅に映る赤っぽい何かは気にしないことにする。
 ……いや、この際手段は選んでいられないよな……
「あゆあゆ」
「な、なに?」
「あそこの、雪の中で昏倒していて寒さにガタガタと震えている何かをここに連れてこい」
「いやだよ」

 どすっ

「……うぐ……」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
GEDOU 
    〜 奥さん、外道ですよ 〜
 

ツナギノハチ 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「連れてこい、な?」
 微笑み。
「…………にへ…………あ、うん、すぐ連れてくるね」
 はじめからそう言え。
 あゆあゆは途中で何度も転び、その度うぐうぐ言いながら、なんとかあの電波少女を連れてきた。
「…………」
 女はまだ意識が無いらしく、あゆあゆの肩にぶら下がるようにして立っている。
「はい、連れてきたよっ」
「よし、いい子だ」
 
 なでなで
 
「うぐぅ……」
 あゆあゆは頬を染めて俯く。
 ガキだな。
「さて……こいつを起こさないとな」
「……うぐ……起こすの……?」
「ここがどこかを聞くだけだ、すぐ終わる」
 そう言ってあゆあゆの肩から女を下ろし、傍の木にもたれかけさせる。
「おい、起きろ」
 ぺしぺしと頬を叩く。
「えぅ、えぅ」
 
 ぺしぺし
 
「えぅ、えぅ」
「おい、おまえ」
 
 べちべち
 
「えぅっ、えぅっ」
 
 べちべち
 
「えぅっ、えぅっ」
「なんか……見覚えのある光景……」
「……デジャ・ヴってやつだろ」
 初めて見る光景が以前に見たような気がするって言う、あれだ。
「起きろって」
 
 べちべち
 
「えぅっ、えぅっ」
「…………」
 
 どずっ
 
「え……ぅ……」
「……起きたか?」
「…………なぜでしょう……お腹とほっぺが痛いです……」
「なんかボクもお腹痛くなってきたよ……」
「気のせいだろ」
 多分な。
「……この痛みは気のせいで済むレベルじゃないです……」
「………………どこかで聞いたことのある科白だよ………………」
 気のせいだ。
「さて、お前に聞きたいことがあるんだが」
「美坂栞2月1日生まれ15歳身長157cm体重43kgスリーサイズは上から79・53――」
 
 どごっ
 
「――80で……す……」
「そんなことじゃなくてだな、ここがどこかを知りたいんだ」
「……おにいちゃん、それってひとにものを聞く態度じゃないよ……」
 うるさい。
「……迷子ですか……?」
「そうだ」
「うぐぅ……そうなの……」
「なら私の家に来ませんか? すぐそこですし――」
 
 どすっ
 
「えぅっ」
「……なぁ、栞?」
「…………えへ…………あ、なんでしょう?」
「俺はな、ここがどこかを知りたいんだ。お前の家じゃなく」
「……ここですか? ここは――」
「あ〜、ちょっと待て。あゆあゆ、紙持ってないか?」
「紙袋なら」
 使えねぇ。
「……私持ってますよ。さっき買いましたから」
「そうか、じゃ、それに商店街までの地図書いてもらえないか? お礼はするから」
「……お礼…………えへ…………あ〜んなことやこ〜んなことを……ちょっと待ってて下さいねっっ」
 そう言って凄まじい勢いでペンを走らせる。
 ……なにをさせる気だ……
「ふふん、ふ〜〜んふんふん、ふんふん、ふんっ、ふんっと、完成です〜
 さぁ、お礼は私の家に行ってからですっ。快楽と怠惰の退廃的なせい――」
 
 どごっっ
 
「…………えぅ…………」
 妙な鳴き声をあげて再び雪の上へ倒れる。
 これ以上この女には関わりたくないぞ……
「……大丈夫なのかな……」
「人間ってのは思った以上に丈夫に出来てるんだよ。大丈夫だ」
「そうかな……」
 そうだよ。
「さ、地図も手に入れたし、もうこいつは用済みだな。あゆあゆ、帰るぞ」
「うぐぅ……おにいちゃんって結構……」
「結構……なんだ、あゆあゆ?」
 微笑み。
「…………にへ…………あ、なんでもないよ」
「そうか? んじゃ、商店街に戻るか――」
 と、そこで地図に視線を落とす。
 え〜と……現在……地……は……?
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
 ……世界の終末?
 
 
 
 
 
 電波女の書いた地図(?)にはなにやら凄いものが描いてある。
 崩れ落ちる大地、四散する肢体、そこかしこに積まれた骸の数々。
 額に角、背には蝙蝠のような羽のある人間が手に肉片らしきものを持ち、滴る液体を啜っている。
 地面から突き出た棒に肛門から口まで貫かれた人間。
 生きたまま腹を割かれ、こぼれ落ちる内蔵を掻き集めようともがく人間。
 それらが鉛筆一本で生々しく、リアルに描かれていた。
 正に『地獄絵図』という表現が一番ピッタリ。
「…………………うぐぅっ……吐きそう……」
 まるで実際そこで起きた事をこの目で見ているような臨場感。
 ……ただ者じゃないな……あの電波女は……
「……どこが地図なんだ?」
「多分突っ込むところはそこじゃないよ……」
 しかし、グロい。
 毛の一本、血の一滴に至るまで描き込まれている。
 あの電波女はどういう精神構造をしているんだ?
 見ていると気分が悪くなる。
「……いつまで見てるの……? うぐぅ……気持ちわる……」
「いや、これのどこが地図なのかと……あ、そうか、そう言うことですか」
「なにか分かったの……?」
「あぁ、この真ん中にある心臓のくり抜かれた死体が現在地。
 串刺しの死体がごろごろある所はあっちの雑木林。
 てことはだ、この、表現しようもないグログロでゲチョゲチョな死体の山が商店街って事だろ?」
「……うぐ……見せないでよ……でも、なんでグログロでゲチョゲチョが商店街なの……?」
「人がいっぱいいるからだ」
「……うぐ……まんまだ……」
 それが地図ってもんだろ?
「さ、帰るぞ、あゆあゆ」
「……うん」
 こうして俺たちは薄暗い道に別れを告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいま〜」
 帰ってきたときには既に日が落ち、暗くなっていた。
「おかえり〜、ゆういち〜」
「お帰りなさい、祐一さん」
 名雪の声で、台所から秋子さんが顔を出す。
「お腹すいてるよね、祐一」
「もう、倒れそうだ」
「今日はビーフシチュー作ったから、いっぱい食べてね」
 
 
 
 
 
 …………
 
 
 
 
 
 先ほど見た血溜まりの中に浮かぶ肉片が脳裏を掠める。
 ……ぐぇ……
「……なんか、気持ち悪くなってきた……」
「だ、大丈夫?」
 大丈夫じゃない。
 台所の鍋の中には大量のビーフシチュー。
 ……血のスープの上に浮かぶ細切れの肉。
 うぇ……どうしても連想してしまう……
「祐一さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないかも知れません」
「……夕飯はどうします? 食べられそうですか?」
 肉片を貪るように食い散らかす人間。
「……無理そうです」
「……そうですか。残念」
「名雪には俺の分もやろう……」
「そんなには食べられないよ……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夕飯の時間も終わり、自分の部屋で時間を潰す。
 とはいえ特にすることもない。
 とりあえず何冊か持ってきた雑誌をベッドに寝ころんで読む。
 ほとんど電車の中で読んでしまったのだが、それでも暇つぶしにはなる。
 気が付けば夜中の12時を過ぎていた。
「……そろそろ寝るか」
 明日は土曜日。
 半日とはいえ授業がある。
 雑誌を床の上に放り投げて、部屋の電気を消す。
「……今日も疲れたな」
 布団に潜り込み、目を閉じる。
 新しい学校で、新しいクラスメートに囲まれて……
 そして……
 無邪気で、元気で……
 昔と何も変わらない少女の姿を思い浮かべて……
 俺は眠りに落ちて――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――いけるわけもねぇ。
 目を瞑ると、あの女の描いた絵が現れる。
 瞼に焼き付いたようだ。
「……気持ちわり……」
 今にも動き出しそうな程にリアルな絵。
「……この歳で怖くて眠れない、なんてことが起こるとは思わなかったぞ……」
 くそ……
「……あいつにも俺と同じ目にあってもらおう……」
 俺は怖くて捨てるに捨てられず机の奥に封印したあの絵を取り出し、アホの部屋へ向かった。
 
 がちゃ
 
「……す〜〜」
 ……寝てるな。
「さて、どこに飾ろうか……」
 あいつは起きたら制服に着替えるから……その隣に貼っておくか。
 画鋲で止めるのも怖いので、テープで四隅を貼り付ける。
「……よし、グロい」
 ホントに。
「……さ、寝るか」
 俺は足音を忍ばせ、部屋に戻る。
 すると安心したのか、急に睡魔が襲ってきた。
「……これで、寝れる……」
 どさり、とベッドに体を横たえる。
 布団を目深に被り目を瞑ると、すぅ、と意識が消えるように眠りに落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うぐっ……こないで……こわいよ……うぐぅ……おに、おにいちゃ〜んっ」
 あゆあゆは悪夢にうなされていたとかいないとか。
 
 
 
 
 
 
 
 


あとがき

一部グロい表現があったことをお詫びいたします
ごめん

ちなみにこのSSの物語の進行は原作に忠実(笑
科白とかシーンが全く同じ、と言うところがかなりあります
こう見えても


SS index / this SS index / next 2002/01/07