百花屋。
 名雪達がよく行く喫茶店。
 俺……わたしは、女の割に甘いものがあまり好きじゃないので、1人で行くことは少なかった。
 そう、あの時までは……
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風 [外伝] 
     〜 Baroque Flowers 〜 

written by Torisugari no Hotta
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、名雪は部活がなくって、2人で下校していた時。
「ねぇ、百花屋寄っていこうよ」
 と、名雪が言い出した。
「またイチゴサンデーか?」
「え、そうだけど?」
 名雪は、きょとん、とした顔で、わたしの方を見ている。
「いいけど……今日は、奢りはなしだぞ。ちょっときついんだ」
「ううん。今日は、わたしが奢ってあげるよ」
 ほら、名雪は俺の奢りだと最初から思い込んで…………
 
 …………
 
 ……はい?
「え、名雪、今なんて……」
「普段から奢ってもらってばかりだし、たまにはお返しさせて欲しいんだよっ」
「でも、仮にも女の子に金を出させるなんて……」
「祐一、っていうか祐璃さんも女の子」
「ぐはっ」
 名雪……“祐璃”にベタ惚れなのは解るが、普段からその言い方はやめてくれ……
 でもまぁ……いいか。
 俺は軽く頭を下げて、
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
「うんっ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「祐一く〜ん」
 百花屋の近くで、鯛焼きうぐぅが現れた。
 コマンド?
「うぐぅ、ボクモンスターじゃないよ」
 近寄ってきたあゆは、抗議の目で俺を見上げている。
「あゆあゆ、こんなところで何してんだ?」
「うん? 今日はお散歩だよっ」
 ちょっと笑顔を見せてやっただけで、ころっと、態度がかわる。
 よく言えば人が好いんだよな。あゆって。
 …………そんなやつが食逃げやってるのは世も末だが。
「そうか」
「祐一君達は? 学校の帰り?」
「うんっ、これから百花屋行くところなんだよ」
 俺の背後から、名雪が説明した。
「あゆちゃんも来る?」
「うーん、そうしよっかな」
 おや? あゆはともかく名雪が他人を誘うなんて珍しい。
 かなりの臨時収入でもあったんだろうか?
 そう言いつつ、ベルのついた百花屋のドアを開け、中に入る。
 4人がけのテーブルに、俺たちは腰掛けた。
 イスの1つに、それぞれの上着や荷物をおいた。
 しばらくすると、
「御注文はお決まりでしょうか?」
 と、ウェイトレスさんが出てきてたずねてくる。
「俺はカフェカプチーノで」
「わたしはイチゴサンデー」
「うぐぅ、ボク鯛焼き!」
 はじまったな……この慢性鯛焼き中毒患者が。
「おいあゆ、喫茶店のメニューに鯛焼きなんてあるわけないじゃないか」
「ございますよ」
 ほら、ウェイトレスさんもあきれ顔だ。
 まったくこれだからうぐぅは…………
 
 …………
 
 ……って、はい?
「あ、あるんですか?」
「はい、ひと皿3匹で360円、お飲物とセットで480円になりますが」
「じゃあ、セットで。飲み物はアイスコーヒーねっ」
 あゆが、目を輝かせてそう言った。
「かしこまりました」
 そう言って、ウェイトレスさんは下がっていった。
「くそ……やられた……まさか喫茶店に鯛焼きがおいてあるとは……」
「わたしも初めて知ったよ……」
 名雪も、目をぱちくりさせている。
 しばらくして、
「おまちどうさまです」
 と、あゆの前に出されたのは、屋台で売っているものよりひと回り大きい鯛焼きが3匹。
「はぐはぐ……あっ、3匹とも中身が違うよ〜」
 あゆの言う通り、鯛焼きの中身の餡が3匹とも違っていた。それぞれ、こしあん、つぶあん、しろあんだった。
「う〜おいしかったよ〜」
 満足げなあゆ。それに対し、俺と名雪は、ろくに注文したものの味も解らなかった。
「またこようねっ」
「あ、ああ……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数日後……

 今日は、自尊心が著しく傷付いた日だった。
 放課後、借りていた本を返しに図書室へいったら、美汐とうちのあうーおでん種がいて、なにやらやっていた。
 聞くところによると、真琴が『美汐と同じ学校に通いたい』とか言うので、勉強会みたいなものをやっているらしい。
 ただ、ちょっと真琴をバカにしようとして、英文を読んで和訳しろといったら、
 とても流暢な発音で読み上げ、しかも教師でもケチの付けようがない完璧な和訳をしてみせやがった。
「うぐぅ」
 ということで、真っ白に燃え尽きた俺は、得意満面な真琴と、それを困ったように見つめている美汐と、共に下校した。
 商店街の前まで来る。
 百花屋の看板が、俺の目に止まった。
「止まったといっても、別に看板が俺の目にぶら下がっているわけではないぞ」
「?? 祐一、なに言ってるの?」
「わけが解りませんがそれでは不気味過ぎます……」
「いや……それよりちょっと、百花屋、寄っていかないか?」
 俺は、真琴と美汐の方に向き直ってそう言った。
「帰り食い……ですか? あまり感心しませんが」
「カタイコト言うなよ……それに、ちょっと思うところがあってな?」
「なにを企んでるんですか?」
 美汐が、思いっきり疑惑の目を俺に向けけてくる。
「いいからいいから、俺の奢りってことで、さぁ」
「やったー! 祐一の奢り!」
 1発でひっかかった。真琴は本当に単純でこういう時扱いやすい。
「真琴がその気になっているのでは仕方ありませんね」
 美汐もため息をついて、結局一緒に着いてきた。
 はじめに出された、お冷やとお絞りで一息つくと、
「御注文はお決まりでしょうか?」
「俺はストレートティーで」
「わたしは、レアチーズケーキを」
「真琴は肉まんっ」
 来たなっ
 中華まんジャンキーの真琴なら絶対こういうと思っていた。
 だぁがしかし、ふつう、常識的に考えて喫茶店に肉まんがあるだろうか、いやない!
 俺は本当に困ったような顔で、ため息をついて、
「なぁ、真琴。喫茶店に肉まんなんかあるわけないじゃ」
「ございますよ」
 ほら、ウェイトレスさんもさすがに困って……
 
 …………
 
 ……なんですとぉ?
「あ、あるんですか!?」
「はい、中華肉饅小鉢でよろしいでしょうか?」
「うん、肉まんで!」
 元気に返事をする真琴。
「おどろいたな……まさか喫茶店に肉まんがおいてあるとは……」
「わたしも初めて知りました……」
 あの美汐が、目をまんまるくしているのだから、余程意外だったのだろう。
 よかった……とりあえず、俺の方が常識人のようだ……
「あう?」
 そうして、真琴の前に出されたのは、コンビニで売ってるポピュラーなやつじゃなくて、小さな饅頭が深い皿に盛られている。
 タレをつけて、箸で食べるやつだ。
「あうー、なんか違う……」
 やはり、真琴にとっては少し想像外のものだったらしい。
「でも、おいしい」
 そう言って、ぱくぱくと素早く食べてしまった。
「また食べたいなっ」
「そうですね、時間に余裕があったら2人で来ましょうか?」
 呆然としている俺を他所に、美汐は普段めったに見せない微笑みを真琴に向けていた。
「うんっ!」
 真琴は満面の笑顔だ。
 ……どうでもいいが美汐よ、『始めて知りました』ってことは、何度かこの店に入ってるんじゃないか……
 と、どうでもいい感想を残して、俺は家路についた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さらに数日後。
 俺は、商店街で買い物中に、ばったり、舞と佐祐理さんに出会った。
「あははー、こんな大胆なの買っちゃったんですよ〜」
「……きっと佐祐理に似合う」
「そうかな〜、でも、こういうのは舞の方が似合うと思うよ?」
 俺は佐祐理さんに同意見だ。
 まあ、よりは、という比較論の問題で、佐祐理さんには似合わない、と言っているわけではないけど。
「意外と、祐一さんに似合うかも知れませんね〜」
 出し抜けに何を言い出しますかあなたは。
「な、なに言ってんですか佐祐理さん、男にこんなの似合うわけないじゃないですか」
 こんな胸元のがばっと開いたやつ。
 胸が小さいのが暴露されて、みじめなことに……って、ちがうっ
「冗談ですよ」
 佐祐理さんは苦笑しながら、服を紙袋にしまった。
「……残念」
「おいっ」
 舞は半ば本気だったようだ。
 そんな会話をしつつ、商店街を歩いていると、
「……お腹空いた」
 と、舞が言いはじめた。
 相変わらず、デリカシーのないやつめ(結構人のことは言えないけど)、と俺が思っていると、
「そうですねー、少し小腹が空いたって感じでしょうか……どこかで、一服しましょうか?」
 佐祐理さんが、舞のフォローのつもりか、そう言った。
「そうですね……あっ」
 丁度、俺の視界の中に、百花屋の看板が入ってきた。
「百花屋でどうでしょう?」
 と、俺が提案すると、
「いいですね〜、佐祐理、甘いもの好きですし」
「……わたしも構わない」
 2人の同意を得て、俺達は百花屋に入る。
 結構な量の荷物を降ろして、俺達がくつろいでいると、
「御注文はお決まりでしょうか?」
 よし、よし来たな!
 2連敗中だが……今日はそう言うわけには行かぬっ!
 今日はそのために……最終兵器を連れてきたんだからっ!
「俺はベイクドチーズケーキとレモンティーで」
「佐祐理はイチゴムースケーキとアップルティーでお願いします」
「わたしは……牛丼……」
 よしっ!
 最終兵器発動っ!
 よもや、このリクエストには応えられまいっ!
 俺は初めて見られるであろう、『申し訳ございませんが』というウェイトレスさんを期待して彼女の方に向き直る……
「はい、牛丼おひとつですね?」
 
 …………
 
 …………な
 なななななななんですとぉー?
「あ、あるんですか?」
「はい、ございますよ」
 ウェイトレスさんはにっこりと笑って、頷いた。
 天使のような極上の笑顔だが、この時はなぜか悪魔の微笑みに思えた。
「ま、敗けた――」
 俺はそう言って、呆然と立ち尽くした。
「はえー、こういうところでも、牛丼やってるんですねぇ。佐祐理、世間知らずだから、知りませんでした」
 ちがう、そうじゃない、そうじゃないんだよ〜佐祐理さ〜ん
 この店が世間一般様とは異なってるんだ〜!
 そうだ、そうに決まってる……よ、な?
 ふと、カウンター席にロン毛(死語?)の男が座っていて、カウンター越しに、外人っぽい長身の男と話しているのが見えた。
「お待ちどうさまです」
 ちょうど、3人分のメニューをお盆に載せて、ウェイトレスさんがやってきた。
「あの……すいません、あのカウンターの中の方がマスターですか?」
 俺が、そう言って外人を指しつつウェイトレスさんにたずねる。
「ええ、そうですけれども」
 ウェイトレスさんは、きょとんとした顔をしている。
 俺は、少し考えてから、
「あの、ひょっとして、和風定食ってあります?」
「はい、ございますよ。一人前でよろしいですか?」
 
 俺はこの店と店のマスターの素性について激しく気になったが、結局追求することはできなかった。
 まぁ、秋子さんの歳や、謎ジャムの原料よりは構うことのない謎だろうから。
 
 
 
 翌朝、なぜか秋子さんに謎ジャムを食わされそうになり、
 慌てて家を飛び出し、百花屋で件の和風定食とやらをおいしく召し上がった俺だった。
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

なに書いてるんでしょオレは?
鯛焼き、肉まん、牛丼……Kanonスタッフの前作のアノ方に言わせれば“乙女らしくない”食べ物ばかりが出て来るKanon。
それでずっと考えていたのが、この百花屋のネタでした。
別に知らなくても構いませんが、このネタ、以前ある連続ドラマの、主人公のいきつけの飲み屋からきています。
と書けば、知っている人はニヤりときたでしょう。
(綴様が知らなかったらどうしよう……)

ちなみに、もうお気付きかとは思いますが、この作品は「あなたに贈る〜」の後の感じで書いてます。
今回は冒頭ちょっとだけでしたが、このカップリング(祐璃×名雪)は好きなので、また機会があったら書いてみたいと思います。
(そう言って自分で自分の首を絞める)

それでは、今回も最後までおつきあいいただいた皆様に感謝の意を表して
2002/01/24 通りすがりの堀田でした。

著作権について
「Kanon」
 Key/Visualarts

「月に叢雲、花に風」
 綴 裕介 様
 以上、それぞれに帰属いたします。



またまた頂いてしまいました
通りすがりの堀田さん、ありがとうございます〜
 
百花屋があの店だったとは……
どうりでいろんなSSで注文した物がことごとく出てくるわけだ(笑
 
 

gift index 2002/01/25