「そ、そんな……」 
 部屋の入口で、名雪が絶句している。 
 見られてしまった――俺の……俺と、わたしの秘密。 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
月に叢雲、花に風 [if…] 
     〜あなたに贈る変調曲〜 

前編 
written by Torisugari no Hotta
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺と名雪は……最近、恋人宣言していた。 
 名雪の半ば強引なアタック、更には周囲にもそのウワサが広まってしまい、 
 俺だけが否定し続けることが辛くなってきたからだった。 
 ………… 
 ……ただ、俺も……“相沢祐一”も、まんざらでもなかったのは、確かだ。 
 そうでなければ……俺自身が名雪のことを好きでなければ、 
 わたし、“相沢祐璃”のことを隠したまま、名雪とつきあうことなどなかったはずだから…… 
 俺は名雪に隠し事をしている、その罪悪感にさいなまれながらも、 
 幸せそうな名雪の顔を見る度、自分も充実しているような幸福感に包まれていた。 
 
 
…………それは、偽善。 
 としか、言い様がない。 
 
 
…………それは、罪? 
 多分……そうなのだろう。 
 
 
 今ここに、その代償を払わなければならない時が来ている。 
 
 
 いきなり開かれたドア。いや、ノックはあったのだけれど……直後に開かれたら、その意味はほとんどない。 
 着替え中の俺。女性らしい起伏は余りないとは言え、男性の体つきとは明らかに違う体形。 
 わずかとは言え、サポーターで覆った胸の膨らみ。……どう、ごまかしようもない。 
「うそ……や、わたし……夢でも見てるのかな?」 
 名雪は、引きつった笑みを口元に浮かべていた。 
「ごめん、名雪……これは夢じゃない」 
「そんな……うそ……だよね? そんな……祐一が、女の子、だなんて……」 
 名雪は、引きつった表情のまま、ふるふると震えている。 
「ごめん、名雪……俺は……」 
「いやっ!」 
 俺の発言を制するように、名雪が声をあげる。 
 それは、奇声に近かった。 
「やだっ! やだやだやだやだーっ!!」 
 名雪は、駄々をこねる子供のように、腕を振って近付く俺を拒絶すると、 
 そのまま、素早く自分の部屋に入り、ドアを乱暴に閉じてしまった。 
「ちょっと名雪……おい、話ぐらい聞いてく……」 
「入ってこないでっ!」 
 名雪の部屋のドアノブに、手をかけた瞬間、中から名雪の怒声が聞こえた。 
「嘘つき祐一の顔なんか見たくないよっ! 声も聞きたくないよっ!」 
 う、嘘つき? 
 と、突然なにを言い出すんだ、名雪は…… 
「な、何が嘘つきって……」 
「嘘つきだよっ! 女の子なのに、わたしのこと好きだとか言って!  
 わたしの気持ちを受け入れてくれたようなそぶりをして!  
 わたしを愛してるとまで言って!! 祐一は大嘘つきだよっ!」 
 名雪は、一方的に大声を上げた。 
 俺は……返す言葉がみつからなかった。 
 
 
 俺は、名雪の言うような嘘は、ついたつもりはない。 
 けれど、名雪にとっては、嘘をついたのと同じことだからだ。 
 
 
 なぜなら…… 
 
 
 わたしは、名雪が想いを寄せていた、“相沢祐一”という異性ではなく、 
 同性の、“相沢祐璃”だからだ…… 
 
 
「なにか、あったんですか?」 
 この騒ぎを聞き付けたらしく、背後の踊り場に、いつの間にか秋子さんが立っていた。 
 心配そうな表情をしている。 
「あ、秋子さん……」 
「その格好……もしかして」 
「え……あっ」 
 その時、秋子さんの言葉で、自分がいまだ下着姿のままであることに気がついた。 
 すこし狼狽した。 
「名雪にばれてしまったのですね?」 
「はい……」 
 秋子さんの問いに、素直に答える。 
「そうですか……無理もありませんね……」 
 秋子さんの表情も、かたい。 
 今の俺には、その表情は、自分の娘を傷つけた俺に対する怒りが、混じっているようにも見えた。 
「はい……すいません」 
 俺は、急に秋子さんに申し訳ないような気持ちになって、思わず謝罪の言葉を発していた。 
「……私に謝られても仕方ありませんよ……とりあえず、着替えませんか?  
 私は下で、お茶でも準備しますから。少しお話しましょう。……祐璃さん」 
「え……?」 
 秋子さんは、俺のことを“祐璃”と呼んだ。 
 つまり、わたしに話がある、ということだ。 
 
 いったん自分の部屋に戻り、衣服を整える……とりあえず、パンツルック。 
 中性的な格好をした。 
 リビングに来ると、秋子さんは紅茶の準備をして、テーブルのところでまっていた。 
 イスには座らず、険しい顔で立っている。 
「秋子さん……」 
「……とりあえず、座りましょうか」 
「はい……」 
 わたし達は、向き合ってテーブルに着く。 
 正面にいる秋子さんの、険しい表情が、わたしを責めているように見えた。 
 それは、当然の事なのかも知れない。 
「祐璃さん……」 
「秋子さん、すいません……」 
 切り出そうとした秋子さんの声を遮るように、言葉を発した。 
「わたしは祐一であろうとしたけれど……すこし、やり過ぎました」 
「…………」 
「名雪の気持ちを踏みにじってしまった……わたしの責任です」 
 自分で言っていて、わたしは、そのしてしまったことがどれだけ重いことか、改めて気付かされた。 
「祐璃さん」 
 再度、秋子さんがわたしの名前を呼ぶ。 
「本当に、そのつもりだったんですか?」 
「え?」 
 質問の意味が解らず、おもわず聞き返した。 
「最初から、祐璃さんが祐一さんであるために、名雪を受け入れるふりをしていたのですか?」 
「それは……多分……そうなんだと思います」 
 わたしは、思ったままを口にする。けれど、口調はどうしても重くなってしまう。 
「本当に?」 
「はい……」 
「祐璃さん」 
 秋子さんが、わたしの名前を呼んだかと思うと、すこし表情を緩めた。 
「嘘はいけませんね」 
「えっ?」 
 思わず聞き返す。 
「本当は……好きなんでしょう?」 
 意外な、秋子さんの言葉に、思わず狼狽する。 
「そ、そんな」 
 急にそんな声をかけられて、頭がかぁっと熱くなる。 
 鏡を見たら、多分真っ赤になってるんだろうと思った。 
「そ、そんな、だってわたしは……」 
 不意打ちが効いた。さっきの重い雰囲気がどこかへとんでしまっていた。 
「わかりますよ。最近、名雪と一緒にいる時の祐璃さん、いえ、祐一さんは、 
 本当に嬉しそうな顔をしていましたからね」 
 うわぁ……そうだったのか…… 
 わたしらしくないかも…… 
「いやっ、で、でも、その……」 
「男の子ですからね、“祐一さん”は」 
 秋子さんが、悪戯っぽく微笑む。 
「ひゃ、ひゃい……」 
 からかわれてるのか……? 
「祐璃さん」 
 秋子さんが、表情を険しいそれに戻す。 
「解りました。そういうことでしたら、わたしから名雪に話をしてみましょう」 
「え……いえ、いつか言った通り、わたしの口から全部説明するべきじゃないかと思います」 
 わたしがそう言うと、秋子さんはわずかに考え込んでから、 
「祐一さんは、名雪のことは話さなかったんですね」 
「えっ、祐一が、って……」 
 秋子さんが言っているのは、わたし――俺の、ことじゃない。 
 本当の……本当の祐一。双子の弟。7年前に、自分の未来を閉じてしまった、 
 もう1人のわたし――。 
「祐一と名雪……なにか、あったんですか?」 
 今度はわたしが険しい顔になって、秋子さんに問い返す。 
「7年前……祐一さんがここにいた時、名雪は祐一さんに告白したんです」 
 確かに聞いていなかった。 
「そして……祐一さんに拒絶されたんです」 
「え……」 
「名雪が贈った、雪うさぎもぐしゃぐしゃに潰して……」 
「それは、ひょっとして……」 
 わたしは……知らなかったが、でも、なぜ祐一がそんなことをしたのか、だいたい、見当がついた。 
「はい……」 
 秋子さんから出たのは、肯定の言葉。 
「タイミングが、悪かった……としか、言い様がありませんね」 
「……そうですね」 
 
 
 お姉ちゃん。ぼく、ひとを殺しちゃった。 
 
 
 目の前で起きた、あの出来事。 
 
 
 その時の祐一に……名雪の告白を受け入れるゆとりはなかったんだ…… 
 
 
「だから、名雪は、あんなに取り乱して……」 
 秋子さんは、無言で頷く。 
「だとしたら、わたしは名雪になんて仕打ちを……」 
 取り返しをつかないことをしてしまったような気がして、いたたまれなくなった。 
 思わず、手で顔を覆う。涙が込み上げてきた。 
「……祐璃さん」 
 秋子さんは、わたしの名前を呼ぶと、優しい笑みをうかべた。 
「本当に、名雪のことが好きなんですね」 
「はい、だって、あんなに一途で……」 
「それを聞いて、安心しました」 
 秋子さんは、軽くため息をついてから、 
「わたしから、名雪に話してみます……本当のことを」 
「え、でも……」 
 困惑するわたしの前で、秋子さんはゆっくりと立ち上がった。 
「今の名雪では……祐璃さんの、言葉に耳を貸すか解りませんし……あの話を 
 何度もするのは、祐璃さんにとっても……お辛いでしょう?」 
「…………」 
 わたしは、言葉につまったまま、秋子さんを追い掛けるように立ち上がった。 
「祐璃さん?」 
「あの……すいません、秋子さん」 
「いいん……ですよ」 
 秋子さんの表情も、どこか重苦しいものになっていた。 
「でも……秋子さん、ひとつだけ……わがままを言わせてください」 
「わがまま?」 
 秋子さんが、きょとん、としてわたしを見る。 
「わたしの、いえ……俺の、気持ちは……それだけは、わたしの口から、名雪に伝えたい……」 
「…………わかりました」 
 秋子さんはそう言うと、急にくすっ、と笑い出した。 
「若いっていいですね」 
「!……か、からかわないで下さいっ」 
 
 そして…… 
 今、秋子さんが名雪の部屋にいっている。 
 自分の意志を貫けなかった、そのふがいなさに自己嫌悪しながら、わたしは、 
 名雪に伝えなければならないことがあることを、再度、確かめていた。 
 再度、服を着替える。 
 “祐璃”の姿になる――。 
 
 
 これが…… 
 正しいのかは解らないけど…… 
 
 
 本当の気持ちにまで…… 
 嘘をつきたくないから…… 
 
 
 たとえ、その結果、拒絶されたとしても、 
 
 
 伝えないわけにいかなかった…… 
 
 
 それがわたしの、 
 
 
 贖罪だから…… 
 
 
 
 
 
 

 
なかがき 
 
どうも、通りすがりの堀田です。 
なんだか、久しぶりにPCゲーム系のSSを書きました。 
……ちょっと勘が鈍ってて、少し辛いです…… 
一応、綴 裕介さまのSS、「月に叢雲、花に風」の外伝的ストーリーのつもりで 
書いてみましたが、ちょっと設定変わっているかも知れません。 
ついでにいうと、自分、名雪シナリオをクリアしていない(おいおい!!)ので、 
Kanon本編とも一致していないかも……です。 
一応、前後編でまとめるつもりですが、内容的に不安なので、 
ここまでの感想みたいなものをいただけると有り難いです。 
 
皆様、よろしくお願いします。 
2001/12/22 通りすがりの堀田でした。  
 
著作権について 
「Kanon」  
 Key/Visualarts 
 
「月に叢雲、花に風」 
 綴 裕介 様 
 
 以上、それぞれに帰属いたします。 


 
原作者(笑)のつづりでございます 
なんと、「月に叢雲、花に風」のSSを頂いてしまいました 
通りすがりの堀田さん、ありがとうございます 
 
私のこのSSへのコメントは省略(笑 
メールで何度かさせていただきましたので 
と言うわけで、みなさんもがつがつ感想送って下さいませ 
 
通りすがりの堀田さんへメールっ 
ついでにHPも覗きに行くっ 
 
 

gift index / next 2001/12/22