今日の予定は始業式だけのようだった。
それも俺が職員室にいる間に終わっていたらしい。
つまり、今日はこれで放課後というわけだ。
GEDOU
〜 奥さん、外道ですよ 〜
ツナギノゴ
「普通の自己紹介だったわね」
「……そうか?」
そう感じるのか、香里は。
「しかし、まさか本当に同じクラスになるとは思わなかった」
「わたしもびっくりしたよ」
窓際の俺の席に名雪と香里が集まる。
他のクラスメートは明らかに不思議そうな視線を俺たちに送っている。
それもそうだろう、転校初日で親しそうに話しているのだから。
「ゆういち、明日からよろしくね」
「………………そうだな」
「あんまり嬉しそうじゃないね……」
当たり前だ、嬉しいはずはない。
「そんなことないぞ。思わず踊りだしそうなくらい嬉しいんだ」
「よく分からないけど、でも、うん、よかったよ」
「やっぱり、仲がいいわね」
と、それまで俺たちを眺めていた香里が話しかけてくる。
「そんなことないぞ。これでも顔を合わせる度に、生傷が絶えないんだ」
おもにアホが。
「あ、別にミミズ腫れとか軽い火傷とかじゃないよ?」
ごっ
「だ、だおっ」
俺にそっちの趣味はない。
「あ、相沢君っ?」
「ん? どうしたんだ、香里?」
微笑み。
「…………」
これで誤魔化せるんだから、香里も扱いやすいタイプだな。
「黙ってないで、なんか言えっての」
「あ、そ、そうね。えっと……あ、うん、あたし、先に帰る……」
ぐちゃぐちゃだな。
「香里は今日も部活?」
殴られたところをさすりつつ言う。
「え? あ、今日は部室によるだけ。そう、寄るだけなの」
「わたしは今日も部活だよ」
「そ、そう? 大変ね、部長さんも」
「でも走るの好きだから」
「す、好きだなんて……名雪……」
あぁもう、なにがなにやら……
「香里」
「なっ、なんでしょうっ?」
「いい加減落ち着け。ほら、深呼吸」
すぅと大きく息を吸わせ、落ち着かせる。
「……はぁ。ご、ごめんなさい……」
「なんか香里って知的で聡明って印象あったけど、結構……」
「……結構……なに?」
「ん? いや、結構可愛いところもあるな、と」
ぼっと火がついたように香里の顔が赤くなる。
「…………」
「ほら、そういう、軽い賛美の言葉に過剰に反応するところとか」
「……う、うるさいわねっ。帰るっ、もう帰るっ」
そう言うと香里は鞄を掴み、走り去るように教室を後にする。
「……香里、どうしたんだろ」
「特売でもあるんじゃねぇの」
「そうなの? ならわたしも――」
ごっ
「だ、だおっ」
「部活へ行け、部活へ」
「い、いたた……ゆ、ゆういち〜〜」
「ん? なにか言いたいことでもあるのか?」
そしていつもの微笑み。
「…………えへ………あ、なんでもないよ。部活、行って来るね」
「行ってこい」
教室を出ていくアホの後ろ姿を見送る。
……なんというか……
笑顔一つでこうも簡単に言うこと聞くかねぇ。
足りてないのか?
そのうち誘拐されるぞ。
などと、珍しくひとの心配をしつつ教室を出ていく。
…………
…………
「どこだ……ここは」
またもいきなり路頭に迷ってみたり。
「朝も迷いに迷ったから道なんて覚えてねぇよ……」
朝は偶然にも通りかかった女生徒に聞けたからよかったが、ここは……
「ひとがいねぇ……」
…………
…………
探すか……
「……相沢君?」
聞き覚えのある声。
というか、香里。
「いや、いいところに来てくれた」
「ど、どうしたのよ」
なにを警戒しているのか、香里は一歩退く。
「それはそうと、もう落ち着いたみたいだな」
「……そ、そうね」
とはいいつつも、先ほどのことを思い出してか顔が少し赤い。
「で? なんで相沢君がここに?」
「迷った」
事実を端的に伝える。
「……迷ったの」
「そう、迷った。広すぎなんだよ、この学校」
「まぁ、ある意味では新入生への洗礼ね」
「そうなのか……」
案内板でもつけておけ。
「案内しましょうか?」
「……なにが狙いだ」
「なにを言っているのかしら」
「親切の裏には何かあると思え、と教えられた」
「……誰によ」
「基本は秋子さん」
「あのひとは……」
「まぁ、それは冗談として、案内してくれるのか?」
「……いいわ」
なにやら不満そうな顔で呟く。
「なら、たのむ」
「こっちよ」
「ここが昇降口」
「それくらいは知ってる」
「という割には思いっきり迷ってたけどね」
「…………」
この……いつかへこましてやる。
「な、なによ」
「いや、べつに?」
「……言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「ないっての」
「……そう、ならいいわ」
「あぁ、案内ご苦労。気を付けて帰れよ」
「……なんか高圧的な態度」
「気のせいだろ。ほれ、雪止んでるうちに帰った方がいいだろ」
「……そうね。じゃぁ、また明日」
「ん、また明日」
などと言ってはみたが、ここはまだ昇降口だ。
結局別れの挨拶をしておきながら、校門まで一緒に歩いてしまった。
「……なんかまぬけ」
「そうか?」
「そうよ。……あたしはこっちだけど、相沢君は……逆ね。名雪と同じなんだし」
「あぁ、あらためてさようなら、だ」
「えぇ、さようなら、相沢君」
そう言って俺とは反対の方向へ走っていった。
……元気なやつ。
「寒くないのかねぇ……」
慣れなのか?
そんなことを考えながら歩き出す。
俺にはこんな中走る勇気はない。
痛すぎる。
ざくざくと雪を踏みならしながら記憶を頼りに歩く。
「……思ったよりも、覚えてるもんだ……」
ほとんどは記憶のとおりの街並み。
とは言っても大雑把な配置だけだが。
「……ここは昨日来たところか」
名雪と一緒に来た場所。
そして――
「うっぐぅっ」
どしゃぁ
窃盗犯と出会った場所だ。
「うぐぅ……痛い」
まともに顔から転んだんだ、痛くない方がおかしい。
「うぐぅ……冷たい」
……どこかで見た顔。
「う、うぐぅっ……すんごいどろどろぉ……」
雪の解けたところで転んだらしく、着ているコートはえらいことになっている。
「……うぐっ」
持っていた紙袋を確認すると、後ろを気にしながら走り出す。
前も確認せず、俺に向かって。
「……おい、あゆあゆ」
「うぐぅっ、あゆあゆじゃないよっ……て、えっ? あっ、ど、どいて〜」
ひょい
どしゃ
「…………」
「…………」
よけろと言われたからよけたまでだ。
「……うぐぅ」
先ほど転んだところより雪が解けた、ぐちゃぐちゃな地面。
のそぉと雪の上から立ち上がると、ぽたぽたといたるところから滴が垂れる。
「……凄いな、あゆあゆ。こんなところでダイブするとは」
「うぐぅっ! さ、さっきっ、さっき足かけたぁっ、ひど――」
「なぁ、あゆあゆ」
微笑み。
「うぐぅ、あゆあゆじゃ…………にへ…………あ、なに?」
「その紙袋はなんだ?」
豪快にダイブしつつも、濡れないように確保した根性は凄いが。
「……うぐぅっ」
昨日のことを思い出したのか、後退りするあゆあゆ。
「どうしたんだ?」
「……うぐぅ」
うぐうぐ言ってんな。
「……こっち来て、話せ、な?」
そしてまた微笑み。
「…………にへ…………あ、うん」
先ほどまでの警戒はどこへ行ったのか、とことこと近づいてくる。
しかし、おまえも――
がし
「う、うぐぅ?」
容疑者確保ぉっ
あとがき
状況が状況だけに外道が少ない・・・
今暫しの我慢を〜
つぎはあゆイジメで
というか、あゆどつき
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