Kanon SS



血塗られた螺旋の絆
第二十話



茜色に染まる校舎の屋上。

そこに一人の男子生徒、相沢祐一は佇んでいた。

祐一はフェンスに肘を付き体を預け、眼下に広がる校庭をじっと眺めている。

校庭には部活に所為を出す幾人もの生徒の姿があり、

その生徒達の声が、笛の音が、ボールの音が風に運ばれ耳元へと届く。

でも、ただ、それだけ。

何を見るでもなく、

何を聞くでもなく、

何を考えるでもなく。

祐一はただじっとその場に佇んでいた。



あの後、葛葉さんが家を出て暫くの後、

俺はまるでその後姿を追いかけるかのように家を後にしていた。

一人で居るにはこの家はあまりに広すぎるから。

一人で居るにはこの家は余りに静過ぎるから。

もう、一人で居る事に耐えられそうに無いから。

だから俺は家を後にした。

どこでも良い、誰でも良い、とにかく人の居る場所を求めて。

この身を開放してくれる鍵は、この手の中にあるのだから。

家を出た俺は当ても無くフラフラと歩き始める。

行く当てなど、あるはずも無い。

何処でも良かった。

ただ、自分以外の人の姿があれば。

そして、俺は商店街へと辿り着いた。

俺の知る中で一番人通りが多いのがこの場所だったから。

商店街には様々な人達が忙しげに行き交っている。

そう、そこには確かに人が、自分以外の人が居た。

自分が求めていた、自分以外の人、自分以外の温もりがあった。

だがしかし、そこに居ても俺の心が癒される事はなかった。

それどころか、人の温もりを求めて町へと出た筈なのに、更なる孤独感に襲われてしまう。

それはまるで身を切るかのような感覚。

もう直ぐ季節は夏を迎えようかというのに、しかしまるで真冬の空の下に立ち尽くしているかのようで。

知らぬうちに震えそうになる体を思わず強く抱きしめていた。

何故、これほどまでに孤独を感じてしまうのか。

周りには決して少なくない人々が行き交っていると言うのに。

何故……。

だが、本当は気付いていた。

その理由に。

人々の中に居て、いや人々の中に居るからこそ感じる孤独の、その意味に。

何故なら、その人達の目には、俺の姿など映っては居ないから。

いや、姿と言う意味でなら映していると言っていいだろう。

そう、確かに映している。

相沢祐一という人物としてではなく、ただの風景として。

その人達にとって俺は看板や街灯と同じただの風景に過ぎないのだ。

ならば、道行く人々にとって俺が風景でしかないならば、

俺にとっても道行人々はただの風景でしかないのでる。

それはつまり、あの人気の無い家に一人で居るのと何ら変わりはしないと言う事。

それどころかなまじ人の姿が周りにあるだけに却って孤独感はその激しさを増す。

「ここじゃ……ない……」

そう、ここではない。

俺の心を癒してくれる場所は。

いや、ここには居ない、と言う方が正しいだろう。

そう、ここには、居ない。

心を癒し、温めてくれる、真に求めるべき、モノは。

考えれば考える程に、心が孤独で締め付けられていく。

では、ソレはドコに居る?

考えれば考えるほどに、辺りからあらゆる音が消え去っていく。

ソレは、求めるモノとは一体何だ?

考えれば考えるほどに、辺りからあらゆる色が消え落ちていく。

オレはナニをモトメテいる?

考えれば考えるほどに、全てが紅に染め上げられていく。

ドウスレバ、ソレヲテニイレルコトガデキル?



―――ドクンッ―――



「っ!!」

不意に響いた激しい心音。

その心音に俺はハッと我に返った。

俺はゆっくりとその音がした場所へと視線を向ける。

だが、あれほど激しい心音を聞いたにもかかわらず、抑える手の下の心臓は定期的なリズムを刻んでいる。

そう、俺は何時しか両手で心臓を押さえていた。

まるで弾けそうになる何かを押さえ込むかのように。

暫くそうしていたがやはり心臓は乱れる事無く定期的なリズムを刻み続ける。

何の変化も見せない鼓動に俺はゆっくりと視線をずらし、そして気づいた。

目に映る道路がやけに近くにあるこ事に。

俺は顔を上げると辺りを見回す。

その目に映るのはやけに低い視線の位置にある風景だった。

そして俺は思い至る。

自分が片膝を付き蹲っていると言う事に。

周りを行き交う人々は一瞬俺に視線を向けはするものの、

しかしその直後には何も無かったように足を止める事無く通り過ぎていく。

当たり前だ。

彼等の目には俺はただの風景としか映っていないのだから。

それにこのご時世、挙動不審な男に声をかけるのは余程のお人好しか、若しくは公共機関に属する人くらいなものだ。

俺はゆっくりと立ち上がると膝に付いた砂を払い落とす。

何でもないと無言で周りに訴えるかのように。

お人好しな人が現れるのは期待できないし、何より公共機関の人にお世話になる訳にはいかないから。

立ち上がり完全に砂を払い落とした俺はもう一度右手で心臓の上を押さえる。

伝わってくるのは、規則的な鼓動。

何も変わったところは無い。

異常は、感じられない。

スッと、瞳を閉じる。

俺はまだ、俺のままだ……。

心の中でそう呟く。

深く深く、自分に言い聞かせるように。

「俺はまだ、俺のまま……」

瞳を開きもう一度呟く。

無意識に、うわごとの様に。

俺は心のどこかで信じていた。

何も変わってないと。

まだ引き返せると。

何でもない日々に戻る事が出来ると。

そう信じて、願っていた。

だから俺は、俺の足は、自然とその場所へと向けて歩き始めていた。

変わらない場所。

還るべき場所。

俺の心を繋ぎ止めてくれる場所。

学校、へと。



そして俺は今懐かしい場所を見下ろしている。

とは言っても別段大袈裟な所に居る訳ではなく、単に校舎の屋上から校庭を見下ろしていだけである。

そう、屋上から見下ろす校庭、俺はその光景を懐かしいと感じていた。

ここから、屋上から校庭を見下ろすのは初めてなのだが、

何故だか俺はその光景を、いや、違うな、

校庭だけではない、目に見える物、肌で感じる物、その全て、

言うなれば学校と言う存在自体を懐かしいと感じていた。

俺が学校を休むようになって何日が経つのだろうか。

日曜を入れても、それでもそんな大した日数ではない筈だ。

それなのに感じてしまうこの感情。

郷愁とも言うべきこの感情。

それはここ最近に起きた出来事が俺にそう思わせているのか、それとも……。

そこまで考えて、しかし俺は考える事を止めた。

怖かったから。

その後に続く答えが。

だから俺は考える事を止めて、ただじっと校庭を見下ろしていた。

学校は既に放課後を向かえ校庭には部活に勤しむ生徒達が行き交っている。

その生徒達一人一人を俺は目で追っていく。

俺がここに来た理由、それはここだったら彼女達の姿を見る事が出来るかもしれないと思ったから。

本当は会いたい。直接会って声を交わしたい。

彼女達一人一人に。

でも、それは出来ない。

彼女達に会って俺が俺でいられる自信がないから。今度は何をしてしまうか解らないから。

それがとても、怖いから。

だから俺はこうして遠くから彼女達の姿を探す事しか出来ない。

ここならば部活に出ている、あるいは下校する姿を見つける事が出来るかもしれないから。

そして、見つけた。

一人の生徒の姿、名雪の姿を。

あんな事があった後だから部活を休んでるのではと思ったが、名雪は力強く校庭を駆けていた。

名雪のトレードマークとも言える長く綺麗な髪を靡かせて。

だから俺はこれだけ離れた場所からでも直ぐにその女性を名雪と断定する事が出来た。

ここからだと名雪の表情を窺う事は出来ないが、でもその姿を見る事で僅かではあるが安堵感を覚える。

本当に気休め程度の安堵感ではあるのだが。

校庭を駆け抜ける名雪、その度に靡く綺麗な髪。

俺はそんな名雪の姿を見つめ続ける。

名雪の長い髪は良く目立つ。

陸上競技において長い髪は、悪くはないだろうが余り頂けないのではと俺は思う。

素人目に見ても色々と邪魔になりそうだから。

それに俺の知る限りでも陸上部に所属する生徒であれだけの長髪は名雪以外に知らない。

でも、名雪は頑なに髪を切ろうとはしなかった。

俺は一度名雪に尋ねた事がある。何故髪を切らないのかと。

名雪は困ったような微笑を浮かべると「変、かな?」と逆に問い返してきた。

突然の問い返しに俺は一瞬言葉に詰まった後、そんな事はない、といった感じの言葉を返していた。

少し乱暴な言葉になったのは、照れていたんだろう。

「良かった」

名雪は俺の言葉にそう答えると嬉しそうな微笑を浮かべて俺の顔を見詰めてくる。

その表情と視線に一層の照れと居心地の悪さを感じた俺は適当な理由をつけてその場を離れる事にした。

そんな俺の、背を向け立ち上がった俺の背中に名雪の囁く声が届く。

「祐一が、お母さんの長い髪、綺麗って言ったから……」

それはとても小さな声だったけど、確りと俺の耳に届いていた。

きっと名雪も俺が聞いてる事を、いや俺に聞かせる為に囁いたのだろう。

名雪のささやかな、でも精一杯の自己主張。

ただの家族から踏み出したい名雪の精一杯の告白。

不意に零れた隠し続けてきた名雪の本当の気持ち。

でも俺は、本当はその事に気付いていたけれど、何も聞こえなかったかのようにその場を後にした。

本当は随分昔から気付いていた。名雪の隠している本当の気持ちには。

だけど俺は、その時の俺にはまだ返す事の出来る答えを持ってなかった。

名雪の事は嫌いではない。

いや、間違いなく惹かれている。

家族としてではなく一人の女性として。

でも、それでも俺は答えを出す事が出来なかった。

何故なら、あまりにも家族として過ごした時間が長かったから。

家族としての名雪がとても暖かく優しい存在だったから。

そんな名雪との関係がとても心地良いものだったから。

臆病な俺はそんな名雪との関係を壊す事が怖かったのだ。

俺が答えを出すことによって『今』の関係が壊れてしまう事が怖かったのだ。

だから俺は名雪とはまだ家族である事を望んだ。

家族という関係を守りたかった。

これから先、何がどうなるかは解らない。

でも、何時か来るその時までは家族という関係のままで居たかった。

居たかったのに……。

俺は俺自身の手でその関係を壊してしまった。

それもこの上なく最悪最低な形で。

俺はこの手で名雪との関係を、名雪自身を壊してしまったのだ。

俺の瞳に映る名雪の姿。

だが、名雪の瞳に俺の姿が映る事は……ない。

家族だった人。

無くしてしまった存在。

名雪の笑顔は、もう記憶の中だけにしかない。

瞳に映る名雪の姿は、今では決して手の届かない存在となっていた。

求めてやまない人が目の前に居る。

だが、こうして遠くから見詰める事しか出来ない。

『声をかける事も姿を見せる事も出来ず、ただ遠くから見詰める事しか出来ない』

ふと、誰かの言葉が俺の思考と重なった。

先日聞かされた葛葉さんの言葉。

葛葉さんは何年もこんな気持ちを抱えて過ごしてきたのか。

その考えに俺は身の毛のよだつ感覚に囚われる。

こんな気持ちを抱えたまま何年も、しかも一人も頼る者も居ないまま過ごすなんて。

俺には頼れる人が家族と言ってくれる人が居る。

だけど葛葉さんはずっと一人で暮らしてきた。

何もかもを、全てを抱え込んで。

もし俺だったらきっと正常では居られないだろう。

時折見せる葛葉さんの冷たい瞳に、俺は彼女の過ごした時の長さを垣間見たような気がした。

でも、そんな葛葉さんだから、葛葉さんが居てくれるなら、俺は俺のままで居られるような気がした。

俺と同じ想いを抱いた葛葉さんが居てくれるから、俺は壊れずに居る事が出来る。

それだけが、今の俺にとっての唯一の救いだった。

長い長い思考の後、俺はゆっくりとフェンスから体を離した。

出来る事なら何時までもここで名雪の姿を見て居たかったが、

部活が終わる前に学校を出ないと最悪名雪と出会ってしまう可能性がある。

そうでなくてもまだ部活中の今の方が他の生徒や先生に出会う危険も少ない。

できれば、誰にも会いたくは無いから。

大切な人は名雪だけではないから、これ以上誰も傷つけたくは無いから。

それに、あまり帰りが遅いと先に帰った葛葉さんを心配させてしまうかもしらないから。

本当に名残惜しかったけど、俺はフェンスから手を離し、そして名雪から視線を外し、ここ、屋上を後にすることにした。

カツカツカツ……。

ゆっくりと階段を下りながら俺は暗い思考の海に沈みこむ。

俺はまだ俺のまま。

何も変わってはいない。そのつもりだ。

だけど俺は、ここに帰って来ることが出来るのだろうか。

俺は変わってない、変わりたくない。

だが、この手で変えてしまったものがある。

それは、変わってしまったものは余りにも大きすぎて。

名雪、秋子さん、家族、二人との絆、二人との関係。

零れてしまった水はもう元に戻す事は出来ない。

壊れてしまった関係は、もう元に戻す事は出来ない。

どんなにそれを願ったとしても。

カツカツカツ……。

降りるべき階段を見るともなく見詰め俺は足を進めていく。

そして幾つの階を下りただろうか、その階を通り過ぎ次の階へと下りようとしたその時。

「きゃっ?!」

小さな女性の声が静かに響いた。



「あ、あいざわさ……ん?」

「美汐……」

茜色に染まる廊下で向かい合う二人の男女。

それは余りにも唐突な再会であった。

言葉を忘れたかの様にただ見詰めあう二人。

まるで幻でも見ているかのように、驚愕に彩られた瞳でお互いの前に立つ人物を見詰めている。

そう、それほどまでにこの再会は……唐突すぎた。

人を傷つける事を恐れ、しかしそれ故に人の温もりを求めてしまう少年。

人から傷つけられる事を恐れ、しかしそれ故に一度与えられた温もりを離したくないと願う少女。

心が人を遠ざけようとする度に体は狂おしいまでに人を求め、

心が人を恐れる度に体は狂おしいまでに温もりを求めてしまう。

その欲求は抑えれば抑えるほどに、耐え難き衝動として膨れ上がっていく。

それは例えるなら、降り止まぬ雨を捌ける術を持たずただその嵩を増やし続けるダムの如く。

湛える事しか知らないダムは例えそれがどんなに強固な作りであったとしても、

その許容量を越える水を湛え続ければ何時かは耐え切れなくなり決壊してしまう。

そしてもし、何らかの要因でそのダムの上に亀裂が走るような事があったとしたら。

例えそれが僅かな亀裂であったとしてもそこから木の葉を蝕むが如く侵食され、

最後にはあっけなく決壊し瞬く間に全てを吐き出す事になってしまうだろう。

そう、貯める術しか持たぬダムは何時か必ず決壊し、全てを巻き込む濁流を生み出す事になってしまう。

人の心と、同じ様に。

欲求を、衝動を、全てを押さえ込むしか知らぬ心は、何時しか壊れ決壊してしまう。

その壊れた心から溢れ出るのは、全てを狂わせる濁流の如き欲望。

そして今、二人の男女が再会を果たした。

心を抑え、心を閉ざし、心を殺す術しか持たぬ二人が。

それは運命の悪戯か悪魔の囁きか。

思いがけぬ再会は頑なに閉ざされた心を無残に歪め、

そして歪みに耐えられぬ心の上に小さな亀裂を走らせていく。

一度生まれた亀裂は決して修復される事は無く、徐々に徐々にその口を広げていく。

どんなにもがき、悲しみ、苦しもうとも、まるでそれを嘲笑うかのように、

押さえ、抑圧された欲望を濁流の如く吐き出しながら。



「相沢さん……?」

静かに美汐が呟く。

その声はどこかたよりなさげな、まるで自分自身に問いかけるような小さな声。

そこに本当に俺が居るのか、幻を見ているのではないか、と。

「美汐……」

それに答えるかのように俺は呟く。

その声は驚きからだろうか少しかすれたような響きを持ていた。

そして俺の表情。

悲しいような嬉しいような困ったような、それら全てのようであり、それらのどれでもない、

そんな複雑な表情を今の俺は浮かべているだろう。

何故なら、その時の俺はそれら全ての感情を胸に渦巻かせ、そして必死に押し殺していたのだから。

暫しの静寂。

その沈黙を破ったのは美汐の小さな声だった。

「相沢さん、ですよね?」

目の前にいるのは間違いなく祐一だと解っているのに、美汐の口から出たのはそんな問い掛けの言葉だった。

「ああ……」

俺は美汐の言葉に頷き答える。

その頷きを見てようやく落ち着いたのか、美汐の表情に微かな笑顔が浮かぶ。

それまでの翳りを全て振り払うような、とても純真でそして儚い笑顔。

その美汐の笑顔に俺の心にズキリと痛みが走る。

心が痛かった。美汐にこんな笑顔を浮かばせてしまったことが。

この笑顔を見れば、いやそうでなくても美汐に心配を掛けていた事は明白だった。

無断で数日も学校を休んだのだ。

学校には葛葉さんが連絡をしただろうが、美汐にまでその情報が伝わっていたかは解らない。

いや、きっと何らかの方法で美汐にその話が伝わっていたとしても、美汐は俺の事を待っていただろう。

俺の口から次はこれないと聞いていないから。

一人教室で俺の事を待ち続けたのだろう。

美汐の浮かべる笑顔はその考えを確信に変えるに十分すぎる程の儚い笑顔だった。

俺の胸に美汐に対するどうしようもない程の罪悪感が込上げる。

だが俺は胸に込上げる罪悪感を覚える一方で、それとは正反対の感情、嬉しさが広がっていくのを感じていた。

嬉しかった。その場で泣き出してしまいたくなる程に。

俺に向けらる美汐の瞳があまりにも温かくて。

美汐の浮かべる微笑が優しく心に染み込んで。

会う前はあれほどまで恐れていたのに、こうして向かいあうと押さえきれない喜びが次から次へと溢れ出して来る。

嬉しかった。こんな俺に微笑を向けてくれる事が。

嬉しかった。俺を俺として認めてくれる事が、背景ではなく一人の人として認識してくれる事が。

俺を受け入れてくれる人が居ると言う事が。

「心配、しました……」

そう呟く美汐の目尻に薄っすらと涙が浮かぶ。

ああ……、こんな俺の為に涙を浮かべてくれるというのか。

普段なら冗談の一言でも言って俺なりに慰めるのだが、今の俺はそれすらも出来なくなっていた。

それほどまでに俺の心は喜びに打ち震えていたから。

スッと美汐の腕が俺に伸ばされる。

そして美汐は俺の制服の裾を掴む。

それはもう癖とも言える美汐の行動。

俺の服をギュッと掴む。まるで親に縋る幼子のように。

控えめな美汐が見せる精一杯の行動。

美汐の手が、指が、俺の体を掠めるように触れる。

俺の顔を見上げ今一度美汐が微笑む。

姿を認め安心し、言葉を交わして安心し、そして今存在を確かめて安心する。

美汐が微笑む度に俺の心に安らぎが広がっていく。

一人で居た時の孤独感が跡形もなく消え去っていく。

どうしようもない愛しさが込上げてくる。

俺の心に例えようもない歓喜が広がってく。

嬉しい、俺を認めてくれる事が。

嬉しい、俺を必要としてくれる事が。

嬉しい、俺を求めてくれる事が。

嬉しい、そこに美汐がいる事が。

嬉しい、ソレがそこにイる事が。

嬉しい……、



狂おしいまでにモトメたモノが目の前にアルと言う事が。



つづく

あとがき

壊れ始めてます。じわじわと。

狂気は祐一を苦しめ、狂わせ、そして取り込んでく。

どんなに求めてもソレが手に入らない。

そんな事が続くと人はどうなるでしょう。

もしソレが食糧だったらどうなるか。

答えは簡単人は死ぬしかありません。

ではソレが心を落ち着かせるものだったら。

ソレが手に入らない時、人は狂うしかないのではないでしょうか。

祐一にとって不幸なのはソレを手に入れた先に待つのが刹那の快楽と更なる狂気だという事。

でもどちらにしろ狂ってしまうなら、刹那の快楽を追い続ける方が良いとは……思いませんか?

などとシリアス風に閉めつつ最後に一言。

ぶっちゃけ今回の被害者は美汐ではありません。

これからどう転ぶかは……以下次号!!