Kanon SS



血塗られた螺旋の絆
第十三話



「あら、駄目よ名雪ちゃん…。

覗き見なんかしたりしては……」

耳元で囁かれる言。

後ろから私を戒める様に抱きしめ、私の口を塞ぐように回される、

白く細くそして恐ろしく冷たい、手。

私は声を出すことも戒めを振り解く事も出来ず、

その心臓を鷲掴みにするような言葉に目を見開き、

指の一つさえ動かせずに居た。

まるで、私の全てが凍り付いてしまったかの様に。

「男女の情事を覗き見るなんて、無粋な事をしては。

いくらそれが同じ家に暮らす男の子と、自分の母親だといっても。

あの人も母親である前に一人の女なんだから」

耳元で囁かれる声。

その声に改めて目の前で行われてる行為を再確認してしまい、

その心を締め付ける現実に、新たな涙が一つ零れる。

「あら、泣いてるのかしら?

そう、そうよね、確かに泣きたくもなるわよね。

自分の目の前で、自分の居ない自宅で、自分の母親と、

そして自分の好きな男が愛し合ってるんだから」

耳元で言葉が囁かれる度に、その言葉の一つ一つが私の胸に突き刺さり、

その胸の痛みに耐え兼ねた私の瞳から涙が溢れる。

「ほら、見て御覧なさい。

貴女の母親が、一人の女として男に縋る姿を。

何て貧欲で、何て浅ましい……」

部屋の中、祐一の目の前で跪く秋子の姿を冷たい瞳で見下ろす葛葉。

その視線の先では秋子が祐一のズボンに手を伸ばし、

その開け放たれたズボンの間からそそり立つ祐一のモノに優しく手を這わせていた。

秋子は恍惚とした表情でそれを見詰め、そっと愛しむ様に手を這わせ、

一度祐一の顔を確認するように見上げた後、

そっと、今度は舌を這わせ始める。

優しく、丹念に。

何度も、何度も。

祐一の口から漏れる快楽の声と、

秋子の口から漏れる熱い吐息、

そしてぴちゃぴちゃと舌の這う湿った音が部屋の中に響き渡る。

「ねえ、名雪ちゃん。

今、一体どんな気持ち?

目の前で母親に裏切られた今の気分は。

辛いのかしら、悲しいのかしら、それとも……怒りで一杯なのかしら?」

その言葉に、私はただ厭々と首を左右に振る。

「そう……信じられないのね、

目の前で起こってる光景が。

いいえ、信じたくないのね、

目の前で起こってる光景を」

私の心を察したかのように優しく囁かれる声。

でもその声はその直後に恐ろしく冷たい言葉に代わる。

「でも、残念だけど現実なのよ。

今、目の前で起こってることは。

夢でも幻でもなく、貴女の母親は男と愛し合ってるの。

貴女の好きな、大好きな祐一とね」

私の心に突き刺さる、冷たい言葉。

その言葉は微かに残っていた私の理性を全て凍らせ、そして粉々に砕いてしまった。

私はもう涙を流す事も無く、虚ろな瞳でその光景を見詰めていた。

私の心からは、先ほどまで身も心も切り刻むように苛めてた全ての感情が、

怒りや悲しみといった全ての感情が無くなり、

ただ一つの感情だけが私の心を締め付けていた。

それは、羨み。

私はただ羨ましかった。

祐一と体を重ねている女の人が羨ましかった。

ただ…、羨ましかった……。

「ねえ、名雪ちゃん。

名雪ちゃんも、祐一と愛し合いたい?」

私の心を見透かしたかのように、耳元で優しく言葉が囁かれる。

私はその言葉に素直に頭を下げ頷いた。

「そう…、だったら、私が手を貸して上げましょうか?

祐一と名雪ちゃんが、愛し合えるように…」

耳元で囁かれる優しく、そして甘い言葉。

何も考える事の出来なくなった私はその言葉に、

祐一と愛し合えるという甘い囁きに頷く事しかできなかった。

「ふふふ……、素直ね……。

好きよ、名雪ちゃんみたいに素直な子は……」

名雪を戒めていた人物、葛葉はそう呟くと目を細める。

もう必要ないと判断したのか、名雪の口を塞いでいた手を離すと、

その指に付いた名雪の涙に舌を這わせる。

「じゃあ、素直な名雪ちゃんの為に、私が手を貸してあげましょう。

名雪ちゃんが、祐一と愛し合う事が出来るように」

目を細め妖しく微笑む葛葉。

葛葉は舌を這わせていた指を口から放すと、名雪の制服のリボンに伸ばす。

そしてもう一方の手を制服のボタンに伸ばし、一つ一つ外していく。

名雪は抵抗する素振りすら見せない。

何故ならこれは、名雪が望んだ事だから。

祐一と愛し合う手助けをしてもらっているのだから。

葛葉は制服のリボンを取り去りボタンの全てを外すと、はだけた制服の隙間から名雪の胸と下腹部に手を伸ばす。

「ねえ名雪ちゃん。

勿論名雪ちゃんは初めてなのよね?」

初めてとはつまり、男性経験の事である。

その葛葉の言葉に名雪はゆっくりと頷く。

「そう、大好きな祐一の為に取っておいたのよね。

本当、可愛いわ。

でも、だったら十分に準備をしておかないと駄目ね。

今の祐一には相手を気遣う事なんて全く出来ないから」

葛葉はそう呟くと、下着の上に指を這わせる。

その感触に、初めて感じる奇妙な感触に名雪の体がビクッと跳ねる。

「あら、もしかして触るのも初めてなのかしら…?」

葛葉は妖しく、嬉しそうに目を細め、名雪の反応を楽しむかのように手を這わせる。

「ん…あっ……」

耐え切れず声を漏らす名雪。

「ほら、名雪ちゃん、想像して…。

祐一が、体を触ってるのよ…。

祐一が、名雪ちゃんの恥ずかしい所を触ってるのよ……」

休む事無く指を這わせ、そして耳元で囁く。

「ゆう…いち…?」

葛葉の言葉に祐一の名を呟き、そしてその途端、名雪の体が真赤に紅潮する。

今、名雪の頭の中では祐一の手が名雪の体を這い回っているのだろう。

その事を証明するかのように、名雪の体は熱を持ったかのように紅潮し、

下着の上からでもはっきりと解る変化が、

胸と、そして下半身に現れていた。

ぴちゃぴちゃと湿った音が当たりに響く。

部屋の中からは、祐一の全てを包み込んだ、秋子の口から。

廊下かからは、葛葉に抱きしめられ体を弄られる名雪の下腹部から。

秋子は一心不乱に祐一を愛し、

名雪は快楽に潤んだ瞳でその光景を見詰めている。

「名雪ちゃん、もう直ぐよ。

もう直ぐ祐一はあの女の口で果てるわ。

そうしたら次は名雪ちゃんの番。

名雪ちゃんが祐一に愛してもらう番よ」

葛葉の言葉に名雪は体を震わせ、

そして葛葉の言葉を肯定するかのように秋子の動きがその速さを増す。

そしてその瞬間、一度だけ祐一が体を震わせ、その途端、秋子の動きがピタリと止まる。

そして静寂。

途端に静まり返った部屋の中に、ゴクリ、と何かを飲み下す音が響く。

嬉しそうに目を細める、秋子の喉から。

「どうやら、果てたようね。

名雪ちゃんの準備も整ったみたいだし、さあ、次は名雪ちゃんの番よ」

葛葉の言葉どおり、名雪の滴りは足を伝い廊下の床まで到達していた。

「名雪ちゃん、これが最後の仕上げよ。

少し痛いかもしれないけど、祐一に愛してもらうためだから我慢してね」

葛葉はそう言って名雪の肩をはだけると、その白い肩に舌を這わせる。

そして、名雪の肩に顔を埋め、両手はまた名雪の胸と下腹部を弄る。

名雪の意識を胸と下腹部から来る感覚に向けたその瞬間、葛葉は名雪の肩に歯を突きたてた。

その突然の痛みに、目を見張り体を強張らせる名雪。

「う…あ……」

声も出せないのか、その口からは微かな呻き声しか聞こえない。

葛葉は血に濡れた唇をそっと放すと名雪の耳に囁きかける。

「さあ……名雪ちゃん……、

準備は整ったわよ……。

後は愛してもらうだけ……。

大好きな祐一に愛してもらうだけ……」

そう言って、名雪の背中をそっと押す。

それはとても軽い力だったけど、押し出された名雪はフラフラと部屋の中へと入っていく。

「ゆう…いち……」

愛する人の名を呟きながら、その人の下に歩み寄っていく名雪。

その呟きに、祐一と秋子、二人の視線が名雪に注がれる。

しかし、その表情には微塵の驚きも無い。

二人は何ら驚く事無く名雪を迎え入れ、あまつさえ秋子の表情には微笑みさえ浮かんでいる。

何故ならそれは、秋子にとって名雪の出現は始めから解っていた事だから。

秋子自身が、名雪が現れるのを待っていたのだから。

そして祐一。

今の祐一の目には、名雪の姿は名雪として映ってない。

居候先の、朝が弱くおっとりした性格の名雪の姿として映ってないのだ。

祐一の目に映っているのは、一人の女。

肩から、下腹部から、祐一を狂わせる蜜を滴らせ祐一を誘う一人の女が映っているのだ。

秋子は祐一の前から立ち上がると名雪の背後に周りその肩に手を置く。

「さあ、名雪、貴女も祐一さんに愛してもらいましょうね」

そう言って、名雪を祐一の前に導く。

「ゆういち……」

潤んだ瞳で祐一を見下ろす名雪。

祐一はそんな名雪の手を取ると強引に抱き寄せる。

半ば倒れるようにして祐一の腕の中に抱かれる名雪。

名雪を抱き寄せ、そして組敷いた祐一は、名雪の肩に、滴る赤い雫に舌を這わせる。

その感触に、微かに響く痛みに目を閉じる名雪。

だが、名雪は幸せだった。

何故なら、名雪は切望した瞬間を手に入れたのだから。

祐一の腕の中、祐一に抱かれ愛される瞬間を手に入れたのだから。

祐一を受け止める、その瞬間を手に入れたのだから。

ベットの上、絡み合う祐一と名雪。

秋子はその光景を至福の微笑を浮かべて見下ろしていた。

その光景こそ、秋子が望んでいた光景。

自分が果たせなかった光景。

自分の愛する人は、自分の物にはならなかった。

自分の愛する人は、自分の親友を愛していたから。

だから決して、自分の物になる事は無かった。

だからその思いは、胸の奥深くにしまいこんだ。

そのしまいこんだ思いが秋子に見せた、最早執念とも呼べる光景だった。

祐斗の分身である祐一と、自分の分身である名雪が愛し合う。

そいはつまり、祐斗と秋子が愛し合う事なのだ。

秋子は漸く、自分の思いを達する事が出来たのだ。

秋子は祐一を通して祐斗という存在を手に入れようとしているのである。

それは酷く歪んだ愛情。

仮にも、祐一と名雪は母親が違うとは言え兄妹なのだ。

血を分けた兄妹を愛し合わせ、そうする事で自分の愛した人を手に入れようとしているのだ。

もう秋子は、完全に以前の秋子ではなくっていた。

二人の母親を演じていた秋子ではなくなったのだ。

今の秋子は一人の女、どんな事をしてでも愛する男を手に入れる、

欲望に溺れた女なのである。

「祐一さん、名雪、あなた達は、私の夢。

果たせなかった私の思いを果たしてくれる、私の夢。

これで私達は家族です。

本当の家族になったんです。

祐一さん…、もう絶対に放しません……」

秋子はそう呟くと、絡み合う二人の隣に腰を下ろし、名雪の濡れそぼつ下着に手を伸ばす。

そして三人の人影は一つに絡み合い、後はただ、快楽を求める三人の声が何時までも響いていた。



部屋の外、葛葉は壁に寄りかかり目を閉じて事の成り行きに耳を傾けていた。

その葛葉の耳に、秋子の呟くが届く。

その呟きを聞いた葛葉は、その表情に笑みを浮かべる。

まるで秋子の呟きを一笑に付す様に。

葛葉はそっと目を開けると、今だ名雪の蜜の滴る指を口元に寄せるとその蜜に舌を這わせ、

唇を彩る名雪の血化粧と共に舐め取る。

そして葛葉はその表情に凄惨なまでに妖しい笑みを浮かべると、

静にその場を後にするのだった。

「二人…」

小さく、そう呟きながら。



つづく

あとがき

水瀬家親子、完全に堕落しました。

って言うか秋子さん、壊れすぎ。

さてさて、水瀬家親子を汚してしまった祐一が、

目が覚めて、その光景を目の当たりにした後にとる行動とは。

まあ、それも結局は葛葉の思惑通りなのですが。